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8 ボク
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しおりを挟む喜びと愛と快楽に溺れきった時間を丸一日過ごしてから、ゼンさまが眠りについたことを確認したボクらは、顔を見合わせた。
「行ってくる」
「おう、いざという時は覚えてるな」
「ふざけたこと言うな、ボクがゼンを悲しませる訳がないだろ」
ボクの言葉を聞いたディスが皮肉気に口元を歪める。
こいつはきっと、ボクがしくじって死んだら飛び上がって一喜一憂するだろう、それから悲しむゼンさまを慰めつつ独り占めにする。
でも、そんな形でゼンさまを手に入れたって嬉しくない。
喜べないけれど幸せで悲くて、地団駄踏んで暴れて、いつまでも悔しがるだろう。
ボクだったらそうする。
だからきっとこいつも同じだ。
ディスが嫌いだからじゃない。
お互いに勝てない所があると認めてるから。
「もし早く目覚められたらお前は依頼を受けて出かけてると伝えるが、誤魔化せるかは分からん、さっさと帰ってこいよ」
嫉妬の炎をお互いに燃やし、ボクらはそれを隠さない。
全てを曝け出せる信頼も信用もある。
それでも、こいつはボクの敵だ。
唯一にして絶対の、取り除けない越えられない壁だ。
「当たり前の事をしつこく言うな」
「へーへー、せいぜい気をつけろ」
「ディスもな」
ゼンさまが眠っている時は、これで良い。
現在、ボクらが感知できる範囲に追手はかけられていない。
けれど、見えるボクと聞こえるディスが揃っている状態で隠れていれば見つからないと思っているなら、随分と甘い考えだ。
ボクらと交合を繰り返して、ゼンさまの力は日増しに強くなっている。
ボクらの力も同様に。
最近では街に数日滞在するだけで、宿を中心に世界が浄化されているのを感じられる。
ボクらが二人がかりで偽装しているにも関わらず。
世界が滅びに向かっているなんて、嘘だ。
ゼンさまがいれば、大丈夫。
そう信じたいし、ボク自身は危機感を覚えていない。
ディスやサイシたちが、怯えて過剰に反応しているだけなんじゃないか?、と言いたい。
現実逃避だ。
危機感を感じさせないのに、世界はおかしくなっている。
このままだと新鮮な野菜も肉も手に入らなくなって、ゼンさまに美味しい食事を用意できなくなる、喜んでもらえなくなる。
ゼンさまの苦労と努力が、全て無駄になってしまう。
ボクと出会ったあの日までずっと、ずっと長い間、ゼンさまは一人で世界を歩いて旅してきたと聞いた。
いつからとも分からない長い間、弱い肉体一つで世界の全てを相手に試練を課し、世界を浄化し続けてきた。
けれど、かみさまの子供である世界が、全ての命がかみさまに背を向けている。
死にたがっている。
そうとしか思えない。
ディスが世間話に混ぜて色々と聞き出して発覚したけれど、気絶して目が覚めたら全裸だったなんて聞かされてしまえば、腸が煮えくり返る。
シンシがいない時の苦労が壮絶すぎて心臓が痛い。
ボクたちサイシの血筋が堕落したからなのか。
顔も知らない祖先が憎くてしかたない。
あんたらがしっかりしていなかったから、かみさまが苦労したんだ。
悔しくて悲しくて腹にあふれた苛立ちは、ゼンさまに浄化されてしまったけれど、思い出すだけで何度でもボクの心を汚す。
初めて出会った時のゼンさまの様子を思い出す。
よれてすりきれた、ぼろい服。
壊れたものを素人が小手先で修復したような防具。
なにを食べても美味しそうに喜んで。
屋根と壁のある場所に安堵し。
寝台で眠れる事に感激する。
あの時のボクは愚かすぎて気が付かなかった、ゼンさまは貧民が豊かに見えるような状態だった。
どうして、かみさまが軽んじられるのか。
そこに至るまでの道を知らないボクは、苛立つ事しかできない。
なぜ、どうして、と叫んで駄々っ子のようにわめいても、改善しないのに。
ゼンさまが腹の中をまっさらにしてくれるから、ボクは衝動に飲まれずに済んでいる。
衝動を叩きつける相手にも事欠かない。
ぼこぼこと歪になった人型に、更にもやもやを流し込む。
「ェ`アンルhオdf*wqkッサfっ!!!」
聞き取れない絶叫をあげながら逃げようとしても、もう遅い。
お前たちが汚そうとした御方は、もっともっと多くのもやもやを受け止めているのに、一切の汚れを残さぬ方だ。
かみさまの名前を口にして、罪を重ねるような者たちに利用される事が相応しい方では無い。
人は、ただ一つ星を見上げて感謝する事を忘れたくせに、地に降りたゼンさまに望みを押し付ける。
感謝を捧げるだけで満足しておけばよかったのに、叶えてくれと望むのは烏滸がましい。
ゼンさまは、お前たちの望みを叶える都合の良い存在ではない。
世界の罪を一手に引き受ける、贖罪者ではない。
人を、世界を愛しておられる、愛深き御方だ。
許さない、絶対に許さない。
ゼンさまを、お前らなどに利用させるものか。
乾いた木同士を叩きつけたような乾いた音と共に、人の形だったものが粉々に破裂した。
黒い液体が周囲に飛び散る。
ボクに付着する事を拒絶しながら、それを頭からかぶって呆然としている人々を見た。
周囲で絶叫があがる。
腹に溜め込まれているもやもやの量は自壊させられる程ではない、それでいて普通よりも溜め込んだ奴ら。
もしかしたら、善良だった人々だ。
彼らには、この破裂したものが人に見えていたんだろうか。
人を殺したと思われただろうか。
ボクには黒いもやもやの塊にしか見えなかった。
まともな会話が成り立たず、破裂した後に骨も内臓も残っていないから、やっぱり人ではなくなっていた気がする。
人の姿のボクを見て、舌なめずりをした。
それだけで、ボクの背後にゼンさまの姿を認識しているのだと知れた。
だから、壊した。
ゼンさまを狙われないように。
ゼンさまを奪われないように。
ここにいる人々の中から、同じような存在が生まれては困るから、釘を刺しておくことにする。
演説はディスの方が得意なんだけど、口上は教わっている。
「唯一絶対にして至高なるヌー・テ・ウイタ・ラ・ドゥンネゼウは、ただ一つ星に座す。
空を見上げて祈れ、そして感謝して願え、されど望むな」
かみさまは、お前らの願いを叶える道具ではない。
この集団の一番上らしき、偉そうにしていたもやもやの塊を破裂させたからなのか、それ以外の奴らはすんなりと頭を下げた。
がたがたぶるぶると震えながら。
彼らに、もやもやを詰め込んだせいで破裂した塊が人の姿に見えていたなら、自分達も同じように破裂させられる、と思ったかもしれない。
殺されたくなかっただけ、かもしれない。
……そういえば、溜め込んでいない人にもやもやを捻じ込んでも、崩壊させられるのか知らないな。
試す気は無いけど。
ゼンさまが起きる予定までに回れる距離は回った。
帰ろう。
ヌー・テ・ウイタ・ラ・ドゥンネゼウを崇める教団や集団は多い、ボクは知らなかった。
サイシの血筋では無い人々も、追い詰められていることは察しているのかもしれない。
世界に変調はない。
雨は降り、日は降り注ぎ、風は吹く。
でも、実らず、枯れていく。
植物は枯れ、野の獣も減り、人が黒いもやもやを溜め込んで獣のように不自然に歪んでいく。
人もまた、ゆっくりと数を減らしている。
それが摂理であるように女性が生まれなくなり、男性ばかりになっているのに、おかしなことに誰も危機感を感じていない。
世界の終わりは近い。
ゼンさまの周囲で、霞んだ景色が浄化されていく光景を見れば胸がときめくけれど、その後はどうなるのか。
浄化されれば、実りが戻るのか。
数多の命が生まれるようになるのか。
男だけが残り、滅びを待つのか。
全ては、かみさまの手のひらの上だ。
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