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今:花は求める
寝たふりをする木 3/3
しおりを挟む普段は葉を服のように身に纏っているけれど、自分の一部なんだからどうにでもできる。
人の体温も肌触りも持たない擬似餌としての体。
知りうる限り人の男に似ている、見た目だけの体。
しっとり冷え冷えとした物足りない体。
どこもかしこも不足しかないけれど、彼に抱かれたくて、一生懸命作り替えた体。
股間には彼の生殖器官に似た突起もある。
排泄機能はないけれど、形を似せた穴を作った。
穴の奥行きも太さも彼の大きさに合わせた、捕虫袋ならぬ捕生殖器官袋。
困っているのは、口と尻の捕生殖器官袋が連動してしまう所くらい。
本来は備えていないものなので、意識的に消化液を出そうと思うと両方に出てしまう。
「ねえ、はやくぅ」
食事を終えたら生殖器官をお尻に入れてほしい、とおねだりしながら体を起こそうとしたその時。
「食事は後だ」
「ひゃうっ!?」
熱い彼の手に、腰の両側をつかまれた。
優しい力加減と反する体温の熱さに、おかしな声が出た。
「疲れてるだろうと思って我慢してたのに、お前が悪いんだぞ、ネム!」
「悪いことしてしまった?、ごめんなさい」
「そういう意味じゃないんだ、ネムは悪くない」
「悪くないの?」
人の常識は難解だけど、彼は優しいから大丈夫。
彼が付けてくれた〝ネム〟の名で呼ばれるたびに、特別扱いを感じて幸せな気分になる。
うっとりとしている間に体を回されて仰向けに押し倒されると、両足を葉っぱにくっつくカエルのように開かされた。
出しきってふにゃふにゃになっていると思っていたのに、固さと熱を取り戻していた彼の生殖器官が、人そっくりに作った穴に押しつけられた。
この身は動物と違うから、慣らしは必要ない。
軽く押されただけで穴を塞いでいた蓋が押しのけられ、消化液が下へ垂れ落ちる。
口腔内に分泌した時に下半身の穴の中にも分泌されているせいで、すでに中はたぷたぷだ。
「嫌なら、いやだと、言えよ」
はぁ、はぁ、と呼吸を荒くして、彼の顔を半分以上隠すごわついた体毛の隙間から、欲に濁った目が向けられる。
顔の下半分を覆っているごわごわのひげも、もじゃもじゃの鳥の巣のような頭部の体毛も、興奮でふくらんでいるような錯覚を覚える。
彼の体は、この身と全く違う。
温かくてふさふさと豊かな体毛の生えた太い手足は、力が入ると熱を持って岩のように固くなる。
生殖器官を除いて、どこもかしこも濃い色の毛があるから森に住む獣のように見える。
森にいたクマにそっくりだ。
熱い生殖器官の先端が、中に入ろうとキスを繰り返す。
この先への期待で消化液が垂れ落ちる。
ああ、今この身はどんな表情をしているんだろう。
彼と同じように、子孫を残したくて目をぎらつかせているんだろうか。
そんな未来ないのに。
「やめたらいや」
「うっ、くそっ」
消化液のぬめりをかき分けるようにして、捕生殖器官袋に彼の熱が突き刺さる。
「~~~~グッッ」
必死で声を我慢する。
入れられる時の声は、どうしても苦痛に近くなってしまう。
彼の体温はこの身には熱すぎる。
太陽に照らされる心地よさとは違って、体内に太陽ができて内側から焼かれているようだから。
彼の熱を受け入れるのが久しぶりすぎて、全身がびくびくと震えるけれど。
痛みを感じていると思われたくない。
正しく言えば痛みではないけれど、うまく言葉にできないから誤解されたくない。
「ひぁッ♡」
彼の腹部から股間までを覆う体毛が、ふわりと下腹部に当たり、甘えたような声が勝手に出た。
全部入れてくれた、と嬉しさに彼を見上げると苦しそうな顔をしている。
「っうう、わるかった、いたいか」
「ぬかないで、やだ、やめないで」
人ではないからほぐす必要はないと知っているのに、彼はいつも心配する。
腰を引こうとする彼に足を伸ばして巻き付けた。
彼は太ももにも豊かな体毛があって、蜜の詰まった巣箱を軽々と持ち運ぶ腕は力強い。
手を持ち上げて、彼の太くて節くれだった指が伸ばされるのを待つ。
恐れるように彼の指が伸ばされて、じんじんと焼けるような熱が絡めた指先から伝わってくる。
熱くて焼けてしまいそうなのに、どうしてこんなに幸せなんだろう。
「きついだろ」
「だいじょうぶ、さけたりしないからっ」
捕生殖器官袋は彼の大きさに合わせて作ってあるけれど、万全とはいえない。
この身は動物とは違う。
ある程度の弾力性はあるけれど、無理をすれば千切れるし裂ける。
新しく作り直すことはできるけれど、しおれた花弁や葉を落とすだけで心配する彼に、人に似せた体が裂ける姿は見せたくない。
あと、単純に彼の体温が熱くて枯れてしまいそう。
中から焼かれる熱に体が硬直して動かない。
動けないのに、捕生殖器官袋に彼が入ったことに体が喜んで、新しく消化液の分泌を行なってしまう。
「すごくぬるぬるしてきた、きもちいいのか?」
「ぁう、あぁッ」
ゆっくりと引き抜かれて、根元まで押し込まれる。
ぐちゅり、ぬちゅりと音がして、それに合わせて彼の呼吸が響く。
気持ちいいか、と聞かれても分からない。
人のような触覚は持っていない。
自分の中に彼がいる喜びで反応しているけれど、この身は植物だ。
これだって、人の授精行為を真似てるだけ。
動物だったら気持ち良くなれたのかな。
愛おしくて嬉しくて、少し悲しい。
どれだけ彼に抱かれても、この身は、決して身を結ぶことがない。
彼を蔦で絞め殺して滋養として取り込んでしまえば、一つになってずっと一緒にいられるけれど、それで得られるのは彼の肉体だけ。
彼の心と精神がなくては、撫でてもらえない。
生きている彼の熱を、体の中に受け入れることもできなくなる。
だから、これでいい。
「はっ、っっ、っ」
「あっ、ァあ、あぁッ」
彼が動くたびに体内が削られる。
ドライアドとして知っている受精行為とは違いすぎて、いまだに慣れない。
肌が触れるたびにびちゃ、びちゃと水音がして、分泌されすぎている消化液がロゼットに垂れ落ちる。
好きだ、彼が好きだ。
彼の荒い呼吸と、この身から押し出される声が温室を満たすこの瞬間が、大好きだ。
この時だけは孤独ではない。
「でる、だすぞっ」
「ちょうだい、じゅせいさせてぇ」
体の奥に熱を受け止めると同時に、瞳の縁からとろとろと花蜜がこぼれたのを感じた。
焼かれる。
満たされる。
体の中から。
それが。
「ふぁ、あ、きもちぃ」
彼が好きだ。
幸せとは、こういうことだと思う。
彼の精が体の中に放たれるのを、この身はなによりも嬉しいと感じている。
実を結ぶことはないけれど、彼が朽ち果てて土に帰るその時まで、ずっと共にいたい。
そう思いながら彼を見上げると、なんだか苦しそうな表情で見つめられて、ほほを垂れる花蜜を舐めとられた。
「……ネム」
「もういっかいほしい」
「さすがに三回目は、ちょっと無理だ」
「それならごはん」
「ああ、飯にしような」
彼の熱い舌が触れたそのままに、ほほに焦げた跡が残れば良い。
この身を貫いている時の彼を蔦でからめとって、永遠にしてしまいたい。
彼が用意してくれた液体肥料を混ぜた水を飲みながら、冷めてしまったパンにかぶりつく姿をそっと確認する。
ひげに小さなパンくずがついていると指摘しようか悩んでいる間も、前髪の隙間からじっと見つめられている。
きっと彼は、ずっと側にいてくれる。
彼を誰にも渡さない。
この身を枯らさないために、彼はきっと、一生を使い果たす。
それはとても罪深く醜悪な臭いがして、飲み下せないほど苦くて、陶酔するように甘い生き方だと思う。
了
・ ・
大丈夫です、締め殺しません(´∀`)
行きつけの医院にいつもステキな生け込みが飾られていて、ネムの花のピンクは花弁ではないと初めて知りました
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