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8 ボク
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しおりを挟む天幕に戻ってみれば、ゼンさまは安らかに眠っていた。
全身を覆うように巻きつけた毛布の中で、微かな寝息をたてる姿に安堵する。
かなり騒々しくしてしまったけれど、眠りを妨げずに済んだようだ。
襲撃に備えるためとはいえ、無理をさせてしまったから休息が必要だ。
ボクたちに多くの力を注いでくれたという事は、消耗も大きかったと言える。
ゼンさまがボクたちに力を与えてくれたのは、必然ではなかった。
聞かなくてもわかる、ボクたちを悲しませたくない気遣いだ。
人の善き心を求めるための試練が優先されていれば、ゼンさまは拐われて再び道具のように扱われる事を避けなかったはずだ。
それなのに今回、試練よりもボクらの心を思ってくれた。
嬉しいのに、喜びづらい。
試練の妨害になったのは間違いない。
ゼンさまが全ての命を救いたいと願うように、ボクはゼンさまに安穏な生活を送ってほしい。
かみさまが地に降りられる理由は、人々を、命を救うため。
かみさまが肉の殻を纏って地を歩くのは、シンシの幸せのためでは無い。
けれどシンシは、ゼンさまを守るために存在する。
ゼンさまの幸せがボクを幸せにしてくれる。
ボクが幸せだとゼンさまも幸せそうに見える。
ゼンさまの幸せを守るために全てを差し出して、全てを与えられている。
いつまでも逃げてはいられない。
ゼンさまを追う奴らは、諦めないだろう。
邪魔するものを全て排除して、安全になった世界を旅しよう。
地の果てまで優しさで満たされて、浄化された世界を実現するために、降りて来られたのだから。
美味しいものや美しいものをたくさん見せて差し上げて、天の上からでは見えない地の景色や人々の生活を知って頂きたい。
あらかじめ襲撃を想定していた事もあり、荷造りはすぐに終わった。
ディスの帰りを待ちながら、鍛錬をする。
ゼンさまに頂いた力は馴染んでいるけれど、使いこなせてはいない。
今回の襲撃がもう少し早かったら、負けていたかも。
いざという時のために、常からの鍛錬が必要だ。
周辺に獣も人もいないと知っているけれど、はるか遠くから見られていれば気がつけない。
シンシの姿での鍛錬は、ディスと一緒に夜にすることにしよう。
人の姿で手足を振り、止める。
自分の認識している形が、教わった通りになるまで繰り返す。
人の形を崩さずに、シンシの力を上乗せして。
岩を指で貫けるように。
大地を拳で打ち砕けるように。
湖を掌打で荒れ狂わせられるように。
振り、止める、振り、止める。
集中していたら、微かに身じろぎをする音がした。
起きて体を起こしたものの、それ以上動かない様子に、もしかしたら寝ぼけているのだろうかと思った。
それは、可愛いだろうな。
「目が覚めたのか、ゼン?」
振り返りながら声を掛ける。
人かもしれないものを殺してしまったボクは、上手に笑えているだろうか?
まだ、休息は十分ではないのに、どうして目を覚まされたのか。
疑問に思っていたら、問いかけられた。
「スペラ……どうした?」
いつもは柔らかく弧を描く口元が、心配そうに下がっていた。
寝ぼけているのではなく、ボクに声をかけられなかったと悟った。
ボクの心の揺れを感じて、起きられたのか。
まだまだ、覚悟が足りないな。
ゼンさまに心配させてしまうなんて、シンシ失格だ。
「うまく言葉にできない」
あれは人だったのか、違うのか。
人だけは殺さないと決めていたのは、ゼンさまが悲しむと思ったから、見捨てられると思ったから。
言われたわけじゃ無い。
勝手に誓っていただけで、勝手に傷ついただけで、それでも……。
「おいで」
「……」
自分の不甲斐なさと情けなさと、足元の不安定さを言葉にできない。
これから先もゼンさまの側にいて良いのか、見捨てられるのかすらボクには分からない。
逞しいと決して言えない牙色の腕が伸ばされ、しゃがみこんだボクをそっと優しく包み込む。
細い若枝のようにしなやかな腕からは、甘やかな香りがする。
匂いではない甘さ
優しさを匂いに喩えたような。
腕の長さが足りないのに、心も体も守られている。
ゼンさまの果てのない深い慈愛で、ボクは包まれている。
ボクが人殺しをしない、と決めていた事を知っていたのか。
ボクに人殺しをさせてしまったかも、と嘆いておられるのか。
「大丈夫、いつだって、最後には大丈夫になるから」
「うん」
一番辛いのはゼンさまだ。
いつだって、ボクの罪を赦してくださる。
愚かでシンシとして頼りなく未熟なボクを、愛してくださる。
新しく誓いを立てよう。
ぶれることのない、ぐらつくことのない、揺れることのない、明確で単純で、決して違えることのない誓いを。
ゼンさまのためなら、世界中の命を奪う事も恐れない。
それをゼンさまは望まない、と知っていても。
ゼンさまを傷つけるものを、許さない。
「おーい、スペラー、臭い消しってあったか……」
真っ白な腹の心地よさに身を任せていると、ディスの困ったような声が聞こえてきた。
水洗いでは臭いが落とせなかったのだろう。
「ゼン、少し行ってくる」
「うん」
「おやすみ」
ボクが自分で葛藤を消化し終えたのを理解したゼンさまが、再び横になって目を閉じられた。
本当に起きて言葉を交わしたのか、疑うような一時だった。
無理をして起きてくださった、と胸がいっぱいになる。
ゼンさまに愛されている。
とても嬉しくて責任重大だ。
天幕の周囲に何重にもかけた結界を確認してから、下履き一枚で水をしたたらせているディスの元へと向かった。
◆
◆
数ヶ月が経った。
この間に、ボクとディスはいくつかの教団や集団を滅ぼした。
人は、殺していない。
人だったものは、いくつかもやもやを捩じ込んで自壊させた。
いくつもの地域を巡り、いくつもの教団を滅ぼす過程で、カウタ・テメイニックは人では無かったことを確信した。
人を繋ぎ合わせたバケモノですらない、狂気の産物だった。
安心したボクは、修行が足りない。
ゼンさまは知っていて、ボクに言わなかったのだろう。
いつか、本当に人を傷つける時が訪れる可能性を考えて、今のうちに最悪の想定をしておきなさいと導いてくれたのだ。
ボクらは教団と名乗る奴らを憎んでいるわけじゃない。
滅ぼすために探しているわけでもない。
あっちが勝手に寄ってくるから、反撃しているだけだ。
正当防衛だと訴えさせてもらう。
ヌー・テ・ウイタ・ラ・ドゥンネゼウを真っ直ぐに崇めているなら、その教団をまとめている者たちが黒いもやもやを溜め込んでいる訳がない。
かみさまを敬う心を忘れ、道具のように使おうと探し求める浅ましさ。
自らバケモノになる事なく、バケモノになるだけの愚かさも気概も持ち合わせなかった奴らに、もやもやを突っ込んでやると簡単に崩壊していく。
人では無くなっていたと自ら証明するように。
何体もの人であったものを相手にして、自分の力の使い方を高めていった。
人と、バケモノになりかけている者の違いが分かるようになってきた。
聞けばディスも同じだという。
ゼンさまがボクらに力を与えてくれているからだと、すぐに分かった。
カウタ・テメイニックの襲撃以降、ゼンさまは前よりもボクらとの交合を望まれるようになった。
必要以上だと感じてしまうほどに。
焦りや緊張は感じないけれど、甘えてくる仕草にどこか必死さを感じてしまう理由を教えてほしいと、願うことができれば良いのに。
たっぷりと時間をかけて二人でゼンさまを抱き、力を頂く日々。
ボクらは、ゼンさまが休む時間に鍛錬をして、同時にかみさまを利用しようとする奴らを減らしていった。
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