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過去:花に想いを
クマは翻弄される 1/3
しおりを挟む合歓が樹精だという事をおれはしっかりと理解しているつもりだった。
つもりだった、と気付かされた。
国立研究所の所長を合歓に会わせろ。
それが無理なら樹精産蜂蜜の定期納品打診の了承を聞きたい、色良い返事以外は受け付けないが、返答次第ではもう少し待ってやっても良い。
明確に国からの命令で言われたわけではない。
けれど、それに近い状況だった。
とどめとして、樹精が落ち着くのを一年も待ってやった、と迫られてしまえば、断ることはできなかった。
おれのつまらない独占欲は見透かされているのだろう。
見透かした上で、外堀を埋められた。
街の居住権を買っていない、いいや、条件を満たせずに買えない養蜂家を見下すことなど簡単だろうに、交渉に来た役人は老獪だった。
精霊さまに合わせた、より良い環境を与えてさしあげるべきではないのか。
精霊さまの望むように、もっとふさわしい住環境を整えるべきだ。
こちらにはそれを成す準備がある。
精霊を探し求めてはいけない。
けれど、自ら人の側に寄って来た精霊への接触を禁止する法律はない。
精霊から人に近づいて来たのだから、懐柔できる余地があると考えているのだろうが、そんなに都合よくいかないとおれが言っても説得力がない。
命令では無く交渉がある時点で、配慮するという言葉に嘘は無いんだろう。
裏側に精霊の恩恵を受けたいという下心があったとしても。
おれだって、合歓に下心を持っている。
避けようがないとしても。
街で暮らしていて、人並み以上の職につき金も地位も権力もある上に、人当たりが良くて美しくて若い貴族の魔術師の所長。
そんな奴に合歓を会わせたくなかった。
怖かったんだ。
おれとは比べようがない、素晴らしい人物に違いない。
合歓が人の感性を持っていなくても、魅力的に見えるに決まってる。
国の後ろ盾があれば、ほとんどなんだって叶えられるじゃないか。
合歓は拠点を転々とする生活を楽しんでいるように見えるが、本当にそうなのか問いかけたことはない。
街に近づくと体調を崩すことは知っているが、街に行きたいと願っているのも知っている。
おれにできたのは、ほんの少しの罪悪感と共に、会わせたくないけど、会ってほしい人がいるとか言ってみるくらいで。
それが合歓にとって先入観になるかならないかすら、おれには分からなかった。
◆
情けなさと悔しさと諦めと共に、きっと完璧超人な国立研究所所長の訪問日がやってきた。
おれに会いに来るなら、今までと同じように追い返せたのに。
合歓が所長と話す姿を見る勇気が出なかった。
事前に遠慮してほしいと言われていたことで席を外してしていたが、馬車が勢いよく走り出す音に驚いて建物に戻った。
所長が臭い!、と何故かおれがなじられた。
理不尽だと思ったが、会わせたのはおれだから文句も言えん。
今までに見たことのない様子で、臭い臭い、と訴えてくる合歓はおれを見ていた。
今までと同じように、おれを見てくれた。
安堵してしまった。
所長に靡かなかったのだと思った。
合歓がおれを選んでくれたと思うと嬉しくて、なし崩しに口淫を受けてしまったが、後からしっかりと話を聞いてみれば、合歓なりの理由があった。
臭いと言われても、おれは頭にくるくらい美形だな、としか感じなかった。
人と精霊で嗅覚が違う可能性もあるので、原因は不明だ。
合歓は所長と会ってお腹がいらいらしたと言う。
そのいらいらを外に放り出して木っ端微塵にして吸収しただけで、周囲の植物を大きくするような力は使っていないらしい。
むしろ、おれに出会ってから樹精の力は使ってないと言う。
自由に振る舞っているように見えたが、合歓なりに気遣ってくれていたことを教えられた。
魔術師の所長に会って、いらいらした。
それは魔術をかけられた、ということかもしれない。
樹精の合歓を傷つけるつもりだったのか。
なんのために?
国を滅ぼしたいと思っているのか?
魔術研究所の所長の考えなんて分からんが、無謀すぎやしないだろうか。
合歓が放り出した所長や、役人が怒鳴り込んでくるかと思ったが、その日は無事にすぎた。
頑丈な蔓でぐるぐる巻きにして馬車に放り込んだと聞いて、胸がすく思いがしたが口には出さない。
相手は権力者だ。
不敬だと咎められる言動は控えておかないと、合歓の情操教育に悪い。
翌日、合歓が周辺の育ちすぎた草や木をなんとかしてくれている間に、直近の街に出向くことにした。
所長が合歓になにをしたのかを調べてもらうため。
合歓に二度と会おうとしないように、頼んでもらうために。
現在の拠点は、親の代から付き合いがある卸売業者が居を構える街からは遠いので、手紙だけでも送っておきたい。
頼りになるかと言われれば頼りになるが、本音を言えば頼りたくない相手でもある。
単純に頭が上がらない。
両親より歳が若いとは言え、物心がつく前の小っ恥ずかしい話を知られている相手だ。
蜂蜜を調べてもらう件で合歓の存在を隠しきれなくなり、どうしても会いたいと言われて仲介したことを後悔している。
合歓の蜂蜜に変な商品名をつけて、ありえない高額で売ろうとするくらいにはおかしな人だ。
おっさんのくせに変なことばっかり言いやがって。
なんだよ愛の蜜って。
合歓を困らせただけじゃないか。
だが、街で暮らしたことがないおれには他に伝手がない。
以前に国の生産物とかの部署の魔術師に繋ぎを作ってくれた時のように、なんとかならないか、と泣きつくだけなんて情けない。
街へ行く途中まで合歓がついてきてくれて、道を埋めていた草木をどかしてくれた。
……草や樹木がうぞうぞ蠢いて歩く?、姿を見る日が来るなんて、考えたこともなかった。
一晩かけて書いた手紙を商工組合の配送依頼集荷所に出して、合歓への土産を探し求めることにした。
樹精だからなのか物欲が無い合歓だが、贈り物をすれば受け取ってくれる。
高品質の液体肥料や茶器なんかは喜んでくれたが、服や本、装飾品などは使ってくれていない。
人によく似ている姿はしていても、人ではない。
植物が喜ぶもの……思いつかん。
木工屋でうろうろして、雑貨屋でうろうろして、金物屋でうろうろして。
「大将、これなんだい?」
「そいつは国立研究所からの頒布推奨品さ、水を注ぎやすい桶だとよ。
ひしゃくで水をすくわなくても、傾けるだけでほどよく水が出てくるからどこでも使えるってぇ塩梅よ」
「へえ、こぼさずに水やりができるのか」
狭い範囲に水を撒きたい時に役立ちそうだな、と桶を手に取ってみる。
とってのついた桶に長い筒をくっつけたような形のそれを、合歓が喜んでくれるかは賭けだったが、他にめぼしいものは見つけられなかった。
帰りが遅くなると合歓が寂しがるからな、と新型の水桶を抱えて家路を急いだ。
拠点に戻り、おれが抱える変な形の桶を見て「ジョウロだ!」と喜ぶ合歓の姿に安堵して、お腹の具合も落ち着いたようだと一安心した。
拠点を囲む木々は巨大になったままだが、道を埋めていた草や若木を退かしてくれただけで十分だ。
埋もれた道を開通するには時間も人手もかかるからな。
今年は拠点周辺にやけに蔦が多いなぁと思っていたら、草避けに合歓が生やしてくれたらしい。
雑草を引き抜く手間がなくなって、大変ありがたい。
合歓を刺激しないようにと考える同業者に避けられているから、人手が必要なことに手を出しにくくなっている。
道周辺の草や木は、合歓がなんとかしてくれていたが、大きくなったものはどうしようもないらしい。
大人は子供になれない、とでも例えれば良いのか。
人は一瞬で子供から大人になったりしないけどな。
まあ、どうにかなるだろう。
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