ひだまりで苔むすもの

Cleyera

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本編と補話

14 訪れる

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 自分の領域だと感じられる庭があるからなのか、仕事を得たからなのか、豪邸を自分の家だと考えられるようになった。

 切っ掛けがあった。

 玄関周辺のきらびやかな飾りに、居心地の悪さを覚えていた。
 どうしてここだけ成金趣味なのだろうと。

 兄ちゃんに気が付かれてからは早かった。
 玄関周辺の置物や花瓶、床の敷物まで全てが「来訪者に財力を見せつけるために必要なものです」と使用人さんが説明してくれた。
 兄ちゃんの趣味ではなくて、本当によかった。

 目が肥えた客対策に品質はもちろん特上品であり、その中でもより価値が高く見えるものが置いてあるという。

 おれがここで過ごすようになってから、客に会ったことないけど。
 目利きのできる誰かが来るんだろう。

 安心してから思い出したけれど、兄ちゃんの部屋は空っぽだった。
 兄ちゃんの趣味にあわせると、屋敷中がすかすかになるのかもしれない。
 それなら、多少派手に飾るべきなのか。

 両親の店も、お客さんの入る店内はいつも掃除していた。
 家族の部屋は後回しだったから、おれは兄ちゃんに教えてもらうまで、起きた後は寝台を片付けて、寝巻きをたたむことを知らなかった。

 見栄を張っているわけではなく、おもてなし、をしようとする心のあらわれ。

 それなら、玄関以外は過ごしやすいここは、おれの家だ。
 両親が営んでいた食堂と同じように、ここはとても温かくて、居心地が良い。



 自分の家になったから、借りていた部屋が、本当におれの部屋になった。

 場所を兄ちゃんの寝室の隣にしましょうか、と聞かれたけれど、寝る時しか使わない部屋なら、どこでも一緒だと伝えたらそのままになった。

 ここが一番日当たりが良い、と兄ちゃんが選んでくれたという。
 逆に、兄ちゃんの部屋は、一日中日が当たらない場所らしい。

 室内の家具は、半分以下に減った。
 今あるのは大きな寝台、窓辺に敷かれたふかふかの絨毯、大きな長椅子、文机。
 どこでも寝転がれるように、室内履きが用意されていて、毛足の長い毛織物が敷き詰められている。

 兄ちゃんがいない時に寂しくないように、使用人さんたちが気を配ってくれる。

 使用人さんたちは、下町出身で頭が良い人ばかりだ。
 兄ちゃんの家は待遇が良いから、長く勤めたいらしい。
 みんな優しくてすごく温かい。

 兄ちゃんは、四十年間使い道のなかった給金と報奨金で、定期的に衛兵の警らが行われていて、侵入されにくい高級住宅区画に家を買った。

 使い道のない金だから漫然と寄付することにしても、誰かの懐に入るのを見逃しているだけ、と自分で雇用や消費に回そうと考えたそうだ。
 うん、難しい。

 兄ちゃんは金持ちで当主。
 でも有名な家の出身ではない。
 スケルの名前は継げても、兄ちゃんの功績は兄ちゃんのものだから、後継ぎは必要ない。
 つまりおれは息子だけど、後継ぎではない。

 兄ちゃんは神官だから上流階級とのつながりはない。
 偉い人に近づこうとか、偉くなりたい欲を持たない使用人さんたちばかり。

 だからこそ、この家に流れる時間はのんびりしているのだろうか。



 おれが知らない間に、兄ちゃんが両親の店の売却を止めてくれていたので、相談の結果、店を貸し出すことにした。
 いつまでも空っぽのままでは店がかわいそうだ。

 詳しい話を聞いて、教えてもらい、提案してもらいながら、一生懸命考えた。
 両親の店を、できれば残してほしい。
 でも、店内で飲食する店でなければ、そのままは使えない。
 どうしたら残してもらえるだろう。

 使用人さんが細かい希望を聞いて話を詰めてくれて、最終的に喫茶の店として貸し出すことになった。
 土地と建物の持ち主はおれのまま。
 家賃収入が発生するという。

 改装は必要だけれど、建物自体は補強して使い続けてもらえるそうだ。

 借主さんと会った使用人さんの話では、おいしい軽食と飲み物が提供できそうという話だ。
 開店したら、行ってみたい。

 おれは毎日、庭でのんびりしているだけなのに、しっかりと金を稼いで生活している、そんな錯覚がする。
 周りの人に助けられてるだけなのに。

 それで良いのですよ、と兄ちゃんは言う。
 サンマレイネンは苔むすもの、動きたくない時は動いてはいけないのだと。

 のんびりする大義名分を与えられて、堂々と庭で日向ぼっこをして、毎日が幸せだ。

 庭で今朝、採れたばかりだという果実を兄ちゃんに食べさせてもらいながら。
 子供の頃の幸せな日々にもどったような気がしていた。

 けれど。
 過ぎた幸せは、いつまでも続くものではない。
 おれはそれを忘れていた。





「お帰りください、旦那さまはただいまご不在でございます」
「我々がお会いしたいのはヴィグォルウさまではなく、ボロストファ軍曹という方です」
「前触れもなく尋ねられては困ります、若旦那さまには、後程、ご用件をお伝えいたしますので、お帰りください」
「わかだんな?」

 庭でぬくぬくとした日差しに照らされて心地よくしていたのに、なんだか胸がむかむかして、目が覚めた。

 どこかで声がする。
 二人分。
 気持ち悪い声だ。

 耳触りは良いのに、気持ち悪い声。
 見目の良い表皮をはがせば、そこにあるのは悪意。

 聞き取れないほどかすれた、気持ち悪い声。
 悪意を隠そうともしない。

 二つは全く違う声だというのに、ひどい嫌悪感を覚えた。

 ここは、おれの領域だ。
 兄ちゃんと使用人さんたちの大事な家だ。

 おれが守らなきゃ。
 これまで守られてきたから、今度はおれがみんなを守るんだ。

 兄ちゃんがいない間、おれが大切な場所を守る!

 体の奥底から熱が湧き上がる。
 小さな熾火に怒りを燃料のように注げば、あっというまに轟々と燃え上がった。

「ストロナンディ」
「若旦那さ、ま?」
「どうも……え、あなたがボロストファ軍曹ですか?」

 ふかふかの部屋履きに包まれた足は、ほとんど音を立てずに歩くことができる。
 大切な袖付き布団は吊り寝床に置いてきたから、今のおれは簡素な長衣一枚だ。

 おれが来ると思っていなかったらしい使用人さんストロナンディが、慌てたような表情を浮かべる。

 わかるよ、いつものおれが頼りないから、出てこられると困るって。
 でも今のおれは怒り狂っているんだ。

 こいつらは、兄ちゃんに害意を持っている。
 なぜかそれが分かる。
 使用人さんたちなら、うまく丸め込めると決めつけているのが、言葉にしなくても伝わってくる。

 神官に似た服を着た美しい若者と、汚れで黒ずんだような……老人?、の二人組に目を向けた。

「どのような御用でしょうか。
 ここは神殿ではありませんので、突然の訪問はお断りしております。
 ストロナンディ、(衛兵を呼ぶ)手配は任せる」
「はいっ」

 使用人さんストロナンディがものすごく驚いている。
 おれも同じ気持ちだよ。
 自分が信じられない。
 すらすらと言葉が出てくる。
 まるで今だけ、おれが兄ちゃんになったみたいだ。

 そうだ、おれは兄ちゃんみたいになりたかった。
 優しくて頼りになって格好良くて頑強な、男の中の男に!

 血がざわめく。
 嫌悪感を飲み込んで、にっこりと笑顔を浮かべた。
 兄ちゃんは怒っている時にこそ笑う。

 そうだ、兄ちゃんの真似をしよう。
 座るか座らせられるか座るか諦めるか、選べ!、って。

 大地の実りを刈り尽くしてしまうものたちは、いつも同じ匂いがする。
 自分たちだけが良い思いをしたいと思っている。
 自分たちだけしか大事にできない。

 実りを分ければ、みんなで幸せになれるのに。

 自らを分け与えられないものには、誰も分け与えることができない。
 分け与えられることを感謝しないものには、分け与える意味がない。
 思い出した。

 〝良き行いには良き末が、悪き行いには悪き末が訪れる〟

 孤児院でそう教わったから、ずっと負けないように頑張ってきたんだ。
 兄ちゃんみたいになりたいから、諦めないで頑張ろうって。

 頑張ったら、頑張っただけ、きっと良いことがあるから、と。

 
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