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3 おれ
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しおりを挟む手続きを終えた後は大変だった。
「これからもずっとゼンさまのお側にいられるっ」
宿に戻り、控えの皮(書類?)を確認するなりしぼりだすように嬉し泣きされて、おれは現実を受け入れた。
今日この時から、スペリアトはおれの夫になったのだ。
今までと変わった事と言えば、冒険者の相棒(寄生)から人生の相棒(寄生?)になった、ということくらい。
実質はなにも変わってないのに、泣くほど嬉しいのか?
そんな捻くれた感想を覚えつつも、じわっと胸に染み入る実感。
おれと一緒に過ごすことを泣くほど喜んでくれるスペリアトの存在に、ずっと救われてきた。
そもそもおれは、スペリアトがいないと生活できない。
数日おきに空腹に耐えかねて野草を食って倒れたり、獣に怯えながら体一つで野宿する生活に戻りたくない。
イケメンに「好きです、ずっと側にいて、側にいさせて」と涙ながらに頼まれて、絆されきっているおれが断れると思うか?
そこはもう、わかった、お前の側にいるよ、となるだろ。
スペリアトは、この結婚はおれを守るためではないと言った。
結婚を望んだのは、おれが好きだから。
おれを守るのは結婚してもしなくても、当たり前。
もし許されるなら本当の夫になりたいと言われ、身体が朽ち果て魂が砕けるまで側にいると訴えてきた。
想いが重い。
恋なのか愛なのかは、分からないけどさぁ。
スペリアトはおれに欲情できる、興奮できることを証明してみせた。
あの行為はクラゲの本能ではないと、おれを膝に乗せて離さないことで教えてくる。
筋肉が多いスペリアトの太ももは、弾力がすごすぎる。
一枚クッションを挟んでくれ。
服越しで尻に当たる準備万端の存在に、いつ初夜が始まるかと戦々恐々していたが、なにもなくその日は終わった。
それから数日。
平和だ。
出かける時は二人で。
座る場所がスペリアトの膝の上しかない、以外は今までと変わらない。
なんとも座り心地の悪いおれ専用カウチ生活を送りながら。
欲張っても良いかな、と考えた。
状況に流されて結婚した、とスペリアトに思われてる気がする。
選択肢が無いとか言い訳はしても、最後にはおれが自分で決めたのに。
考えれば考えるほど、おれはスペリアトが大事だ。
ずっと膝の上に乗ることを求められ、面倒臭いとは思っても嫌悪感は無い。
胸にある好意が恋か愛か執着か依存かは判断できないけれど、スペリアトと離れたくない気持ちは本物だ。
こいついないと、おれすぐ死んじゃうしな?
スペリアトに出会ってから、一度も死んでない。
今後は痛みを伴うと知った以上、無謀な特攻はできない。
座らされている間、常に臨戦状態で待機している股間は痛くないのか?、と不憫に思って。
手や口で抜いてやったら楽になるかなー。
と考えて気がついた。
やってやろうかなとか考える時点で、セックスが嫌ではないと。
むしろ、したい?
恋や愛が無くてもセックスはできる。
好意はあったほうが良いだろうけどさ。
そしておれはもう、それがめちゃくちゃ気持ちいいことを知ってしまった。
スペリアトが嫌でなければ、死にかけない程度に付き合ってくれないだろうか。
まだ突っ込まれる側しか知らないけど、気持ちよさをもう一度体験したい。
結婚したんだから、夫とセックスしたいと願っても良いよな?
問題は、スペリアトは望んでいるのか、って事だ。
がちがちにしてるのが不本意だ、って可能性もあるかもよ?
おれはそれどころじゃなかったけど、若さゆえの性欲に振り回されてる可能性がある。
誘い方なんて知らないから、寝る前にいつものようにスペリアトが用意してくれた湯で体を拭く時に頼んでみた。
「背中がかゆいから拭いてくれる?」
はい、と表情を変えないスペリアトに不安になった。
背中だけでなく腕、足、そのまま腹から胸、開き直って恥ずかしさから元気になりつつある股間まで拭いてもらって。
反応ない……かと思ったけど。
顔色はいつもどおりなのに、スペリアトの視線がおれの頭部に固定されてた。
偶然のふりで手を伸ばしてみれば、がちがちになっている股間の先端部分が布越しに湿っている。
おおう、若い。
すげー固くて、でっかい。
人の姿でこんなご立派だと、クラゲの時はどうなるんだ。
体格が良いと、ここもご立派になるのか?
「座ってくれよ」
「はい」
全裸だけれど、どうしても聞いておきたいことがある。
服を着てから仕切り直しなんてしたくない。
椅子に座ってくれたスペリアトの膝の上に、おれは全裸で座った。
太腿がびくっとしたのは、どういう反応だろうな。
結婚を望まれた時の言葉を受け止めて、おれなりに考えたんだ。
本当の夫になりたい、と言われたことを。
おれ、スペリアトが好きだ。
きっと恋愛的な意味で。
望まれて嬉しい、抱かれる側でいい。
そうでなきゃ、セックスしたいなんて思わないよな?
自分の言葉を忠実に守ろうとするスペリアトの強さは、どこから来てるのか。
どうしておれにこんなに良くしてくれるのか。
聞いとくべきだったな。
「スペリアトくん」
「はい」
「夫夫になったから、おれだけの特別な呼び方して良い?」
「っ、はい」
「なにか希望はある?」
「……いいえ」
いつも返事の早いスペリアトが口籠るなんて珍しい。
むーんと天井を見上げて考える。
無難に名前を前からとって。
「スペラ、なんてどうかな?」
なんとなく。
意味はないけれど、そう呼びたいなと思った。
スペリアトは、息を一つ吐いた。
疲れたように、苦しむように、肺の中身を全て吐いても足りないように。
「……恐れ多い、かと」
「どこが?」
おれを乗せている太腿が鉄板みたいに固いのは、緊張しているから。
いつも以上に緊張していると伝わってくる。
「ボクの名前は、逆らうなという意味でつけられた名前」
ゼンさまに会えるまで、ずっと怯えてた。
生きてる意味が見出せないのに、死にたくない。
灰燼のスペリアトと呼ばれるたびに、価値のない者と思い知る。
死ぬまで怯えて生きていく事を、疑わなかった。
ゼンさまに会って、自分がしたいことを知った。
望みを、救いを、助けを、喜びを知った。
淡々とつぶやく姿は、イケメンぶりが霞むほど痛々しく見えた。
「だからボクに〝スペラ〟は勿体無い」
「おれがスペラと呼びたくても駄目?」
出会った時は神がかった美少年で、今は完璧イケメンに進化したスペリアトの過去が重たそうなことに、少しだけ畏れおののいてしまったが。
自己評価は低すぎても高すぎても良くない、とおれは考える。
「だめ、じゃない」
そっちがおれを守りたい、と強引な手段をとるなら。
おれも強引に行くさ。
守ってくれる相手を守りたいと思うことは、変じゃないだろ?
「なあ、おれの大事な夫を、スペラにも大事にして欲しいな?」
「あ……」
「これからずっと長く側にいるんだから、大事にしてくれたらすごーく嬉しい」
ずっと側に、はスペリアトの望みだろ?、と目を覗き込む。
真珠のような光沢を持った瞳が、迷うように動いた。
「はい」
納得はしていないのかもしれないけれど、少なくとも返事をしたということは、有言実行してくれるだろうと期待して、おれは両腕を伸ばした。
「それでスペラ、夫婦は愛しあうものだろ?」
したい。
言外に伝えながらにっこりと微笑むと、スペリアト、いいやこれからは〝スペラ〟だ、が目を大きく見開いて、耳の先まで真っ赤になって。
固く目を閉じて一言だけ、苦しむように口を開いた。
「できません」
「なんでやねん!」
「なんでうあね??」
「いや、なんでもない」
いっつも股間がちがちにしておれを膝に乗せておいて、できませんは無いだろ?
苦行が好きなのかよ。
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