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第二話
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無事に学院への入学を果たしたわたしは、寮と学院を行き来するだけの生活をくりかえした。
まず補強すべきは歴史の知識だ。
授業が終われば、あとはひたすら図書館にこもる。
貴族然とした子息令嬢たちがキラキラと空気を輝かせながら社交にいそしんでいる歓談スペースを通りすぎ、個人用のスペースに歴史書を運ぶと、読み漁る。
恥ずかしながら生まれてこの方、こんなに本がある場所を見たことがなかった。アンテロープ家にある図書室は父の書斎とくっついていて小さなものだ。
これでは世間知らずなわたしを見てマックスが恥ずかしくなるのもわかるというもの。
本当にわたしの頭はからっぽだったんだわ。
その日もわたしは本をかかえてお気に入りの個別スペースにこもっていた。
人の少ない、壁際のはじっこの席。
〝大陸史全集〟を読破するのがわたしの当面の目標だ。大陸全土の国々の変遷から王族、主要貴族の成り立ちまでが網羅されている全四十巻の大作。
本なんてまともに読んだこともなかったけれど、読んでみると面白くて止まらなくなる。
一日三冊を目標に、閉館の時間まで黙々と読むのがいまの幸せだった。
さて今日も歴史の世界に没頭しましょう――。
けれど、わくわくとひらいたページに、黒い影が落ちる。
「マックス……」
「マクシミリアンだ」
顔をあげれば眉を寄せたマックスがいる。
いつもわたしに向かい合うときのうすら笑いは浮かべておらず、それどころか怒りの見える表情だった。
手に持っていたペンでテーブルをコンコンと叩きながら、マックスはため息をついた。
「ぼくを追いかけて学園までやってきたのは褒めてやろう。しかしなぁ、これ見よがしに小難しい本を積みあげて! 勉強してますアピールか? お前なんかに、こんなに読めるわけがないだろう」
マックスは大声を張りあげ、今度はペンでわたしの頭を小突いた。
ただでさえコンコンのせいで周囲から視線を向けられている。あぁ、ここ、わたしの一番お気に入りの場所だったのに。いづらくなってしまう。
「……申し訳ありません。今後は一冊ずつ運びます。マクシミリアン様」
規定では五冊まで持ち込み可なのだけれど。
わたしは小さな声でそう答えた。
「わかればいいんだ。お前の醜聞は侯爵家の恥になるからな。婚約破棄されたくなければ――」
いつのまにかサリィとすら呼ばれず、わたしは「お前」になっていた。顔をあげれば怒りの消えた顔でマックスはいつもの笑みを浮かべてわたしを見下ろしていた。
ため息をつけばまた怒鳴られるだろうからうつむいたままマックスが飽きるまでをやりすごす。
互いの屋敷や領地ではなく、学院という外の場所で出会ったマックスは、なんだかとても疲れる存在だった。
まず補強すべきは歴史の知識だ。
授業が終われば、あとはひたすら図書館にこもる。
貴族然とした子息令嬢たちがキラキラと空気を輝かせながら社交にいそしんでいる歓談スペースを通りすぎ、個人用のスペースに歴史書を運ぶと、読み漁る。
恥ずかしながら生まれてこの方、こんなに本がある場所を見たことがなかった。アンテロープ家にある図書室は父の書斎とくっついていて小さなものだ。
これでは世間知らずなわたしを見てマックスが恥ずかしくなるのもわかるというもの。
本当にわたしの頭はからっぽだったんだわ。
その日もわたしは本をかかえてお気に入りの個別スペースにこもっていた。
人の少ない、壁際のはじっこの席。
〝大陸史全集〟を読破するのがわたしの当面の目標だ。大陸全土の国々の変遷から王族、主要貴族の成り立ちまでが網羅されている全四十巻の大作。
本なんてまともに読んだこともなかったけれど、読んでみると面白くて止まらなくなる。
一日三冊を目標に、閉館の時間まで黙々と読むのがいまの幸せだった。
さて今日も歴史の世界に没頭しましょう――。
けれど、わくわくとひらいたページに、黒い影が落ちる。
「マックス……」
「マクシミリアンだ」
顔をあげれば眉を寄せたマックスがいる。
いつもわたしに向かい合うときのうすら笑いは浮かべておらず、それどころか怒りの見える表情だった。
手に持っていたペンでテーブルをコンコンと叩きながら、マックスはため息をついた。
「ぼくを追いかけて学園までやってきたのは褒めてやろう。しかしなぁ、これ見よがしに小難しい本を積みあげて! 勉強してますアピールか? お前なんかに、こんなに読めるわけがないだろう」
マックスは大声を張りあげ、今度はペンでわたしの頭を小突いた。
ただでさえコンコンのせいで周囲から視線を向けられている。あぁ、ここ、わたしの一番お気に入りの場所だったのに。いづらくなってしまう。
「……申し訳ありません。今後は一冊ずつ運びます。マクシミリアン様」
規定では五冊まで持ち込み可なのだけれど。
わたしは小さな声でそう答えた。
「わかればいいんだ。お前の醜聞は侯爵家の恥になるからな。婚約破棄されたくなければ――」
いつのまにかサリィとすら呼ばれず、わたしは「お前」になっていた。顔をあげれば怒りの消えた顔でマックスはいつもの笑みを浮かべてわたしを見下ろしていた。
ため息をつけばまた怒鳴られるだろうからうつむいたままマックスが飽きるまでをやりすごす。
互いの屋敷や領地ではなく、学院という外の場所で出会ったマックスは、なんだかとても疲れる存在だった。
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