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2 ボク
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しおりを挟むかみさまがその気になれば、ただ一言、指先の動きひとつで世界中に伝えられるはずだ。
地上に戻られたかみさまに会って喜ばない者がいるか?
誰もが我先に群がり、かみさまの御手に触れられたい、御声をかけられたい、御側に侍りたいと望むだろう。
伝えるつもりがないから、伝わらない。
伝えたくないから、伝えない。
それならボクも知らないふりをするべきだ。
ボクは、きっともうサイシでは無いのだから。
「それじゃ、またね」
「町の宿に泊まらないのか?」
じゃらりと音をさせる袋を胸元につっこむかみさまを見て、不安になった。
どう考えても町を出る前に誰かに襲われてしまう、と。
金を隠す気もない姿に気がついた。
かみさま、いいやゼンさまは、正体を隠して人に善き心を思い出させる試練を与えている途中なのだ。
お隠れになっている間に世界中が衰退したことに心を痛め、自らの身を犠牲にしてまで世を変えようとなさっているのか。
無防備に金を持つ者であっても手を出さぬように、善心を鍛えさせるのが目的だと分かる。
けれど無茶、無謀、無理だと思う。
地上には悪心を持つ者が多すぎる。
ゼンさまが姿を見せぬ間に、地上の者は悪い方向に変化したと末っ子叔父が言っていた。
頼るべき、敬愛すべき、縋るべきかみさまを失ったと思い込み、道を誤ったと。
ゼンさまの邪魔をすべきではないと思うけれど、萎れた姿がボクの胸に苦しみを与えてくる。
萎れた姿もボクたちに他者への施しを思い出させるため、かもしれないけど。
「あー、ちょっと金が無くて」
「ここで受け取った金は?」
「こいつはちょっと、他に、あ、うぅ」
唐突にきゅるきゅると音を立てるゼンさまのお腹。
ゼンさまが恥ずかしがるように目を細めて、口をきゅうと尖らせたから、意図していない可能性がある。
もやもやのない真っ白なお腹が、空腹だとかわいらしく鳴いているだけで。
「ぐはっ」
「うわ、大丈夫、どうしたの?」
ボクはぎゅううっっっと締め上げられた胸の苦しさに喘ぐことになった。
胸にあふれた思いは、愛おしさ、だった。
男の姿を真似ている真っ白で真っ黒なゼンさまは、お腹を鳴らすのだ。
かみさまなのに。
これほどにかわいらしく、お腹を鳴らすのだ。
なに、この、かわいいかみさま?
人の真似をしていると、お腹が鳴っちゃうのか?
よく分からないけど、かわいい。
なんでかわいいって思うのか、自分でも分からない。
かみさまなのに。
胸が苦しいのはなぜ?
ゼンさまから離れるなんて、ボクにはできない!!
「大丈夫じゃないから、一緒に来て!」
「ええ、いっしょって、え、えええ~」
ふわりゆらりと迷子になりそうな足取りのゼンさまの手を引いて、もやもやが無い空っぽのお腹の気持ちよさと気持ち悪さを感じながら。
組合で聞いた、この町で一番の宿に連れ込んだ。
借りた部屋は三階建ての三階。
受付で二人分の食事を部屋まで持ってきてほしいと告げてから、最上階へと登った。
「わあ、これはすごい部屋だ」
「虹金等級は、安い部屋は借りられないから」
「そうか、そうなんだね、スペリアトくんはすごいなあ」
二間続きのそんなに豪華でも無い部屋に、ひどく感心した様子のゼンさまを見て、胸がまた痛くなる。
なぜ、お連れしてしまったんだ。
ゼンさまはボクが元サイシだって気づいていないのに。
お仕えしたいって望めないのに。
今だってボクが萎縮しないように、優しくしてくださっているのだろう。
ばけものだと分かっているのに。
冒険者組合の抱える軋轢と、金を落とさせたい地域の方針で、名前が売れてきた冒険者の情報は宿に落とされる。
それなりの宿に泊まるには組合証の提示が必要で。
町に正しく根ざしている宿では、等級で借りられる部屋が決められている。
野宿したり下手な宿に泊まると、身包み剥がされるだけでなく命まで持っていかれるから、折れるしかない。
儲けた分は使え、ってことだ。
自分で稼いだ金の使い道くらい、自分で決めると言いたくても、面倒臭い。
これまでは、寝るだけだからどこも一緒だと思ってた。
でも今は違う。
今回借りた部屋はこの町一番の宿の一番上等な部屋だけれど、ゼンさまに居ていただくには物足りない。
もっと大きな町のきれいな宿に案内しなくては。
ゼンさまのおられた雲上ほど素晴らしくはないだろうけど、もっと素敵な部屋にいくらでも滞在させてあげたい。
人に試練を与えて傷ついた御身を癒す場と、機会を用意してさしあげたい。
「こちらにどうぞ」
部屋に置かれた長椅子を薦める。
早く食事が届かないだろうか、とそわそわしながら。
「おれはいいから、具合が悪いならスペリアトくんこそ座らないと」
食事を注文したのを聞いていたはずだけど。
ボクの調子が悪いと信じているのか、座らせようとしてくるから。
ゼンさまから立ち上る匂いではない甘さに頭がくらくらして、からっぽのお腹が疼いた。
「ゼンさま」
「え、さま?」
「ぎゅう、ってして」
幼い見た目を利用するのは卑怯だと知りながら、両腕を伸ばして、懇願するように闇夜の瞳を見上げた。
かみさま。
かみさま。
ボクは、かみさまを見つけた。
甘くてかわいいゼンさまを見つけた。
人にはありえない朔夜色の髪と瞳をしているのに、耳目を集めることはなく。
柔らかく心地よい声は飄々として、記憶に残らない。
身振りごとに匂いではない甘い気配を漂わせ、ボクの心を掻き乱す。
不確かなふわりとした身のこなしは、この世の者ではありえない。
限りなく人に近いのに、明らかに人ではない。
お隠れになっていたかみさまは、ボクたちを見つけてくださらなかったけれど、恨んだことは一度もなかった。
末っ子叔父が言った通り、かみさまは優しくて穏やかで、吹き抜けるそよ風のように掴み所のない姿が、捕まえていないと消えてしまいそうに儚かった。
ばけものになってしまったボクを、かみさまは責めない。
かみさまに、触れたい。
もう一度、触れてほしい。
子供のように振る舞うことは恥ずかしいけれど、不安定感と恐怖は羞恥心よりも強かった。
「えっ?、ええっ、えーっと」
「だめ?」
抱きしめて、と幼い子供がするように腕を伸ばす。
顔に熱がのぼる。
ゼンさまの顔が見られない。
いつもなら、こんなことしない。
見た目から子供として扱われるのは不愉快であり、同時にボクにとって必要なことだった。
逃げ出した負い目。
末っ子叔父を見捨てた弱さ。
見つけられ連れ戻されるかもしれない恐怖。
自分の力で、なにもできない情けなさ。
全ての負の感情がもやもやの素になり、今のボクを形作った。
ボクの顔は、特徴が無くなるように変えた結果、逆に人の目に好ましく映るようになった。
子供の姿であることもあり、これまでに何度も誘拐されそうになった。
口説かれて。
誘われて。
断れば暴力に訴えられて。
それでも無理なら権力や薬物や卑怯な手を使われて。
面倒ごとに巻き込まれるのは嫌だったけれど、時間をかけて痛みに耐えたのに無駄になることが嫌で、再び変えるのも億劫でそのままにしていた。
この作りものの顔がゼンさまにも好ましく見えれば良いのに。
地上を歩くために、ゼンさまはかみさまの御力を隠しておられるのだろう。
体を人に似せているなら、騙されてくれるかもしれない。
ボクはばけものだ。
かみさまの御膝元を望むのは烏滸がましい。
分かってる。
ゼンさまはかみさまだから、我が子らに、全ての命に優しいだけだ。
「駄目ではないけど、調子が悪いなら寝た方が良いよ?」
「ゼンさまが抱きしめてくれたら治る」
「ええ?」
困ったように眉を下げるゼンさまは、やはり愛らしかった。
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