【R18】クマは蜜に溺れ、蜜はクマが欲しい

Cleyera

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過去:花はなぜ咲く

合歓を望む木 3/3

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 水を飲んでも、一度しおれてしまった体は元に戻せない。
 彼が眠っている間に新しく作り直さないといけないな、と思ったところで気がついた。

 ねむ、ってなに?

「……ねむ、ってなに?」
「うっ」

 思った事をそのまま口に出したら、彼が固まってしまった。
 困ったようにもじもじと体を揺らして、頭部の体毛の奥に隠された大地色の瞳がそわそわと周りを見る。

 答えてくれなくても、いいけど。
 彼の言葉をゆっくりと待てる余裕がなかった。

「それは、名前?」
「ううっ」

 もしも彼が、この身に名前を与えてくれていたら?

 彼が覗き込んでいた体を起こして、離れようとする。
 答える気がないなら、答えてくれなくていいから。

この身わたしは、ネム?」
「いや、その、うん、まあ、勝手に変な呼び名つけて悪かったよ」

 彼が名を付けてくれた。

 特別なものにつく名前。
 この身には、名前がある。
 名前があるなら、この身は彼の特別になった?

「ネム、は特別?」
「え?、特別って、ああ、もちろん特別だ」

 特別になった。
 彼の特別に。

 萎れてしまった腕を使って彼に縋り付くと、苦しそうな悲しそうな顔をするから、きゅう、と胸が痛くなった。
 心臓は無いのに、胸が痛い。
 彼との間に種を残すまでは枯れるわけにはいかない、と心が叫んでいる。
 ああ、彼の精を受け止めて授精しなくちゃ。

 ぐわんぐわん、と頭が揺さぶられるような激情に振り回されそうになる。
 ドライアドとして生を受けてから、こんなに生きたいと願ったのは始めてだ。

「一日、ちょうだい」
「よく分からんが一日いるのか、分かった、必要なもんあるか?」
「ずっと側にいて」
「お、おう分かった、できる限り側にいるようにする」
「うん」

 しおしおになってしまった頭部両手両足胴体の全てを作り直すには、少し時間が必要だ。

 自力で立てなかったので、彼のベッドまで運んでもらう。
 蔓を一本伸ばして彼の腕に添えると、怯えた表情を浮かべられたので、きちんと口にした。

「痛くないし、痛くしないよ」
「信じるからな、本当に信じてるから」

 怯えているのに我慢してくれる姿に、なんだかほわほわっとした暖かさを感じる。
 彼に抱きしめてもらいたいなと思いながら身を丸めて、意識を沈めた。



   ◆



 日が昇るのを感じて、複葉を開く。

 萌え立つように手足を伸ばして、安堵に浸る。
 傷もも入っていない手足は満足のいく出来で、胴体も歪みなく生やすことができた。
 口と尻の捕虫袋も完璧。
 体を軽く揺らせば、ふわりと頭部から伸びた雄しべが揺れる。
 人の男の生殖器官に似た突起とそのおまけらしいもの二つを無くせなかったのは残念だけれど、できる限り小さくしたので彼に嫌われない事を願うしかない。

 昨夜から伸ばしたまま蔓の先に熱を感じる。

 一日中、彼はずっと側にいてくれた。
 時折栄養摂取や排泄や仕事で外には出たけれど、拠点の敷地内から出ていないのは感じていた。
 この身を心配して、落ち着きなくのそのそと冬眠明けの獣のように力なくさまよう姿を、敷地中にはびこらせた蔦で感知していた。

 今はまだ、朝日も出ていない時間で、彼は夢の中にいる。

 新しい腕を伸ばして彼の頭部の体毛を持ち上げると、閉じられたまぶたを濃い色のまつげが縁取っていた。
 凛々しいしっかりとした眉毛は葉を食べてしまう毛虫のようなのに、嫌いじゃない。

 森の獣と違って、人は体毛が少ない。
 今までに出会った少ない人と見比べてみれば、彼の体毛は多いような気がする。

 ふわふわでごわごわで、ドライアドとも獣たちとも違う姿は愛おしい。

 興が乗ったので、体毛を編んでみる。
 頭部の毛を細くとって、三つに分けて外側を左右交互に真ん中に向かって編む。
 途中から、蔓を編み込んでいくと可愛くなった気がする。
 これも、どうして知っているのか謎の知識。

 顔が見えないほど伸びている彼の毛はしっかりと硬いのにうねっているから、細い蔓で手櫛を通しながらゆっくりと編み込んでいく。

 森にいた頃に暇潰しの手遊びに蔓を編んでいたら、他のドライアドたちも真似をしていたっけな。

 小さな尻尾みたいに編んだ毛の先を蔓でとめると、彼の顔がよく見えるようになった。
 彼が起きるのを待つ間に、たくさん作って遊んでみた。

 小さな尻尾だらけになった彼の頭部に花を飾る。
 彼は蜜が好きみたいだから。
 頭から花を取ったらすぐに蜜が吸えるようになっていたら、喜んでくれないかな。

 薄黄色の花弁から伸びる細い雄しべが、呼吸に合わせて上下に揺れる。
 すう、すう、と静かな寝息が室内の空気を震わせる。

「おいしそう」

 養分として欲しい訳ではなくて、精を分けてもらう相手として、だと思うんだけど、こんな風に感じるのが初めてでよく分からない。
 ただただ、彼を愛おしいと思う。

 やっぱりこの身はドライアドなんだな、と思っても苦しくも辛くもないことに驚いていたら、彼がもぞもぞと動いて目を開けた。

「…………ふぁっ!?、ぎゃ、うわっ、いてえっ」
「大丈夫?」

 周りを見るなり手を伸ばして顔を隠そうとして、頭の上から落ちてきた無数の花に驚いたのか、彼がベッドから転がり落ちた。
 いてて、と腰をさすっていた彼が顔を上げて目を身開いた。

「は、はだかはやめろって言ったろ!」
「分かった」

 複葉を服のように身に纏っていても、彼の言うところの裸のままなんだけど。
 それで気が楽になるならそれで良いかな、と体を隠す。

「……おはようネム、元気になったのか?」
「おはよう、元気だよ」

 まる一日かけて新しく作った体は、彼のお気に召したようだ。
 頭のてっぺんから足の先までじっくりと舐めるように見られて、子房がじんじんしてくる気がした。

「なんか前と違う気がするが、ネムなんだよな?」
「そうだよ」

 人の女に似た姿にはなれなくても、顔や体格は変えられる。
 模倣の元になるモデルがいないとうまくできないけれど、その気になれば擬似餌の色も変えられるはずだ。

 彼の好みに近づけることができるはずなんだ。

「触って良いか?」
「良いよ」

 おずおずと伸ばされた指がほほに触れ、熱くてびくりと体が震えた。

「悪い、痛いのか?」

 いつも自分から抱きついていたから、知らなかった。
 人の体温ってこんなに熱かったんだ。
 お腹の奥がじんじんと痺れる。
 精が欲しい。

「授精したい」
「はあぁっ、だっ、ちょおい?!」

 蔓を伸ばして彼の服を引き裂こうとして、彼が蔓を握ったから止めた。

「待て、服は脱ぐものだ、破ったら服がなくなるだろ」
「分かった」

 彼はこの身が知らないことをいつも教えてくれる。
 人は自分の体毛を服のように変えることができないと忘れていた。

 服を脱ぐ姿を見つめていると、頭の上につくつくと何本も立っている尻尾に気がついたのか、手で何度も触って確かめている。

「あー、これ、どうなってんだ?」
「編んだの」
「えー、そうか……後でほどけるよな?」
「うん」

 毛に蔓をからめて編んで先をとめただけだよ、と頷く。

 彼はどうしてなのか、目元を見せたがらない。
 今すぐほどいて顔を隠したいのかもしれない。
 くりくりとした色の濃い瞳はとても可愛らしいのに。

 脱いだ服を椅子の背にかけて、下履き一枚の姿になった彼を見て、呼吸をしてないのにため息をつきそうになった。

 可愛い。
 たくましい獣みたいだ。

 彼の体はうっすらと体毛に覆われている。
 獣のように濃くて体を覆っているのではなく、日焼けしていない肌が見えている。
 胸元を覆って、線で繋いだようにお腹を通って股間まではしっかりと、他の部分はうっすらと。
 力の強い手足は力強さを示すように毛の量も多い。

 森の近くで暮らしていると、人も獣に近くなるのかもしれない。
 新しい気付きに嬉しくなりながら彼に頭部を向けたら、ぐう、と唸る声が聞こえた。

 
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