【R18】かみさまは知らない

Cleyera

文字の大きさ
上 下
16 / 74
2 ボク

14

しおりを挟む
 

 困り果てた様子のゼンさまは、やまり優しいお方だった。

「さま呼びとか、ううう、仕方ない分かったよぅ、後で変なことされたとか言って怒らないでくれよー、おれは誘拐犯でも不審者でもないって証言してくれよ?」
「うん」
「あーもう、しゃーないなぁ」

 仕方がない?
 ゼンさまはボクを責めないけれど、やはりサイシの血筋だったのにばけものになってしまったのは、良くないことだったのだろう。

「……ボクがばけものだから、仕方ないの?」

 ゼンさまが触れてくれたから、ボクは自分がばけものになっていたことを知ってしまった。
 何も知らずに末っ子叔父のように壊れていた方が、良かったのかな。

 どろどろとした良くわからないもやもやの塊になって。
 全てのものに憎しみと怒りと悪意を向けて。
 飲み込んで飲み込めなくて、食らって食らいきれなくて、いつまでも地を這いながらひとつ星を見上げるだけの存在になってしまったら。

 怖い。
 いつか見ず知らずの誰かを傷つけることが。
 傷つけたいと願う日が来るかもしれないことが。

「君はかわいいよ」

 ばけものってなに?、と顔を覗き込まれそうになって、ゼンさまの細い体に抱きついた。

 顔を見られたくなかった。
 醜さを知られたくなかった。

 ゼンさまの体は温かいのに、大人の男と言うには筋肉が少なくて柔らかい。
 作り物のように滑らかな肌から、香りたつ甘い神性。
 組合で見た時はやつれて萎れて見えたけれど、抱きついてみると痩せてはいない。

 肉付きが良いとも言えないけれど、まるで少年の体を大きさだけ青年にしたような。
 老人の皮膚のたるんだ柔らかさとも違うのは、かみさまだからだろうか。
 どこか亡くなった母を思い出させるけれど、骨っぽい体つきは男のもので。

 優しさを人の形にしたようだと感じた。
 かみさまを人の形に収めるために作られたのだろう体は、この世のものではないと思わせる優しさでできていた。

 ボクは、自分でも知らないうちに泣いていた。

 末っ子叔父を見捨てた。
 家族を見捨てた。
 自分だけが逃げ出した。
 向きあわなかった。
 おかしいと知りながら。
 誰も助けなかった。
 助けられたかもしれないのに、助けようとしなかった。

 子供のようにめそめそと泣くボクを、優しいかみさまのゼンさまはずっと抱きしめてくれた。

 背中をそっと押さえる手が、幼い子供をなだめるような柔らかさで慰めを与えてくれるから。
 ずっと涙が止まらなかった。





 目が覚めて、まぶたの腫れぼったさに気が付く。
 泣きながら眠ってしまったようだ。

 村を出てから、初めて泣いた。

 胸にあった後悔と苦しみが、減っている。
 目に見えない心がとても重たかったのに。
 ゼンさまのお力だろうか?

 腕の中に、ボク以外の温もりと柔らかさがある。
 まだ暗い部屋に、ボク以外の呼吸がある。

 すうすうと眠るかみさま。
 ボクだけが知るゼンさま。

『ただひとつ星におわすヌー・テ・ウイタ・ラ・ドゥンネゼウの祭壇に心開いて唱えるが良い。
 いと慈悲深きドゥンネゼウは願いを聞いてくださる』

 末っ子叔父の言った通りだった。
 優しいかみさま。
 ボクは、貴方のお役にたちたい。

 お仕えできなくても良いのです、御身の側にいて構わないでしょうか。



   ◆



   ◆



 ボクはゼンさまに自分を売り込んで頼み込んだ。
 一緒にいたいと。

 人を殺したことはない。
 獣は狩れる。
 安全を確保できる。
 移動するお力になれると力説したら、組合にぼったくらせていた試練は切り上げになったのか、あっさり受け入れてもらえた。

 人の善意を取り戻す試練の邪魔をしてしまったのに、なんて優しい御方だろう。

 ゼンさまがデスティンの町を拠点にしていたのは季節一つほどと言われた。
 移動しませんか?、という問いに色良い返事を頂けた。

 つまり、この町にこだわりはない。
 行きたい場所が無いと言われて判明したのは、世界中に善意をもたらす試練を行なっているのだろう、ということ。

 ゼンさまは、世界に在る全ての命に、自ら向かい合うことを望んでおられる。
 ようやく戻ってこられたばかりなのに、また御身が傷つくことを恐れもせず。

 正しくサイシとしてお仕えできなくても、きっとできることはある。
 冒険者の先達として、お役にたつことができるはずだ。
 ばけものとして、かみさまの体を満たすものを用立てられる。

 大きな街は避けて、中規模の町への移動を提案した。
 人が多すぎる場所は、お腹にもやもやを溜め込み過ぎている人が多い。

 もやもやが人の形になっている姿は、あまり見たい光景ではない。
 試練を世界へもたらすためと分かっていても、ゼンさまを危険な場所へお連れする事はしたくなかった。

 ゼンさまも、望んで危険な地を巡ろうとは考えておられないようだったので、安全な経路を考えることにした。
 これまでずっと居場所が見つけられずにいたからこそ、先導できる。

 今までのボクの全てが報われたようで、毎日が幸せで怖いほどだった。

 ゼンさまはかみさまであっても今は人に似せた体をお持ちだから、人のように衣食住の全てが必要な様子だった。
 それなのに人の営みには詳しくないと、すぐに分かった。

 店先で売られている食べ物に不安そうな顔をして、かじってからも困惑する。
 新しい服をすすめれば困ったように視線を揺らして、着方が分からないと立ち尽くす。
 立ち寄った全ての宿を物珍しそうに見回して、子供でも開けられる戸棚の鍵に悪戦苦闘していた。

 かみさまらしく、世俗に疎いゼンさまのために動けることは素晴らしかった。
 あくまで連れの冒険者としての動きを意識し続けていたため、寝起きから眠るまでのお世話をさせてもらうことはできなかったけれど。

 戦い方を知らず、獣の解体もできないと恐縮されたけれど、なんの問題があるというのか。
 世界にある全ての命の親であるかみさまが、我が子を痛めつけることを望まないのは当たり前だ。

 人として振る舞っている今でも、獣の肉を食べることに困惑される。
 生きている植物から実りを分けてもらうため、むしり取ることを躊躇される。

 ボクが用意した食事に感謝を述べてくれて「いただきます奉納品を受け取ります」と恐縮までして下さるゼンさまに、胸がきゅうっとなる。

 飄々とした態度で苦痛や疲労を外に見せないようにしているけれど、ゼンさまの人の体は弱々しい。
 これもまた試練の一つなのだろうと察しても、心苦しくて仕方ない。

 金銭の価値も知らなければ、食べられるものの調理法も知らず。
 人の姿に慣れていないのか、火をつけられず、水を汲めず、野宿の作法も知らない。
 外套や荷物は、ゴミ捨て場から拾ったようなものを使われていて。
 寄せ集めたぼろぼろの道具で十分に満たされている様子に、ボクは泣いた。

 かみさまには人のような物欲が無いのだとしても。
 ひどく無防備に死地に身を晒そうとするのはやめてほしい。

 かみさまは、ご自身にも試練を課しておられるのだろうか?
 なんのために?
 ゼンさまが試練を果たすことに意味があるのなら、それはきっと世界のためだ。

 敬虔だった母と末っ子叔父は、かみさまは世界の親であり、親は子供を守り導くと言っていた。

 祖父母、父や叔父、兄たちは、かみさまの御心に沿っていなかった。
 サイシの家系に生まれても、サイシの力を持っていなかった。

 ボクもまた、サイシである誇りを自ら手放してしまった。

 せめてゼンさまの御心に沿えるように、清廉であろう。
 すでにばけものになっている身では、手遅れであり浅ましく愚かしいけれど。

 ゼンさまのために、ボクは生きられる。
 なんて素晴らしい日々だろう。

 かみさま、ボクに見つけられてくださったことを、心より感謝いたします。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

モブなのに執着系ヤンデレ美形の友達にいつの間にか、なってしまっていた

マルン円
BL
執着系ヤンデレ美形×鈍感平凡主人公。全4話のサクッと読めるBL短編です(タイトルを変えました)。 主人公は妹がしていた乙女ゲームの世界に転生し、今はロニーとして地味な高校生活を送っている。内気なロニーが気軽に学校で話せる友達は同級生のエドだけで、ロニーとエドはいっしょにいることが多かった。 しかし、ロニーはある日、髪をばっさり切ってイメチェンしたエドを見て、エドがヒロインに執着しまくるメインキャラの一人だったことを思い出す。 平凡な生活を送りたいロニーは、これからヒロインのことを好きになるであろうエドとは距離を置こうと決意する。 タイトルを変えました。 前のタイトルは、「モブなのに、いつのまにかヒロインに執着しまくるキャラの友達になってしまっていた」です。 急に変えてしまい、すみません。  

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ギルド職員は高ランク冒険者の執愛に気づかない

Ayari(橋本彩里)
BL
王都東支部の冒険者ギルド職員として働いているノアは、本部ギルドの嫌がらせに腹を立て飲みすぎ、酔った勢いで見知らぬ男性と夜をともにしてしまう。 かなり戸惑ったが、一夜限りだし相手もそう望んでいるだろうと挨拶もせずその場を後にした。 後日、一夜の相手が有名な高ランク冒険者パーティの一人、美貌の魔剣士ブラムウェルだと知る。 群れることを嫌い他者を寄せ付けないと噂されるブラムウェルだがノアには態度が違って…… 冷淡冒険者(ノア限定で世話焼き甘えた)とマイペースギルド職員、周囲の思惑や過去が交差する。 表紙は友人絵師kouma.作です♪

【BL】どうやら精霊術師として召喚されたようですが5分でクビになりましたので、最高級クラスの精霊獣と駆け落ちしようと思います。

riy
BL
風呂でまったりしている時に突如異世界へ召喚された千颯(ちはや)。 召喚されたのはいいが、本物の聖女が現れたからもう必要ないと5分も経たない内にお役御免になってしまう。 しかも元の世界へも帰れず、あろう事か風呂のお湯で流されてしまった魔法陣を描ける人物を探して直せと無茶振りされる始末。 別邸へと通されたのはいいが、いかにも出そうな趣のありすぎる館であまりの待遇の悪さに愕然とする。 そんな時に一匹のホワイトタイガーが現れ? 最高級クラスの精霊獣(人型にもなれる)×精霊術師(本人は凡人だと思ってる) ※コメディよりのラブコメ。時にシリアス。

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

処理中です...