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6 ボク
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しおりを挟む偶然見かけた、もやもやを抱え込み過ぎて、人の姿をしているのかすら分からないもの。
もしかしたら人なのか。
街中に獣がいるわけない、それなのに獣のように鼻を鳴らしていると分かる。
なにか匂うのか。
……匂い?
まさか、こいつ、ゼンさまを匂いで探し求めている?
ゼンさまに近づくと感じる匂いではないのに甘い薫風。
あれを、嗅いで探している?
見つからないよう回り道して宿に戻り、廊下に連れ出したディスに相談した。
「もしかしたら、そいつは祭司の血筋かもな」
「なんで?」
「お前は見える、ぼくは聞こえる、それなら嗅げる奴がいてもおかしくない」
「あんなに真っ黒で」
末っ子叔父の最後を思い出す。
真っ黒なもやもやの塊になって、最後はとどめを刺されたように膨らんだ気がして。
その後は見ていないけれど、何事もなく人の姿に戻れたとは思えない。
「どうする?」
「どうって、なにが?」
「どこかの間者の可能性もあるが、そうで無かった場合はそいつを助けて三人目の神使にするのか?」
「……えええ?」
ディスとゼンさまを共有するのも嫌なのに、三人目!?
氏素性も性格も顔も年恰好も分からない黒い塊を引き入れる!?
「ぼくは嫌だ、今すぐこの町を出ることを推奨する」
「……ボクも嫌だ、でも」
末っ子叔父の最後。
もやもやを押し付けられ続けて、おかしくなった姿が脳裏をよぎる。
あれ、が末っ子叔父と同じだったら、ボクは見捨てたら後悔する。
「悩むくらいならゼンさまに相談しろ」
「それは」
「今までで分かっているだろうが優しすぎるお方だ、見捨てはしないだろう、旅の供を増やしたくないなら、そこを初めからきっちり訴えてみろ」
ゼンさまにとって、お前は特別のようだからな、と言われて、胸が高鳴った。
「まあ、ゼンさまへの相談は後だ、ぼくもそいつを見てくる。
話だけじゃ本当に祭司かどうか分からないからな」
「頼む」
「頼まれた」
ディスはボクの過去を聞かない。
でも、きっと察してる。
サイシの血筋なのに、ボクは知らないことが多すぎる。
ディスに教わるようになって、末っ子叔父から教えられた知識が偏っていた事に気がついた。
ボクは、ギテンと呼ばれるかみさまへ捧げる儀式を執り行うサイシ家系の血筋、らしい。
でもボクが末っ子叔父から教わった話の中に、そういうものは一つも無い。
総括してキョウテンと呼ばれるかみさまの教えについては、末っ子叔父からの口伝である程度は履修できているようだ。
でも、ギテンサイシの役職に必要な部分が、ごっそり抜け落ちてる。
かみさまを崇め奉る正しい方法を延々と繋いでいく家のはずなのに、一番残しておかないといけない知識が無くなっていた。
これじゃ、サイシを名乗れなくなる訳だ。
かみさまはボクらを見つけて下さらなかったのではなく、見つけられなかったのだろう。
サイシとして正しい姿を失っているから。
顔も名前も知らない先祖を恨み、ボクはゼンさまの待つ部屋の扉を開いた。
野菜を宿の食堂に渡すのではなく部屋に持ち込んだせいで、ゼンさまに無駄な期待をさせてしまった。
天上では、野菜に火を通さずに食べられるらしい。
知らないことばかりだ、さすが天上、野菜まで違う。
りはびりの成果で歩けるようになったゼンさまだが、目覚めてからひと月、まだ宿の外を自分の足で歩いていない。
浄化能力が強くなっているから、ゼンさまがいるだけで衆目を集めてしまう。
以前はもやもやを多く抱えた奴らだけが引き寄せられたのに、今ではそこらの人まで振り返る。
ボクが抱えて移動する時は、ディスがうまく誤魔化してくれているけれど、ゼンさまが一人で歩かれるとそれも難しいという。
ディスには技術がある、けれどもやもやの処理能力が低い。
ぼくと二人がかりでないと、空白地帯を上手に隠蔽できなくなってきた。
……そろそろ、だな。
ディスをゼンさまの二人目の夫にしてもらわないといけない。
遥か昔にかみさまが人に授けてくださった、婚姻契約の秘術。
かみさま本人であるゼンさまも、今は肉の殻を持っているので適用できた。
これを結ぶと、お互いの存在をなんとなく感じられるようになる。
周りの人も、婚姻しているな、となんとなく感じられる。
契約者同士で分かるのは、どこにいるのか、なにをしているのか、どんな気分なのかくらい。
少し離れただけでぼやけてしまうふんわりしたものだけど、ボクには見えない人の良い心を感知できる術だ。
ボクもディスもサイシだからなのか、悪心の黒いもやもやしか感知できない。
ゼンさまには良いもやもやも悪いもやもやもなにも無い。
完全な真っ白で真っ黒。
触れても、契約があっても内心は分からない。
とはいえ、この契約はボクらには意味がある。
夫だと堂々と名乗れるし、宿泊を一部屋にできる。
ボクの虹金等級冒険者の肩書きのお陰で高い宿に泊まれるけれど、夫婦の肩書きのせいで赤の他人は相部屋に出来ない。
確かに、夫婦の寝室に年齢が近く見える赤の他人を連れ込むのは、問題があるかもしれない。
ゼンさまのりはびりを優先して婚約契約もしてなかったから、受付で婚約者だと言っても二部屋とらされる。
宿的には、金を多く払わせたいんだろう。
高い部屋を借りろ、けちるな、と言いたいのだろう。
ちなみに二部屋借りていても、寝る時はディスも一緒に三人だ。
りはびり中はせっくすをしない方が良い、とディスが言い出してボクは悶々としているけれど、ゼンさまは日々健やかだ。
寝顔が安らかで愛らしい。
ボクもディスも、朝はゼンさまより早く起きて手洗い場で欲を発散する。
あいつは、なんでボクを巻き添えにして自分に我慢を課しているんだ、意味が分からない。
と、まあ、ゼンさまがりはびりのきんとれで疲れて昼寝している間に、荷造りは済ませておいた。
そこへ戻ってきたディスは、真っ青だった。
音をたてずに廊下に出て、囁き声で報告を受ける。
「あれはまずい、ここを出るぞ」
「もしかして、サイシじゃないのか?」
「以前に攫われた時と同程度の規模の奴らが背後にいる可能性が高い、あれはかみさまを見つけるために邪法で作られた、先駆けたるカウタ・テメイニックだ」
「ごめん、それ知らない」
ばりばりと頭を掻きむしったディスは、いつもの余裕を失っていた。
「ぼくの隠蔽能力ではあれは誤魔化しきれん、まずいぞ、早晩見つかる」
「どうにかならない?」
「お前がぼくと同じだけ隠蔽できればなんとかなるかもな」
「無理だと知ってるだろ」
「未熟だと言いたかっただけだ、言わせろ」
ボクには能力(を使う余地)があるらしいけれど、技術がない。
実技的な事をディスに教わり始めたばかりで、他人に見られないように移動中に練習しているからなかなか身に付かない。
あれがそんなに良くないとは……感じなかった。
人かどうかは不明だったけど、潰せるんじゃないかな。
「前みたいに、もやもやをもっと押し込んだらばらばらにならない?」
「……試してみるか」
ボクと違って実戦経験がほとんどないディスは、ゼンさまを守りたい気持ちが強過ぎて混乱していたようだ。
カウタ・テメイニックは知らないけれど、それが人ではないなら倒せば良い。
策を練るぞ、と悪い笑顔を浮かべるディスを見ながら、やっぱりボクらは二人いないと駄目だな、と思った。
きっとこれからもボクは嫉妬するけど、ディスをゼンさまの夫にして下さい。
心身安らかに眠れるのは今の内だけで、きっとボクの時のように「隔日で」と泣かれる未来が予想できた。
ゼンさまが清らかで美しくて愛らしくて優しいから、ボクらは付け上がってしまう。
いつだって。
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