ひだまりで苔むすもの

Cleyera

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本編と補話

補話3 (欲望に)忠実に生きる

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 僕は軍人家系のエイノカ家の末っ子。
 美しい僕にふさわしいロングン・ティル・アォ・エイノカという名前を冠している。

 両親が歳をとってから生まれた子だからと、甘やかされて育った自覚がある。

 僕は美しいから、可愛がりたくなる気持ちはわかる。
 それに加えて僕自身が、周囲をうまく転がすことが得意だから、この状況は得られて当然のものってわけ。

 これからの時代、軍人になっては芽が出ないだろうと、兄たちを見て学んだ僕は、神官になることにした。

 神殿に所属して出世していけば、他の国にも行ける。
 一つの国で生きて死ぬ人生なんて考えてない。
 うまく立ち回れば、特権階級に取り入ることもできそうだ。


 軍人を排出する家としては名高いエイノカ家だけど、逆に言えば神官の親族は少ない。
 遠縁にいるらしいけど、爺なのに小神殿駐在の下位神官とか使えない。

 十四歳で助神官になって今年で四年目。
 できれば助神官の期間中に、誰か捕まえたい。
 本当は神殿長が良いけど……周囲に警戒されるよね。

 どうやって、らくちんで楽しく気持ちよく出世していこうかなーと考えていたら、良いカモを見つけた。

 トリルトゥ・ヴィグォルウ従軍特務神官長。

 今は違う名前を使っているようだけれど、目端が効く僕はすぐに見抜いてしまった。
 二十年以上昔の戦争で活躍したらしい従軍神官のロートルだけど、見た目は子供だ。
 改造なんちゃらとかいう化け物だってさ。

 父親の無駄な戦場自慢話が、こんな形で役に立つなんて!
 さすが僕だね!

 何度か話しかけてみて、うまく転がせそうな予感を感じた。

 こいつ阿呆だ。
 戦争で頭がおかしくなったんじゃないかな。
 何を言っても「はい、そうですね」って言うんだ。
 抱きついた時の反応がないのは、僕みたいな美形に慣れてないからだよね。
 同じように固まる奴らが神官には多いんだよ、ちょろいちょろい。
 これ、超絶簡単なんじゃない?

 僕の出世街道らくらく人生は決まったも同然。
 こいつを転がして、若いうちに目一杯いけるところまで出世しよう。
 いくら僕でも、爺になるまで若い美貌を維持するのは難しいだろうからね。

 ヴィグォルウ神官は、従軍特務神官長という肩書きを隠していて、普段は一般上位神官として振る舞っているけれど、周囲に広めれば良いんだよ。
 トリルトゥ・ヴィグォルウの名前と功績を広めれば、僕の役に立つようになるさ。

 もしかしたら阿呆だと知られないための偽名だったりする?
 大丈夫さ、僕がうまく転がしてあげれば良いんだよ。
 噂を流すなんて、とっても簡単だ。

 まずは、本人を口説き落としておいた方が良いかな。
 僕が何をしても文句を言わないように、溺れさせれば良い。

 幸運なことに、僕は男同士での受け入れ方を知っている。
 突っ込む方だってできる。

 誰もが見惚れる僕の美貌と体を使えば、落とせない相手はいない。



 そう思っていた。
 抱擁も口付けもできるけれど、手応えがない。
 阿呆だから、慣れてないからだと思っていたけれど。
 まるで人形だ。
 壊れてんじゃないの?

 一見すると人当たりが良いのに、普段は無表情。
 周囲に対して、作り物みたいな慇懃な態度しか見せない。
 こいつ本当に生きてんの?、と言いたくなる決まりきった日課のような仕事。

 上位神官以上しか入れない区画からあまり出てこないから、話しかける機会も少ない。
 神官のくせに説法に参加しない。
 周辺住民の前に出てきて、喜捨とかお布施を求めろよ。

 儀典神官らしいけれど、見習いには近づく機会がない。

 神殿の外に居を持つ上位神官らしく、通勤の移動車を申請しているから、御者を丸め込んで乗り込んで待っていたけれど、ろくな反応が帰ってこない。

 僕が甘えた声を出しながら太ももに手を乗せれば、神官だろうが軍人だろうが、うろたえるのが普通なのに。
 どうしたら、これを落として、僕の出世につなげられるだろうか。

 そう悩みだしたこの時点で、手を引くべきだった。
 思い通りにならないトリルトゥ・ヴィグォルウにこだわるのではなく、他に扱いやすい誰かを見つけるべきだった。

 人形のような上位神官は、見た目通りではなかった。
 あれは眠れるドラゴンだった。
 ボロストファ軍曹という逆鱗があることを見抜けなかったのは、僕の失態だ。
 本当に悔しい。

 意地になっていた。
 自分が羽虫ほどの認識もされていなかった、と知らされたのは、衛兵詰所の短期収監牢の中で目覚めてから。

 軍属の神官で最も高い地位を持つヴィグォルウ従軍特務神官長は、普段出さない名前を出してまで、僕に正しい懲罰が下されることを望んでいた。

 人の家に勝手に入って、家人に危害を加えた。
 どこの誰かも知らないが付きまとってくる、と言っていると。
 衛兵に、教えられた。

 この僕に対して、どこの誰か知らない、だと!?
 あんなに抱きしめてやったのに。
 口付けだって、僕から大盤振る舞いしてやった!
 反応がなかったのは、どうでも良かったからだと言うのか!

 従軍特務神官長に睨まれたくない兄たちに、両親が言い包められて家督を譲ってしまってからは、早かった。
 僕はあっさりと見捨てられて、エイノカ家との縁を切られた。

 「いつかお前はやらかすと思ってたよ」だと!? 
 可愛がられる僕に嫉妬していた長兄が言うならわかるけど、どうして出来損ないの次兄に言われないといけないんだ!!


 期待していたのに、神殿の誰にも庇ってもらえなかった。
 途中からトリルトゥ・ヴィグォルウに傾倒していた僕は、他の神官を口説くのをやめてしまっていた。
 失策に足をとられるなんて!

 最終的な懲罰自体は、十日間の無報酬労働という軽めの内容になった。
 でも、懲罰が終わったあとに帰る場所がない。

 身寄りも頼る相手もいない、ただのロングン。
 それが僕に残った肩書き。

 どこで間違えた?
 なにも間違えてないだろ!?

 僕をこんな目に遭わせたのは、ボロストファ軍曹か?
 初めて会った時のうすらぼんやりで間抜けヅラの姿は、こちらの油断を誘うものだったのか。

 僕より美しい男がいるわけないと思っていた。
 まんまとはめられた。
 絶対に復讐してやる。

 そして、僕が日々、口惜しさに歯噛みしているというのに。

「ろんぐんこんやどうだ?」

 利用してやろうと思っただけなのに、浮浪者の方がよほどましな姿をしている、元は軍人でボロストファ軍曹の上官だったというクズがまとわりついてくる。
 一回しか抱かせてやってないのに、うっとうしい。

 どうして、同じ場所で懲罰を受けることになったんだ。
 こんな下手くそに突っ込まれるのは、二度とごめんだ。

「ごめんなさい、今夜は先約があるんです」
「なんでだきのうもそういってただろ」
「っ、優しく言ってやってるんだから気がつけよ、あんたみたいな汚い爺さまの相手なんてしてらんない、って言ってんだよ!」
「なんだと」

 豆が潰れて血まみれの手のひらが痛い。
 美しい僕に、古くなった街道の整備工事なんて懲罰はふさわしくない。

 砂埃に塗れて疲れて眠るだけの生活、食事は安っぽくて不味い、懲罰者用の宿泊施設はぼろい。

「自分の手でぬいてろ!」
「このくそがぁっ」

 喉がつぶれてしまっているのか、この爺の声はほとんど聞き取れない。

 僕の完璧な計画が、この爺のせいでめちゃくちゃだ!
 こんなことなら、ボロストファについての話を聞き出すのを諦めるんじゃなかった。

「うるさいんだよっ!」
「ぐぎゃぁっ」

 耳障りな音を立てて騒ぐな!
 手に持っていた掘り出した土をならす道具を、振り上げて、振り下ろした。

 何度も、何度も、何度も。

 だまれ、うるさい、ぼくはなにもまちがえてない!!

 またあの、美味しいオメナが食べたい。
 美しい僕にふさわしい、美しくて完璧な味だった。

「懲罰中の奴らが暴れてるぞ、捕らえろ」
「地ならし振り回してるぞ!」

 うるさい、うるさい、ぼくがただしいんだ!!

 
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