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07 召喚したのはハイスペック魔獣 注:視点変更、以後は魔獣視点

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 長くかかったが、ようやく伴侶の名を知ることができた。
 自分が授かった伴侶の、今世の名はチェルヴェナー。

 ヒトの美醜についてはよく分からんが、その名は彼の姿にふさわしい響きだと思った。
 再会した彼から立ち昇る芳香は、記憶にあるよりもさらに好ましいものになっていて、思わず舐めて確認してしまったほどだ。
 ヒトらが周囲にいなければ、地面に押し倒して舐め尽くしていただろう。

 以前に会った時は赤子のような姿だったので確証は持てないが、おそらく背の丈が伸びて上下に長くなった。
 しかし頭頂で頼りなく揺れる赤茶の被毛と、芽吹き色の瞳は変わっていない。

 いいや、むしろ愛おしさが増していた。
 これほど甘やかで痺れるほど匂い立つ存在になっているとは、自らの考えがまったくもって足りていなかったことを悔しく思うが、繁殖可能な肉体になったからなのだろうか。

 永遠にチェルヴェナーという名を覚えておこう。
 今代の生を終え、新たなヒトとしての生を受けて名が変わったとしても、忘れはしない。

 自分が生を受けたのちに初めて出会い、文字通り焦がれるほどに望んだのは、芽吹きの色を持つチェルヴェナーだ。
 もしもまた来世で出会えた時は、違う部分に焦がれるのだろう。

「アオ」
「どうした?」

 チェルヴェナーに再会するまでには、面倒なこともたくさんあった。
 無事に契約を済ませた後に万全の体制で動けるように、と法の習得を急いだが、向き不向きがある以上、習得に向かない法もある。
 自分にとって身体操作は、不向きの中の不向きと言える。

 三年の間に身体操作のみを練習していたわけではない。
 すでにヒトと暮らすにあたって必要な法は十分に覚えている。

 一番に覚えようと思った法は、身体中の被毛をふわっふわにする法だ。

 これはどのような法なのか、想像もつかず習得に手こずるかと思ったが、チナンの伴侶が教えてくれた。
 やはり同じヒトであるからこそ、伴侶たる自分らの被毛がふわっふわであることを重視しているらしい。
 ふわっふわの被毛を常に維持することが、伴侶の幸福度を上げると知った。

 そしてふわっふわの法の次は、全身のみならず局所や腹の中までも徹底的に清浄化する法だ。
 腹の中の排泄物の除去まで必要なのか?と悩んだが、これは種も違えば体格も性別もその時々で違う伴侶との交合に、絶対に必要だという。
 これがなくては交合できぬ!とチナンが言いはり、ヒトの弱い体を守るためにも使えるというので覚えた。

 ふわっふわと清浄の法は根底が同じなので覚えやすかった。
 これでヒトに思う存分揉ませてやれる、と満足していたが、そこでチナンが、ヒトの常識を覚えろ、と言い出した。
 覚えておかねば伴侶であるヒトを不幸にするぞ、と。

 これがなかなか面倒だった。
 まず、ヒトの住む地にいる生き物は、どれだけ愚鈍な存在であっても餌にしてはいけない。
 これは、ヒトが食べるために育てている可能性が高いから、だそうだ。
 食べるために育てる……その意味は今でも理解していない。

 次に、伴侶以外のヒトの言動は意に留めない。
 これは、ヒトの非常識な行動に巻き込まれるのを防ぎ、伴侶の立場を悪くしないため、だそうだ。
 ヒトには自分らが理解しきれない、強さ以外の上下関係があるそうなので、気をつけなくてはいけない。

 このようにいくつかの法とヒトの常識を学びながら、チナンの伴侶が起きていて、交合に盛っている間は食料捕獲やヒトの集落での文化学習に励みながら過ごしていた。
 本音を言ってしまえば、ヒトの世の窮屈なあれこれを覚えるよりも、伴侶と共にヒトの生活圏を出て暮らしたいと思っている。
 しかしいついかなる時も伴侶の望みが一番なので、対応できるように必死で覚えた。



 そして今までの苦労が、今、この場で報われている。
 頑張った甲斐があったというものだ。

「自分はチェルヴェナーの召喚獣だ、なんなら腹も見せてやろう、さあさあ、ふわっふわだぞ、思う存分揉むが良い!」

 契約をしたというのに遠巻きに見ているヒトらに、自分が間違いなくチェルヴェナーの伴侶であり召喚獣であると見せつけておく。
 他のヒトが、自分のチェルヴェナーに触れることは許さん。
 自分に他のヒトが触れることも不愉快だ。

「え、ええと、うわ、本当にすごいふわっふわなんだけど、これ本当にすごい、じゃなくて、教官、本当にアオのいう通りなんです」

 細い上肢の先端に生えた細い指が腹を撫でると、腰に響くような疼きが生まれる。
 この日が来ることを長く待ったのだ、伴侶と交合して繁殖したい気持ちは最高潮に高まっていた。

 いつまでも結界の中に居座るわけにはいかぬ、と早々に場を外そうとしたが、歩を進めると周囲のヒトらの視線がゆっくりと追ってくる。
 視線に敵意がないとしても、ジロジロと見られ続けるのは気に障る。

 とりあえずこっちに来て、と呼ぶチェルヴェナーの後に続く。
 石を切り出して積んだらしい壁の側、ならされて硬く踏みしめられた土の上に腰を落ち着けてから、傍に立つ愛しい伴侶の芳しい芳香を常に身に纏えるように、と大気中の水の流れを調整する。
 こんなところで自分の十八番が役に立つとは!と感激してチェルヴェナーの香りに浸っていると、一体のヒトが近づいてきた。

「……どうやら、本当にその魔獣は君を契約主にしているようだね」
「アダーメク教官、この度はご教授ありがとうございました、無事にアオを喚ぶことができました」
「それなんだが、いくつか君の召喚獣と話しても構わないかな?」
「あの、多分、アオ、いいかい?」

 チェルヴェナーの言葉に同意の意を持って鼻から息を吐くと、木でできた三本目の下肢を持つヒトが近寄ってきて、自分の側にゆっくりと膝をついた。
 悪くない、弱い生き物が強者に対し、服従の意を示すのは当たり前のことだからな。
 ヒトは腹を晒しての服従は示さない生き物であるくらいは知っている。
 こうして地に体を折るのが服従の意なのだとも。

「猛き四足の御方、いくつか伺っても宜しいでしょうか」
「よかろう、自分はヒトであるチェルヴェナーの契約獣である」

 かたわらのチェルヴェナーに視線を向けるが、自分とアダーメク教官と呼んだヒトを交互に見ている。
 伴侶には自分だけを見て欲しいが、ここにはヒトが多すぎるので、無理を言うのはやめる。
 狭量なところは見せるべきではない、とチナンに言われたので気をつけねば。

「では、まずはなんとお呼びすれば宜しいでしょうか」
「そうだな……以前ヒトにポッジムの王と呼ばれたことがある、これはどういう意味だ?問題がなければそう呼べ」

 アオという名を呼んでも良いのは、契約主であるチェルヴェナーだけだ。
 それ以外のヒトらになんと呼ばせれば良いのか、など全く考えていなかった。
 家族間の愛称であるサナンは却下だ。

 縄張りを持っていた頃に、幾度か遭遇したヒトにそう呼ばれたことがあるが、どんな意味を持つのかを知らないままだったので聴いてみることにした。

「貴方様がポッジムの森の王だと?」
「王かどうかなど知らん、人の暦で三年前から戻っていない」
「なるほど、以前はポッジムの森に住んでおられたが今は違うと、それでは違う呼び名が宜しいかと存じます」

 ポッジムとは、以前の縄張りにヒトがつけた名前なのか。
 確かにこのヒトの言うように、住んでもいない場所の王と呼ばれるのはいまいちか、と考えるけれど、ヒトに近付かないように生きてきた自分には、チナンのようにヒトから呼ばれている名前がない。
 あまりチナンの存在を使いたくはないが、納得するまで説明するのも面倒臭い。
 一刻も早く伴侶と閉じこもって繁殖交合を始めたい。

「……自分の兄弟は帝国と呼ばれる遠方の地で聖獣などと呼ばれているが、そういう呼び方ではいかんのか?」
「せ、聖獣様のご親族なのですか?」
「ごしんぞく?」
「血の繋がった親兄弟という意味です」
「ならば間違いなくごしんぞくだが、兄弟を呼べば話が早く終わるのか?」

 なぜいつまでも話を続けなくてはいけないのだろうか、と思いながら気持ちはチェルヴェナーに向けたままで返事をする。
 チェルヴェナーに、どこを巣穴にするのかを確認しなくてはいけない。
 安全な巣穴以外で交合をするのでは野の動物と変わらない、知能もつ動物は、大切な伴侶をおいそれと他者の目に晒しはしないのだ。










  ◆


:補足:

ポッジムの王

豊かな樹海、魔素の豊かな森〝ポッジム〟を切り開こうとして、サナンの縄張り(森の全域)にヒトが侵入
 ↓
「入ってくんな」と言葉と魔法で牽制したサナンを〝王〟認定
 ↓
ヒトの相手を面倒くさがったサナンが、侵入者を適当に吹っ飛ばしまくる
 ↓
数万単位の冒険者を投入して、国が動く単位での討伐がされた
 ↓
(流れ弾的に)甚大な被害を出したけれど、殺したと公開されたはずのポッジムの王が、落ちこぼれ生徒の召喚獣として、目の前で生きていると言う事実に、アダーメク教官(御年73歳)は「ナンダッテー?!」となっている
 ↓
あれ、ヒトを憎んでない?それなら利用できるかも??……と
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