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2 ボク
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しおりを挟む悩みに悩んで、体の成長よりも変化を望んだ。
ただ成長させていくと、父や叔父たちに姿が似ていくのではないか、と町で親子連れを見て気がついたから。
外見を変えることを優先してもやもやを使い始めてから、なぜか成長しなくなった。
髪の毛や爪は伸びるのに、筋肉は増えないし背が伸びなくなった。
獣を狩るのに必要なものはもやもやだから、筋肉も身長も必要ないとはいえ、不思議ではある。
外見が変わった上で実年齢より幼ければ見つかりにくいかも、と満足している。
絡まれる可能性に気づいてからは、少し嫌な気分だ。
組合証に刻まれているのは名前と等級のみ。
冒険者はすねに傷持つ者が多い前提の配慮に助けられてる。
どこに行ってもいつまでたっても子供扱いされるのは、まあ、慣れた。
もやもやが万能じゃないことも分かった。
ずっと外見の変化を意識し続けた結果、巻いていた髪の毛は真っ直ぐになり、茶色から黒銀色になった。
瞳は濃茶から濃い灰色に変わり、顔の骨格は力技で変えた。
色味が黒くなったのは、もやもやを使ったからだろう。
珍しい色だけれど、普段は頭に布を巻いてフードをかぶっておけば良い。
「灰燼のスペリアト、様ですか?」
「その呼ばれ方は拒否してる、手続きを早くしてくれ」
「はいっ」
もやもやを使った狩りは、荒っぽくなりがちで。
しくじった時の獲物の状態から変な二つ名をつけられた。
依頼を受けた以上は獲物を持ち込まない訳にいかず、どうしようもなかった。
全身を潰してしまったり。
外傷はないのに内臓が液状になってしまったり。
倒し方はその時のもやもや次第だ。
武器の使い方なんて知らない。
戦い方も知らない。
もやもやを腹の中で回して、激情に従って殴り殺すかくびり殺すか、あとは引きちぎるしかできない。
獣狩りしかできないから、等級が虹金なのは不相応だと思っているけれど、〝虹金特殊等級:魔獣特化〟を押し付けられた。
獣相手における最高戦力ってこと。
もしかしたら、対人特化の虹金特殊もいるのか。
もたもたしている受付男性の手際の悪さに呆れながら待っていたら、ふわり、と甘い風を感じた。
匂いじゃない、でも甘い?
あ、漂っていたもやもやが。
信じられない、消えた?
視線だけでそれを見てから、思わず体ごと振り返った。
扉を押し開けて入ってきたのは、真っ白で真っ黒な人の形をしたものだった。
匂いではない甘い雰囲気を周囲に漂わせて、ふわりふらりと雲の上を歩くような足取りで進む。
「……え、かみさま?」
信じられない。
かみさまは、本当におられた。
お腹にもやもやを一欠片も持たない人なんていない、まっさらな人なんているはずがない。
かみさまだ。
この御方は、かみさまに違いない。
サイシとして末っ子叔父に教わったことを一つずつ思い返しながら、視線を向けない様にかみさまを見つめる。
お会いできた。
かみさまの御姿を見られる日が来るなんて。
ボクより高いけれど、成人している男としては低い背丈。
貧民が着るようなすりきれた服と壊れかけの防具。
服の上からでも分かるひょろりとした体は、荒事に縁がなさそう。
見たことのない朔夜の様な黒髪と瞳。
顔の下半分を面布で隠し、星浮かぶ黒瞳をさまよわせて。
男の姿をしているかみさまは、ふらふらした歩みで受付へと寄ってきた。
ここの組合は受付が一つ、その横に依頼関連窓口がある。
受付の男もそうだったけれど、窓口の男も自分の手元を見て気だるげな様子で、やる気を感じられない。
「こんにちは」
「はーい」
「買取をお願いしたいんだけど」
「組合証と現物をどうぞ」
「よろしく」
組合証を置きながら告げられた短い言葉。
柔らかく飄々とした口調の優しい声。
きゅうっとボクの胸が痛む。
なぜこんなに胸が苦しいの?
かみさま、ボクはどうしたら良い?
男の姿をしたかみさまは、ボクの目から見ても丁寧に処理されているキノコや果実を、背負っていたかごから取り出していく。
獣は一つも無かった。
かみさまだから、命を傷つけたくないのか。
植物だって命には違わなくても、実りを分けてもらっていると言える。
荒事に縁がない採取専門の冒険者を装っている?
暴力に縁が無くても、誰だってお腹にもやもやを溜め込んでいるのが普通で、誤魔化せるはずないのに。
でも、もやもやが見えるのはボクだけだ。
普通の人にもやもやは見えないから、誤魔化せてしまうのか。
もしかして、ボクがサイシだと気づいていない?
役に立たないサイシだから?
「これなら報酬は銀貨二枚だな」
「もうすこし高くならない?」
「規定だから無理だよ、知ってるだろ」
受付の冷たい態度に、真っ白で真っ黒なかみさまは困ったように眉を寄せる。
飄々とした様子は、本当に困っている様には見えないけれど。
よくよく見ると黒い髪の毛はぱさついて傷み、目の周辺は落ち窪んでいる。
安全と栄養が足りていない頃のボクのように。
かみさまなのに、どうして?
満たされて幸せな者より、不足に喘ぐ者の方がもやもやを溜め込みやすい。
でも、それは……その人の主観だと気がついたのは、いつだったかな。
「わかりました、お願いします」
「では手数料と人頭税その他諸々の経費を引いて銀貨一枚、どうぞ」
「……ありがとうございます」
ころりと受付に置かれた銀貨を宝物のように握ろうとしたかみさまの姿に、再び胸が締め付けられた。
「待って」
「なんですか?」
思わず声をかけると、やっとボクの移動手続きを終えたらしい受付が反応した。
お前じゃない。
まあいい、そっちから声をかけたんだから巻き込んでやる。
隣の窓口にもしっかりと聞こえる様に、受付に声をかけた。
「この町は税金と手数料が随分高いな、報酬から銀貨一枚も引かれるなんて」
「えっ」
「悪いけど移動手続きを取り消してくれ、こんな所に一日でも滞在したら破産してしまいそうだ」
「え、いや、あの、その」
物知らぬ者からありったけを巻き上げる。
それはどこでもあり得ることで、珍しくない。
これまでいくらでも見てきたそれが、今だけはなぜか許せなかった。
かみさまから金銭を巻き上げるなんて!
「こ、こちらの方は、壁の中に住んでおられませんので、町村出入税が毎回かかりますっ」
ボクの視線の先を見て、気がついたか。
金を巻き上げた窓口の男が苦し紛れに言ったけれど、それを聞いたかみさまが驚いた顔をしている時点で失敗だと気づけよ。
「至上の方」
「へ、おれ?」
「町中に滞在しないと出入りに金がかかると説明されてる?」
「いやー初めて聞いた、そっか、そういうのあるんだなぁ」
へらりと笑みを浮かべるかみさまの細めた目が、笑みに埋もれる。
誰も責めるつもりはありません、ってこと?
優しい。
優しすぎるかみさまだ。
末っ子叔父に聞いた話からなにも変わってない。
優しすぎたから、かつて姿を隠されたのに。
たとえ、かみさまの御心に逆らうことになるとしても。
ボクは怒りから顔が歪むのを止められなかった。
かみさまから搾取するなんて、ここの組合を潰してやりたい。
腸が煮えくりかえりそうだ。
「これは不当な搾取だ、一度人頭税を払えば仮であっても町の住人として扱われているのだから、毎回満額の出入金を払う必要は無いはずだ」
浮浪者摘発の時に教わったから、間違っていないはずだ。
ここ数年で制度がぽしゃったなら、間違いになるけれど。
反論できないのか、困ったように視線をさまよわせる受付と窓口の二人。
「申し訳ないけれど、それくらいにして頂けないだろうか」
受付二人の背後にある腰高の扉を開き、長髪をゆるく編み込んだ男が出てきた。
真打ち登場だ。
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