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過去:花に想いを
クマは翻弄される 2/3
しおりを挟むさらに翌日から、怒涛の勢いで忙しくなった。
おれたちが拠点を移動した後で周辺の木の間伐をして欲しいと頼みに行かないといけないな、と気がついたのだ。
とはいえ合歓がいる間に大勢が来るのは困る。
今までのところ合歓は人見知りをしていないが、なにが起きるか分からないからな。
拠点が構えられている里山にはきちんと所有者がいて、土地を借りているだけなので拠点の敷地外の木を切り倒すことは基本的にない。
間伐を行うには専門的な知識がいる、らしい。
商工組合を通じて、この拠点を使う同業者にも通達をしておかないといけない。
金を出せと言われるかもしれないしな。
やること多いなと思っている間に、嵐が馬車に乗ってやってきた。
頼れる変人、卸売業者の旦那の登場である。
勘弁してくれ。
「わお、愛されて光り輝いてるじゃないか」
樹精は人の常識を知らない、変なことを口走らないでほしいと何度も言い含めておいたにもかかわらず、顔を見るなり嬉しそうに破顔された。
「やめてください、メネジャさん」
誰が誰に愛されているのかを問いただす気になれない。
口から出まかせはやめてくれ、と言いたいが、この人の観察眼は鋭すぎるので、藪をつつく真似はしたくない。
最近では卸売だけでなく小売にまで手を出し、きっちり黒字を叩き出してる敏腕商人相手に、上げ足をとられるような失言は避けたい。
見た目だけはいかにも人が良さそうなぽっちゃりおっさんだから、きつい口調で反論しにくいのもある。
「真実を口にしてなにが悪いんだい?、樹木だって商品だって人だって、大切に愛されれば光り輝くものさ」
五十歳近いおっさんが笑顔で語る愛ほど信じられないものはないと思うが、斜め方向からの反論を恐れて言い返せずにいたら、合歓がゆっくりと頷いた。
「そのとおり、アイはジンルイにおけるフヘンのてーま」
重々しい雰囲気を出そうとして失敗したのか、ただひたすらに美しくなっているぞ。
態度だけなら神々しいまでの厳かさがあるのに、言ってる内容がな……。
てーまってなんだ?
それはともかく、なんとなく合歓がよそよそしいように見える。
おっさんには前に会わせたことがあるはずなのに、身構えているような気がする。
口調はいつも通りだから、気のせいかもしれないが。
「合歓はちょっーと黙っててくれないかな、お願いするから」
「おやおや、前にあった時から見違えてしまったよ、素晴らしい愛に包まれているんだね、幸せそうでなによりだ、上々、上々」
ここ数日、合歓は口数が増えているのみならず、言動そのものが軽やかになっている。
おれがゆっくりと実感しているそれを一発で見抜かれたようだ。
合歓を相手におれが脱童貞してからの変化だと知られる訳にはいかないので、邪魔をするしかない。
「雑談しにきたんですか、要件はなんです?」
「ところでさ、ねむ、ってなんだい?、もしかして樹精ちゃんへの名前付けをゆるされちゃったのかな、なにがどうなってそうなったのかそこんとこ詳しくよろしく聞きたいんだけどね」
「………………っっ」
おれは馬鹿で間抜けで阿呆だ。
がっくりと力が抜けて、地面に手足をついた。
まさか自分から暴露するような真似をしてしまうなんて。
「おやおや、ウブったらものすごく落ち込んでしまったねぇ、ねむちゃん?」
「ダイジョウブ、すぐゲンキニなってくれる」
「わぁお、信頼が篤いなあ、そう言えば、ねむちゃんはウブに名前をつけてもらったのかい?」
「そう、このミはトクベツだから、ステキなナマエをくれた、とてもシアワせ」
「おおっと、これはこれは相当入れ込んでるとみた、ウブ、早く起きな、ねむちゃんのときめき笑顔見逃しちゃうぞ」
良いようにからかわれているのは理解しているが、歳が離れた不出来な弟のように扱われるのが好きなわけがない。
「いいかげん、小さい子供みたいに呼ぶのはやめて下さいメネジャさん」
「おむつで這ってた頃から知ってるのに今更なに言ってんだか、ってはいはい一人前の養蜂家のウブミリブくん」
「それで、本当に要件はなんなんですか?」
はあ、と息を吐いた後、別人のように顔を変えるおっさん。
おちゃらけを言っていても仕事となれば真面目になるにはいつものことだが、付き合うのは疲れる。
「詳しくは教えられないとのことだが緊急の案件らしい、国立研究所からお前に救援が求められている」
「救援?」
おれに?
ごくごく普通の養蜂家のおれができることなんて、なんも無いと思うが?
と思って、気がついた。
合歓関連で、なにか起きたのかもしれん、と。
思わず合歓を見つめてしまう。
研究所の所長を追い返しただけと思い込んでいたが、違ったのか!?
「樹精を怒らせてしまったという話だったが、ねむちゃんの様子を見る限り怒っているようには見えないね」
なにか食い違っているのかい?、と言われても困る。
おれにだって思い当たる節がない。
見つめられた合歓は不思議そうにしている。
とはいえ、様子は変わらない。
去年はほぼ無表情だったのに本当に表情が豊かになったな、と思ってから怖くなる。
おれの側にいることは、合歓にとって良いことなんだろうか?
樹精にとって、表情豊かになって人のように振る舞えることは良いことなのか?
交渉させてもらうぞ、覚悟を決めろよ、良いな、とおれに向かって呟くように確認の言葉を言ったおっさんの声が、わずかに震えているのを聞き取ってしまった。
この人であっても、合歓が怖いのか。
樹精だから。
今更のように、自分が選んだものの途轍もなさを思い知る。
穏やかで美しくてえろい樹精だというのに、人ではないから恐れられてしまう。
合歓が国一つを滅ぼせる力をもっているかすら、知らないというのに。
「ねむちゃん、君に会ってもらったお兄さんが困っているんだよ、助けてもらえないだろうか?」
「おニイさん?」
「ウブミリブに頼まれて会ってもらったはずなんだ」
「……クサいヒトのこと?」
思い当たったのか、合歓が目を細める。
嫌なことを思い出してしまったと言いそうな表情は、とても樹精には見えない。
白から薄紅に色を変える髪がふわふわと微風になびき、薄黄色の瞳が陽光にきらめいている。
つやめく肌は今日も美しくて、緑の服がぴったりと体の線に沿って覆っているさまはひどく艶かしい。
男に抱かれて、色づいたようだ。
抱かれることを知って、色を増したようだ。
もっと抱いてほしいと訴えるように、艶美な香を放っている。
まずい、おれが合歓の変化に気づけるなら、おっさんが気づかない筈がない。
「くさい人だったかどうかは知らないけれど、多分そうかな」
合歓と会話をさせるのも、向き合わせるのも危険だと気が付くのが遅かったか。
おっさんの目は柔和に細められているが、よくよく覗き込んでみれば剣呑さを孕んでいると知れるはずだ。
だが、人同士でなら成立する駆け引きを合歓が出来るわけがない。
仕方なく会話に無理やり割り込んだ。
「追い返した時に蔓で巻いたって言ってたよな、それは時間が経てばほどけるもんなのか?」
合歓が人に寄り添ってくれる樹精であることと、おれみたいな男相手に授精したいと願う変わり者の樹精である事は事実だが。
人の倫理観を理解した上で、容認して受け入れてくれるか?、はまた別問題だ。
おれは合歓を失いたくない。
合歓が人を敵視しないように、おれが守ってやりたい。
「ほどけないよ、シめコロしのツルだもの」
ふわり、と髪を風に揺らしながら合歓はおれを見た。
あっけらかんと答えられた内容に、おれとおっさんは顔を見合わせて言葉を失った。
なんだその物騒な名前の蔓は!?
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