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アミンダ
少年は出会う 4
しおりを挟むぼくを机のある部屋まで案内してから、低いいすに座らせて、ベストさんは何かを始める。
マントを着た姿は、背を丸めて歩く人に見えて、カシカシとつめが床に当たる音がする。
調理場を動く姿をぼんやりと見ている内に、食事の用意をしているんだって気がついた。
肉球とつめの生えた小さな手なのに、かまどの火をつけて、器用になべの中身を温めている。
たなにはとびらが無いし、つりとだなの取っ手もベストさんの手で開けられる形になっていて、あっという間に低い机の上に温かいお皿とパンが用意された。
ベストさんが、持つところがわっかになったお玉を両手で持って、ぼくにスープをよそってくれる。
机の上のスプーンも、お玉と同じようにふしぎな形だった。
ベストさん専用なのかもしれない。
「たべる、いたい?」
「ううん、痛くないよ」
「うん」
ベストさんはスプーンを使わずに、机の上に置いた深皿に鼻先を突っこんで、ぺちゃぺちゃと音をたててスープを飲み始めた。
ぼくの目の前には、わっかの持ち手がついたスープカップと、やっぱり持ち手がわっかになったスプーン。
もしかして、スプーンもお皿も一つずつしかないのかも、と思ったのは、ベストさんが自分のパンを机の上に置いたから。
平皿が一つ、スープカップが一つ、深皿が一つ、スプーンが一つ、ベストさんは一人ぐらしなのかもしれない。
「ごめんなさい」
「ん?」
深くかぶったフードから、つやつやとぬれた黒い鼻先がのぞいている。
突きだした鼻の下にある口には、とがったきばがたくさん。
本当に、人なのかな。
動物にしか見えない。
でも、まちがいなく、ぼくの目の前で話しているのは、動物みたいな姿のベストさんだ。
じゅう種と呼ばれる人々が、どこかに住んでいるのは知ってる。
でも、動物に似た人々は、人が住む近くにはいない。
神様が、そうしたから。
ほとんどのじゅう種は群れを作って、じゅう種同士でけっこんするって教わった。
世界中を旅したら会えるかもしれないね、なんて助祭様が言ってたけど、ベストさんは本物のじゅう種なのかな。
「わがままを言ってごめんなさい、助けてもらったのに、まだ、お礼も言ってない」
小物入れやひみつ箱を作る職人だった父さんが、よく口にしていた。
人に助けてもらったら、まずお礼を言いなさい、と。
その時は余計なお世話だと思っても、まずはお礼を伝えるべきだと。
自分がだれかを助けたいと思った時に、余計なことを!と言われるのはいやだろう?って。
きっと父さんには、だれか、助けたい人がいたんだと思う。
助けたいのに助けられなかった、そんな大切な人がいたんだと思う。
「わがまま、ない、いいこ、ベストさん、うれしい」
「どうしてぼくを拾ったの?どれい商人に売るため?」
ベストさんのするどすぎるきばを見て、食べるため?と言いたくなったけれど、そこだけはがまんした。
本当に食べるって言われたら、どうなっちゃうかわかんなくて。
「……ベストさん、わからない、いいこ、たすける、したい」
顔を上げて、べろりと長い舌で口の周りをなめたベストさんは、両手でパンを机におしつけて、食いちぎった。
ぼくは、固いパンにスープを吸わせてから食べてる。
このパンがいつ焼いたパンなのか知らないけれど、すごく固くなってしまっている。
がんばったけど、手でちぎれなかった。
ぎょうぎ悪いってしかられるだろうけど、机の上にはナイフがないから小さく切れない。
そんなカチカチパンを食いちぎるなんてすごい、どれだけするどいきばをしてるんだろう。
ベストさんがぼくを食べようと思ったら、あっという間に食べられちゃうんだろうな、と思った。
「ベストさんは、ぼくを、……ぼくを、どうしたいの?」
「ベストさん、いいこ、どうしたい、の?」
ぼくが聞いてるんだけどな、と見返すと、フードにかくれてるから顔なんて見えないのに、困った困った、と考えているのが伝わってくる。
ぐるぐるとのどを鳴らして、くるるるぅとおかしな鳴き声をあげるベストさんは、本当に変な人、ううん、動物だった。
ただ話すのが苦手なだけかと思ってたけど、もしかして、ベストさんって考え方も動物に近いのかな?と考えてしまった。
じゅう種に会ったのはベストさんが初めてだ。
人の大人とはちがうのかな?
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