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8 ボク
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しおりを挟む例えるなら、ぶづんっ、だろうか。
肉の塊を力で引きちぎった時のような不愉快な感触と音だった。
街で遭遇した時とは違い、歪な黒いもやもやの塊から、人の胴体程度の太さのつるが数え切れないほど伸びて襲ってくる。
太くなって速くなった。
速いけれど避けられた。
捕まえて引きちぎれた。
以前よりも硬い、でも力はこっちが上だ。
全てがでたらめでばらばらに動いて、的確に命を狙う知能は感じない。
つるを引きちぎるたびに、ぶづっ、ぶづりと痛々しい音がする。
千切られたつるが、痛みを感じているかのように暴れて、断面からはぼたぼたと黒い汁が飛び散る。
見た目だけのもやもやと違って、中身まで黒い。
びったん、ばったんと騒音と砂埃を立てながら、つるを振り回すカウタ・テメイニック。
近づくとつるに弾き飛ばされた石や枝が飛んでくる。
シンシである事を隠すために人の姿で戦うボクらには、遠距離からの攻撃手段がないのが口惜しい。
木に叩きつけられたつるがへし折れ、だらりと垂れて引きずられる。
伸ばしすぎて枝にからまったつるをそのままにして動くせいで、つるが引きちぎれる。
ちぎれたつるをそのままに新しいつるを生やし、伸ばしすぎたつるで折れた木の枝を巻き込んで、次第に動きが鈍重になっていく。
当たりそうになったつるを捕まえ、引きちぎる事しかしていないのに、勝手に弱っていく姿が哀れみを誘う。
こいつは、本来は戦う存在じゃないんだ。
元々人に見えなかった形が、巨大な飾りを付けた岩のように膨れていく。
暴れ続けるだけのカウタ・テメイニックには意志がないように見える。
痛みも感じていない、ただ、つるを増やし続けて、周囲をめちゃくちゃに荒らしているだけ。
動きに知能を感じない、本能と言い切るには感情がある。
自己を持っていると思えないカウタ・テメイニックの動きの中に見える怒り。
背後にいる誰かの怒りだろう。
邪魔をされて苛立っているのか、お生憎さま、それはボクらも同じだ!
ちぎったつるを放っておくのはまずい気がして、踏み潰して引き裂く。
手間がかかる。
黒い汁に触れるのも嫌だ。
厄介なのは、黒いもやもやの塊に見えるのに実体がある事だ。
ディスにどう見えているのか聞きたいのに、多数のつるを捌くのに精一杯に見えて話しかけられない。
人の姿では戦いにくい。
手数が足りない。
けれどシンシの姿になると、もやもやを押し付けられる可能性が高い。
更に、こいつを仕向けた誰かがこちらを見ていたら、ボクらがシンシだと知られてしまう。
ボクらが感知できる範囲外から、見る手段が無いとは言い切れない。
ゼンさまが眠っておられる間に全てを終わらせたい。
起こして浄化してもらう選択肢は存在しない。
優しいかみさまに、争う姿は見せたくない。
食べるための獣を狩る事を、必要と理解していて悲しむ御方だ。
「ディス、足止めして!」
「やっとるわ!!」
純粋な格闘はディスが強い。
対人では歯が立たない。
でも獣じみたもの相手の実戦においては、いまだボクの方が格上だ。
殺しへの躊躇いも、ボクの方が持たない。
「突貫するっ!!」
「っば、なにやってんだお前ェ!」
手数の軽さと少なさを、攻撃の致命さで補うしかない。
時間をかければかけるほど、危険だ。
ゼンさまという、克服できない弱点に気付かれる。
迫るつるをくぐり、避け、はたき落としながら、滑るように歩く。
獣の相手をして身につけた歩き方だ。
緩急をつけて、相手の意識から抜け落ちるように、ゆっくり素早く気配を消して近づく。
知能を持つ獣ですらあざむける、知能がない相手なら騙せないはずがない。
一番の安全地帯が、触れられる近くだなんて、皮肉だ。
ボクは殺しが好きじゃないのに、お前の命を奪う。
「……ごめんな」
あと一歩、で顔を上げた。
真っ黒の塊だ。
ぶよぶよと膨れ上がって、ごつごつと歪になって、ちぎれたつるを引きずって、増やしすぎたつるを回収することもできない。
「悪いと思ってる、死んでくれ」
黒いもやもやの中心、人や獣なら命を循環させる心臓部分に、指をそろえた抜き手を一息に突き刺した。
真っ黒なのに、そこにあるのが見えていたから。
「~~~~~~~~~~!!!!?」
声にならない絶叫が聞こえた。
気持ちの悪い感触だった。
意味の聞き取れない音だった。
中途半端に固めた熱い挽肉の中に手を入れたように、絡みつくもやもや。
ボクにもやもやを流し込もうとカウタ・テメイニックの全身が蠕動するのを感じた。
無駄だよ、ボクらはゼンさまに力を頂いた。
真っ白になった空っぽの腹の中は、溢れる寸前の力でいっぱいだ。
ゼンさまの慈悲と慈愛で満たされてる。
もやもやを流し込まれたって、お前なんて怖くない。
「発破ぁっ!」
耳を平手で父に叩かれた時のような音がした。
獣の死骸が内側から破裂するように。
熱い塊が土砂降りの雨のように叩きつけられた。
臭い、汚い、は必要ない。
近寄るなと拒絶すれば、全身にまとわりつこうとしていたものがボクを避けて地面に垂れていった。
「……むちゃくちゃすぎる、つーか本当に儀典祭司なのかよ」
少し離れたところで、退避とボクの援護のどちらも選べなかったのか、黒い液体や肉の塊を浴びたディスがげっそりとしていた。
ディスは、なんでこんな汚くなってるんだ。
血雨を浴びる趣味でもあるのか。
とりあえず、ゼンさまの所に戻る前に水浴びしてこい。
そう言われて初めて自分の格好に気がついたのか、周囲を見回してから白目を剥いて倒れた。
ディスはボクが考えていたよりも不器用で繊細なのかも。
後で、ちょっとだけ謝ろう。
ボクは、真っさらだ。
敵の懐に入って倒すたびに血肉を浴びて汚れていたら、ゼンさまの側にいる時間が減ってしまうから、これは前から出来た。
ディスもできると思ってた。
周囲に歪な円形に広がったカウタ・テメイニックだった残骸。
ボクの目には黒い塊にしか見えなくて、人か獣か判断できなかった。
カウタ・テメイニック、の本来の働きがなにかも知らない。
ゼンさまを守るために殺すしかなかった。
時間も知識も無い状況で、敵の尖兵を見逃して生かすことは難しすぎた。
黒い液体と肉と臓腑が混ざった中に、黒く染まった人の骨が転がっている。
人、一人分にしてはおかしい数だ。
見分けられるだけで頭蓋骨が三つ、特徴的な形の骨盤周辺は見当たらない、大腿骨は五本もある。
成人と子供の骨が混ざっているようにも見える。
頭が三つあって、足が五本生えているのに股関節が無い?
これは生きていたのか?
人だったのか?
ボクはとうとう人を殺してしまったのか?
人を殺せるようになってしまったら、ボクはシンシで無くなってしまうのではないか、と。
麻痺した心で考えた。
破裂した範囲が広すぎて、落ち葉を集めて上にかぶせるくらいの隠蔽しかできなかった。
他に方法が思いつかなかったとはいえ、無理がある。
ゼンさまを近づけないように、急いで移動しよう。
臭いに釣られた野生の獣だけでなく、カウタ・テメイニックを仕向けた奴もここに向かってきているだろう。
死骸の側に長居するのは危険すぎる。
ゼンさまの眠る天幕へ戻る前に、ディスに石を投げつけて起こした。
なんて起こし方しやがる!、と怒っていたけれど、「ボクまで汚れたら困る、二人揃って長時間離れるわけにいかない」と言ったら、飛び上がって水場を探しに走っていった。
水を浴びて着替えただけでは臓物の匂いは消えない。
早く移動したいと伝える間もなかった。
ゼンさまが起きられるまでに戻るだろうか。
口先三寸で誤魔化すのはディスの方がうまいから、とりあえず荷造りを先にして待ってよう、と思った。
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