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2章 粛清と祭

第54話 相棒の条件

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 時計を見ると、19時30分を過ぎていて、窓から見える運動部の部室棟は真っ暗だ。

 帰り支度をする、あやか、りさ、マリン、ちゆ。


 みんな、さっきより遥かに楽しそうにしている。


 あやかのお陰で丸く治ったが、一時はどうなるかと思った。


 りさの温度感を極限まで下げてくれたから、こうして何事もなく帰れるのだ。


 今朝のマリンの事もある。


 さすがに何かでお礼をしないと、僕の気が済まない。

 何かできる事はないか。

 欲しいものとか無いか、それとなく聞いてみよう。

 デーモンハンターの報酬があれば多少高額でも買えるだろう。

 何が欲しいんだろうか、アクセとか、服かな?

 ライブとかテーマパークのチケットって線もある。

 あとは、女の子っぽく、コスメとか?

 そんな事を考えていると、りさ、ちゆ、マリンが廊下に出ていた。


 あやかは他の部員の使った備品の片付けと、窓の鍵のチェックをしていた。


 テキパキと仕事をこなす姿は頼もしく、写真部と文芸部の部長を任せられるに相応しいバイタリティを背中から感じる。

 線が細くて、華奢な体つきなのに、動きがスマートで所作が綺麗だ。


 たぶん、社会人になってもすぐ出世するタイプだろうなと思う。


 社長秘書とか向いてるかもしれない。

 スケジュールの管理や雑務、部下への指示出しも難なくできそうだ。


 僕がもし何かのきっかけで起業してポンコツな社長にでもなったら、彼女みたいな子を一番に採用したいと思った。



 採用したい…………、いや、違うな。


 無理だな。



 現実的に考えて、あやかが社長で、僕が雑用係か……。


 毎日あやかに怒られながら仕事するんだろうか?


 それで僕が運命の人?


 待て、そんなもん恋愛にならんだろう。



「玉元くん、どうしたの?真剣な顔で固まって、私に何かして欲しいことでもあるの?」


「あっ!ごめん、ちょっと考え事してて、すぐ部室出るよ、邪魔だったよね」

 僕は焦る。

 こんなにフォローして貰っておいて、まだ何かをやらせるなど、客観的に見てダメ野郎過ぎる。

 気を付けなくては。

「あやか、今日は本当に色々ありがとう」

 僕がそう言って部室を出ようとすると。

 あやかにギュッと手首を掴まれる。

「まって」

 少し冷んやりスベスベした柔らかい手の感触を手首に感じ、ドキッとした。

「なに、あやか?」

「あの、私に遠慮しなくて良いからね」


「……えっと、それは、どういう意味?」

「ううん、ごめんね、……私、玉元くんに気を遣われたくないの」

「そんな、気を遣ったりしてないよ、頼り過ぎて申し訳ないくらいだし」

「ほら、それが気を遣ってるって言ってるの」

「ごめん、あやかが頼りになり過ぎてさ」

「私、大した事してないよ」

 なんてこと言うんだ。

 あやかの振る舞いが大した事無かったら、世界から戦争が無くなるだろう。

「してるよ。あやかは世界を救ってる、救世主だ」


 あやかが微笑む。


「ええ?……なに言ってんの?救世主?」


 大袈裟に聞こえるが、わりと嘘ではない。

「いや、えっと、ごめん変な事言って」

「良いよ、玉元くん、いつも変だもん」

「そうかな?」

「うん、変」

「そっか、あやかには迷惑掛けてるよほんと」

「私、迷惑じゃない……」

 腕を掴む力が強くなる。

 珍しくあやかが感情を出しているように感じた。

「そうなの?」

「うん、役に立てて、嬉しいと思ってるよ」

「そっか……」

 僕は、掴んでいるあやかの手首を外して、しっかりと握手する。

 手が少しビクッと動いたが、優しく握り返してくれるあやか。

「あやか、僕は本当に感謝してるんだ。今回のことも、マリンの事も、写真部に誘ってくれた事も嬉しかった」

 頬が赤く染まるあやか。

 恥ずかしそうだ。

「うん、私も、玉元くんの力になれて嬉しい、もっとして欲しい事言ってくれたら、何でもするからね」

 控え目にそう呟くあやかが可愛くて、胸がドキドキしてくる。

 なんだか抱きしめたくなってくるが、気持ちを抑える。

「して欲しいことか、……なら、何か欲しいものがあれば言ってね。服とか、ライブのチケットとか、コスメとか。あ、そうだ、あやかだったら本とかもいいのかな」

「そっかそっか、玉元くん、私とデートしたいんだね、……わかった、いいよ。言ってくれたら、スケジュール空けとくね」

「え?あ、そう…………」


 違うが、顔を見ると嬉しそうにしている。これは、たぶん否定すると傷付けかねない。

 デートしたいって思われているなら、そう言う事にしておこう。

 買い物デートで、彼女に自分の好きな物を買ってもらい、夜に美味しいものを食べに行けば、それも恩返しにはなるはずだ。

 あやかみたいな可愛い子とデートっていうと、僕が得してしまうから、僕の得より、あやかの得が上回る様に頑張らないといけない。

 新たなミッションだ。


 存分に楽しんでもらおう。


「玉元くんが行きたいところで良いよ、私に気を遣わないでね」

「分かった。じゃあ来週の日曜日とかどうかな」

「うん、楽しみにしてるね」


「僕も楽しみにしてるよ」



 そんな話をして、部室を出ると、りさとマリンが雑談していた。

 意外と仲良く話してるようで、今朝、マリンの事を心配していたのが嘘の様だ。

 これも全てはあやかのお陰、というわけだ。


「お兄ちゃん、このあとはどうするの?」

 ちゆがいつもの口調で聞いてくる。

 いつでもテンションが変わらないちゆにホッとする。

「アカリに呼ばれてるんだけど、先にマリンと話があって。……ちゆちゃんも一緒に聞いて欲しい」

「うん、いいよ、だけど、時見さんは?」

 僕はりさと目が合う。

「りさ、話の続きはまた明日でも良いかな」

「ええよ、今日はなんか、身体がめっちゃスッキリしとるんよ、なんでやろ」

 ここでマリンが突っ込む。

「そりゃ、りさお前、あんなに気持ち良さそうにイってたらスッキリするだろ」

「もおおお、マリンちゃんやめてーや、また思い出してまうやろ」

 嬉しそうにマリンの胸の上の方をポカポカ叩くりさ。

 叩かれてるマリンの顔もなんだか赤らんでいて嬉しそうだ。

 少し話して友達になったのだろうか?

 早いな。

 マリンは、りさにポカポカ叩かれてデレデレしている。

 まるでマリンがりさに惚れてる様に見える。

 りさが積極的とは言え、意外とマリンはすぐ陥落するタイプなのかも知れない。

 りさのようなハキハキしたタイプには、マリンみたいな、良くも悪くも意思が強くて空気を読めないタイプが合うのだろうか。

 そう言えば、マリンとアカリの腕相撲対決でも、りさはマリンに賭けていた。


 ということは、初めからりさにとって、マリンの好感度は高かったのだろう。


 りさの奇行に対して、思った事を気にせず口に出来るのはマリンとあやかくらいかも知れない。

 単なる気の強さではなく、精神的な気丈さで言うとあやかの方が圧倒的に高いが。

 グループや組織に置いては、メンタルが安定しているあやかのようなタイプは無敵だ。


 あやかと気が合うのは、アカリの方だろうな。

 アカリも気丈で、真面目だし。


 今度じっくり話す機会を設けてみたい。

 たぶん、今より仲良くなれるはずだ。


「じゃあ、施錠するね」


 あやかが鍵を閉めると、皆んなが動き出そうとする。


「マリン、ちょっと話せる?」


 りさと楽しそうに話していたマリンに呼びかける。

 少し悪い気がしたが、こっちはこっちで重要な話だ。

 もう明日夜が決戦なのだ。


 時間がない。


「おお、良いけど、急ぎなのか?」

「緊急だよ」

「そうか、なら、……わかった」

「玉元くん、マリンちゃんと話って?」

 あやかが不思議そうにする。

「うん、大事な話なんだ。あやかは、りさと先に帰ってて」

「そう、分かった、じゃあ私達は帰るよ」

 少し寂しそうにするあやか。


 胸が痛むが、仕方ない、この内容は広まって貰っては困るのだ。


 悪魔測定器オールグリーンのあやかとりさには、立ち入って欲しくない領域ではある。

 本来なら、あやかには協力して貰いたいくらいだ。

 だが、純粋な、、である彼女たちを巻き込む訳にはいかない。


 僕はマリンとちゆを連れて、屋上の入り口まで移動する。

 この時間は屋上が施錠されていて使えない。

 だが、話すだけなら、ここが良いと思った。


 マリンはここに来るまでは楽しげに話していたが、僕の顔が真剣なので、次第に言葉数が減っていった。


「それで、参謀タマモト、これだけ教室から離れたって事は、夢の話なんだろ?」

 さすがに察しはついていたようだ。

 ちゆには、階段の下くらいで、人が来ないかどうか監視してもらう事にした。


「そうだよ。マリンはまだ聞いていないと思うけど、実は、エリスが双子の居場所を吐いたんだ」

「どぅえッ!!!?」


 マリンがビックリして変な声を上げたので僕が手で彼女の口を塞いだ。


 一瞬沈黙になり、階段下のちゆを見ると目が合う。


 ちゆは、左右をキョロキョロと確認すると、指でOKサインを出し、ドヤっとした顔でウインクした。


 楽しそうだな、ちゆ。


「静かにしてくれよマリン」

「あぁ、悪い悪い、驚き過ぎてつい」


 僕は耳元で囁く。

だ」

「…………やっぱそうか」

 僕はマリンの耳から離れる。

 ザクロに関してはそこまで驚いていないらしい。


「そこは驚かないんだな」

「まぁな……、一応、いる可能性は考えていたんだが、まさかアイツがゲロるとは予想外だった。もし言わなかったとしても、さすがに危険だろ?調査であんなとこ行くのは」

「行ったことあるの?」

「ないない、行ったら最期って言われてんのに」

「そんな危険なんだな」

「当然。だってエリスが所属してんだぜ、ヤバイだろ」

「まぁ、あの人は強かったけどさ」

「だろ?……ぶっちゃけ、双子が居るとしてもオススメはしない」

「行く事に?」

「あぁ」

「だけどさ……」

「言わなくても分かる」

「……そうだよな」

「行くなら私だって言われたんだろ?」

「うん、……まぁね」

 さすがマリン、察しはついているようだ。

 ケルビンは、僕に行かせず、マリンに単騎で乗り込ませようとしているわけだ。

 それとも、助っ人が何人かいるのか?

 だけど、サキュバスのデーモンハンターなんて、数は少ないはずだ。

 こんな個人的な要望に稼動できるハンターなど、そんなにいないはずだ。

「アイツだったらそう言うよなぁ」

 マリンの言うアイツというのはケルビンのことだ。

 マリンが行けば良いと言ったのはケルビンだ。

「何か関係があるのかと思ってたんだけど」

「そりゃ関係はあるさ」

「どんな」

「私もプロだし、手伝ってはいたんだ」

「でも行った事はないんだよね」

「うん、ただ、そこで捕まった堕天使の処分は結構した」

「そうなんだ」

「引くなよなタマモト」

「いや、今更だよ」

「そっか、……やっぱタマモト、私みたいな悪魔って苦手か?」

「なんだよ急に」

 逆に苦手じゃない悪魔ってなんだ?むしろ、マリンだからこそ、何とかなっているくらいだ。もちろん良い意味で。

「私って、マジのサキュバスなんだ。だから、普通に堕天使の魂、けっこう喰ってるんだ」

「そんなの、仕方ないだろ」

「本当に仕方ないと思う?」

「生きる為なら、やむを得ないよ」

「うん……、あのさ、これから言う事は、本当に理不尽なことだ。それでも聞いてくれるか?」

「いいよ、大丈夫、そもそも僕はマリンのパートナーなんだから」

「あぁ、信じてる。……あのな、さっきの話で、だいたい分かったとは思うんだけどさ、私、拷問で搾精するだけじゃなくて、処刑もしてるんだ」

「堕天使の?」

「そう」

「堕天使の処刑って、サキュバスが関係してるの?」

「関係してる」

「って事は、搾精で堕天使を……」

「そうなんだ」

「それは、……色々と辛そうだね」

「うーん、実際さ、人間に比べたら堕天使って全然、味とかショボいんだけど、しっかり栄養補給はできるんだよ。だから、私からしたら、堕天使が増えるのってラッキーなんだよね」

「なるほどね」

「ほら、普通に考えて、堕天使って罪人なワケじゃん?」

「そうだね」

「だから。天使から堕天使を出す事は、天使にとっては恥なんだ」

「そうなるか」

「そうそう、んで、サキュバスって普通、堕天使じゃなくて人間を襲うワケよ」

「ほうほう」

「だけど、私らって、まぁたぶんアカリも一緒なんだろうけど、人間は喰わないワケじゃん」

「……基本的には、そういう事にはなってるよね」

「うん、……で、そうなると、堕天使で魂まで吸えるって、マジのマジで助かるワケ」

「相関関係を考えるとそうか」

「だから、堕天使を増やしてくれるっつったら良いのかな。とにかく、エリスの居たアソコって、堕天使めっちゃ排出してるワケよ」


 そういや、ダンテグローブ作ったあのダンテ自身も、冥界のザクロと関わって堕天したって言ってたな。

 そういうことか。

「なるほど、分かってきたよ」

「なっ?私の言う事分かるよな?」

「うん、確かに、天使を堕天させる機関としては、ある意味で優秀ではあるよね」

「そ、そっ、だろーっ?そう言う事なんだよ」

 なるほど、冥界のザクロが天使を堕天させてくれないと、デーモンハンターをやっているサキュバスは魂を吸えなくなるワケだ。

 となると、生き延びるためには人間も襲う事になる。

 だけど、そうならない為には堕天使は増えた方が良い。


 確かに、目的と生き延びる手段が矛盾している。

「マリンにとっては理不尽な話だな」

「そうなんだ。こんな事、タマモトに言っても困るだけだとは思うんだけどさ、魂吸うために、堕天使置いといてくれないと正直キツい」

「しかも、堕天しないようにするのも、マリンにとってはプラスにならないって事になるのか」

「そうなんだ。だから、不用意にサキュバスのデーモンハンターなんて増やすべきじゃないよな」

「それはそうだけど、マリンはデーモンハンターを続けたいとは思ってるんだろ?」

「私はね。私の立場だったら、天使と敵対しなくて済むし、リスクは最小限に抑えられるからな」

「だけど、増えると、堕天使の供給量が減って、困るわけだ」

「まーなぁ。だから、私が生きている間だけは、天使は堕天し続けて欲しいし、サキュバスのデーモンハンターも増えないで欲しいんだよ」

「そっかー、苦労してるねマリンも」

「私って、刹那的っつーか、の中でだけ生きられる、特殊なサキュバスなんだと思う」

「……そう聞くと、納得せざるを得ないな」

「なんかこう、私が生きやすくなる方法とか、アイデア無いか?参謀タマモト」

「うーん、そーだなぁ……」


 マリンが生きやすくなる方法。


 そりゃ、無理矢理なら、考えられないわけではない。


 極端な話、モラル、というか、人間サイドのモラルには反するが、人間の中で、そういう対象を増やせば一応解決はする。

 堕天使がダメなら、対象を人間にして、その中でも、大量殺人などを引き起こしたような死刑囚を狙えば良い。

 だが、おそらくこの方法はすでに実践済みの可能性が高い。

 誰でも思いつく方法だからだ。

 ケルビンに提案しようものなら、嘲笑されるのがオチだろう。

 ……試した上で失敗した可能性も大いにある。もしくは、天使的に完全にNGな提案かもしれない。

 そもそもそんな犯罪者が、都合良く何人もいる筈がないだろう。

 せいぜい1ヶ月もすれば牢獄は空っぽになるのが目に見えている。

 そもそもサキュバスの存在が全く世間に浸透していないことを考えても、天使側から抑制が入ったか、もしくは、交渉が上手くいかなかったか、何かしらの原因があるのだろう。

 堕天使からの搾精が可能なのも、あくまで天使自体がそれを許可しているからに過ぎない。


 天使が最強。


 ……だとしたら、法律を作るのも天使。


 なら、その天使に背いた堕天使は、あらゆる手段で粛清を受ける事になる。


 人間を守るのも天使なのだから、早い段階で死刑囚の搾精はできなくなったと考えてほぼ間違いない。

 それと同様に、安楽死を求めるような層を対象にするのも失敗したんだろう。

 そもそも、そういう人間を助けるのが天使の筈だ。

 それを、サキュバスという悪魔によって奪われるのは天使のプライドにも関わる。

 そう考えると、サキュバスの肩身は狭い。

 悪魔なんだから、当然と言えば当然だが、マリンやちゆのような、人間とほぼ変わらないサキュバスも存在する。

 そういうサキュバスをどうやって守るべきか。

 それは難しい問題だ。

 ……やはり根本的に、サキュバス自体の数を減らす他ない。

 となると、ケルビン達のような天使の戦略が必要だ。

 しかし、僕のやっているサキュバス化抑制には制約も多い。

 そもそも、人間とサキュバスが共同作業しなくてはならず、その際に、人間側には圧倒的な精力が必要で、異常な絶倫を要求される。

 サキュバスに関しては言わずもがな、何のメリットも無い。

 強いて言えば、天使から狙われなくなると言う事だが、その分、人間から搾精できなくなる。

 アカリとマリンがデーモンハンターを続けられるのも、彼女達がサキュバスの因子を憎んでいるからに他ならず、そんな都合の良い存在は極めてまれだ。






 ……では、マリンの問題を解決する方法は、本当に無いのか?






 いや、ある。





 僕は一つ、そこの問題に突破口があると考えている。




 それは、今回、ちゆの問題とも大きく関わっていて、それに関してのヒントをケルビンから貰っている。





 それが、『融合』だ。






 過去、融合に関して、こんな事を話している。

 僕はケルビンに「融合って、双子でなくてもできるんですか?」と聞いたことがある。


 ケルビンの返答はこうだ。


『本来なら、双子以外の融合にメリットはほとんど無い。能力が混ざっても向上はしないからだ。むしろ、双方の優れた面が抑制されて、逆に個体として弱くなるケースが多い。だが、夢魔同士の融合は、昔からある。それは例えば、サキュバスとしての延命のため。ただ、双子と違うのは、あくまで、その対象が消滅し掛かっていて、それを救う為に仕方なく融合したというケースだ。片方が片方を生かす為に融合する。この場合、何故か、弱い方が基盤になり、強い方が吸収される。…………言いたい事は分かる。確かに、おかしい。普通に考えて、強い方が弱い方を吸収するものだと思う。だが、夢魔の融合の場合は逆転する。このケースでは、弱っていた夢魔が回復して復活したが、強い方の夢魔はほぼ消滅していた。一部の記憶は引き継がれていたようだが、外見的にも、個体としての強い方は見る影も無くなっていた。だが、その融合後の夢魔は、寿命の2倍は生きていたし、逆に搾精量は2分の1くらいで済んだと言われている。進化しているとも言えなくは無いが、単に弱った夢魔が、強い夢魔を吸い取ったと言う方が適切な気はする。融合としては一応成功の部類だ。……とは言え、これはレアケースだろう。要因が複雑過ぎて特定できない。心理的な優位性が勝つのか、渇望する割合が強い方が吸収するのか、あるいは、弱っていただけで、弱い方が、もう片方より遥かに上位種に当たる夢魔だったのか……、まぁ、コレを研究するには、天使よりも悪魔が手掛けた方が真理に近付くだろうね』



 という話だ。


 僕がこの話で気になったのは、言うまでもなく、搾精量が半分になったという事だ。


 融合する上で、弱っている方が基盤になる理由が分かれば、実験も可能だと僕は考える。

 僕がケルビンの仮説の中で注目したのは、弱った夢魔の生への渇望だ。

 これは、ある意味で、心理的優位性も内包していると思う。

 つまり、人間の生気を吸わず、ギリギリまで耐えてから融合する事で、搾精量を減らす事ができるのでは無いかと考えた。

 サキュバス自体が二体から一体に減り、しかも、搾精量が半分になるのだから、実質4分の1だ。

 片方がほぼ消滅するというのが引っ掛かるが、これを複数回行えば、場合によってはほとんど搾精せずに生きられるのでは無いかと思う。

 もっとも、コレを試す場合は、マリンに何度もひもじい思いをして貰う必要があるし、どこかでマリンが基盤にならずに吸収されてしまったら、消滅してしまうのだが。

 だが、その場合、今ここにいる実体のマリンの搾精量はどうなるのだろう?


 夢魔と実体が別個体で存在するのだとすれば、こっちのマリンは今まで通り存在するはずだが。


 どうだろう?

 さすがに、試す気にはなれない。


 マリンにコレを伝えて良いものか悩む。


 僕はマリンに消滅して欲しくはないのだ。


「どうした?参謀タマモト、ずっと考え込んでるな」


「……僕は身勝手だなって思ってさ」

「何でだよ」

「だってさ。マリンを幸せにする為に、他の夢魔を消滅させても良いって考えてるんだよ?ひどいと思わない?」

「…………参謀タマモト、おまえ、私のためなら、悪いヤツになっても良いって思ってるんだな、そういうことだな!タマモトおおおお!」

「わぁ!」


 マリンが僕に抱き付いてくる。

 むにっとした胸の感触を感じて、身体が反応する。

 柔らかいマリンの身体と、鼻腔をくすぐる甘い香り。

 綺麗な紅の髪が、僕の首筋を撫で、気持ちいい。

 ついつい抱きしめ返してしまう。


「あ、あの、マリン、嬉しいんだけどさ、そういう場合じゃないんだ」

「うーん、タマモト、なんで私とはえっちしてくれないんだー」

 マリンが耳元で嘆く。

「とにかく落ち着いてくれよ」

「……わかった。離れる」


 ゆっくり離れるマリン。


 頬が赤くなって、少し恥ずかしそうにしている。


 急に女の子っぽくなるマリン。


 なんでえっちしないって、……そんなの僕だってやりたいに決まっている。


 だけど、マリンはサキュバスで、パートナーなのだ。


 無理がある。


「マリン、今は言えないけど、君がもっと楽に生きられる世界を作る事はできると思うんだ」

「そうなのか?」

「あぁ、僕はマリンが我慢しているのも分かるし、もっと人間らしい生き方を求めている事も知っている。だから、今回の件が片付いたら、みんなで相談しよう、きっと解決策があるはずだ」

「ほんとに?参謀タマモト」

「あぁ」

「分かった、頼むな、相棒」

「任せてくれ」

「ありがとう、なんか、タマモトに色々話せてスッキリした」

「良かったよ、僕も、マリンの力になれて嬉しい」

「今まで、こんなに自分の気持ちを話せる人に会った事はなかったんだ」

「そうなの?」

「うん、私、サキュバスになってから相談した人、みんな笑うか、怖がるか、距離を置かれるかしかされた事なくて、もう、誰も信じてなかったんだ」

「そうだったんだ。マリン、こんなに頑張ってるのにな」

「だよな、私、頑張ってるよな」

「あぁ、分かるよ、ほんとに辛いと思う、マリンは強くて優しいよ」

「ちょちょっ、……タマモトお前、私のこと口説いてるだろ!」

 マリンがニヤニヤしながら照れている。

 嬉しそうだ。

「違うよ、僕は思った事を正直に言ってるだけだ」

「なんだよー、サキュバス口説くとか10年早いぞぉー、こりゃこりゃー」

 力の抜けた、ヘナヘナの右手でペシペシ僕の肩を叩くマリン。


 やはり、マリンは可愛い。

『こりゃこりゃー』とか言う突っ込み、初めて聞いた。

 先輩も、このギャップにやられたんだろうな。

「とにかく、明日の夜のことなんだけど、僕もマリンに同行したいと思っているんだ。どう?」

「なんだ?タマモトも一緒に来るんだな?」

「うん、ケルビンには反対されたけどね」

 少し考え込むマリン。


「……一応、私としては、来てもらっても良いんだけど」

「けど?」

「タマモトが暴走しないか、少し心配ではあるんだ」

「そう?だけど、昨日もしあのオルゴールで双子が現れてたら、同じじゃん」

「確かに、あの場で現れていたら同じなんだけど、今回は、居場所がハッキリしてるだろ?」

「……それは確かにそうだね」

「で、確実に戦闘になる」

「まぁね」

「昨日エリスやフォルネウスが寄ってきたのは、イレギュラーだ」

「それも分かる」

「今回の場合は、あらかじめ対策を打ってから行く事になる」

「それは、どんな対策なの?」

「戦闘なら、レオミュールが専門だ」

「あー、アカリの」

「私の現場での動き方は、レオミュールに教えて貰うつもりでいるんだ」

「そっか……」


 確かに、今回は冥界のザクロと戦うと分かっている。

 なら、先に作戦ありきで行くのは妥当だ。

 アカリが参加するとしても、レオミュールは直属の上司。

 なら、アカリの動きはレオミュールに準ずるものになる。

 とすると、僕が参加するなら、当然、レオミュールが僕をフォーメーションに組み込んで考えなくてはならなくなる。

 ……足手まとい。

 まさに、その可能性を考えて、ここは引く事も大事かもしれない。



 だけど。



「僕は、ちゆちゃんを救いたいと思っている」

「そんなの、知ってるよ」

「だから、その場にいないと、僕はちゆちゃんを救えないって思っているんだ」

「……物理的にはそうだけど、極端じゃないかな?そういう考え方は」

「それも、分かってるんだ」

「ま、参謀タマモトは、参謀だからな」

「ごめん、困らせちゃって」

「私は別に良い。天使2人が納得するならね」

「納得か……気が重いな」

 レオミュールとは話した事がない。

 だが、たぶん拒否されるだろうな。

 どんな風に話せば納得してもらえるか見当も付かない。


「私からも言ってみるよ」

「うん、お願いするよ」

「任せなっ!」

「それで、明日までに、僕が出来ることって何だと思う?」


「そーだなぁ、…………あ、そっか、良い事思い付いたわ」


「なに?」



「今夜、私の夢に来ないか?」


「え?良いの?」

「もちもちっ!あっ、大丈夫、夢で襲ったりしない」

 笑うマリン。

「そうして貰えると助かるよ」

 マリンが意地悪そうな表情で、僕に顔を近づけてくる。

「でも本当は?」

「なんだよ」

「本当は、私に襲われたい?」

「……からかうなよ」

「あのー、ご存じかと思いますが、私サキュバスなんですが?」

 マリンの熱い吐息が僕の頬にかかる。

「マジでやめてくれ、ドキドキするから」

「私がそのドキドキ収めてやろうか?」

 興奮しているマリン。

 僕は彼女の両肩に手を置くとゆっくり遠ざける。

「いやーんっ」

 ふざけた感じの甘い声をあげるマリン。

 僕の股間が反応してしまうから本気でやめてほしいと思った。


「で、夢で何するんだよ」

 平静を装って聞いてみる。

 視線は逸らした。

「もぉ、タマモト、可愛いなぁ。……ふふふ、訓練だ」


「訓練?」


「あぁ」

「何の訓練?」


「私が渡したアンクレットと、ケルビンのグローブあるだろ?」

「うん」

 マリンに貰ったアンクレットは、ジャンプ力を引き上げる代わりに、衝突すると数分動けなくなるというやつだ。

 コレがあったから先の戦いでもエリスを仕留められたのだ。

 グローブは言わずもがな、ダンテグローブの事だ。

 このグローブは直接打ち込まなくても衝撃波を放出できるので、遠距離攻撃も可能な優れものだ。

「あの道具は、マジでタマモトにピッタリだし、精力すげーヤツなら、最大級の効果が発揮される。扱い方を工夫すればだけどなっ」

「マリンにそんな事が分かるのか?」

「もちよっ!」

 右手でピースするマリン。


 確かに、グローブやアンクレットの効力を最大限に発揮できるなら、訓練を受けない手は無い。

 どんな方法かは知らないが、それは喜んで申し込みたい。

「頼むっ!マリン、教えてくれ」


「良いぜー、じゃあ、今夜、11時には寝とけよな、夢空間展開してやっから」

「分かった。だけど、マリンの休養も大事だって、ケルビンが言っていた。僕の訓練に付きっきりになる必要は無いからなっ!」

「あーん?休養なんて要らねーだろ」

「いやいや、必要だって」

「そーか?まぁ寝といた方が良いのは分かるけどよ、そんな気にすることか?」

「だって、マリンには万全の状態で挑んで欲しいと思ってるからさ」

「…………まっ、訓練っつっても、私が疲れるような事はしないから大丈夫だろ」

「それなら良いけど。ひと通り終わったら、すぐに眠ってね」

「ハイハイ了解了解」

「分かってる?ほんとに。僕にとってはマリンの事も大事なんだからね」

「分かったって、しつこいな。私だってもう子供じゃないんだからな」


「夢で会うなら、話の続きはその時にしよう」


「他に何かあるのか?」

「久しぶりの登校だったろ?今日の授業の感想とかも聞きたいし」

「私のプライベートまで気にしてくれるとか、ほんと、私のこと好きだよなタマモトは」

「そういう事じゃなくて、……まぁもうそれでも良いよ、とにかく後でね」

「照れるなよー」

 ご機嫌なマリンを連れて階段を降りると、スマホゲームに夢中になっているちゆがいた。

 アプリが前の落ちモノゲームでは無くなっている。

 何か、質問に答えて進むアドベンチャーゲームになっている。

 ちゆが僕らに気付いて振り向いた。

「あ!お兄ちゃん、話、終わったの?」

「うん、待たせたねちゆちゃん」

「早かったね、ちゆ、あんまり聞いてないけど大丈夫だった?」

「詳しい話は、夢で会ってしようと思ってさ」

「そーなの?じゃあ、ちゆが必要な時は呼んでね」

「分かった、ありがとう」

「ふふっ、いこーっ!」

 ちゆが僕に右手を伸ばしてくるので、左手で掴んだ。

 ぷにっとして柔らかく、小さい手。

 ちゆには、平穏な暮らしを手に入れて欲しい。

 今はそれだけが僕の願いだ。


「そうだ、ちょっと電話して良い?」


「良いよー」

 ちゆが手を離そうとしたが、キュッと握って止めた。

「大丈夫、片手で掛けられるから」

「……ぁ、ぅん」

 手をしっかり握るちゆが、僕の左腕に半身をくっ付けてくる。

 なんだか恥ずかしそうだ。





 僕はアカリに電話をかけた。



 さっきの、プリウムに来てというメッセージが気になる事と、ゆかよもぎコンビと鉢合わせる危険が無いかを確認したかった。

 マリンが2人と会ってしまうと、また心理状態がガタガタになって、明日に響き兼ねない。



 大事な勝負が控えている。


 何事もなく寮に帰したい。







 コール音が鳴る。





 ブっ、と音が鳴り、喫茶店内のざわつきの中、「はい、もしもし」とアカリが出た。


 普通に出てくれた事に少し安心した。





「アカリ、そっちは大丈夫?」




『えっとねぇ、まぁ、大丈夫なんだけどさ…………まだ、そこにマリンいる?』







 何となく嫌な予感がした。






「……いる」







『さっきさ…………ってか、もう結構前なんだけど、秋風さんが、昔の先輩に電話して、その人、マリンに会いたがってんだよね……どうする?』




「はぁー!? なんで!?」


『だから、私は知らんて』





「いつ?」


『今』


「いま!!!?」




『もう近くまで来てるらしいよ』




「何でそんな事になったんだよっ!」



「おお、お兄ちゃん??」

 ちゆが僕の大声にビクついている。


 マリンも僕の様子を上目遣いでうかがっている。

 こっちは単なる好奇心という感じだ。



 マズい。




 今、先輩に会わせるなんて、ダメだ。




『セイシ、落ち着いて』

「うん、ごめん、大きな声出して」


『一応、経緯を言っとくと、秋風さんがゆかちゃんに相談してて、一回マリンの事をどう思ってるのか電話で聞こうってなったんだよ』

「でも、そんな事で、会いに来るとはならないでしょ、それに距離もあるし」

『まぁね、でも、1時間ちょっとで着くって言ってて、もう近くまで来てる』


「そっちのメンツだけで会って貰うってのはできない?」

『目的がマリンなんだよね聞いた感じ。マリンがいるなら来るって』


「会うの、来週にズラせない?」

『それはねぇ……』

 と、言いかけると、アカリの声が少し遠のき、何かを確認している。

『あっ、たぶんアレじゃない?ほら、なんか凄いイケメン立ってるじゃん、短い茶髪の、アロハっぽいやつ着てる』

「もう来てるの?」

 電話に戻るアカリ。

『うん、今、秋風さんに確認した。もう居るわ、アハハっ!…………どーよ』


「そんなこと言われてもな、明日の事考えると、今揉める訳には」

『揉めるって決めつけるのは違うでしょ、…………あ、どーも、アカリです。生田目アカリって言います。ハハハ』


「なに?入って来てるの?」


『来た来た、なんかさ、もう周りからモテてる、笑うわ』


「いいよそんな情報は」


『どうする?名前、タクトくんって言うらしいよ』




「タクト?」


 マリンが不思議そうな顔だ。


「タマモト、今、タクトって言った?」


 マズい、口に出してしまった。


 僕のスマホに耳を近付けるマリン。


 コレは……。

 すると、タクトらしき男の声が電話口から聞こえた。

『なんだよマリンいないじゃん、俺、マリン居ないんだったら帰るんだけど』

 少し高めで、良く通る男の声。

 よもぎの先輩、そして、マリンの元彼。


 僕はとっさに電話を切った。




「タマモト、もしかして、今の声って……」



 僕は冷や汗で額がダラダラだった。



 焦りで呼吸が辛い。


 胸が痛くなった。

 ちゆも心配そうに下から僕を見上げている。


 ……どうすれば良い?


 別に、マリンが元彼に会ったところで、何も問題は無い。

 なんなら昔話でもして、リラックスすれば良いだろう。


 だが今、プリウムには、マリンの天敵のよもぎと、ゆかがいるのだ。



 そこへ来て、まさかの先輩の登場だ。




 そこにマリンが居合わせたとしたら、どうなるか……。



 どう考えても、平和に終わる気がしない。



 会わせてはダメだ。


 絶対に後悔する。





「タマモト、さっきの声、何か聞き覚えあるんだけどさ、もしかして何か知ってんの?」



 僕のことを疑い始めるマリン。



 これは仕方ない。



 今まで、僕がよもぎやゆかと仲が良いなんて、微塵も思ってなかったはずだ。



 今の電話で、一気に不信感を持った可能性がある。







 何でこんなタイミングで……。



 マリンが、今まで見た事のないような怯えた表情を見せる。


 顔面蒼白だ。


 明らかに怖がっている。



 僕から後退り、少し距離が空く。













「何も知らない。……帰ろう、マリン」







 僕はマリンの腕を強引に掴み、引き寄せると、昇降口へ向かった。
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