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2 ボク
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しおりを挟む出てきた男は手弱女のような物腰だった。
手入れされた髪とほっそりとした容姿は、力無き者と油断させるためだろう。
受付がボクの等級を口にした後で壁の裏に来て、話を聞いていたのをもやもやの有無で感じていたから、驚かない。
口だけで相手をやりこめる職にしては、溜まっているもやもやの色が違う上に量が少ない。
見た目で油断させておいて暴力で解決、ってところか。
「至上の方からぼったくっていたことを見逃せと?」
「ぼったくっていた訳ではない、よ」
ボクの反応が想定と違っていたのか、甘やかな笑顔が引きつった。
おそらく、初めの甘く柔らかい声かけで大抵の冒険者は気を削がれるんだろう。
「正当な理由があるとは思えない、初回以降の差額返金を要求する」
「初めて見る顔だけれど、君は彼の知り合い?」
ボクとかみさまを見比べる男の視線の無粋さに、お腹のもやもやがうねりそうになる。
かみさまをお守りするんだ。
かみさまをお助けするんだ。
かみさまをお祀りするんだ。
ボクが移動申請していたのを知りながらしらばっくれる男の魂胆はなにか。
なにかあるたびに移動して逃げてきた。
交渉をしたことがないから、どう言ったら解決するのか分からない。
「公明正大な対応を望む、無理ならボクはこの町の組合が組合員から搾取している事実を周囲に知らしめねばならない」
「なぜ?」
「一人にやっているということは、全員にしていてもおかしくない」
弱き者を守る英雄のような言い方だ。
ふざけてる。
冒険者に同族意識なんてない。
助けたいとも思わない。
言いがかりだと分かっている。
制度を知らない者から上前をはねるなんて珍しくない。
搾取されたくないなら学んで自衛すべきだ。
人前で搾取と口にした時点で、組合を敵に回したのは間違いない。
虹金等級の冒険者は少ないけれど、いない訳じゃない。
ボク一人切り捨てた所で、組合が壊滅的な傷を負うこともないだろう。
それでも、真っ白で真っ黒なかみさまを守りたい。
ボクのようなおかしな者と根本的に違う、お腹の中が真っ白なかみさまの力になりたい。
「分かった、虹金等級の冒険者を怒らせるのはよろしくない、灰燼スペリアトの人物評価に正義感が強いという但し書きは無かったが、方針を変更したようだと情報を更新しておくよ。
今回はこちらの手落ちとしておこうじゃないか」
「次からは?」
「規定額を納めてもらうようにするとも」
「分かった」
くるりと振り返ってかみさまを見上げると、本人なのに蚊帳の外に追いやられていたからか、困ったような笑顔を浮かべられた。
笑うと目が細くなって瞳が見えなくなる笑顔だ。
同時に、きゅうっと胸が苦しくなる。
「よく分からないけれど、助けてもらったってことかな?」
困ったような笑顔でありがとうと言われて、なんだか泣きそうになる。
ボクはサイシと認められていない。
目の前にいるのに、かみさまには分からないんだ。
「助けた訳じゃない、味を占めて繰り返されるとボクみたいに拠点を移動する冒険者が迷惑する」
「すごくしっかりしてるねぇ、ぼうやは」
「子供扱いしないでくれ」
もう何年も子供扱いされてきて、舐められることに慣れていたのに。
眼前のかみさまには子供扱いされたくない、と感じた。
なんだい?、と飄々とした様子のかみさまを見上げて、どうかお仕えさせてくださいと声に出さずに願った。
「ボクは虹金特殊等級のスペリアト」
「おれは茶錆等級のゼン、ありがとう、スペリアトくん」
ボクの等級を聞いても、かみさまは驚いた顔をしなかった。
やはりボクの願いが聞こえていないのか、否定も拒絶もされなかった。
握手のために差し出したボクの手は、喜びと恐怖で小刻みに震えている。
至上の方の至近距離にいられる喜びと、ボクの本性を知られる恐怖で。
サイシとして認められていないのに、お側を望んでいる己の厚かましさに吐き気がする。
真っ白で真っ黒なかみさま、ゼンの温かくて柔らかい手のひらがボクに触れた瞬間。
ボクは自分がばけものだと、悟った。
内心の動揺を必死で押し隠して、かみさま、いいや、ゼンさまが組合にぼったくられていた金の払い戻しが終わるのを見守った。
冒険者が受けた依頼は書類にまとめられて、組合で五年間保管される。
不正や搾取を防ぐためだけれど、ほとんどの冒険者はこの制度を知らない。
ぼったくられて気づかない奴に組合が教えることはないけれど、ボクのような一部の小賢しい奴らにつけ込まれないように保管はしてあるはずだ。
ゼンさまがこの組合に何年通っているかは知らないけれど、最長で五年間は遡って返金を要求できる。
たぶん。
ゼンさまのふわりゆらりとした歩みはひどく頼りない。
でもそれが、日頃は雲上を歩むかみさまゆえだと知れば、神々しさを思える。
戻ってこられた。
かみさまが、大地を歩いておられる。
本当にかみさまはあらせられたのだ。
ゼンという呼び名は、かみさまを表す言葉のドゥンネゼウからだろう。
末っ子叔父と暮らしていた時に、かみさまに会えていたら良かったのに。
そう思ってしまうのは、仕方ないことなんだろうか。
かみさまがボクに触れた瞬間。
ボクのお腹の中で渦巻いていたもやもやが浄化された。
消えたのではない。
口から出たもやもやの消え方とは明らかに違った。
文字通り、浄化された、清らかになったと感じた。
今もボクの心臓は胸郭をぶち破らんばかりに暴れ狂っているのに、お腹のもやもやは存在しない。
からっぽだ。
こんなことは初めてで、ただひたすらに怖い。
中身を失ってからっぽのお腹が気持ちよくて気持ち悪い。
でもきっとすぐ、またもやもやは湧き出る。
すぐに溜め込んで、苦しくなる。
今は喪失感に苦しんでいるのに。
雲ひとつない空の美しさを知ったのに、これから永遠に雨雲が分厚く垂れ込めた空しか見えないと教えられた気分だ。
ボクはサイシとして、いつでもただひとつ星を見上げていなくてはいけなかったのに、もう見つけられない。
かみさまにお仕えしたいなんて、どの口で言えるだろう。
サイシとしての心も振る舞い方も、ボクは失っていた。
ボクはばけものだ。
知らなかったとはいえ、もう戻れないところまで来ていた。
お腹の中にあるもやもやは、やはり人の手で扱えるものでは無かった。
これは、人をばけものにしてしまう力で。
ボクはそれが少しだけ見えて、人より感じ取ることができただけだった。
きっとサイシとしてもやもやを避けるための能力だったはずなのに、ボクはもやもやを取り込んで使ってしまった。
感じ取って使ったことで、ばけものになってしまった。
見た目を取り繕うことはできても、中身はぐちゃぐちゃに腐った醜いものになった。
こんなに汚くなってしまったら、サイシだと名乗れない。
ボクに比べたら、普通の人のお腹のもやもやなんて、汚れですらない。
もやもやを使わないのは無理だ。
ボクからもやもやを取ったら、なにも残らない。
もやもやを使わないと、ボクはただの子供でしかない。
見た目が人で無くなるその日までもやもやを使い続けて、いつか末っ子叔父のようなものになるんだろう。
見た目も心も魂まで穢れきって醜い、ばけものに。
かみさまに見つけてもらいたいと願うだけの、おろかなばけものに。
地を這って空を見上げるだけのばけものに。
ボクはなるのだ。
「スペリアトくんありがとう、本当に助かりました」
「いいえ、なにもしてないから」
かみさま相手に、どう接したら良いのか分からなくて、首を振る。
きっとゼンさまは自分がかみさまだと喧伝するつもりがないのだろう。
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