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2章 粛清と祭

第61話 僕がキミを守るから

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 僕はあれから、毎日のように神社を訪れては、ソフィーと談笑するようになった。


 ソフィーは、会えば会うほど魅力的に感じる女性だった。

 言い方はともかく、沼にハマるというのは、こういう現象のことを言うのだろうと思った。


 初めはかなり遠慮して彼女の部屋に入っていたが、2週間もしたら拝殿で出迎えて貰わなくとも、勝手にソフィーの部屋に入るようになった。


 自分でも、短期間でここまで打ち解けるようになるとは思いもしなかったので、夢の中にでもいるような気持ちだったのを今でも覚えている。


 そして、そう思わされるくらい、彼女の魅力は群を抜いて見えた。


 当時、僕がここまで気を遣わずに一緒に居られる子はいなかったと思う。



 ソフィーは18歳。



 中学生の僕からすれば、立派なお姉さんだ。

 発育を考えても、同級生とは全く違った魅力があった。

 そういう意味で、かなり特別な存在だった事は確かだ。


 可愛いと思う同級生や先輩はいても、どうしてもソフィーと比べてしまうと見劣りするような気がした。

 今思うと、それだけ盲目的になっていたとも考えられる。

 だが、それは仕方ないことだ。

 実際、通っていた中学で、ソフィー並みの美少女はほとんどいなかったのだから、単純な男ならそうなるだろう。


 だから、と言うか、僕はソフィーに会いたいと思っているくせに、実際に近くで会話している時は彼女の顔をほとんど見れなかった。


 僕が照れている事もバレていたようで、本人から何度も注意された。

「……もぉ、そんなに緊張しなくて良いってば、そんなに歳上の子に耐性ないわけ?」

「べつに、…………そう言うわけじゃなくてさ」

「ほんと照れ屋さんだよね、セイシくんは」


 そんな感じで突っ込まれるのだが、一応、僕だって全く女の子と話さないなんて事はなかった。

 例えば、クラスでの掃除の時なんかは、女子生徒数人と、雑談しながら手を動かすこともある。

 誤解のないように言っておくと、僕はモテるタイプの男では決して無い。

 いつもシンと一緒にいるから、女の子達から良く映っているに過ぎない。

 シンはモテる。

 僕は1人の時に女子から声を掛けられることは皆無に等しいが、シンは誰かしらに声を掛けられていた。

 それも、女の子が一方的に話すのではなく、シンが話の主導権を握っているので、常に3人くらいの子に囲われていた。

 正直羨ましいが、シンにそれを言うと、不思議な回答をした。

「羨ましい……か、俺は君たちの方が羨ましいけどね」

「なんでさ、そんなに何でもできるのに」

「何でもなんてできないよ、だから、出来るようになるために勉強してるんだ。俺には、やらなくてはならない使命があるからね」

「そうなんだ、……それは、そんなに過酷なことなの?」

「あぁ、間違いなくね」

「聞いて良いの?」

「俺のやるべき事に、玉元を巻き込むわけにはいかない」

「そうなんだ。そんなに危険な事なの?」

「あぁ、そうだ」

「そっか……、僕はシンの役に立てる?」

「もう役に立っているってじゃないか、充分だよ」

「そう……もしかしてシン」

「なんだ?」

「……世界征服とか企んでるの?」

 僕がそう言うと、シンが笑った。

「アッハッハ、最高だね、玉元」

「なんだよ、僕は真剣なんだぞ」

「……そうだね、…………当たってるよ」

「そっか、がんばってね、大変だと思うけどさ、世界征服」

「うん、世界を征服したあかつきには、世界の半分をやろうか?」

「ええー、そんなに貰えないよ」

「どうして?」

「だって、僕はそんなに大きな手じゃないからさ」

 シンが笑う。一応、コレは僕なりのジョークだ、念の為。

「手が大きければ入るのか?世界の半分が」

「……分からないけど」

「そうだね、そういう意味なら、世界の半分なんて、僕の手にも余るさ、世界は大きいからね」

「きっとシンなら出来るよ、世界征服」

「そうか?玉元にそう言われたらやるしか無いな、ハハ、俺も使命を果たせるように頑張ることにするよ」

「……ところでシン」

「ん?」

「さっき話してたのって、図書委員の松河さんだよね」

「そうだね、それが?」

「仲良いよね?」

「そうか?松河か。俺、図書室から毎日本借りてるから、返却する時に感想聞かれてるだけだよ」

 毎日借りてるのか、そのうち図書室の本、全部読破しそうだなこの男は。

 返却する度に感想聞くとか、どう考えてもシンに興味持ってるだろ。

「……あの子、たぶんシンのこと好きだと思うんだけど、どうなの?」

「どうって、……なにが?」

「何がって、……だからさ、告白とかしないのかなって」

「俺が?」

「うん」

「なんで」

「そりゃ、だって、松河さん可愛いしさ」

「……なんだ?もしかして、玉元、松河さんに興味あるのか?」

「そう言うわけじゃないって」

「俺から紹介してやろうか?毎日話す機会があるから、簡単だが」

「ちょっと待ってくれよ、なんで僕が松河さんと付き合いたいみたいになってんだよ」

「違うのか?可愛いんだろ?」

「可愛いってのは、客観的に見てって意味でさ」

「客観的になんて見れるわけないだろ、外見の好みは主観でしか無いんだから、まぁ、他の人の意見によって主観が歪む事はわりとあるけどな」

「だったら、僕のこの言葉で少しは認知に歪みが出たんじゃ無いの?」

「うーん、そうだな。たしかに松河さんを女性として見た事は無かったかも」

「シンって、女の子を振る時、『キミと遊んでいる時間はない』って言ってるでしょ」

「よく知ってるな、玉元、まさか俺のファンなのか?」

「いちいち茶化さなくていいから。とにかくさ、図書委員で、本の話が分かる松河さんなら、お似合いなんじゃ無いかって思っただけで」

「なるほどね」

「ね、どーなのさ」

「玉元がそう言うなら、考えてみるよ」

「うん、そうしてみて」

「お節介なヤツだなお前はホントに」

「ごめん、シン」

「つっても、俺のことは俺が決める。そもそも彼女が俺のことをどう思っているかは、まだ分からないしな」

「そうだね、余計なこと言っちゃったよ」

「いいさ、松河が俺の事を好きなんじゃ無いかって思ったんだろ?なら、それを伝えてくれたのは有り難いよ。俺から見た松河より、玉元から見た俺に接する松河の方が、彼女の本音が見えやすいだろうからな」

「ありがとう」

「おお、気にするなよ、別にお節介を否定したいわけじゃないからな」

「うん」

 ……と、そういう話になったことを覚えている。

 実際にシンが誰かと付き合うと、僕としてはあまり遊べなくなるので寂しいが、今の状況だと、僕がシン目的で女の子に声を掛けられるという事案が発生するので避けたいのだ。

 一応それもあって、お節介している。

 とは言え結局のところ、松河さんがシンに片思いしてるようで、それを見て応援したくなった気持ちが1番強い。

 恋してる女の子ってのは、可愛いものだ。

 シンと合うのはたぶんこの子だろうなと考えての事だ。


 とにかく、シンのお陰もあって、女子との会話が増えたのは確かだ。

 ここで慣れてなかったら、ソフィーと会った時も全く話せなかった自信がある。

 かといって、緊張がゼロと言うわけでもない。

 それなりに気を遣ってはいる。

 ただ、好意があるか無いかで、かなり差が出る事はある。


 それで言うと、クラスの森乃さんと話す時も、緊張で目を見られなかった。


 だけど、森乃さんの場合は、ソフィーほど発育は良くないから、目線で困惑しない分だけまだマシだ。

 ソフィーの場合、その可愛い顔だけではなく、身体もバランスが良く、くびれもしっかりあって魅力的なのだ。

 胸も小さくはない。少なくともDカップくらいはありそうだ。

 その点においては、森乃さんの数倍は性的魅力が強かった。


 まだ経験値が無い中学生の僕には高い壁だ。


 今ならソフィーの事を自分と対等に考えて接する事ができると思う。

 しかしそれは、自分が成長したからであって、当時は不可能だ。


 それなのに、ソフィーはそんな僕に必要以上に引っ付いてくるのだ。


 僕から見れば成熟した大人の女性と変わらない。

 下半身が反応しない方が無理がある。


 僕は他愛の無い話をしながら、キャンディナッツの漫画を読み進める事で、ソフィーから上手く目線を外していた。

 読み始めてしまえば、彼女の魅力的な体躯たいくに気を取られる事はない。


 それで何とか耐えてはいたが、時々、僕の感想を聞きたがるので、その度に至近距離まで近付かれ、緊張でドギマギしてしまった。

 そんなギリギリの戦いを繰り広げている日々の中で、事件が起こった。




 そうだ。アレは、僕がたまたまゲームセンターで、大きなタコのクッションを取った日だ。



 ソフィーに、その日は神社のイベントで、参拝客が多く、巫女の仕事が忙しいから、来ないようにと言われていたのだ。

 イベントなら、むしろ見に行ってみたいと思うくらいだが、片付けなど含めるとかなり遅い時間まで稼働することになるようで、話せないらしい。

 僕は暇だったのでシンとゲームセンターにでも行こうかと思ったのだが、あいにくシンは、松河さんと図書室で本の感想を言う会を執り行う予定だったそうでダメだった。

 僕もソフィーと読書会をやっているから、ある意味では似た者同士というわけだ。


 ………似てはないか。さすがに。


 僕は久しぶりのゲーセンでテンションが上がり、格ゲーやバスケやレースゲームを楽しんだ後、UFOキャッチャーでタコのクッションを取った。

 クッションは、取りたかったわけではなく、1番取れそうな位置にあったので、ついつい試してしまっただけだ。

 他の箱でボロ負けしていたから、1発で取れたのは嬉しかったが、50センチくらいあるタコクッションは正直要らなかった。

 紙袋を貰って、歩いていると、ふと、ソフィーの顔が浮かび、部屋の中にクッションが何個か置いてあったのを思い出す。

 改めてタコクッションを見ると、つぶらな瞳が可愛い。

 タコの口の部分だけ山になってて少し硬い。

 下に敷くと背中のツボとか押して貰えそうだ。


 これなら、ソフィーなら喜ぶかもと思い、その足で神社へ向かう事にした。


 もともと会わない予定だったので、なんだか嬉しい。

 顔を見て、渡したら帰ろう。

 そう思っていた。





 石段を登ると、イベントの旗が立っている。

 だが、おかしい点があった。



 イベントは、朝10時から、16時までで、現在の時刻は17時40分。

 すでに撤収している。


 たしか、ソフィーの話では、20時くらいまではイベントが続いている予定のはずだ。

 てっきり、屋台でも出てるのかと思ったらそんな事はなく、人はいない。


 参道を歩いていると、御守りを売っている店の裏から声が聞こえた。


 男の声、揉めているのか?




「んだよ、お前、俺の言うこと聞くっつっただろ」


「関係ないでしょっ!もう卒業したんだからっ」


 女性の声。



 これは、……ソフィーだ!



 だが、なぜ?



 男は3人組で、着崩した学ランの高校生。


 大柄の短髪の男と、中肉中背くらいで、明らかに子分と言うか、チンピラのような2人が背後で笑っている。



 僕は背中に汗がドッと流れるのを感じた。




 危険信号。





 ソフィーが危ない。



 だが、相手は3人、しかも高校生。

 境内にはソフィーとその高校生と僕だけだ。


 助けを呼ぶにしても、この状況下では。





 あ、そうか。



 僕はとっさに、携帯を取り出して通報しようとした。


 警察だ。これは先に呼ぶのが正解。




 ……と、思った瞬間に、チンピラの1人が僕に気付き、正面からタックルしてきた。


「うわっ!」


 僕は声を上げて、地面に倒れた。


 スマホが手元から飛んで、離れたところに落ちた。



 まずい。電話し損ねた。



「セイシくん!」


 ソフィーが僕に気付いた。



 タックルしてきた男が、大柄のリーダーっぽい男に報告する。


「レオさん、なんか客がいるんすけど、どうします?」

 レオと呼ばれた高校生が、リーダーのようだ。


「あん?お前、何しようとした?まさかサツに通報しようとしたんじゃねーだろーな。遊びじゃねーんだぞ、これはな、大人の契約ってヤツだ。大人しくしてろガキが」


 そう言うと、ソフィーに向き直る。


 ソフィーの腕が震えている。



 事情は分からないが、とにかく彼女のピンチだ。


 どうすれば良い?



 僕はさっきの子分に背後から腕をがっしりと抑えられ、身動きが出来なくなっている。



 圧倒的な力量差だ。


 中学生と高校生では体格差で完全に負けてしまう。


 このままではなす術がない。


 しかし、どうにかしてソフィーを救いたい。


 だが、どうすれば……。



 ソフィーはレオと呼ばれた高校生にこう言う。


「もう、私とは無関係なの!知ってるでしょ!?なんでこんな酷いことするの!」


「良いか、春祭はるまつり、お前は俺と契約したんだ。だから、お前の家とは関係ない」

「そんなバカな話ある?責任は取ったはずでしょ?」

「責任取った?んなわけあるかよ。お前の親父は、責任放棄して逃げたんだよ、夜逃げってヤツだ、分かるか?」

「………ちがう、だって母さん、私に言ったもん。………コレは、私を守るためだって、……守るために、私をここに預けるんだって。だから、迎えに来てくれるって…….」

「迎えに?……来るわけないだろ?お前は捨てられたんだよ、まだ分かってなかったのか?お前の親父は、お前の会社の責任者だった。俺の親父の会社は、お前の会社の元請け先だ。お前の会社のせいで、どんだけの金が吹っ飛んだか、想像できねーだろーな。……家族まとめて逃げやがって、おかげで、俺がどんな目に遭ったか、想像できねーだろ。今のクソみたいな生活は、ぜんぶお前らのせいだ!」


 レオは、ソフィーの腹を殴ると、地面に投げる。


「きゃっ、あっ」


 ソフィーは地面に転がる。



「ソフィー!」

 僕は叫ぶ。


 こんなあからさまな暴力を間近で見たのは初めてだった。


 とにかくレオはソフィー、というか、春祭家の事を恨んでいるようだ。


 会話の内容からは、レオの父親が経営していた会社が、下請けだったソフィーの父親の会社の失敗で倒産しかかったようだ。

 責任者だったソフィーの父親が、責任を負いきれずに夜逃げし、その間、ソフィーはこの神社に預けられたという流れだろう。


 母親から、と言われているのも、そう言っておかないとソフィーが大人しく神社に預けられてくれないからだと思った。


 神社に預けられるというのも、たぶん、親族や友人などで、事情が事情なので、良い預け先が見つからなかったからだろう。

 それとも、逆にここが1番良いと判断したのだろうか?


 まさか、……そんなはずは無いよな。


 近くに保護者が居ないのが良い事な筈がない。


 施設に預けるより良いと判断したのだろうか?

 どうだろう?



 図らずもこんな状況でソフィーの真実を知ってしまった。


 どうやったら助けられる。



 どうすれば……。


 レオが、ソフィーの手首を掴み、僕の方を見る。


 顔面凶器とでも言おうか、とにかく不安になるようなイカつい顔をしている男だ。


 僕は目を合わせる事に恐怖を感じた。


 同じ人間とは思えないほど悪意に満ちている。

 不満と憎悪を抱えた人間の顔。

 鬼の形相というのは、こういう顔の事だろうと思った。


 彼は僕を見ながら言った。



「お前さー、春祭のなに?」



「と、友達だ」



「へぇー、そうか、なぁ、本当に友達か?」


「……うん、だから、離せよ」


 レオが馬鹿にしたように笑う。

「ハンッ、なんでお前に言われて、はい分かりましたって手ぇー、離すんだよ、バカなのか?」

 周囲の2人も笑っている。


 僕は無力感で悲しかった。


 そうだ、僕は無力だ。

 こんな時に、女の子1人守れないくらいの男なんだ。


 まだ中学生だから?

 いや、もし今高校生だったとして、彼らに対抗できたろうか?

 できない。分かっている。


 そんなこと、当然だ。

 僕はそんな努力なんて何もしてこなかった。

 大した事をしてこなかったヤツに、何ができる?



 分かっていた。



 ……だから、僕は。





 レオがニヤけて僕を見る。


「お前、ほんとうは、コイツに惚れてるんだろ?」

 彼は、ソフィーの顎と、頬を摘むように持って振り、僕を煽ってくる。


 悲しそうな顔で頬が赤く染まり、涙で溢れているソフィーの顔。

 ソフィーと目が合う。


 悔しさと苦しさで胸が張り裂けそうだ。


 屈辱感。


 ここまで屈辱を感じた事は無かった。




 ここで、彼はとんでもない行動に出る。


「お前、コイツにこういう事したかったんだろ?」


 レオは、ソフィーの両胸を後ろからガッツリと掴んだ。


「ぁああああーーっ!!」


 ソフィーの高い声が境内を駆け抜ける。


 だが、丘の上の誰もいない広い空間で叫んでも声は誰にも届かない。


 グスグスと、ソフィーが泣いている。


 レオが彼女の柔らかそうな胸を揉み、乳首の部分を摘んで刺激していた。


 喘ぐように叫ぶソフィー。


 だが、レオはそれを楽しんでいるようだ。

「春祭、おまえ、乳首が好きだったよな、な、ここ、1番敏感なところだもんな、な?感じてんだろ?」


 クリクリと転がすように乳首を刺激するレオ。息が荒くなるソフィー。


「あんっ、……ん、やめっ………てよ」


 ソフィーが声を上げる。


 淫らな姿が、僕の頭を混乱させる。


 僕はここ数日、ソフィーで何度もオナニーをしていた。

 胸を揉む妄想もしたし、彼女に手や口で抜いてもらう妄想だって一度や二度ではない。


 僕は少し興奮もした。

 だが、それはあくまで、ソフィーの胸を揉まれる時の表情や、喘ぎ声に対してに過ぎない。


 ここでソフィーが犯されるところを見るなど、地獄でしかない。


 僕はこの状況で、何かできる事は無いかと考える。





 できる事なんて…………。






 僕は、自分の足元に落ちたスマホを見て、思いついた。



 コレしかない!





 僕は笑った。

 とにかく、余裕があるように、小馬鹿にするように笑う。


 演技なんて普段はした事は無かったが、本気でやれば少しは効果があるだろう。




「アッハッハッハ」




 レオの手が止まる。



 他の2人も、少し困惑してるようだ。





「あん?何がおかしい?」


 レオが真剣になった。





 よし、悪くない反応だ。





「あのさ、僕が何もしてないって、本当に思ってんの?」



「…………どういう意味だ」





「いいから、続けなよ……、大丈夫だからさ」



「あん?まだ?……なにがだ」



「だから、続けたら良いじゃん、僕も見て楽しんでるからさ」


「はぁ?何言ってんだおまえ」



「ほらほら、今しか出来ないよ」



「何がだ?」


「だからさ、もうすぐ、……ね」


「もうすぐ?」


「ほんと、鈍いにも程があるよ」


「何を言ってんだ?」


「早く、もう、そんな事ができるのも最後なんだからさ」


「………おまえ、まさか」


 ビンゴだ。


 やはり、警察は怖いらしい。


 こんな状況で急に中学生が余裕を出し始めたら、通報したと疑うだろう。

 重要なのは、と、ハッキリとは告げない事だ。


 あくまで、そう思わせるだけだ。


 そうしないと、不安を煽れない。




 レオが、横で見ている子分2号に指示を出す。


「おい、コイツ、サツ呼んでたのか?」


「いや、そういう素ぶりは……」


 言い淀む子分2号。実際、僕は一度通報しようとした。

 直前で体当たりされたので、実際には呼べてないが、あの時点ですでに呼んでいても不思議では無い。


「チッ、さっさと確認しろ」


 2号が僕の携帯を拾う。


「どうだ?確認したか?」


「さーせん、パスワードが……」

「パスワード教えろ」

 僕に怒鳴るレオ。



「234567」

 僕は答える。


 顎で2号に指示を出す。


「開きません」


「おい、お前、適当な番号言ったな」

 レオが怒る。


 良い調子だ。


「567891」


「開きません!」


「なんだと?おい、本当のパスワード言えっつってんだろ、ぁあ!!」


「842563」


 僕は答える。


 レオは、少し微笑み、2号に顎で指示を出す。

「…………開きません」


「ふざけんなよっ!」

 キレるレオ。


「レオさん、コイツ言わないつもりだと思うんで、指紋認証でやらせます」


「早くしろっ!」

 レオは苛立ちでかなり正気を失っているようだ。


 こんなに効果抜群だとは。


 気が立っているせいで、相乗効果を起こしているようだ。


 だが、指紋認証で見られたら、通報してない事がバレる。


 もう、このタイミングで反撃する他はない。


 僕は神経を集中させる。



 両足は動く。



 なら…………。




「早くしろ、モタモタすんなっ」


 レオの指示で2号が動く。


 僕を捕らえている手下1号、じゃなくて、子分1号は、かなり冷静だ。


 大丈夫だろうか?



 僕の腕を2号が掴み、指紋認証のところに指を当てさせようとするが、僕は拒む。

 ここは、根比べだ。


 力は彼らの方が上とは言え、指紋認証させないくらいの抵抗は可能だ。


 ここはできる限り抵抗しておくに越した事は無い。


 力が掛かり、さすがに抵抗ができなくなる。




 ダメだ。



 指紋認証でロックが外れる。






 ここで、奇跡的にパトカーのサイレンの音が石段の下から聞こえた。





『ピーポー、ピーポー』「そこ、止まりなさい」




 その音が鳴った瞬間、僕以外の全員がビクッと身体が震えた。



 そのコンマ1秒を見逃さない。




 僕は子分2号の股を脚で思い切り蹴り上げた。




「ぐあぅあっ!痛っ!!」


 僕は2号の頭が自分の目の前に移動した瞬間に、身体を前に倒しながらしゃがみ、尻で背後を思い切り押した。


 そうすると、僕を背後から捕まえていた子分1号がバランスを崩し、その勢いで子分同士の頭が思い切りぶつかった。



 2人の頭が衝突した痛みで、1号の力が弱まり、両手が外れて自由になったので、1号の股に入って、思いっきり頭突きした。



「いいいいー痛った!」



 子分2人が叫びながらその場に倒れる。




 上手くいった!



 だが、拘束が解けてからが問題だ。




 僕は、パトカーの音で気を取られていたレオの背中にタックルすると、その勢いでソフィーの右腕を掴む。




「セイシくん!!」


 僕を呼ぶ声。助けてと、彼女が僕を呼んでいる。


 僕が、助けなくては……。



 その時、ソフィーを連れて逃げられると一瞬は思った。






 だが、ダメだった。




 まだレオは、ソフィーの左腕を掴んだままだったのだ。


 やはり、動揺していたとはいえ、少し体勢を崩したところで、ソフィーの奪還までには至らない。



 レオは怒りで顔面が真っ赤に紅潮していて、どう見ても冷静ではない。




「お前、よくもやってくれたな」



 低く、唸る様な迫力のある声。



 赤黒い恐怖の感情が襲いかかってくる。




 ここで、ソフィーの手を離して逃げるのは簡単だ。





 ……だが、それでは、僕が何もしなかったのと変わりないじゃないか。





 何としても、この状況から彼女を救いたい。



 僕はこの為に、ソフィーと仲良くなったんだ。



 そう思った。





 レオの背後で倒れていた子分2人が起き上がる。


 彼らは、鼻血が出て、股間を押さえている。

 相当なダメージは受けている様子だ。一応、報いは受けてもらった。

 かなり辛そうではあるが、動けるようだ。

 できればしばらく地面に寝ていてほしかったのだが、仕方ない。


 いくらなんでも、大の男3人に対して、ソフィーと僕では、あまりに分が悪い。




 ……だが、どうすれば良いんだ。




 戦って勝てる相手では無い事は見ればわかる。



 逃げて警察を呼ぶ他、もう残されていないのか。


 だが、それだと、このままソフィーが連れ去られる事は明白だ。




 そして、これだけ怒りに支配されている奴等に、ソフィーが何をされるか……。

 想像するだけで身の毛がよだつ思いだ。




 ダメだ、絶対に、逃げる事はできない。



 僕に彼女を見捨てる様な選択肢は絶対にない。





 そうなると、できる事は、僕もここで、共に痛め付けられる事くらいだ。





 絶望感。






 もう、諦めるしか無い。












 と、思った瞬間だった。











「玉元」











 聞き慣れた男の声がした。










「…………シン」











 空手部で角刈りの天才少年、春祭はるまつり シン







 来たのか………、だけど、なぜ?





 シンは、驚いた表情と共に、状況を一瞬で理解したようで、一瞬だけ微笑を浮かべたかと思うと、真顔になる。









 そこで、衝撃的な言葉を放った。










「姉さん、







 そのセリフに、僕の頭の整理が追いつかない。




 姉さん?


 だって、シンはひとりっ子………長男、え?






 え?







 どういう事だ?








 ソフィーは、安心とか、嬉しさではなく、むしろ不安な表情でシンを見た。





「シン………ごめんねぇ」





 レオが困惑した顔でシンを見る。




「なんだお前?………どっかで見たことあるな」



 まさか、レオと顔見知りなのか?シンは。







「ソフィアを傷付けたな?」




 シンが冷たく彼に言った。


「だからなんだ?」



「ソフィアを離せ」



「馬鹿か?離せと言われて離すかよ」




「ソフィアを離せと言っている」



 怒気がこもっている。


「断る」


 レオがそう言うと、シンが無言で近付いて行く。



 ここで、意外な事に、レオがズズっと後退りをした。



 体格差があるし、レオの方が遥かに強そうな見た目なのに、シンに怯んだ。



 そんな事あるのか?


 ……と、思ったのも束の間、その答えはすぐに分かった。





 左右から、子分2人がシンに殴り掛かったのだ。




 だがシンは、ほぼ動かず、左右の腕と手刀だけで、子分2人をひっくり返し、地面に叩きつけたのだ。


 なんて事だ。


 そんな事、普通の人間に可能なのかと目を疑ったが、実際やってのけたのだから、シンになら可能な芸当だと言う事だ。


 子分2人がビビり散らかして、引いてしまっている。


 2人は怯えて、リーダーであるレオの顔色を窺っている様子だが、当のレオ自身も、シンに対してなんだか腰が引けている様子だった。





 もしかしてシン、レオより強いのか?





 レオは、ソフィーを子分2号の方へ、半分投げるように渡す。


 2号は、ソフィーを拘束するが、困惑してキョロキョロと左右を見渡していた。




 レオはボクサーのように、両方の拳を前に突き出し、中腰になる。


 真剣な表情。


 昔、柔道の大会を見た事があったが、あの時の選手の表情に似ていた。

 それだけ集中しているという事だ。



「お前、名前、シンっつったか?」


「あぁ、それがどうした?」


「お前、格闘技の経験あるだろ?」


 少し沈黙するシン。


「…………ない」

「嘘をつけ」

「最近、空手部に入った」

「そうか、……ならお前、たぶん、けっこう良いとこまでいけるだろうよ」

 レオがシンを褒めている。

「急に何言ってるんだ?」

「俺とお前、喧嘩したらどっちが勝つと思う?」

「……………俺に決まっているだろ」

 シンは冷静にそう言った。


 自信があるとか無いとか、そういう次元の答え方ではなく、さも当然と言った口調だった。




「俺もそう思う」




 そうレオが言うと、シンに向かって殴り掛かった。



 シンは、少し前傾姿勢になったかと思うと、内側からレオの脚を、右脚と右腕で引っ掛け、左手でみぞおちを押す様にして正面に跳んだ。


 すると、レオの身体が空中で一回転して背中から地面に叩き付けられた。


 まるで、シンはレオに向かって走り幅跳びでもした様な動きだった。


 周囲が唖然としてシンを見つめる。


 シンは、見事に倒れたレオの耳元で何か囁くと、レオが自分の体を重そうにしながら起きた。



「…………おい、お前ら、帰るぞ」


 レオがそう言うと、子分2人が駆け寄ってきた。



 神社の石段を下りようとするレオにシンが声をかける。


「キミ、帰る前にいう事があるだろ?」


「あん?あぁ、負けを認めろって事か?あぁ、完敗だ完敗。もうここには近付かねぇよ」


「違う、ソフィアに対して謝れと言っている」


「んあ?面倒くせーな、もう来ないっつってんだから良いだろが」


「ダメだ。悪い事をしたら、謝る。それが法律だ」


「なんだよ、んな法律知るかよ。法律って金で解決するためのもんじゃねぇのかよ」

「うだうだ言ってないで謝れ、レオ」


 レオは、ソフィーの方を向くと、小さく頭を下げた。


「すいませんでした、春祭さん。………コレで良いだろ」


 シンが微笑む。

「よし、良いだろう。2度とこの地へ足を踏み入れるなよ」


「言われなくても」


 そう言いながら、石段を下りていった。




 それを見送ってすぐ、シンはソフィーの胸ぐらに掴みかかった。





「おい、ソフィア、お前は何をやっているんだ!?」


 怒鳴るシンに、僕はびっくりする。



 まずはシンに感謝しないといけないと思ったのに、いきなり姉に掴みかかるとは誰が思うだろうか。



 ソフィーはソフィーで、怒っている理由を察しているようで、ビクビクしている。


「ごめん、ごめんなさい、シン、わたし、わたし…………うぇええーーーーん」


 シンに胸ぐらを掴まれたまま派手に号泣するソフィー。



 意味がわからん。



 何が起きているんだ?




「ちょ、シン、ダメだって、お姉さんなんだろ、あんな事があったのにそんな乱暴な」


 キッ、と怒った表情で僕を見るシン。

 こんなに感情的なシンも珍しい。


「玉元、キミだって危なかったんだ、ソフィアのせいで、キミが危険に巻き込まれてしまった。俺はこうなる事をずっと前から危惧きぐしていた。だが、キミの意思を尊重しようと思ったから、敢えて突っ込みはしなかった。それがこの最悪の結果だ。キミのことを信じて後悔したのは、コレが初めてだよ!!」


「落ち着いてくれ、シン、僕も悪かった。だけど、僕にだって言い分はあるんだ」

「知っている、そんな事は聞くまでも無い。それでも、ソフィアを放置し、キミを自由にさせてしまった、俺は俺が許せない」

「何を言ってるのか全然分からないよ」


 すると、会話を聞いてソフィーが更に号泣した。

「わあああーん、ごめんなさいいいい、うううあああー、セイシくーん」


 もはや、どうして良いか分からない。



「とにかく、一度、落ち着ける場所に移動しよう、ねっ、頼むよ」



 僕はこう言う他に思いつかなかった。


 





 ⭐︎









「それで、どこから話をしたら良いんだろう」



 僕とシン、ソフィーは、ソフィーの部屋で小さい丸いテーブルを囲んでいた。




 ちなみに、ゲーセンで取ったタコクッションは無事だったので、部屋の隅に置かせて貰っている。




 僕が困っていると、シンが先に口を開いた。



「あ、そうだな、まず、玉元にはお礼を言わないといけない」


「え?なんでさ」

 なんだかんだで、僕がソフィーを助けようとした事には感謝してるのか?シンは。


「松河さんとは、これからも良い友達になれそうなんだ」

「そっちか、………まぁ、それは良かったよ。でも、友達なんだね」

「あぁ、だけど、俺も彼女の事は好きになれそうだと今日思ったんだ。だから、この気持ちに気付かせてくれた玉元には感謝しないといけない」

「そっか、それは良かったよ」

 まさかそんな角度で話が始まるとは思わなかった。


 ここに姉がいると言うのに……。


「それでさ、シンとソフィーは、どういう関係なの?お姉さんって、言ってたけど」


「俺とソフィアは、親戚なんだ。ソフィアの母親の妹が、俺の母さんだ」

 なるほど、そういう事か。

 だから、姉はいないって言ったのか。

「てことは、姉さんってのは、親戚の姉さんって意味だったんだ」

「そう言う事だ」

「だけど、春祭っていう苗字は、同じなんだね」

「それについては、少しややこしいんだが、春祭家は、代々経営者の家系で、姉妹で会社を経営していたんだよ。だから、俺の父親も、ソフィアの父親も婿養子ってわけだ」

「そうなんだ、それで、春祭なんだね」

「しかも、ソフィアの父親と、俺の父親は兄弟なんだ」

「へぇー、凄いね。姉妹と兄弟が結婚したんだ」

「あぁ、そう言う事情もあって、俺とソフィアは、ほぼ姉と弟みたいな関係で育つ事になった」

「そうなんだ、……そういう環境だとそうなるよね」

「俺も初めは、ソフィアを本当の姉だと思っていたくらいだからな。両親が違う事が不思議だったくらいだ」

「兄弟姉妹の親戚ってなると、なんか分かる気がするよ」

「だろ?」

「それで、関係は分かったんだけど、さっきは、何であんなに怒ってたの?」

「俺はソフィアがこの神社に住む事に反対だったんだよ」

「それは、……聞いて良いの?」

 ソフィーの顔も見たが、彼女はさっきからずっと暗い顔で俯いていて、全然話そうとしない。

 シンの圧力に負けているのだろうか。

 まぁ、そもそもさっきアレだけ危険な目に遭ったんだ、仕方ない事だろう。


 僕だって、シンが来なかったらどうなっていた事か……。

「じゃあ、シン、聞かせてくれる?」

「あぁ、俺は、ソフィアの両親、つまり俺の両親の、兄と姉に当たるわけだが、2人とも仲は良かったんだ、だから、自己破産するとしても、ソフィアはうちに置いておいて良いと思っていた」

「そうだったんだ」

「だけど、それはプライドが許さなかったらしいんだよ」

「それは、兄としてとか、姉として、って事?」

「たぶんな。……実際、経営に関しては、ソフィアの両親が主導で回っていたからな。俺の両親は、ずっとソフィアの両親に頭を下げておけば良いって言う関係だったんだよ」

「そうなんだ」

 簡単な話で言えば、親分がソフィーの両親で、長兄と長女。子分がシンの両親で、次男と次女。ってわけだ。


 その関係で、ほぼ経営はソフィーの両親主導となると、破産したからって、簡単には娘を預けられないのか…………。

「俺らは別会社を作って、今もそこを経営している。経営は順調だし、俺は次期社長になる事も、もう決まっている」

「そっか、それで、シンはあんなに勉強してたんだ」

「それもあるが、俺にとっては、社長として経営する事がゴールでは無いからな」

「そっか、凄いね」

 ……本当に世界征服する気なのだろうか、シンは。


「だけどさシン、それで、ソフィーが神社にいる事を怒るってのは、どう繋がるの?」

「俺はソフィアに約束させていた」

「何を?」

 ソフィーはしゅんとして縮こまっている。

 本当に申し訳なさそうだ。

 姉の威厳はゼロに等しいな。

「高校を卒業したら、神社を出て一人暮らしをするか、もしくは、俺の会社で働いてウチで暮らすかって事だ」

「それって、……ソフィーの両親は許してくれるの?」

「もともと、俺たち家族に約束していた事なんだ」

「ソフィーの両親が?」

「あぁ、神社に預けるのは18歳になるまでだってな」

「そう……だったんだ」

「なのに、信じられない事に、ソフィアは未だに引っ越さずに神社で巫女をやっている。考えられるか?」

「それは…………」


 母親を待っている。


 ソフィーは、迎えに来てくれる母を待っているのだ。


 神社に居れば、母が必ず自分を迎えに来る。

 もし、神社から離れてしまえば、その夢を手放す事になるのだ。


 それは辛く、苦しい事に違いない。



 きっと、ソフィーは、自分はと、信じたいのだ。



 気持ちは分かる。


 離れたくないのは、両親を信じている、いや、信じたいから……。


 そうだ、ソフィーはまだ、両親の愛情が充分では無かった。

 だから、まだ、心は子供のまま、神社の中を彷徨っている。

 きっと、そういうことなのだ。


「シン」

「なんだ?」

「シンは、ソフィーの気持ちを聞いた事はあるの?」

「なんだよ急に」

「急じゃないよ、ソフィーの気持ちが大事だろ?親子なんだからさ」

「俺の姉みたいなものだからな」

は、あくまで、に過ぎないんだよ、シン」

 シンが珍しく悩む。

 沈黙が流れる。

 そろそろ19時を過ぎて、すでに外は夜だ。

 虫の音が聞こえてくる。

 シンのこんな姿は見た事がなかった。

 真剣な表情で、真剣に1人の人間について考えている。

 彼は僕よりも賢い。

 だから、たぶん僕の言いたい事は理解している。

 そして、僕よりも柔軟だ。

 柔軟だから、僕の意図はすぐに分かるだろう。

 だからこそ、正解を導き出せる力もある筈だ。

 シンが頷き、ソフィーを見た。

「ソフィア、俺はキミのかい?」

 ソフィーは怖い物を見たかのようなゾッとした顔でシンを見た。

 シンが笑った。

 しばらくクスクスと笑い続ける。

 どうしたのだろう?

 シンが僕を見た。

「ぁあー、面白い。玉元、キミが正しい。俺はソフィアの弟なんかじゃ無かったようだ」

 なんだか、吹っ切れたような爽やかな表情に見えた。


 そうか、今の質問で、自分を弟として見ていたのか確かめたかったようだ。

 あの反応で結論は出たのか?


「シンは、もういいの?」

「あぁ、あんな顔を見せられたんじゃ、無理矢理俺らの家へ連れ帰るわけにはいかないだろ?」

「……そっか、それでシンが良いならだけど」


「良いさ、だが、玉元が言ってくれないと、俺は独断でソフィアをここから引っ張り出していた。それは確かに、ソフィアの為にはならない」

「ほんとに分かったの?アレだけで?」

 シンは、ソフィーが、母親の言葉を信じてるって思ったのだろうか?

 今の流れだと、シンがソフィーの考えを読んだとは思えなかったが………。



「あぁ、充分だ。。あんなにハッキリと意思表示されたんじゃ、俺如きにはどうしようも出来ないよ」

「姉さん、なんでしょ、でも」


「もちろんそうだ。だけど、俺の実の姉では無い。もし、実の姉だったら、無理矢理ここから出していたけどな」

「そこはブレないんだね」

「あぁ、俺は弟として、姉にはへタレでいて欲しくは無いからな、俺にもプライドがある」

「そっか、シンの姉になる人は大変だね」

「あぁ、別に血縁でなくったって、俺を弟にするなら、それくらいの覚悟はして欲しいね、……で、ソフィア!」


「はい」

 ソフィーが震えた声で返事をする。



 シンは自分のカバンを持って、帰ろうとした。







 ここでシンは、とんでもないことを言った。



「玉元は、ソフィア姉さんの事が好きだそうだ。それも、他の男を近付けたくないって思うくらい、独占欲もあるようだぞ。じゃーな!」



 てくてくと、部屋を出て歩いていくシン。




 なんて事を言って去っていくんだシンは!!?





 僕は追いかけようと部屋の外を見た。


 すると、背中から声がした。





「セイシくん!!」






 僕は恐る恐る振り返る。


 ソフィーは、白いクッションを抱きかかえて、目を潤ませて僕を見つめている。







「ねぇ、……セイシくん、私さ、1人って、寂しくて。あんな事あったし……」






「………は、はい」







「セイシくん、…………良かったら今日、……泊まってかない?」






「え?」

 バリっと、タコクッションの入った紙袋をかかとで踏んだ。



「………ダメ?…………かな?」







 ソフィーの甘い声に、僕は胸の高鳴りだけで気絶しそうになった。
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