3 / 28
本編と補話
02 迎えにきた
しおりを挟むおれの両親は、王都の貧民街に近い下町で庶民向けの食堂をやっていた。
いつも満員御礼だった。
山盛り定食が好評で、大勢の常連客で賑わっていた。
幼いおれも店に出て、客にからかわれたり、可愛がられたりして育った。
おれが十二歳の時。
流行り病が、貧民街から下町全域に広がった。
区画ごと隔離された結果、両親だけでなく、多くの人々が苦しみながら死んだ。
おれも死にかけて、一命を取り留めた時には、店とおれだけが残されていた。
……いつの日か、両親の店を形を変えても生き返らせることができるかも、とか考えたのにな。
馬車の乗降場に向かいながら、小神殿の前を通った。
戦争が何十年も続いた結果、王都には小規模の神殿が多い。
駐在神官は一人か二人、儀式を行うほどの規模はなくて、人々が日常の祈りの場として通う小神殿。
そういえば、両親の店の近くにも小神殿があった。
小神殿に詰めていた神官さまも、うちの常連だったな。
そんなことをぼんやりと考えていて、前を見ていなかった。
金属が石畳を打つ足音が、聞こえていなかった。
「ヘイラ、っ」
「いてっ」
ぼすん、と腹に何かが当たった。
おれはいつもこうだ。
出鼻は挫かれ、有終の美を飾れない。
「……前を向いて歩いてください」
「すいません」
おれの腹にぶつけたらしい額を押さえて、見上げてきた相手がどこか恨めしそうな口調で言った。
反射的に謝りながら、あれ?、と傾きそうな頭を止める。
ぶつかってきたのは、スケル神官だった。
彼の勤務地は大神殿で、現在地からはかなり距離がある。
なんで、この人がここにいるのか。
……なんで、いつもの神官服ではなくて、従軍神官の戦闘特装である神官鎧を着用しているのか。
さらにその神官鎧が、……なんか、すっごい……うん、すごい。
言葉にできない。
一兵卒から役職の要不要で下士官になったおれに、選良階級軍人にあたる従軍神官の知り合いはいない。
神官鎧姿の神官を見たのは、式典の時だけ。
それも間近で見たわけではない。
そんなおれでも、スケル神官の鎧が普通ではないと分かった。
見たことがない装飾だらけの上、すごく使い込んでるなーと。
血の跡や戦闘の痕跡っぽい傷や補修痕まで、古ぼけたようにみせるために加工してる……なんてわけ、ないよな。
しかもわざわざ、少年の体格にあわせて。
大陸全土の国を巻き込んだ、何十年も続いた戦争が終わったのは、おれが生まれる前年。
それ以降は従軍神官も軍人も、戦場に行ったことがない。
国境での小競り合いはあっても、死人がでる規模の戦闘は行われていない。
そのはずなのに。
「なにか?」
「なんでもありません!」
おれがじろじろ見ていると、ゆっくりと目を細めるスケル神官。
軍に入ってから、返事は拙速でもするべき、と知ったため、ほとんど反射的に答えていた。
ふと、スケル神官の表情に見覚えがあるような気がした。
クリームを見つけた猫のような、なにかを企んでいて、なにかを狙っているような表情を、おれは知ってる。
「迎えにきました、ボロストファ軍曹」
「自分は軍曹ではなく一等兵です」
軍曹だろうが一等兵だろうが、職務の内容に変わりはない。
けれど、給料は減るし、階級が下がると言うことは扱いも悪くなる。
治安の悪い国境に詰める軍人たちが、お上品でお行儀が良いわけなどないから、異動後は痛めつけられる可能性が非常に高い。
「すねるのは後にしてください、歩きたくないのであれば力尽くで連れて行きます」
なぜか、不貞腐れる子供を相手にするような口調で言われて、思考が止まった。
どこに行く気だろう。
見残した場所はない。
連れて行くと言われて、ささくれていた気持ちが、そのまま口からあふれた。
「そんなこと、できるんですか」
八つ当たりをしていると自覚しながら、スケル神官を見下ろして鼻を鳴らす。
相手は軍人ではない。
しかも年下の少年だというのに。
おれは、馬鹿だ。
「〝虚飾を口にしてはならない、神は常に見ておられる〟」
どうせ見てるだけだろうが。
助けてくれないんだ。
両親を助けてくれとすがったのに。
おれだけを残した。
「神なん、な、っなああっっっ!?」
反論をしようとした体が傾く。
気がついた時には、おれの半分しか身長のないスケル神官に、物語の姫君のように抱えられていた。
背中と太ももの裏に回された鎧は、揺らぎもしない力強さだ。
「〝正しき者は口を閉ざせ、不実を真実にしてはならぬ〟」
おれは敬虔な信徒ではない。
だからスケル神官の言葉が経典の一部だろうと察しても、理解はしてない。
この状況でふさわしい教訓なのかも。
それでもなんだか、用途が間違っている気がする。
初めて間近で見たスケル神官の瞳は、まるで金属で作られたように光っていた。
ざらりとした光沢を、どこかで見たことがあるような。
そんな気がして、落ち着かない。
おれはどこまで恥をさらせば良いのか。
鎧姿の少年神官に、子供のように抱っこされて街を進んでいく。
おれの半分ほどの身長の細い少年に抱き上げられて、知り合いがいてもいなくても恥ずかしくない訳が無い。
降りようとしたんだ。
降りられなかったんだよ。
降ろして下さいと頼んだ。
降ろしてくれないんだよ。
なんだこれ。
周囲を歩く人々の視線と好奇が向けられているのを知りながら、おれは歯を食いしばって耐えた。
傷痕だらけなのに白々と光る鎧姿の少年神官は、涼しい顔のままで歩く。
人並み以上に大きな成人男性を抱えた腕は、微動だにしない。
どんな筋力してんだよ、この子。
普通に怖くなった。
そして。
「開門しなさい」
王国軍王都本部に到着。
おれが出てきた独身寮ではなく、正門へ堂々と殴り込みをかけた。
泣きそうだ。
どうしておればっかり、ひどい目に逢うんですか。
「わたしはトリルトゥ・ヴィグォルウ従軍特務神官長です、第三大隊、十四中隊所属のスタッカオ・ヘゴミ中佐へ面会を求めます、取り次ぎなさい」
……あのー、従軍特務神官長ってなんなん?
しかもあんさん、名前が違いまっせ。
混乱しすぎて、子供の頃の下町おっさん訛りが聞こえた。
そしておれが混乱している間に、とんでもないことが起きていたようだ。
「神官長さまっ!」
馬車が三台は通れる巨大な正門が、なぜかあっさりと開かれて、中からおれのような下っ端でも顔だけは知っている老人が駆けてきた。
加齢で筋肉が落ちても、真っ直ぐに伸びた背筋。
本物の戦争を知る軍人として、今の常態化への警鐘を鳴らし続ける人物。
軍部における最上位階級者の一人。
ナオイン・エル・ミーキルヴェイグ元帥。
前に出ようとする護衛なのか付き人なのかを押しのけて、元帥はお手本のような敬礼をした。
それを見たスケル神官が見たことのない敬礼を返し、口を開く。
「お久しぶりです、ミーキルヴェイグ元帥閣下」
「神官長さま、そのように他人行儀な呼び方はおやめください、どうかかつてのようにナオインと呼んでください」
ちょっと待った。
本当に助けて。
どうして少年にしか見えないスケル神官に、御歳七十近いと聞いた元帥閣下が呼び捨てを頼んでいるんだ。
頭がおかしくなりそうだ。
おれはなにに巻き込まれているんだ?
「では改めて、ナオインが元気そうでなによりです」
「いえいえ、寄る年波には勝てません、神官長さまはお変わりないようで」
「わたしは変わろうにも変われませんから」
爺さま同士の茶飲み話の様相を見せる目前の光景に、おれは抱っこされたまま耐えるしかない。
早く降ろしてもらえないだろうか。
さっきから、元帥閣下の視線がおれにちら、ちらと向けられるのがつらい。
0
お気に入りに追加
59
あなたにおすすめの小説
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
邪悪な魔術師の成れの果て
きりか
BL
邪悪な魔術師を倒し、歓喜に打ち震える人々のなか、サシャの足元には戦地に似つかわしくない赤子が…。その赤子は、倒したハズの魔術師と同じ瞳。邪悪な魔術師(攻)と、育ての親となったサシャ(受)のお話。
すみません!エチシーンが苦手で逃げてしまいました。
それでもよかったら、お暇つぶしに読んでくださいませ。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
君と秘密の部屋
325号室の住人
BL
☆全3話 完結致しました。
「いつから知っていたの?」
今、廊下の突き当りにある第3書庫準備室で僕を壁ドンしてる1歳年上の先輩は、乙女ゲームの攻略対象者の1人だ。
対して僕はただのモブ。
この世界があのゲームの舞台であると知ってしまった僕は、この第3書庫準備室の片隅でこっそりと2次創作のBLを書いていた。
それが、この目の前の人に、主人公のモデルが彼であるとバレてしまったのだ。
筆頭攻略対象者第2王子✕モブヲタ腐男子
婚約破棄されたショックで前世の記憶&猫集めの能力をゲットしたモブ顔の僕!
ミクリ21 (新)
BL
婚約者シルベスター・モンローに婚約破棄されたら、そのショックで前世の記憶を思い出したモブ顔の主人公エレン・ニャンゴローの話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる