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4 ボク
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しおりを挟むゼンさまの元へ。
その願いが、ボクの心を狂乱へ落ちることを許さなかった。
ゼンさまの元へ辿り着いた時に、ボクが人を殺してしまった後だったら。
きっと二度とゼンさまに触れられない。
重たく溜まったもやもやを全て浄化され、不安なのに喜びを感じるあの至高の瞬間を失ってしまう。
それはいやだ。
妻に触れられない夫など、存在する価値がない。
ゼンさまが甘く鳴く姿を見られないなんて、絶対に嫌だ。
ボクが触れた場所の全てから快い喜びを見出して、ゆっくりと柔らかく変わっていく。
獣の醜さを持たないのに色の欲に溶けていく姿を、ボクだけが知っていたい。
吸い込み過ぎて、腹の中から溢れようとするもやもやを強引に押さえつけ、ディスプレへの怒りと憎しみを口がないのをいいことに脳裏で垂れ流す。
ブトウサイシ、ってなんだ。
ボクにできないことを知ってるこいつらが嫌いだ。
ゼンさまを守れなかったボクを愚かだと思っているんだ。
人に戻りたい。
ゼンさまに謝りたい。
ボクを信じて婚姻を結んでくださったのに、お守りできなかった。
「やめろ、垂れ流すな、ぼく以外にお前のそれはきつすぎる」
無関係な者をばけものにする気か。
シンシならば人を巻き込むな。
そうなじられ、ずぶりと体の中に腕を突っ込まれた。
痛みを感じる前に、わずかにもやもやが吸い取られる感覚がした。
「信じられない容量だな」
ボクと同じバケモノであるディスプレは、ほんの少しだけ、もやもやを抜くことができる。
でもそれはゼンさまの浄化とは違って、ボクから抜いたもやもやを使って誤魔化しているだけ。
ゼンさまのシンシであるボクとは違うバケモノだからなのか、ディスプレがもやもやを使う力は弱かった。
気休めにしかならないけれど、ディスプレがボクの正気を保たせようとしているのは感じていたから、逆らうことはしなかった。
以前のボクはどうやってこんなに重たくて気持ち悪いものを消化していたのか、ゼンさまに根こそぎ全てを浄化してもらえることで忘れかけてしまっている。
たった二年ほど前のことなのに。
もやもやを使って減らすのは、体にも心にも負荷がかかりすぎる。
それしか方法がなかった頃は気が付かなかったのに、ゼンさまの愛を知ってしまった今のボクがもやもやを消費するのは無理だった。
「頼むから狂うな、お前を正気に戻すだけで二十人が倒れた、二度目は無理だ」
ディスプレと一緒にいた者たちは、ボクが正気を取り戻した後で姿を消した。
ディスプレはボクと共にゼンさまの元へ行く。
それが最も危険だが、一番に早いからと。
道すがら、一方的に話を聞かされた。
それもこれもボクが正気を保つための時間稼ぎだ、と誤魔化しもせずに言われながら。
彼らはブトウサイシの血筋だと言う。
そしてボクはギテンサイシの血筋だろう、と。
ボクに口がないから会話は成立しない。
のんびりと意思疎通をできるほど、安定もしていない。
夜の闇に紛れるように、ボクとディスプレは進み続ける。
カンナギとかいう奴から聞いたという方角へ向かい、ただただ一直線に。
信じてはいない。
嘘をつかれているなら、ボクはゼンさまに会うことなく死ぬ。
そんなことを考えているとすぐに分かるようで、もやもやを引き摺り出される。
「神使の自覚を持て、お前だけが神使なのではないか」
お前以外の他の誰もヌー・テ・ウイタ・ラ・ドゥンネゼウを守ることは出来ぬのだ、と怒鳴られた。
ディスプレの薄灰色だった瞳は、日に日に黒く染まっていく。
ボクから吸ったもやもやを、使いきれていないから。
腹の奥のもやもやの使い方を、必死で思い出す。
ゼンさまに会いたいから、諦めない。
川を越え、山をまたぎ、街を避けて、もやもやを使いながら。
少しずつ感じられるようになっていく。
近づいていることを。
ゼンさまが、泣いておられる。
助けを求めておられるのか。
何日が経ったのか。
何年が過ぎたのか。
もやもやに振り回されるせいで時間の間隔が分からない。
ずりずりと地を這いずりながら、ボクは進む。
ゼンさまがボクをまだ求めてくださるなら、どこまでだって、世の果てだって行ける。
正気を失わないように、時々ディスプレに腹のもやもやを抜いてもらいながら。
口数が極端に少なくなり、次第に黒くなって、人の形から崩れていくディスプレから目を逸らして。
◆
本来はどこよりも清浄であるべきそこには、ひどい臭いが充満していた。
もうもうと白くけぶるほどに焚かれた芥子の煙が、床に転がる男たちから正気を奪っていることは間違いない。
そしてそれは、男たちに貫かれている体にも通用しているように見えた。
真っ白で真っ黒だったのに。
どうして。
嘘だ。
細い体を押し潰している黒いもやの塊に、目の前が真っ暗になった。
口が無いのに、声が出た。
「=#mgsd+っっ!!!」
「やめろ、ヤめっ」
ずぶり、と体の中に差し込まれた腕を感じたけれど、止まれない。
重たく凝るもやもやを吸われそうになるけれど、わずかに拒絶の意を乗せるだけで反発が起きた。
全身が膨らむように量を増していく。
どちゃり、と音がして飛びだした体が床に叩きつけられるけれど、痛みはない。
ゼンさまに近づけるなら、どんな痛みだって喜びにしかならない。
ディスプレ、ここまでボクに力を貸してくれてありがとう。
飛び上がった時に、ボクは突き込まれていたディスプレの腕を一緒に持ってきてしまった。
後で返すから少し待っていてほしい。
ディスプレは腕がもぎ取られたことに呆然としているけれど、大丈夫、もうバケモノになってるからきちんと繋がるよ。
血だって出てないだろう?
末っ子叔父以外で初めて出会ったサイシの血筋。
感謝はしているけれど、ディスプレとゼンさまの価値は同じじゃない。
避けるのが面倒なので、ボクの声を聞いて昏倒した男たちを踏み潰して進んだ。
煙のせいで痛みも感じないから、少しくらい大丈夫だろう。
黒いもやの塊にしか見えないものを跳ね飛ばして、使い古した布切れのように柔らかいゼンさまを抱き上げる。
ああ、なんてことだ。
なんでこんなことに。
四肢は揃っているけれど、あまりにもひどい。
真っ白なのに真っ黒だった肉体は、手ひどく扱われたのか、枯れて折れた小枝のように頼りなくなってしまっていた。
手入れをしたくなかったのか、地肌が見えるほど短く剃りあげられた頭皮は傷だらけ。
指先に爪がない。
弱い体だと触れただけで分かるだろうに、全身を余すことなく赤黒い痣と治りかけの傷跡が覆い尽くしていた。
顔を見れば眼球がつぶされ、歯が全て抜かれている。
どこもかしこも不特定多数の男たちの体液がどろりと塗されていて、口だけでなく眼窩からも吐き気がするような悪臭がした。
文字通り、穴という穴に突っ込んだのだ。
おのれらの腹に溜め込んだもやもやを浄化させるために、こいつらは道具としてゼンさまを扱ったのだ。
末っ子叔父がされたように。
触れているのに、ボクのもやもやが浄化されない。
それどころか、ゼンさまの中に注がれた黒いもやもやが行き場を無くしたように、だらだらと垂れていくばかり。
ぽっかりと開いてしまっている後腔に、なにを突っ込んでいたのか。
かみさまになぜこんなことができる。
優しく愛情深いゼンさまに、どうしてこんなことができる。
死なないで。
行かないで。
一人にしないで。
かみさま、ボクのゼンさま。
願い、乞い、己が間に合わなかったのだと思いたくないと訴える。
ゼンさまはボクの妻だ。
ボクの一生を捧げるだけで良いのなら、なんでもする。
どうか、逝かないで。
ボクの願いは虚しく届かず。
微かにゆっくりと息を吐く音がして。
ゼンさまが全ての動きを止めた。
胸の奥の拍動が途切れた。
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