3 / 53
第一章
第二話
しおりを挟む彼らの居城から魔王の本丸までは、およそ徒歩で四日は掛かる距離がある。しかし魔王特製の転移用魔法陣を使用すれば、時間にして二秒も掛からない。
陣の上に立って数秒。一際強い光が二人を包み込むと、次の瞬間には全く別の空間に立っていた。彼らが現れた瞬間、その空間にいた者達が一斉にそちらを向く。
「お待ちしておりました、ヴィルヘルム様に斬鬼様。魔王様より案内をするよう仰せつかった、メイドのセリーヌで御座います。ご用命の際は何なりとお申し付けください」
恭しく一礼をして二人を出迎えたのは、魔王城において全てのメイドを統括する黒髪の美女、セリーヌである。
魔族らしさでも追求したのか真っ黒く、そして禍々しく改造されたメイド服に身を包んでいるが、その身から溢れる気品や雰囲気といったもの迄は誤魔化せない。所作の一つ一つに、そういった物が滲み出ているのだ。
とはいえ、そんな彼女も勿論只の人間では無い。病的なまでに白い肌、そして触れれば分かる事だが驚く程に冷たい体温。彼女は特殊な不死、『キョンシー』の一族である。
ちなみにヴィルヘルムは初めて目にした時、『自分以外にも人間がいた!』と内心で大喜びした挙句、結果違うと分かって肩を落とした過去がある。
「随分先客がいるな。我々が一番最後だったか?」
腰元の柄を弄りながら、斬鬼がセリーヌに問いかける。
ちなみに、本来彼女の口調はこちらの方が素だ。ヴィルヘルムと知り合ったばかりの時もこの様な武人然とした口調であり、今も彼や立場が上の相手と話す時以外はこの話し方になる事が多い。むしろ彼女の事を知る人がヴィルヘルムへの態度を見れば、あいつは誰だと驚くことになるだろう。
「いえ。天魔将軍であらせられる《渇望》のノーチラス様が未だお見えになられていません」
「む……まあ彼の方は戦闘狂として高名だからな。きっと他に夢中になる事があるのだろう」
「にっへっへ……どーん!!!」
瞬間、背後からとてつもない殺気を感じたヴィルヘルム。振り返ると同時に自動でスキルが発動し、予感に備える。
ドム、と腰元に激しい衝撃。だがスキルのお陰で彼本体に大したダメージは無く、僅かに体を揺らしただけで飛び込んできた何かを受け止めることに成功した。
「おおっ!? 完全に不意打ちが決まったと思ったのに、やっぱヴィルはすっごいねー!」
「……ああ(っぶねー!! まじっぶねー!!! 直前でスキル発動して良かったー!!)」
飛び込んできたのは頭からぴょこんと猫の様な耳を生やした一人の少女。あどけない表情をしているが、彼女こそが天魔将軍が一人、《渇望》のノーチラスである。
鉄錆の様な赤髪に、日に焼けた小麦色の肌。そして最も特徴的なのがユラユラと揺れる縞模様の尻尾。見かけだけならばただの可愛らしい少女だが、その小さい体躯に秘められた戦闘力は計り知れない。
隠密行動から直接戦闘まで何でもござれ、そのステータスは勿論SSS。タックルを受けた際にヴィルヘルムがスキルを使っていなければ、彼の体はしめやかに爆散し、無念の内に成仏していた事だろう。
自身の反射神経とスキルに感謝するヴィルヘルム。そんな彼の心中など知らず、ノーチラスは抱きついたまま顔面をヴィルヘルムの腹に擦りつけ始める。
「すんすん、うーん……仄かに知らない人の香りがする。勇者とやりあってきたの?」
「の、ノーチラス様……ええ、ヴィルヘルム様の手にかかれば鎧袖一触でございました。それはそれとして、余り抱きつくのはやめて頂けると……」
「えーやだよ。ヴィルったらいつも食べちゃいたいくらい良い匂いがするんだから」
ちなみに彼女は気付いていないが、ここで言う『良い匂い』とは被捕食者が醸し出す匂いの事である。細やかな違いに鈍感なノーチラスが、その事実に気付く日は永遠に来ないだろうが。
「そうだ、何だったらザンキちゃんも抱きついてみる? やってみると案外気持ちいいよー」
「なっ、私がヴィルヘルム様に……そんな、失礼な事を…………でも……」
内なる葛藤に悩みながらもチラチラとヴィルヘルムの顔を伺う斬鬼。自身の欲望がダダ漏れである。
だが、そういったアピールを無表情で気付かないふりをするのはヴィルヘルムの得意分野だ。いや、寧ろ露骨なアピールをされても一切それに気付かないのがヴィルヘルムという存在である。
「ケッ、下らねェ。ここにはおままごとしに来てるんじゃねぇんだぞ。天魔将軍なら天魔将軍らしく、もっとクールに振る舞えよ」
「あらあら、そう怒ることでもないじゃない。仲よろしきは良き事かな、交流を深められるのであれば私は一向に構わないわ」
奥でヴィルヘルム達に悪態をついた金髪のワイルドな女性に、優しげな雰囲気を醸し出す茶髪を腰元まで伸ばした女性。残りの天魔将軍、《暴虐》のヴェルゼルと《背徳》のアルミサエルである。
いずれも人に見えるが勿論魔族。ヴィルヘルムの目から自然と光が失われていったのも、彼からすれば今では良い思い出だ。
「馴れ合いなんて俺たちの間に必要ねェんだよ。天魔将軍に求められるのは圧倒的な力だ! クソッタレの勇者共を打ち倒し、無力な人間共をすり潰す。それが天魔将軍の存在意義だろ?」
「あら、それは違うわヴェルゼル。貴女のやり方では、全て終わった後に残るのは焦土だけ。得られるものが何も無いわ。私達がすべき事は魔王様がこの世を統治できる様、全ての人間を貶めて家畜の様にする事よ。その手段として勇者達を皆殺しにするのは有効ではあるけれど……」
「うーん、みんな難しい事考え過ぎじゃない? ボクはこうしてヴィルヘルムに抱きつけてれば良いやー」
「……(い、胃が痛い……)」
全員が集まると大抵方向性の違いから言い争いに発展するのだが、その結論がどう足掻いても人類の破滅なのだ。同じ人類としてキリキリと胃が痛むのは仕方のない事である。
ちなみにストレスの要因として、未だヴィルヘルムが人間だとバレていない事も起因している。魔人族は容姿だけなら人間とそう離れていない為、彼も何らかの魔人であると周囲に思われているのだ。バレてしまえばどうなるか、と肩を震わせた事は一度や二度では無い。
「おい、お前はどうなんだヴィルヘルム!」
「あらあら、結論を委ねるのは余り好きでは無いですが、ここは貴方の意見を聞くのも一興でしょう」
「……(こっちに話振るなってマジで! あああああストレスが天元突破するぅぅぅぅぅ!!)」
内心はとんでも無いことになっているが、それが外面に現れる事は一切無い。流石の鉄面皮である。
さて、この問いにどう答えるものかとヴィルヘルムは考える。本来なら無難に収めるべきなのだろうが……いや、どちらかに同意してしまえばそこから話が発展してしまう。この話をこれ以上続けさせない為には、この返答一言で話をぶち壊す必要があるだろう。
一番空気を凍らす方法として効率的なのは、否定から入る事だ。空気が読めず度々雰囲気をぶち壊して来た経験から、ヴィルヘルムはそう考える。こらそこ、虚しいとか言わない。
「……し」
「『死』? だよな! やっぱやるべきは殲滅だよな! やっぱお前分かってんじゃねーか!
「あらあら……まあ確かに、全員滅ぼしてしまえば一切の抵抗は無くなりますからね。非効率的ではありますが」
やってしまった。
『知らん』と答えるはずが、ヴィルヘルムの予想以上に尻すぼみになってしまった為冒頭の『し』のみしか口から出てこなかったのである。普段から声を出していない代償か、彼の意思が正確に伝わる事はなかった。
返答が気に入ったのか、ガシリとヴィルヘルムと肩を組み、ひたすら揺らしてくるヴェルゼル。魔族といっても女性なのか、どこか良い匂いが漂ってくる。
ここまで上機嫌の所に今更『勘違いです』などと言ってしまえばどうなるか分かったものでは無い。結局勘違いを治す事なく、ヴィルヘルムはその話を流してしまった。こういった態度が積もり積もって、今の地位になっているという事には気付いていない。
「皆様、ご歓談の所申し訳有りませんが、魔王様がお呼びです。謁見の間まで案内致します」
と、そこでジッと黙っていたセリーヌが口を開く。話題の切れ目を見計らってタイミング良く割り込めるのは、給仕のプロとして為せる技だろう。
いよいよ魔王と謁見か、と溜息をつくヴィルヘルム。また人類殲滅の方針を決めさせられるのかと思えば、気が重くなるのも仕方のない事であった。
0
お気に入りに追加
100
あなたにおすすめの小説
私はただ一度の暴言が許せない
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
厳かな結婚式だった。
花婿が花嫁のベールを上げるまでは。
ベールを上げ、その日初めて花嫁の顔を見た花婿マティアスは暴言を吐いた。
「私の花嫁は花のようなスカーレットだ!お前ではない!」と。
そして花嫁の父に向かって怒鳴った。
「騙したな!スカーレットではなく別人をよこすとは!
この婚姻はなしだ!訴えてやるから覚悟しろ!」と。
そこから始まる物語。
作者独自の世界観です。
短編予定。
のちのち、ちょこちょこ続編を書くかもしれません。
話が進むにつれ、ヒロイン・スカーレットの印象が変わっていくと思いますが。
楽しんでいただけると嬉しいです。
※9/10 13話公開後、ミスに気づいて何度か文を訂正、追加しました。申し訳ありません。
※9/20 最終回予定でしたが、訂正終わりませんでした!すみません!明日最終です!
※9/21 本編完結いたしました。ヒロインの夢がどうなったか、のところまでです。
ヒロインが誰を選んだのか?は読者の皆様に想像していただく終わり方となっております。
今後、番外編として別視点から見た物語など数話ののち、
ヒロインが誰と、どうしているかまでを書いたエピローグを公開する予定です。
よろしくお願いします。
※9/27 番外編を公開させていただきました。
※10/3 お話の一部(暴言部分1話、4話、6話)を訂正させていただきました。
※10/23 お話の一部(14話、番外編11ー1話)を訂正させていただきました。
※10/25 完結しました。
ここまでお読みくださった皆様。導いてくださった皆様にお礼申し上げます。
たくさんの方から感想をいただきました。
ありがとうございます。
様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。
ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、
今後はいただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。
申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。
もちろん、私は全て読ませていただきます。
【完結】子供が出来たから出て行けと言われましたが出ていくのは貴方の方です。
珊瑚
恋愛
夫であるクリス・バートリー伯爵から突如、浮気相手に子供が出来たから離婚すると言われたシェイラ。一週間の猶予の後に追い出されることになったのだが……
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
【完結】6歳の王子は無自覚に兄を断罪する
土広真丘
ファンタジー
ノーザッツ王国の末の王子アーサーにはある悩みがあった。
異母兄のゴードン王子が婚約者にひどい対応をしているのだ。
その婚約者は、アーサーにも優しいマリーお姉様だった。
心を痛めながら、アーサーは「作文」を書く。
※全2話。R15は念のため。ふんわりした世界観です。
前半はひらがなばかりで、読みにくいかもしれません。
主人公の年齢的に恋愛ではないかなと思ってファンタジーにしました。
小説家になろうに投稿したものを加筆修正しました。
【完結】え、別れましょう?
須木 水夏
恋愛
「実は他に好きな人が出来て」
「は?え?別れましょう?」
何言ってんだこいつ、とアリエットは目を瞬かせながらも。まあこちらも好きな訳では無いし都合がいいわ、と長年の婚約者(腐れ縁)だったディオルにお別れを申し出た。
ところがその出来事の裏側にはある双子が絡んでいて…?
だる絡みをしてくる美しい双子の兄妹(?)と、のんびりかつ冷静なアリエットのお話。
※毎度ですが空想であり、架空のお話です。史実に全く関係ありません。
ヨーロッパの雰囲気出してますが、別物です。
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
英雄一家は国を去る【一話完結】
青緑
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる