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7 おれ
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しおりを挟むディスを泣かせてしまった、とオロオロしている所にスペラが戻ってきた。
もう日は暮れていて、誰も世話をしていなかった焚き火は小さくなっている。
「……先に食事にしないか?」
「スペラ、うん、そうしようか」
流石にこの雰囲気で、おれの尻に突っ込んでとか言えないから助かった。
スペラは焚き火が消えないように薪を足したり並べ替えたりしてから、手に持っていたものを小さくなった火の中に放り込んだ。
いつもながら手際が良い。
これはきっと間違いない、野宿の時にスペラが作ってくれる、焚き火焼き(おれ命名)だ。
よく分からない食材をよく分からないもので何重にもぐるぐる巻きにして、焚き火に突っ込むと、美味しいものができる。
外側の焦げたよく分からないものを剥がして、塩を振って食べると美味い。
いつも中身が違うから、びっくり箱焼き、でもアリか。
サバイバルなアウトドア料理っぽくて好きだ。
旅の最中だけスペラが作ってくれる、特別な料理。
開けてみないとなにが入ってるか分からないとか、すごく男っぽくないか?
用意を済ませてから、おれを抱き上げたスペラが焚き火から程よい距離をとって座った。
そして、にやりと笑った。
「ディス」
「なんか用か」
「どうだ?」
「聞くな、情けなくて腹が立つっ」
手ぬぐいのような布で顔をごしごしと手荒く拭くディスに、イケメンの肌が赤くなっちゃうとハラハラしていると、スペラが笑った。
「はははははっっ」
おれは、スペラのこんなに開けっぴろげな笑い声を聞いたのは初めてだ。
胸がふわふわと幸せな気持ちでいっぱいになる。
おれといる時のスペラは幸せそうに微笑む、でもこんな風に大声で笑わない。
友人と馬鹿話に興じてる時みたいな笑い方をするスペラは、すごく楽しそうだ。
スペラとディス、二人が一緒なら、これからもきっと楽しく過ごしていけると信じられた。
「この歳になって泣かされるとか思わねえよ、ああもう時間が戻せるなら旅の初めからやり直してぇ」
「胡散臭い子供のふりをやり直すのか?」
「ふざけるな、あれは外向け用だ」
少しでも聞こえなくするために、こちらが下手に出るのは有効だぞ、とぼやいているディスの姿は、今までの張り詰めたものを涙と一緒に流したようだった。
切り替えが早くてすごい羨ましい、やっぱり年の功なのか。
それから二人は、口数少なく喧嘩してた。
言い争いってほどじゃなくて、そうだ、子猫とか子犬のじゃれあいにそっくりだった。
焚き火焼きができるまで、二人は働き続けた。
おれを毛布巻きおにぎりに仕上げてから、焚き火の中の食材を転がしたり、薪を足したり、と打ち合わせもしてないのに二人は分担して進めていく。
おれの尻に突っ込んだ栓はそのままだ。
真っ直ぐ座ると痛いので、尻の中央に体重をかけないように横座りしているけど、忘れられてないよな。
おれの夫たちが有能すぎて、することがない。
ひんやりとした夜風を感じて空を見上げれば、満点の星空だった。
知ってる星座は少ないけど、オリオン座と北極星くらいは知ってる。
見つけられない事を知りながら、探してしまう。
ここは、どこなんだろう。
湯気をあげる今日の謎食材はほくほく食感だった、でも味は芋というより肉だ。
肉の味がするじゃがいも?
塩を振ると、途端に旨味が増す。
好きな人に作ってもらう食事は美味しいよな。
スペラに会うまでは、食べられそうなものをなんでも口に入れるしかなくて、多分、それで何度か死んでしまい、食事が怖かった。
今は、差し出されたものを恐れずに受け取れる。
口に入れられる。
なんて幸せなんだ。
「茶ができたぞ」
どうやら演技をやめることにしたらしいディスが、ぶっきらぼうな口調で鍋を差し出してくる。
「ありがとうディス」
「どういたしまして」
スペラが渡してくれた木の椀を差し出すと、茶漉しをかませてから鍋を傾けて注いでくれた。
香ばしい匂い、ディスと一緒に旅をするようになってから知った、いかにも健康に良さそうな苦いお茶だ。
「甘くするか?」
「うん、入れたい」
メープルシロップのような色のとろっとした甘い匂いのする蜜を一垂らし。
「おいしい」
どうしてこれまで甘いのくれなかったんだよ、と思いながらお茶を飲み干した。
「どうだ?」
「やっぱりセダティは無関係だな、お前が無理させただけじゃないか」
「悪かった、やりすぎた自覚はある」
「謝る相手が違うだろ、ディス?」
二人でまたぼそぼそ口喧嘩してるなーと思いながら、拳ほどの大きさのほくほく食感の肉塊を食べ終えた。
「ゼン、もう一つ食うか?」
「お腹いっぱい、ごちそうさま」
この先を期待しすぎて、食事が変な所に入ってる気がする。
二人が用意してくれたものだから、食事もお茶も味わうけど、それよりも二人が欲しい。
「歯磨きしてくる」
ついでに体を拭いて、寝る準備しておこう。
スペラが汗臭いのを嫌がるなら、おれが臭いのも良くないよな。
なんかもうこれからいちゃつく雰囲気じゃないから、残念だけど諦めるかー。
尻にはまってるやつはどうしよう。
少し落ち込みながら立ち上がろうと腰を浮かせた所を、目の前に来たディスに止められた。
「ゼン、今までの事を謝りたい」
「え゛!?、謝られるような事されてないけど?」
驚きすぎて変な声が出た。
「ぶっ、は、はははっっ」
そしてスペラ、突然笑い上戸になりすぎ。
ディスは顔がおかしなことになってるぞ?
腹が痛くなるまで笑ったらしいスペラが、呆然としているディスの肩を叩き、なんとかその場は収束した。
おれが悪いみたいになってないか?
ディスはおれになんかしたのか?
ちょっと意地悪だけど、元々好きな子いじめちゃうタイプみたいだからな。
入れてくれなかったのは、スペラを仲間外れにしないため……だよな?
「ゼン、一緒に歯磨き行っていい?」
「もちろん」
スペラと一緒に水袋とカップを持って少し歩く。
火や水を使うときはテントから少し離れる。
テントが燃えたり水浸しになると困るからだ。
雨は仕方ないけど、濡れたり焦がさない方が管理が楽なのは当たり前だよな。
おれも自転車旅用の軽量テントを持ってたから、知ってる。
歩いている途中でスペラが適当な木から細い枝を切って、切断面を叩き潰せば歯ブラシの完成だ。
スペラは噛み潰してるけど、おれには無理だった。
木の種類によって、ものすごい味がする事があるらしいが、これまでスペラの選択に外れは無い。
石で叩き潰して房みたいになった木の枝で、歯を磨く日が来るなんて思わなかったな。
というか、おれ、数百年単位で歯を磨いてこなかったから、虫歯とかになってそうで怖い。
歯痛になった事ないけど。
「これ爽やかな味がする、ありがとうスペラ」
「気に入ってもらえてよかった」
一家に一人、スペラだよな。
ほっこりしながら歯を磨き、枝は焚き火にぽい。
テントに戻って体を拭いて着替えて寝る準備終了、あとは尻をどうにかしないとな、と思っていたらディスが来た。
「ゼン」
「どうした?」
いつの間にか焚き火は薪を組み直され、離れたところに積まれた枯れ枝が増えていた。
寝ずの番の準備まで終わってるのか。
「本当に二人一緒で良いんだな?」
「えっ」
どくりと胸が音を立てる。
勝手に顔が緩む。
嬉しい、やっと二人に抱きしめてもらえる。
「二人が良い!」
「ゼン」
後ろからスペラが力強い腕でおれを包み込む。
ディスがおれの瞳を覗き込んだ。
「大丈夫、最後まで付き合うから、叩き起こしてくれ」
「いや、それは別に……」
「ディス、お前ゼンになに言ったんだよ!?」
唐突に喧嘩を始める二人に挟まれ、おれは思った。
幸せってこーゆーもんかもって。
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