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06 ゆうしゃはみやこにいく
しおりを挟む外出する準備ができてから、ようやくどこに行きたいかを聞いた。
「美味いものがあれば、どこでも」と言われてもなぁ、と悩む。
僕の生まれ故郷の町は、顔見知りだらけなので駄目だ。
何年も帰っていないけれど、成長した僕が父さんとか親戚に似ている可能性があるから。
他に、美味しいものがあって、かつ僕がある程度は知っていて、案内できる場所となると。
一箇所しか思いつかなかった。
人が多くて、店も多くて、僕の名前だけが一人歩きしている場所の代表。
ウジャシリ王国の王都だ。
王国内に町や村はたくさんある。
でも、詳しく紹介できる場所がない。
僕は魔王討伐のために世界中を駆けずり回っていたけれど、美味しいご飯があったかなんて覚えていない。
違う大陸なんて言葉が通じないのが当たり前で、余所者扱いが普通だった。
食べられるものならなんでも口に入れる、が普通だった。
これ以上は思い出したくない。
行き先を決めたら、彼の転移で僕も一緒にひとっ飛びだった。
瞬きを一つして見回してみれば、どこかの裏路地。
さすが龍王様だ。
人が転移魔術を使う時には、大掛かりな魔術転移門の設置が必要だ。
門から門へしか転移できない上に、一回で目がとび出そうな金額を請求される。
魔術起動用の巨大魔石に魔力を充填するのが、とてもお高いのだ。
今の僕は茶色の帽子を目深に被って、さらに砂色の外套を着ている。
亜麻色の髪と茶色の瞳は珍しくない。
平凡顔と平均身長だから、人が多ければどこにでも紛れられる。
体は鍛えているから、服装に気をつけないとまずいけれど。
髪や瞳の色だけでなく顔そのものも平凡な僕は、格好に気をつけて聖剣を持っていなければ、勇者だと気が付かれない。
仲間たちにすら、居合わせた一般人だと思われたことがある。
かつての戦いの時も、人に擬態していた魔族の将に気が付かれなかった。
鎧の上に外套を着込んでいたとはいえ、目の前で食事していたのに、見分けがつかなかったらしい。
仲間にもよく覇気がない、兵士と見分けがつかないって言われたから、別に傷ついてない。
きっと魔族は、人族がみんな芋に見えるんだ。
彼の今の姿は、一見すると手のひらくらいの黄金のトカゲ。
周りからはそう見えなくても、これは恋人同士の街歩きだ。
嬉しくて顔が笑顔になってしまう。
「美味くて安い串焼肉~」
「砂糖菓子はいかが~」
「魔境産モンステのチュンビ焼きだよ~」
「うちのマトゥンダはとびっきり新鮮だよっ!」
彼の住む洞にいる時は、時間を気にしない生活をしていたので気がつかなかったけれど、お祭り中かもしれない。
そこここの出店で、売り子が声を張り上げていた。
それとも、いつもこんなに賑やかなのか。
美味しそうな匂いの発生源が気になるのか、彼が頭を持ち上げて鼻をひくつかせる姿が可愛い!!
僕は自然な感じになるように意識して、手のひらを軽く握る。
「ん?」
「迷子になりそう、です」
なぜ握りこむのだ、と一瞬怪訝な顔をして、それから目をそらす僕を見た彼は、仕方ない奴だの、と言いそうに首を振った。
だって、都に来ること自体、三回目なんだよ!
田舎者の僕は、人混みの中を歩く技術なんて持ってない。
もちろん一緒に食べ歩きをしたい気持ちはあるけど、それ以上に、迷子になったらどうしようと不安で仕方ない。
勇者だと知られるわけにはいかない。
彼の長い尾が、僕の手首にするりと絡んだ。
すべすべで気持ちが良い。
(心配するでない、どこにおろうとも転移すれば良いのだ)
音のない声が頭に響いて、これもまた彼の技術か魔術なのだ、と驚いた。
それとも魔法?
心配いらん、と軽く流された不安な気持ちに、落ち着かなくなる。
やっぱり、性格はどうであっても、彼は龍王なんだなって。
そういえば、小さい姿の彼は体重も軽くなっている。
巨龍の時は力一杯、目一杯押しても重くて動かなかったのに。
とても不思議だ。
ここでいつもみたいなやり取りはしない、と言いたいのは伝わってきたので、彼に迷惑をかけないように、人にぶつからないように市場の中を歩き回った。
もちろん周りを見回す余裕なんて無い。
魔物や魔族になら、囲まれても対応できるのに!
(肉の串をたくさんだ!)
「あの、串焼肉を十本ください」
「あいよ!あっちいから気をつけなぃ」
(早く受け取るのだ)
「はいっ」
「お?なんでぇニイちゃん、ここらは初めてか?」
「あーはい、分かるんですか?」
「地元っ子は皿持って買いにくっからよ」
(皿の話など捨て置け、早う喰わせんか!!)
「そ、そうなんですか、ありがとうございます」
(うむ、両方うまそうだ、どちらも捨てがたい)
「シンコ炒めを三人前と、チュンビ焼きも三人前ください」
「はいよ~、お?あんちゃん可愛いトカゲ連れてるじゃねえか」
(我をトカゲ扱いするでないっ!!)
「トカゲじゃな、いてっ、あの、ええと」
「ははは、あんちゃんばっかり食うなって怒ってんのか?
その子にやる分をおまけしてやるよ、味はつけなくていいんだろ?」
(よう分かっておるではないか、もっとおまけせよと言ってやれ!)
「あの、ええと、はいっ」
僕は気風の良い屋台の店主たちに翻弄されながら、彼が尾で指し示し、頭の中で聞こえる音なき声の指示通りに、料理を次から次へと買っていった。
受け取ったら、早く食べさせよ!とねだるように、カプリ、と親指の付け根あたりを甘噛みされる。
まったく痛くない。
彼の言動が、普段よりも興奮しているのが分かる。
何これ、幸せすぎ、甘えられてる?
甘噛みとか、何それ。
かわいい。
洞にいた時の、ちょっとぎこちない感じはなんだったんだろう?
もしかして、僕を警戒してた?
そりゃそうか、だって僕は強姦犯で、彼は被害者だ。
いくら彼が優しくて、罪を償う機会をくれたとしても、僕がしでかしてしまったことは、人の社会なら投獄されるのが当たり前のことだ。
もしかしてずっと一人相撲していたのかな、と痛みだした胸を押さえようにも、両手は彼と食べ物で埋まっている。
彼に頼まれたものを僕が購入して、長椅子に座って二人で食べる。
延々とそれを繰り返して、周囲の出店を全部回ったような気がした頃、お八つどきを知らせる鐘の音が聞こえた。
(ああ、くちいのう)
頭の中に響く、心の底から幸せそうな彼の声音に、僕も胸が一杯になる。
本当に彼は食べるのが好きだ。
本当に幸せそうに喜んでくれる。
僕が作ったものも。
僕は、人に喜んでもらえるような……。
(どうしたのだ?)
「……僕は」
「あれ、勇者さ……」
それが聞こえた瞬間に、僕は技能の〝疾走〟を使っていた。
人混みの中を一息にすり抜けて、壁を蹴り登り、屋根を踏み飛ばし、気がついた時には都の外壁までたどり着いていた。
思わぬ全力疾走に息を整えていると、握りしめてしまっていた手のひらの中で、彼が僕の指を押しのけた。
(慌てすぎだ、少し落ち着かぬか)
手汗がひどかったので、彼を壁の脇に積んであった木箱の上に下ろした。
その顔が見れなくて俯く。
きっと呆れている。
勇者のくせに臆病で、情けない僕に。
「ふむ、腹も膨れた、帰るぞ」
「え?」
すべすべとした感触に顔を上げた時には、彼が僕の手首に絡んでいて、洞の外に立っていた。
彼は一人でふよふよと浮かんで、体をくねらせて飛んでいきながら、僕を見て声をあげた。
「腹ごなしに少し飛んでくる、我のおやつを忘れるでないぞ?」
「……はい」
僕はしばらくその場で空を見上げて、彼が僕をここに連れ帰ってくれた理由を考える。
これ幸いと、都に置いていかれると思ったのに。
僕が、怖がっていたから、守ってくれたんだろうか?
彼が優しいから?
答えが出るはずもなく、僕はトボトボと洞の中に入った。
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