【R18】かみさまは知らない

Cleyera

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 ディスが出ていった後、寝台の上で穏やかに眠るゼンさまの側に寄った。
 寝台のすぐ横に背もたれのない椅子を置いて座ると、ゼンさまの呼吸が乱れたような気がした。

 お疲れだ、起こしてはいけない。
 それでも今すぐ全身を洗ってディスの痕跡を洗い流してしまいたい、と思いながら眠る姿を見て気がついた。

 ゼンさまのお姿は真っ白で真っ黒だ。
 普段も、抱かれている時も、抱かれた後でも。

 けれど精液を腹に受け入れた後は、それと分かる。
 短い時間だけれど、ゼンさまから抱かれた者特有の色気を感じられる。
 半年前にディスとゼンさまの腹を満たした時もそうだった。

 以前、ボクのかみさまでいてくれる事が嬉しくて毎日のように抱いてしまい、ゼンさまに「せっくすは隔日で!」と説教されたことがあった。
 顔を赤らめる可愛さに屈服して抱いてしまい、終わってからまた叱られた。
 せっくすとはかみさまの言葉で性交のことらしい。

 けれど今は、眠っているゼンさまからディスの気配もしなければ、事後の色気もない。
 快感に泣いたのか目元は赤くなっているけれど、半日近く抱かれた後というには残っている気配が希薄すぎる。

 あいつ、ゼンさまになにをしたんだ?

 疑問を感じたまま、眠る顔を覗き込んだその時。

「スペラ?」

 ぱちり、と黒い瞳が覗いた。
 ボクを見て細められた目に、悲しさが見えた。

「ゼン、どうした?」

 至近距離で重なった視線に心が沸騰したと錯覚した。

「ねえスペラ、もうおれは必要ない?」
「えっ?」
「約束しただろ、おれを置いていなくならないって」

 傷ついた表情でボクを見上げて、ゼンさまは呟いた。
 疲労で言葉を発するのも辛いのか、目を閉じるとまぶたの隙間から涙の粒がにじむ。

 どうしよう。
 ボクが、ゼンさまを、悲しませている?
 でも、どうして。
 なんで悲しむ?
 約束を破ったわけじゃない、きちんとディスに引き継ぎを……。

「違う、ゼンを置いていったわけじゃない、ディスと話して」
「聞いた、でもおれはスペラから言われたかった」
「あ……」

 ボクらは二人で取り決めをした。
 そう、シンシの二人で。

 そこにゼンさまの意志は入っていない。
 ゼンさまは全てをお見通しだから、ディスを受け入れてくれたと思っていた、説明はいらないと思い込んでいた。
 ボクとディスは対等だから、対等でないといけないからと。

 まだ、ゼンさまから見てボクとディスが対等ではない可能性なんて、考えもしなかった。

「おれが必要ないなら、その辺に捨ててくれて良いから」

 言葉が出なかった。
 ボクはディスに対抗して、半年間、ずっと苛々していた。
 出し抜いてやろうと手を回して、揚げ足を取ってやろうと策を練って、ゼンさまを独り占めする方法ばかり考えていた。

 そのせいでゼンさまの御心から離れてしまうなんて。

「ごめん、ごめんなさい、ゼン、ごめん、捨てないで、お願い、ボクを捨てないでっ」

 心が割れる。
 世界が真っ黒に染まる。
 自分への嫌悪で、消えてしまいたくなる。
 絶望でボクは壊れてしまう。

「スペラ?、うわっスペラ、なんだ、これ、どうなってんだ?」

 ぐずぐずと体が崩れるのを感じた。
 ボクはシンシとして相応しくない、それなのにゼンさまのお側を離れられない。
 こんな愚かなボクに優しくして下さるゼンさまは、ディスの言葉通り、全てに優しすぎる。

 ゼンさまは、どうして地に降りたのだろう。
 どうして、ボクなんかを選んでくれたのだろう。

「スペラ、スペラぁっ?」

 ゼンさまの声が遠い。
 このまま泥のように眠ってしまえば、見たくない自分の醜い姿を知らずに済む。

「なにしてんだっ、この馬鹿たれぇっ!!」
「+*~|<ッッ!」

 叩きつけるような罵声と、真逆の優しいふれあいに頭の中が真っ白になった。



   ◆



 気がつくとゼンさまに抱きしめられていた。
 抱きしめられていた、というよりボクの上に動けないゼンさまがうつ伏せで乗っていた。

 たぶん、ディスがボクの上にゼンさまを乗せ、強制的に浄化した。

 それから、激怒するディスに半日近く説教された。

 ゼンさまの好きそうな果物を見つけて届けに来たから良かったものの、少しでも遅かったらボクがバケモノになって街一つ吹っ飛ばしていたかもしれない、と。

 このタワけの安本丹アンポンタン唐変木トウヘンボク腑抜フヌけがっ!!
 ゼンさまに迷惑かけんなクソ餓鬼ガキっ。
 自己嫌悪なんぞいくらでも覚えてろ、そんなの手前テメぇの勝手だが、ゼンさまに負担かけてんじゃねえぞ茄子ナス!!

 と、たくさんの罵詈雑言を混ぜ込んでボクを罵りまくるディスの姿に、座らせられたゼンさまが呆然としている。
 様付けが出ているし、お利口さんを演じていたんじゃないのか、とボクが心の中で逃げそうになるたびに、ゼンさまに果物を餌付けしようと見せつけるので、逃げることもできない。

 最終的に、溜め込むな、我慢するな!、ということになった。
 なんでも良いからとりあえず気になったことは全部まるっと吐け、と。

 豹変した姿を見て困っているゼンさまに、ディスが「こいつまだ子供なので今回だけは見逃してやって欲しい」とか言っていたけれど、自分こそ十四、五歳にしか見えないと忘れているのか。
 なんでボクの保護者ぶってるんだよ。


 自分の不甲斐なさに落ち込んで、ボクはゼンさまを一番に優先すると決めた時の事を何度も思い返した。
 失敗から立ち直るまで十日くらいかかったけど、こんな時でもゼンさまは優しかった。

 ボクはゼンさまに謝って、ディスもゼンさまに謝った。
 ゼンさまは困ったように笑って、言った。

「もう二度と、説明なしでおれを置いていなくならないって、約束してくれ」
「約束する、絶対に絶対に、なにも告げないでどこにもいかないぃ」
「ありがと」
「うわぁぁぁあああっ」

 泣きながら縋りついたボクを、ゼンさまは慈愛に満ち満ちた手つきで優しく撫でてくれた。

「……ふん」

 鼻を鳴らしてボクらを見ていたディスだけど。
 なんだか、ボクの保護者ぶっているような気がしてならない。
 不思議なことに、弱味を握られたとは思わなかった。

 ゼンさまはディスが見た目通りの年齢ではないと知っていたのか、口の悪さに驚いてはいたようだけれど、その後も態度は変わらなかった。

「おれは二人がいてくれるからここにいられる」

 だから、二人にいなくなって欲しいと願う事はない、二人に感謝してる。
 そう言われて、ボクはやっと気がついた。

 ボクがしたことは、兄たちがおもちゃを取り合って喧嘩していたのと同じだ。
 一つしかない大好きなおもちゃを引っ張りあって壊してしまい、最後には流血騒ぎの大喧嘩になっていた。

 ゼンさまはおもちゃじゃないけど、例えるならそれしか思いつかなかった。
 もう二十歳過ぎてるのに恥ずかしい。
 子供かっ。





 それからの日々は転々と移動しながら、ゼンさまのりはびりをして過ごした。

 どうやらゼンさまの浄化の力が、以前よりも強くなっている。
 一箇所に長居できなくなった。

 シンシの数が増えた影響かもしれない、とディスが考察していた。

 真っ白になってしまう周囲をこまめにディスが誤魔化しているけれど、次第に周辺地域自体のもやもやが減っている事に気がついた。

 どこか灰色に霞んで見えていた街が、やけに透き通っている。
 空から降り注ぐ日差しが、穏やかに感じられる。
 道ゆく人々の表情がやけに穏やかに見える、と思って。

 そろそろ潮時だ、と感じた。
 街を出ないと。

 新鮮な野菜をゼンさまのために買って、さあ帰ろうと体を返した時。

 ふと気を引かれた路地に、黒いもやもやの塊がいた。
 なにかを探すように頭らしき場所を揺らして振って、すんすん、と鼻を鳴らしている音が聞こえた。

 
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