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第七話
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アンテロープ家の一室で、わたしはマックスを待っていた。
そういえば彼がアンテロープ家に足を踏みいれるのは久しぶりのことだ。こちらが出向くのが当然というように、彼はいつも侯爵邸にいた。
こちらでございます、と案内をする執事の声が、扉の向こうから聞こえてくる。
ゆっくりと扉がひらかれて。
わたしをとらえたマックスの目が、驚きに大きく見開かれた。
ドレスは元の形を残したまま、パニエを小さなものにかえ、あまったスカートの生地を集めてリボンにあつらえた。レースの手袋と新調した装飾品で華やかさを添え、以前よりもぐっと歳相応のかわいらしさのある装いに。
お化粧も自然さを残すばあやのものと今風なはっきりとしたものの中間をとり、ドレスに合わせてワンポイントに明るい色をのせた。
なによりゆるく巻いた髪は半分をアップに、半分を肩にたらして、まるで高貴なお方のよう。
これらはすべてロベルト様が手配してくださったのだった。
王宮からお越しになった侍女の方が考案し、ばあやに手ほどきをしてお化粧の仕方を教えてくれたのである。
「綺麗だ……」
「……ありがとう」
わたしもまだ自分で信じられないくらいだった。本当に鏡に映っていたのはわたしなのかと。
マックスはそれよりも驚いた顔でしばらく放心していたが、やがて頬を染めて褒めてくれた。
褒められたのなどいつぶりだろうかと思う。
わたしたちはきっとお互いに、どうせ結婚するのだからと色々なことをあきらめて、互いをよく見ることさえ放棄していたのだ。
「マックス、婚約のことなのだけれど」
先日さえぎられてしまった話題を、わたしはもう一度始める。
マックスは嬉しそうにへらりと笑った。
「なんだ、お前がそこまで心を入れかえて頼むなら……婚約破棄などしない。脅すようなことを言って――」
「いいえ、違うの。わたし、婚約を解消してほしいの」
言ったとたん、マックスの表情が、笑顔のまま硬直した。
沈黙は、苦ではなかった。
あぁ、聞こえたのだ。ちゃんと聞いてくれたのだ。
まずはそのことに安堵する。
やがて、マックスの唇がわなわなとふるえだした。顔は赤く、目は爛々と輝いて……そのときはじめてわたしは、マックスの瞳をよく見た。
ひらいた瞳孔の向こう側には、恐怖があった。
髪をふり乱し、歯を食いしばって。
「なんだと――お前、ここまでの姿になったのは誰のおかげだと思って――!!」
「彼女の努力の結果、だろう。少なくとも君のおかげじゃないよ」
やがて獣のように吠えたマックスの背後から、凛とした声がかかった。
マックスはあわててふりむくと、絶望の色を顔に浮かべた。
扉のそばに立っていたのは、ロベルト様。
学院でのカジュアルな格好とは違う、金銀の縫い取りがされたジャケットに身をつつみ、まっすぐにマックスを見つめている。
このお姿を目にしたものは誰でも、ロベルト様が高貴な生まれであることを理解するだろう。
「ロベルト殿下――!」
そういえば彼がアンテロープ家に足を踏みいれるのは久しぶりのことだ。こちらが出向くのが当然というように、彼はいつも侯爵邸にいた。
こちらでございます、と案内をする執事の声が、扉の向こうから聞こえてくる。
ゆっくりと扉がひらかれて。
わたしをとらえたマックスの目が、驚きに大きく見開かれた。
ドレスは元の形を残したまま、パニエを小さなものにかえ、あまったスカートの生地を集めてリボンにあつらえた。レースの手袋と新調した装飾品で華やかさを添え、以前よりもぐっと歳相応のかわいらしさのある装いに。
お化粧も自然さを残すばあやのものと今風なはっきりとしたものの中間をとり、ドレスに合わせてワンポイントに明るい色をのせた。
なによりゆるく巻いた髪は半分をアップに、半分を肩にたらして、まるで高貴なお方のよう。
これらはすべてロベルト様が手配してくださったのだった。
王宮からお越しになった侍女の方が考案し、ばあやに手ほどきをしてお化粧の仕方を教えてくれたのである。
「綺麗だ……」
「……ありがとう」
わたしもまだ自分で信じられないくらいだった。本当に鏡に映っていたのはわたしなのかと。
マックスはそれよりも驚いた顔でしばらく放心していたが、やがて頬を染めて褒めてくれた。
褒められたのなどいつぶりだろうかと思う。
わたしたちはきっとお互いに、どうせ結婚するのだからと色々なことをあきらめて、互いをよく見ることさえ放棄していたのだ。
「マックス、婚約のことなのだけれど」
先日さえぎられてしまった話題を、わたしはもう一度始める。
マックスは嬉しそうにへらりと笑った。
「なんだ、お前がそこまで心を入れかえて頼むなら……婚約破棄などしない。脅すようなことを言って――」
「いいえ、違うの。わたし、婚約を解消してほしいの」
言ったとたん、マックスの表情が、笑顔のまま硬直した。
沈黙は、苦ではなかった。
あぁ、聞こえたのだ。ちゃんと聞いてくれたのだ。
まずはそのことに安堵する。
やがて、マックスの唇がわなわなとふるえだした。顔は赤く、目は爛々と輝いて……そのときはじめてわたしは、マックスの瞳をよく見た。
ひらいた瞳孔の向こう側には、恐怖があった。
髪をふり乱し、歯を食いしばって。
「なんだと――お前、ここまでの姿になったのは誰のおかげだと思って――!!」
「彼女の努力の結果、だろう。少なくとも君のおかげじゃないよ」
やがて獣のように吠えたマックスの背後から、凛とした声がかかった。
マックスはあわててふりむくと、絶望の色を顔に浮かべた。
扉のそばに立っていたのは、ロベルト様。
学院でのカジュアルな格好とは違う、金銀の縫い取りがされたジャケットに身をつつみ、まっすぐにマックスを見つめている。
このお姿を目にしたものは誰でも、ロベルト様が高貴な生まれであることを理解するだろう。
「ロベルト殿下――!」
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