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2 ボク
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しおりを挟む困り果てた様子のゼンさまは、やまり優しいお方だった。
「さま呼びとか、ううう、仕方ない分かったよぅ、後で変なことされたとか言って怒らないでくれよー、おれは誘拐犯でも不審者でもないって証言してくれよ?」
「うん」
「あーもう、しゃーないなぁ」
仕方がない?
ゼンさまはボクを責めないけれど、やはりサイシの血筋だったのにばけものになってしまったのは、良くないことだったのだろう。
「……ボクがばけものだから、仕方ないの?」
ゼンさまが触れてくれたから、ボクは自分がばけものになっていたことを知ってしまった。
何も知らずに末っ子叔父のように壊れていた方が、良かったのかな。
どろどろとした良くわからないもやもやの塊になって。
全てのものに憎しみと怒りと悪意を向けて。
飲み込んで飲み込めなくて、食らって食らいきれなくて、いつまでも地を這いながらひとつ星を見上げるだけの存在になってしまったら。
怖い。
いつか見ず知らずの誰かを傷つけることが。
傷つけたいと願う日が来るかもしれないことが。
「君はかわいいよ」
ばけものってなに?、と顔を覗き込まれそうになって、ゼンさまの細い体に抱きついた。
顔を見られたくなかった。
醜さを知られたくなかった。
ゼンさまの体は温かいのに、大人の男と言うには筋肉が少なくて柔らかい。
作り物のように滑らかな肌から、香りたつ甘い神性。
組合で見た時はやつれて萎れて見えたけれど、抱きついてみると痩せてはいない。
肉付きが良いとも言えないけれど、まるで少年の体を大きさだけ青年にしたような。
老人の皮膚のたるんだ柔らかさとも違うのは、かみさまだからだろうか。
どこか亡くなった母を思い出させるけれど、骨っぽい体つきは男のもので。
優しさを人の形にしたようだと感じた。
かみさまを人の形に収めるために作られたのだろう体は、この世のものではないと思わせる優しさでできていた。
ボクは、自分でも知らないうちに泣いていた。
末っ子叔父を見捨てた。
家族を見捨てた。
自分だけが逃げ出した。
向きあわなかった。
おかしいと知りながら。
誰も助けなかった。
助けられたかもしれないのに、助けようとしなかった。
子供のようにめそめそと泣くボクを、優しいかみさまのゼンさまはずっと抱きしめてくれた。
背中をそっと押さえる手が、幼い子供をなだめるような柔らかさで慰めを与えてくれるから。
ずっと涙が止まらなかった。
目が覚めて、まぶたの腫れぼったさに気が付く。
泣きながら眠ってしまったようだ。
村を出てから、初めて泣いた。
胸にあった後悔と苦しみが、減っている。
目に見えない心がとても重たかったのに。
ゼンさまのお力だろうか?
腕の中に、ボク以外の温もりと柔らかさがある。
まだ暗い部屋に、ボク以外の呼吸がある。
すうすうと眠るかみさま。
ボクだけが知るゼンさま。
『ただひとつ星におわすヌー・テ・ウイタ・ラ・ドゥンネゼウの祭壇に心開いて唱えるが良い。
いと慈悲深きドゥンネゼウは願いを聞いてくださる』
末っ子叔父の言った通りだった。
優しいかみさま。
ボクは、貴方のお役にたちたい。
お仕えできなくても良いのです、御身の側にいて構わないでしょうか。
◆
◆
ボクはゼンさまに自分を売り込んで頼み込んだ。
一緒にいたいと。
人を殺したことはない。
獣は狩れる。
安全を確保できる。
移動するお力になれると力説したら、組合にぼったくらせていた試練は切り上げになったのか、あっさり受け入れてもらえた。
人の善意を取り戻す試練の邪魔をしてしまったのに、なんて優しい御方だろう。
ゼンさまがデスティンの町を拠点にしていたのは季節一つほどと言われた。
移動しませんか?、という問いに色良い返事を頂けた。
つまり、この町にこだわりはない。
行きたい場所が無いと言われて判明したのは、世界中に善意をもたらす試練を行なっているのだろう、ということ。
ゼンさまは、世界に在る全ての命に、自ら向かい合うことを望んでおられる。
ようやく戻ってこられたばかりなのに、また御身が傷つくことを恐れもせず。
正しくサイシとしてお仕えできなくても、きっとできることはある。
冒険者の先達として、お役にたつことができるはずだ。
ばけものとして、かみさまの体を満たすものを用立てられる。
大きな街は避けて、中規模の町への移動を提案した。
人が多すぎる場所は、お腹にもやもやを溜め込み過ぎている人が多い。
もやもやが人の形になっている姿は、あまり見たい光景ではない。
試練を世界へもたらすためと分かっていても、ゼンさまを危険な場所へお連れする事はしたくなかった。
ゼンさまも、望んで危険な地を巡ろうとは考えておられないようだったので、安全な経路を考えることにした。
これまでずっと居場所が見つけられずにいたからこそ、先導できる。
今までのボクの全てが報われたようで、毎日が幸せで怖いほどだった。
ゼンさまはかみさまであっても今は人に似せた体をお持ちだから、人のように衣食住の全てが必要な様子だった。
それなのに人の営みには詳しくないと、すぐに分かった。
店先で売られている食べ物に不安そうな顔をして、かじってからも困惑する。
新しい服をすすめれば困ったように視線を揺らして、着方が分からないと立ち尽くす。
立ち寄った全ての宿を物珍しそうに見回して、子供でも開けられる戸棚の鍵に悪戦苦闘していた。
かみさまらしく、世俗に疎いゼンさまのために動けることは素晴らしかった。
あくまで連れの冒険者としての動きを意識し続けていたため、寝起きから眠るまでのお世話をさせてもらうことはできなかったけれど。
戦い方を知らず、獣の解体もできないと恐縮されたけれど、なんの問題があるというのか。
世界にある全ての命の親であるかみさまが、我が子を痛めつけることを望まないのは当たり前だ。
人として振る舞っている今でも、獣の肉を食べることに困惑される。
生きている植物から実りを分けてもらうため、むしり取ることを躊躇される。
ボクが用意した食事に感謝を述べてくれて「いただきます」と恐縮までして下さるゼンさまに、胸がきゅうっとなる。
飄々とした態度で苦痛や疲労を外に見せないようにしているけれど、ゼンさまの人の体は弱々しい。
これもまた試練の一つなのだろうと察しても、心苦しくて仕方ない。
金銭の価値も知らなければ、食べられるものの調理法も知らず。
人の姿に慣れていないのか、火をつけられず、水を汲めず、野宿の作法も知らない。
外套や荷物は、ゴミ捨て場から拾ったようなものを使われていて。
寄せ集めたぼろぼろの道具で十分に満たされている様子に、ボクは泣いた。
かみさまには人のような物欲が無いのだとしても。
ひどく無防備に死地に身を晒そうとするのはやめてほしい。
かみさまは、ご自身にも試練を課しておられるのだろうか?
なんのために?
ゼンさまが試練を果たすことに意味があるのなら、それはきっと世界のためだ。
敬虔だった母と末っ子叔父は、かみさまは世界の親であり、親は子供を守り導くと言っていた。
祖父母、父や叔父、兄たちは、かみさまの御心に沿っていなかった。
サイシの家系に生まれても、サイシの力を持っていなかった。
ボクもまた、サイシである誇りを自ら手放してしまった。
せめてゼンさまの御心に沿えるように、清廉であろう。
すでにばけものになっている身では、手遅れであり浅ましく愚かしいけれど。
ゼンさまのために、ボクは生きられる。
なんて素晴らしい日々だろう。
かみさま、ボクに見つけられてくださったことを、心より感謝いたします。
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