【R18】かみさまは知らない

Cleyera

文字の大きさ
上 下
53 / 74
7 おれ

46

しおりを挟む
 

 ディスを泣かせてしまった、とオロオロしている所にスペラが戻ってきた。
 もう日は暮れていて、誰も世話をしていなかった焚き火は小さくなっている。

「……先に食事にしないか?」
「スペラ、うん、そうしようか」

 流石にこの雰囲気で、おれの尻に突っ込んでとか言えないから助かった。

 スペラは焚き火が消えないように薪を足したり並べ替えたりしてから、手に持っていたものを小さくなった火の中に放り込んだ。
 いつもながら手際が良い。

 これはきっと間違いない、野宿の時にスペラが作ってくれる、焚き火焼き(おれ命名)だ。

 よく分からない食材をよく分からないもので何重にもぐるぐる巻きにして、焚き火に突っ込むと、美味しいものができる。
 外側の焦げたよく分からないものを剥がして、塩を振って食べると美味い。

 いつも中身が違うから、びっくり箱焼き、でもアリか。

 サバイバルなアウトドア料理っぽくて好きだ。
 旅の最中だけスペラが作ってくれる、特別な料理。
 開けてみないとなにが入ってるか分からないとか、すごく男っぽくないか?

 用意を済ませてから、おれを抱き上げたスペラが焚き火から程よい距離をとって座った。
 そして、にやりと笑った。

「ディス」
「なんか用か」
「どうだ?」
「聞くな、情けなくて腹が立つっ」

 手ぬぐいのような布で顔をごしごしと手荒く拭くディスに、イケメンの肌が赤くなっちゃうとハラハラしていると、スペラが笑った。

「はははははっっ」

 おれは、スペラのこんなに開けっぴろげな笑い声を聞いたのは初めてだ。
 胸がふわふわと幸せな気持ちでいっぱいになる。

 おれといる時のスペラは幸せそうに微笑む、でもこんな風に大声で笑わない。
 友人と馬鹿話に興じてる時みたいな笑い方をするスペラは、すごく楽しそうだ。

 スペラとディス、二人が一緒なら、これからもきっと楽しく過ごしていけると信じられた。

「この歳になって泣かされるとか思わねえよ、ああもう時間が戻せるなら旅の初めからやり直してぇ」
「胡散臭い子供のふりをやり直すのか?」
「ふざけるな、あれは外向け用だ」

 少しでも聞こえなくするために、こちらが下手に出るのは有効だぞ、とぼやいているディスの姿は、今までの張り詰めたものを涙と一緒に流したようだった。
 切り替えが早くてすごい羨ましい、やっぱり年の功なのか。

 それから二人は、口数少なく喧嘩してた。
 言い争いってほどじゃなくて、そうだ、子猫とか子犬のじゃれあいにそっくりだった。

 焚き火焼きができるまで、二人は働き続けた。
 おれを毛布巻きおにぎりに仕上げてから、焚き火の中の食材を転がしたり、薪を足したり、と打ち合わせもしてないのに二人は分担して進めていく。

 おれの尻に突っ込んだ栓はそのままだ。
 真っ直ぐ座ると痛いので、尻の中央に体重をかけないように横座りしているけど、忘れられてないよな。

 おれの夫たちが有能すぎて、することがない。
 ひんやりとした夜風を感じて空を見上げれば、満点の星空だった。

 知ってる星座は少ないけど、オリオン座と北極星くらいは知ってる。
 見つけられない事を知りながら、探してしまう。

 ここは、どこなんだろう。



 湯気をあげる今日の謎食材はほくほく食感だった、でも味は芋というより肉だ。
 肉の味がするじゃがいも?
 塩を振ると、途端に旨味が増す。
 好きな人に作ってもらう食事は美味しいよな。

 スペラに会うまでは、食べられそうなものをなんでも口に入れるしかなくて、多分、それで何度か死んでしまい、食事が怖かった。

 今は、差し出されたものを恐れずに受け取れる。
 口に入れられる。
 なんて幸せなんだ。

「茶ができたぞ」

 どうやら演技をやめることにしたらしいディスが、ぶっきらぼうな口調で鍋を差し出してくる。

「ありがとうディス」
「どういたしまして」

 スペラが渡してくれた木の椀を差し出すと、茶漉しをかませてから鍋を傾けて注いでくれた。
 香ばしい匂い、ディスと一緒に旅をするようになってから知った、いかにも健康に良さそうな苦いお茶だ。

「甘くするか?」
「うん、入れたい」

 メープルシロップのような色のとろっとした甘い匂いのする蜜を一垂らし。

「おいしい」

 どうしてこれまで甘いのくれなかったんだよ、と思いながらお茶を飲み干した。

「どうだ?」
「やっぱりセダティは無関係だな、お前が無理させただけじゃないか」
「悪かった、やりすぎた自覚はある」
「謝る相手が違うだろ、ディス?」

 二人でまたぼそぼそ口喧嘩してるなーと思いながら、拳ほどの大きさのほくほく食感の肉塊を食べ終えた。

「ゼン、もう一つ食うか?」
「お腹いっぱい、ごちそうさま」

 この先を期待しすぎて、食事が変な所に入ってる気がする。
 二人が用意してくれたものだから、食事もお茶も味わうけど、それよりも二人が欲しい。

「歯磨きしてくる」

 ついでに体を拭いて、寝る準備しておこう。
 スペラが汗臭いのを嫌がるなら、おれが臭いのも良くないよな。

 なんかもうこれからいちゃつく雰囲気じゃないから、残念だけど諦めるかー。
 尻にはまってるやつはどうしよう。
 少し落ち込みながら立ち上がろうと腰を浮かせた所を、目の前に来たディスに止められた。

「ゼン、今までの事を謝りたい」
「え゛!?、謝られるような事されてないけど?」

 驚きすぎて変な声が出た。

「ぶっ、は、はははっっ」

 そしてスペラ、突然笑い上戸になりすぎ。
 ディスは顔がおかしなことになってるぞ?



 腹が痛くなるまで笑ったらしいスペラが、呆然としているディスの肩を叩き、なんとかその場は収束した。

 おれが悪いみたいになってないか?
 ディスはおれになんかしたのか?
 ちょっと意地悪だけど、元々好きな子いじめちゃうタイプみたいだからな。

 入れてくれなかったのは、スペラを仲間外れにしないため……だよな?

「ゼン、一緒に歯磨き行っていい?」
「もちろん」

 スペラと一緒に水袋とカップを持って少し歩く。
 火や水を使うときはテントから少し離れる。

 テントが燃えたり水浸しになると困るからだ。
 雨は仕方ないけど、濡れたり焦がさない方が管理が楽なのは当たり前だよな。
 おれも自転車旅用の軽量テントを持ってたから、知ってる。

 歩いている途中でスペラが適当な木から細い枝を切って、切断面を叩き潰せば歯ブラシの完成だ。
 スペラは噛み潰してるけど、おれには無理だった。
 木の種類によって、ものすごい味がする事があるらしいが、これまでスペラの選択に外れは無い。

 石で叩き潰して房みたいになった木の枝で、歯を磨く日が来るなんて思わなかったな。
 というか、おれ、数百年単位で歯を磨いてこなかったから、虫歯とかになってそうで怖い。
 歯痛になった事ないけど。

「これ爽やかな味がする、ありがとうスペラ」
「気に入ってもらえてよかった」

 一家に一人、スペラだよな。
 ほっこりしながら歯を磨き、枝は焚き火にぽい。
 テントに戻って体を拭いて着替えて寝る準備終了、あとは尻をどうにかしないとな、と思っていたらディスが来た。

「ゼン」
「どうした?」

 いつの間にか焚き火は薪を組み直され、離れたところに積まれた枯れ枝が増えていた。
 寝ずの番の準備まで終わってるのか。

「本当に二人一緒で良いんだな?」
「えっ」

 どくりと胸が音を立てる。
 勝手に顔が緩む。
 嬉しい、やっと二人に抱きしめてもらえる。

「二人が良い!」
「ゼン」

 後ろからスペラが力強い腕でおれを包み込む。
 ディスがおれの瞳を覗き込んだ。

「大丈夫、最後まで付き合うから、叩き起こしてくれ」
「いや、それは別に……」
「ディス、お前ゼンになに言ったんだよ!?」

 唐突に喧嘩を始める二人に挟まれ、おれは思った。
 幸せってこーゆーもんかもって。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる

木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8) 和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。 この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか? 鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。 もうすぐ主人公が転校してくる。 僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。 これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。 片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

淫愛家族

箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。 事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。 二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。 だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――

処理中です...