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楽園 2/4
しおりを挟むここは、一体どこだろう。
何度目かのその疑問を解消するべく、立ち上がろうと体を起こして、初めて周囲を見回した。
見える範囲には岩しかない。
どこまでもゴツゴツとした岩が転がっている。
もちろん足元も岩、左右に広がる高い崖も岩だ。
草の一本すら生えていないなんて、おかしくないだろうか。
僕の知識の中に、こんなに深い渓谷は存在しない。
自分がどこで生まれて、育ったのかも思い出せないのに、高い山の名前や何箇所かの国の名前を知っている。
知識と記憶は紐づいているはずなのに、自分に関しての記憶と知識だけがごっそりと欠落している。
一体、この首輪を開発した人は、何を考えてこんなものを作り出したのだろう。
「誰かいませんか?」
人でなくても良いから何か反応がないだろうか、と耳をすませてみるけれど、虫の声も鳥の鳴き声もしない。
自分以外の生き物の気配が感じられない。
途端に怖くなった。
気を紛らわそうと、何か持っていないだろうかと、自分の服を探ってみることにした。
服の上から自分の肉体を触ってみた感じでは、鍛えていたようだ。
むき出しの手のひらにはゴツゴツとしたタコが何箇所もできているし、拳を握ってみれば、二の腕が服の下で盛り上がったのが見えた。
鍛えた記憶はないのに、体には鍛えた痕跡がある。
覚えていなくても、過去の僕は努力をしたのだろう。
しかし、記憶がないってことは僕は僕ではなくて、それなら今ここで考えて、孤独に怯えて戸惑っている僕は誰なんだろう?
どうして僕は一人きりを恐れているのか。
僕の記憶が封じられてから、今の僕が生まれたのか。
記憶が封じられていても、僕は僕のままなのか。
「僕は……」
ああ、一人だと独り言が増えるって知っているけれど、その通りかもしれない。
しっかりとしたつくりの赤革の長靴で岩の地面を踏めば、硬さを感じる。
幻じゃない。
僕はここにいる。
ここがどこか分からなくても。
だから、大丈夫。
歩こう。
結論はあっという間に出た。
全然、全くもって、大丈夫じゃなかった。
渓谷の上に覗く白は空の色ではないようだ。
いつまでたっても、どこまで歩いても白いままだ。
明るくも暗くもならない、今が昼か夜かも分からない。
お腹が空いた、喉が渇いた。
どれだけの時間が経ったのか分からないけれど、少なくとも喉が渇くだけは時間が経った。
でも周囲には何もない岩場だけが、どこまでも続いている。
左右に続く、あまりにも高い崖は登れそうにない。
岩以外に何もない渓谷が、前も後ろもどこまでも続く。
倒れていた場所から起き上がり、歩き出してどれだけ経ったのか。
まるで同じ場所をぐるぐる回っているみたいだ。
前も後ろも、どこまでも真っ直ぐな渓谷が続いているのに。
景色が変わった気がしない。
……疲れた。
その場に座り込んで、何もない岩の地面の上で寝転がる。
硬い。
痛い。
それでも、疲労と飢えを訴える体に応えないと。
服以外、何も身につけていなかった僕には、飢えはどうしようもないから、休むことしかできない。
◆
ずるり、と音がして目が覚めた。
いつの間にか眠っていたようだ。
僕の靴音以外、無音の世界だったのに!と飛び起きた。
「なっ!?」
渓谷の壁を滑り降りるように……肉まんじゅうが、谷底に降りる瞬間を見た。
効果音をつけるなら、どぅるん、だろうか。
薄ピンク色の赤ちゃんの肌みたいな色をした、でっぷりした肉のかたまりに見える。
ただし、大きさは僕の数倍はありそうだ。
この高すぎる崖を降りて来たのか?
なんだこれ。
生き物?
それとも……なんだかよく分かんないもの?
『迷子なの?』
「!?」
声、いいや違う、耳元で囁かれたような気はしたけれど、声じゃない、なんだこれ。
性別も年齢も分からない、それでも確かに意志を持った存在からの接触だ。
つまり僕は、一人ぼっちじゃない!
『かわいそうに、こんなところに迷い込むなんて、帰る場所は覚えてる?』
「あ、あなたが話しているのか?」
気がついたら、僕は目の前の肉のかたまりに話しかけていた。
少し空気の抜けた風船のように潰れ、でろんと地面に転がる、肉の詰まったまんじゅうのようなそれに。
気がおかしくなったとしか思えないけれど、話し声に飢えていた、それが人でなくても意思疎通ができることが嬉しくて、顔が勝手に笑顔になった。
ああ、どうして僕は、こんなに孤独を恐れているんだろう。
記憶もないのに、恐怖心だけを体が覚えているようだ。
『そうだよ』
「ここはどこですか、あなたは誰ですか、僕はどうしてこんなところにいるのでしょうか?」
『落ち着いて、答えられることには答えてあげるよ』
「あ、ありがとうございます!!」
僕は自分でも気がつかないうちに涙を流し、肉のかたまりに腰を折っていた。
飢えと渇きと一人ぼっちが辛過ぎて、僕はちょっとおかしくなっている。
そして、肉のかたまり、は僕に色々と教えてくれた。
……絶望するしかない内容を。
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