【R18】かみさまは知らない

Cleyera

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1 おれ

01

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 いやぁ、まいった、どうしよう。

 そう言葉にすると、人形みたいに整った美貌を持つ青年は苦しそうに歯を食いしばって、濡れ潤んだ瞳からぽろりと雫をこぼした。
 ぐずぐずと崩れていく体に抗うように、怖がらないでほしいと訴えるように滴る涙が宝石のように美しいのに儚くて、言葉を間違えたことを後悔した。



 感覚で一年ほど前。
 偶然出会った美少年に、なぜか分からないが懐かれた。

 懐かれて、そしてその日から貢がれている。
 ヒモ扱いされてる。
 どこかの姫君か、お大臣様みたいな扱いをされてる。

 自分よりも年下の美少年に貢がれる罪悪感と、頼りない自分への憤りと諦め。
 情けなくて仕方ないのに、心の底から好意的に見える裏のない態度に、悪い気がしないのはなんでだろうなぁ。

 と、戸惑いつつ深く考えなかったおれが悪いのか。

 成長期が来たのか、美少年はありえない速さでめきめきと大きく育って、麗しくて逞しい美青年になった。
 そして今、美青年はさらなる変化を迎えた。
 これが普通なのかは知らんけど。

 本当、なんでこうなったのか。
 いや、もーほんと人生ってのは、ままならない。
 もうほんっと、先のことなんて分からん。



   ◆



   ◆



 正気を疑われると知った上で言う。
 誰にも言ったことないけど。

 おれは、気がついたらこの世界にいた。

 自称、異世界人なわけよ。
 もしかしたら何百年も前の話になる、のかもしれない。

 ずーっとなんのあても無くこの世界をうろついてさまよってる。
 この世界の一年がどこで区切られてるとか何日あるとか知らないから、何年経ってるのか分からん。

 ありえねーよなー、ほんと。
 そうとでも思わないと、やってられない日々だった。

 あの日のことは、今でも忘れられない。

 大学の長い夏休みを使って、自転車で日本一周……は無理だけど、本州の日本海側往復くらいはできないかなーと諸々の準備をしていた。
 高校生の頃から周辺の県を何箇所も巡っていたから、家族もいつか日本一周をやりたがると思っていたようで、反対意見も出なかった。

 貯めてたこづかいやお年玉ありったけ全放出して、仲良し伯父叔父叔母さん祖父母と親に資金援助までしてもらって。
 しっかり旅支度を整えた。

 夢だった長期旅だーやっはーと、愛車のランドナー〝◯◯◯◯号〟に乗せる荷物を抱えて家の玄関を出たら。
 知らない場所にいた。

 自転車の名前は、もう思い出せない。
 車種は覚えてるのに、変な話だ。

 あれ、ここはどこだ。

 そう思いながら振り返ったら、出てきたはずの玄関扉がない。
 ぐるっと見回してみれば、どこまでも広がる荒野。

 所々に枯れ草や枯れ木が見える、これまでの人生で足を踏み入れる機会のなかった原野があった。
 すげー、水平線で世界が丸く見えるのは知ってたけど、広すぎる平野でも分かるんだなーと思ってから、ここどこだよ!?、ってなるよな。

 見上げた空には太陽っぽいものが二つ。
 二つ!?
 空の色はなーんか緑っぽい青。
 青空より、青緑空って感じ?
 入道雲みたいな雲は黄色いし、薄茶色に霞んで見えてる月っぽい天体は三つもある。

 どう考えても、別惑星。
 別世界とか異世界っつーの?

 とりあえず、野宿はできる。
 旅荷物を抱えているからキャンプは可能。
 でも、移動手段がない。
 あと、この辺は安全なのか?

 自転車に積載する前提の鞄は、素手の持ち運びに向かない。
 素手で運ぶには多すぎる荷物。
 かといって、見知らぬ世界に放り出してしまえば二度と手に入らないこと確実の財産。

 食料は移動先で確保するつもりだったから量は無いけれど、メスティンにガスバーナーとコンロはあった。
 とりあえずのレトルトやカンパンはあるから、節約すれば三日はいける。
 安全な水があれば粉プロテインも飲めて、もう数日頑張れる。

 よし、今なら水も未開封二リットルが二本ある。
 テントを用意して、最短一日、最長で三日以内に水と食料を見つけよう。

 そう思って。
 はい、死んだ。
 死んじゃいました。

 おれは死にましたよ。
 死んだなら生きてるわけないけど、死んだ。
 死んだけど生きてる。
 異世界だからかもしれない。


 状況を思い返すと、なにもかもおかしかった。
 この世界に迷い込んだ後、とりあえず枯れ木が林の様に並んでいる方向へ向かうことにした。

 ここに突然現れた時、おれはキャンプ用品もろもろを詰め込んだパニアバッグを抱えていた。
 小脇に折りたたみキャンプマット、フック付きゴムロープを上着のポケットにつっこみ、ウエストポーチを腰に提げていた。

 車体に取り付け済みのフレームバッグとフロントバッグは、◯◯◯◯号と共に玄関前に取り残されたみたいだ。
 スマホは後でハンドルに固定したホルダーにつけるつもりで、玄関内に置きっぱなし。

 せめて愛車ごと異世界に迷い込みたかった。

 そうぼやきながら歩くことしばし。
 どーん、と吹っ飛ばされて。
 うわーなんだー、となった。

 ごろごろっと地面を転がって、なんなんだよぉと顔をあげたら、そこに黒いナニカがいて。
 そのあとはほら、がぶりむしゃーって感じ?

 ちょっとまって、しにたくない、と絶望する間もなく死んだ。



 死んだと思ったんだ。
 生きてた。

 正直、痛かったかのかどうかも覚えてない。
 事故にあった時にアドレナリンで痛くないっていうあれかも。
 驚きすぎて頭まっしろだったからなぁ。

 おれ生きてる?、と思ってから、どこも痛くないことに気づいた。
 生きたまま踊り食いされたよな?
 黒いナニカに、腹に突っ込まれてむしゃむしゃされた。

 夢だったんだろうか。
 なんか現実感ないんだよな、変なことに。

 起き上がってみれば、服はずたずたのぼろぼろで血まみれだった。
 どう見てもむしゃむしゃ後。
 夢じゃない、夢じゃなかった。
 悪夢だ。

 ジャケットに大穴が空いて、腕とか足の部分は血に染まった上で布が裂けてなくなっていた。
 もちろん地面も殺害現場的な痕跡。
 乾いた血溜まりみたいな跡はおれが作り出したのか。
 うわー、猟奇的すぎる、スプラッタもグロも苦手なのに。

 現実感がない。
 これまでは画面越しでも苦手意識があったのに、なんとも思わない。

 黒いナニカは荷物の中の食べ物に気づかなかったのか、バッグとマットはすぐ側に転がってた。

 服がとんでもないことにっ、カバンが血染めにぃ、と悲しくなりながら。
 生きたまま食われたのに、あまりショックを受けてない、ことにも気が付く。

 当事者のはずなのに、ガラス越しとか画面越しの感覚すらなくて、変だなと気がついてるのになんだか他人事で。

 もー考えたくない。
 考えんのやめた。
 なにこの世界ってリスポン有りなの、とか軽口たたきながら起きて、血でがびがびの服を着替えなきゃと考えている間に、再度どーんからのがぶりむしゃー。

 また巨大な黒いナニカだった。

 なにが起きてんのー、と状況が不明ながらそれが何度か繰り返されて、気がついたら夜でした。
 月っぽいのが三つあるし、白と黄色と赤に見えるし。

 なんか、動けないな。
 動きたくないな。

 やる気がでなくて、だるくて、なんとかしたいとも思えなくて。
 数日、その場に倒れたまま太陽っぽいのと月っぽいのが交互に登るのを見ながら、いろんなのにむしゃむしゃされた。

 痛みがない。
 貪られてる衝撃はあるのに。
 現実味がない。
 ここは、夢の中?

 そんな感覚のまま、どれだけの時間が過ぎたのか。
 唐突に思った。

 腹が減ったなー、って。

 目の前でむしゃむしゃしてる黒いナニカを、石でぶん殴った。
 ぎゃいんっと鳴いたナニカが、どろんともやになって消えた。

 えー、消えちゃったんだけど、どーゆーこと?
 イミフすぎる。

 てれれってってれーとか聞こえなかったのに、だるかった体に力が戻った。
 経験値になった?
 ここはゲームの中なのか?

 
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