見習いサキュバス学院の転入生【R18】

悠々天使

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2章 粛清と祭

第48話 夢幻のワルツ ※R18シーン無し

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「冥界のザクロに……」





 僕は小声でつぶやく。




 周囲を確認しながら頷くアカリ。

 放課後ということもあり、教室には僕ら以外は居なかった。


 聞こえてなかったのか、ちゆが、不思議そうな顔で僕を見る。


 ゆかとよもぎは、ちょうど教室を出ようとしていた。


 僕はゆかに声を掛けた。


「ゆか、アカリとちょっと話してから部活に行くから、あとで合流してもらうね」


「うん、いいよ、連絡してねー」


 ゆかは普段と変わらないテンションで教室を出た。


 僕はドアが閉まるのを確認すると、真剣になる。


「それで、レオミュールはなんて?」


「……いや、それだけなんだけど」


「僕がレオミュールと話す」



「落ち着いてよ、私もまだ詳細まで聞いてないんだから」


「そんな悠長な事を言ってられないんだ」

「気持ちは分かるけどさ」


 アカリはちゆの方をチラッと見る。


「なになに?アカリちゃん!」

 ちゆは元気そうにキラキラした笑顔を向ける。


 アカリは少し身を引き、恥ずかしいような嬉しいような表情でちゆを眺めている。


 以前の、ちゆに対する見下したような表情が全く無くなっている。

 やはりアカリにとってもちゆは友達なんだろう。

 できればもっと協力してもらいたいとは思うが、アカリに必要以上に負担を掛ける訳にもいかない。

 レオミュールはアカリの上司だし、部下の立場で、あまり無茶な事を要求するのは気が引けるはずだ。


 なら、僕が直接打診する方が彼女の負担にはならないはずだ。





「とにかく、この件については、僕が話をつけたい」



 アカリは呆れる。


「あのさ、私だって仲間なんだから、セイシが1人で何とかしようって思わないで欲しいんだけど」


「そりゃそうだけど」


「助けたいのは私も同じなんだからさ」

 アカリの気持ちは嬉しいが、アカリに危険な目に遭って欲しくないというのも本音だ。


 昨日の夢だって、一歩間違えばどうなっていたか……。

 ちゆを助けるために僕が冥界のザクロと戦うのは当然だが、アカリはそうではないと思っている。


 普通の友達を助ける事と、恋人を助ける事は重みが全然違うはずだ。


 僕が躊躇していると、アカリがそれを見透かしたようなことを言った。


「セイシ、私だって、ザクロを相手にするなんて考えたくない。だけど、そんな事言ってたら誰も救う事なんてできないんだから」


 僕は視線を落とす。


 アカリの言うことはもっともだが、それは理想論だ。

 ちゆを助けられたとして、もしアカリが代わりに犠牲になっていたとしたら、僕は一生罪悪感に苦しむ事になる。


 悪いのは僕ではなかったとしてもだ。


 だからこそ、僕は僕だけで何とかしたいのだ。



 果たしてこれはエゴなのだろうか?



 暗い顔になっていたのか、ちゆが僕を心配そうに見つめた。



「お兄ちゃん、大丈夫?」


「え?……うん、ごめんちゆちゃん、何でもないんだ」


 ちゆが無言で見つめて、徐々に近付いてくる。

 なんだろうと思うと、ちゆが正面から僕を抱きしめた。

 ちゆの柔らかい身体の感触と、体温を感じる。


「……お兄ちゃん、ちゆの事で苦しまないで」

 僕の様子を見てすぐに察したようだ。


 僕はちゆの頭に右手を置き、左手で彼女の羽根の下の背中をさすった。

「心配してくれてありがとう。僕は大丈夫」

「ちゆは、お兄ちゃんが幸せだったらそれで良いんだよ」


 ちゆが慰めてくれている。

 本当につらいのは彼女の方なのに。


 ダメだ、また本人に気を遣わせてしまっている。


 何やってんだ僕は。


 こんな情けないことがあるか?


 せっかく活路を見い出せそうだと言うのに、暗い顔をしていてどうするって言うんだ。


 僕は自分に喝を入れる。



「ちゆちゃん、僕は絶対に諦めない、何があってもだ」


「うん、お兄ちゃんがそうしたいって言うなら、ちゆも応援するね」


「ありがとうちゆちゃん、僕に全て任せてくれ」


「ふふ、お兄ちゃんカッコいいね」


 僕はアカリを見る。



「セイシの覚悟は分かったけど、急にレオミュールに話したって教えてもらえないと思うよ」

「そっか、だけど、緊急事態なんだ。説明すれば分かってくれるはずだよ」


「まぁ、普通ならそうだけどさ、今回の事は、悪魔側にメリットを与えかねないから、天使としては協力しにくいかもしれなくて」


「なんでレオミュールが協力してくれないって思うんだよ、ザクロに居るって事まで教えておいて、他の情報を出し渋るってのか?」


「それは、私が意識して何気なく聞いたからだよ。夢魔の融合は、対象を強化することにも繋がるから、天使にとってはデメリットなんだ」

「だけどさ、ケルビンは僕と普通に双子の夢魔の話をしてたし、何だったら、ケルビンが融合について教えてくれたんだよ」


「セイシとケルビンがどんな関係なのか詳しく知らないけどさ、たぶん、ケルビンにとって、セイシは貴重な存在なんだと思うよ。普通、天使が悪魔に協力する事なんてあり得ないからね。ケルビンはセイシの味方だから夢魔の融合についても教えてくれたけど、レオミュールとなると話は変わるよ、少なくとも、私からはオススメできないね」

「レオミュールは、僕のことは信用してないって事?」

「そうだね、正確には、夢魔の融合に対して責任を取れないって思われると思う」

「……そっか、そう言われると返す言葉も無いな」

 確かに、夢魔の融合に対して天使側がメリットになるかと言えば疑問だ。

 融合するんだから、個体としてのちゆは強化される。

 そうなると、アカリやマリンと対等か、それ以上に力を持つ夢魔が誕生する。


 上級悪魔としてのちゆ。


 当然ながら、僕にとっては、ちゆが長生きできることを嬉しく思うが、天使からしたら何もめでたい話ではない。


 仮に僕がその責任を取ると言って、果たして信用できるのか?

 もし、融合したちゆが暴走して、僕の生気を吸い切ってしまい、その後も、人間に危害を加える存在に成り果ててしまったら、その、後処理をするのは、元凶を作った天使であるレオミュールになる可能性も大いにある。


 考えてみれば、レオミュールが協力するのは不自然なのだ。


 逆にケルビンが協力的なのは、僕を使ってサキュバス抑制を計画しているからに過ぎない。


 こうなると、利害の一致で説得できるとするなら、ケルビンだけだ。


 僕が抑制を手助けすることを約束する代わりに、ちゆを助けて欲しい。

 これがギリギリの説得というわけだ。



「仕方ない、ケルビンと交渉することにするよ」


「ま、それが妥当だろうね」

 アカリは両手を肩くらいまで上げて、やれやれといったポーズを取る。


 僕は抱きついているちゆを離した。


「ちゆちゃん、アカリと一緒に写真部へ行ってくれないかな?」

「お兄ちゃんはどうするの?」

「ケルビンと話す」

「そのままいなくなったらダメだよ」

「いなくならないさ」

「約束だよ」

「うん、約束だ」









 ⭐︎










『大手柄じゃないか』



 ケルビンが陽気な声で僕に言った。


 アカリとちゆを教室から見送って1人になると、二か所のドアに鍵を掛け、電話をかけた。


「今はそれどころじゃないんですよ」


『そうなのかい?とにかくおめでとう、キミには報奨金が出ている。エリスは指名手配されていたからね、僕らの間でも手を焼いていたんだ。よく捕えてくれた。しかし初任給よりも先にインセンティブを受け取るとは、なかなか頼もしい戦力だね、将来有望だ』


「…………ありがとうございます……って、そうじゃ無いんですって」


『なんだ?自慢話をしたかったわけじゃないのか』

「そんなわけないでしょう!」

『プレゼントのグローブは役に立っただろう?気に入ってくれたかな』

「……それは、助かりました。ダンテさんのグローブなんでしたっけ?」

『そうとも、通称ダンテグローブ。ダンテはかつて、宝剣ヘパイストスに所属する腕利きの職人天使だったのだが、ザクロにそそのかされて堕天してしまってね。だが、弟子達はしっかりその技術を受け継いで今も武器開発にいそしんでいる、キミが使ったのは、その三番弟子のローズマリーが作成した業物わざものだ。凄い斬れ味だっただろう?』

「確かに、威力は半端なかったですけど……」

 ダンテ自身のグローブってわけでは無かったのか。

 そういや、弟子かどうかって、エリスにも疑われたもんな。


『だろう?一応、三番弟子とは言ったが、ロージーはダンテの孫娘だからな。溺愛できあいされていて甘やかされたが、彼女自身は相当な実力の持ち主だったから、全盛期には妥協することもなく、かなりの量を生産したそうだ。それでも、今では世界各地に散らばってしまって、入手は困難を極める事になったが。そういう意味では、キミは私の指揮下に入って実にラッキーだったね』

「ラッキーとか言われると有り難みが薄れるんで、由来だけにしといてください」

『そうかい?私としては、伝えておきたいことだったのだが』

「ケルビンさんが僕に自慢したいだけじゃないですか?」

『なるほど、言われてみるとその通りだ。盲点だったな』

「とにかく感謝はしています、だから、別の話をさせてください」

『そうかい?仕方ない。どうしたというんだ』

「レオミュールさんからは何か聞いてないんですか?」

『もちろん報告は受けている』


「でしたら、冥界のザクロと双子の夢魔の話も聞いてますか?」

『そう言えばメッセージの内容にあったような気もするな』

「電話したわけではないんですか?」

『しないねぇ、……彼と電話したのは、1、2……3回くらいしか記憶に無いな』

「レオミュールさんとは仲良く無いんですか?」

『仲が良いかどうかを判断できるほどの付き合いをしていないから、分からないね』

「そう、だったんですか」

『なんだい?キミが聞きたい事というのは、私がレオミュールと仲が良いかどうかということかい?』

「違いますよ。僕が聞きたいのは、双子の夢魔と会う方法です。一刻も早く、彼女を本体と融合させたいんです」

『本体というと、ここに実在する 三神知由みつかみちゆのことかな?』

「一応は」

『必ずしも三神知由の方が本体とは限らないだろう』

「ええ、まぁ、それは……そうなんですが」

『キミの願望を事実と混同させるのは良くない。意図した印象操作は、いわゆる偏向報道として天使界が認知することになるだろう。私に対して意見するのは構わないが、レオミュールのような純粋な天使に対しては悪手だ。キミが悪魔の属寮だと思われると、後々あとあと厄介な事になりかねない。これからも天使の恩恵を受けたいのであれば、言動には気をつけておき給え』

「はい、……申し訳ありません」

『私も、キミの気持ちは分かる。だが、無理に近道して危険を冒すよりも、安全な道を通った方が確実な場合もある』

 やはり、先にケルビンに電話して正解だった。

 もしレオミュールと話していれば失敗していた可能性が高い。

 アカリの忠告は当たっていたと言う事だ。

「分かりました。それで、僕はどうすればザクロの所へ行けるのでしょうか」


『…………まず、キミが行く必要があるのかどうかだが』


「……それは、どういう意味ですか?」

『本人の問題は、本人が解決した方が良いと言う事だ』

「そんな……だけど、僕が行かないと」

『キミの身に危険が降りかかる事を望まない人間、いや、天使や悪魔もいるだろう?』

「…………ですが、その場合、一緒に行くのは誰なんですか」

隅影真凛すみかげまりんが適切な人材だろうね』

「……マリン、…………なぜです?」


『まず、第一に、であること』


「マリンが、悪魔……」


 サキュバスであることは知っているが、悪魔、と他人の口から言われると、なんだか受け入れられない気がした。

 そもそも、ちゆも悪魔だし、アカリだって半分そうなのだが、なんとも違和感を感じてしまう。

 長時間の会話を経て、身近な存在になったことで、悪魔という概念自体に抵抗を覚えるようになってしまっているのだろうか?


『うん?納得できないのかい?彼女が悪魔である事は自明だろう。夢の中で仲良くなったのでは無かったのか?』

「いえ、仲は、良くなりましたが、ちゆちゃんを任せるには少し……」

『頼りないと言うのかい?』

「……いえ、そんなことはないのですが」

『だが、その反応から察するに、納得はしていない様子だね』

「えぇ、僕も、何となくなんですが」

『しかし、悪魔である彼女であれば、ザクロをあざむけると思うんだ』


「そんな危険なことをマリンにさせるわけには」

『普段からマリンはやって退けている。キミは彼女の立場を知っているだろう?』

「えぇまぁ、知ってますけども」

『なら、違和感はないはずだ。これは、彼女の通常業務の延長に過ぎない。その分、高額な報酬も出るのだからね。キミにだって今回支払われている。同じ事だ』


「ですが、……今回は仕事というよりも」


『プライベートな内容でもプロに頼むだろう?キミは将来、遺産相続で揉めたとしても弁護士を雇わない人なのかい?』

「それは、雇う事も考えますが」

『なら、彼女もプロだ。仕事をプロに任せる事は何も恥ずかしい事ではないだろう』

「……僕だってプロになったわけですし」


『キミは抑制の専門に入ったのであって、初めから悪魔との戦闘を望んでいたわけではないだろう?昨晩、夢にキミが参加したのは、顔合わせが必要だったからだ。武器を持たせたのはあくまで護身用。今はアカリくんも隅影くんも、対象とは知人の関係になっている。わざわざ同行する必要はないだろう』


「でも、力になれる事があるかもしれません。ダンテグローブもありますし」


『そうか、確かにアレを使えば戦力外にはならないかも知れないが、いざとなったら逃げる事も肝要だ。最悪、キミが対象に入れ込み過ぎて隅影くんが犠牲になる可能性も充分に考えられる。そうなると、キミが居たことで隅影くんという尊いデーモンハンターの命が失われる危険もあるだろう。それを踏まえても、キミは参加を希望するのかい?』


「希望します」


『即答か。隅影くんのことは良いのかい?』


「良くはありませんが、これは僕の問題なので」


『説得には応じず……か。まぁ、キミをここで止めたとしても、対象が直接、夢の中に招いてしまえば合流もできてしまうから、言ったところで無駄と言えば無駄なのだが……。それでも警告すれば多少は躊躇すると思っていたよ』


「おかしいですか?」


『それだけ自分の能力に自信があるのか、それとも単なる意地でそう言っているのかどっちなんだい?』

「別にどっちでもありませんよ」

『ほほぉ、興味深いね、詳しく聞かせてもらいたい』

「ちゆちゃんを助けられるのは、僕だけだからです」

『さっきの話を聞いていたのかい?』

「はい、ケルビンさんの理屈も分かりますし、僕が間違っている可能性もあります」

『……だが、意地でも、ってわけではないのだろう?否定したという事は』

「はい、僕はそんなに意地を張る人間でも無いので」

『そうか、余計に分からないな。なら、なぜ自分で解決することにこだわるんだ』

「僕に救われる事を望んでいると思うからです」

『三神知由がかい?』

「そうです」

『根拠は?』

「僕を突き離そうとしなかったからです」

『好きな人を突き離す子なんて……』

「いますよ」


『例えば?』



 ……そうだ。


 僕は一度、ゆかをケルビンに預けようとした。


 白い羽根が生えたからだ。


 だが、ゆかはそれを拒否した。


 理由はこうだ。



 自分の事を好きで好きでたまらない人に、自分の事を守ってもらいたいから。



 僕はゆかを大切に思う余り、彼女を遠ざけようとした。

 それは、相手が望むのであればそれで良い事もある。

 だが、僕はゆかの言葉を聞いて考えが変わった。

 そして学んだ。


 結果を優先するために、相手の意思を尊重しないことは、裏切り行為だということを……。



「…………すぐには出てきませんけど」

『なるほどねぇ、……お互いにそれを望んでいるなら私の出る幕は無いね。だが、くれぐれも慎重に交渉したまえ。隅影くんとはしっかり話し合うと良い。私も貴重な戦力を2人も同時に失うことは御免こうむりたいのでね』


「では、教えて貰えるんですね」 


『分かった、なら、引き続き、グローブを彼女に渡しておこう。できれば今晩ではなく、明日の夜に遂行して貰いたいと思うが、それでも良いかい?』

「なぜですか?」

『隅影くんと、キミの精力を万全にして貰いたいからだ』

「僕なら大丈夫ですけどね」

『キミはともかく、隅影くんには今夜はゆっくり眠って貰いたいのだよ』

「……そうですね、その方が良いですよね」

『ザクロは強敵だ。しかも、キミを連れて行かなくてはならない』

「随分な言い草ですね」

『プロの現場に素人がいると、何かと気を揉むだろう』

「それは否定しませんが」


『しかも今回の場合は…………、まぁいいか。これはその時に彼女が判断すれば良いことだ』



 ん?



 含みのある言い方だな。



 どういう事だろう?





「それで、どこで会えるんでしょうか」



『キミは人間だからね、後のことは隅影くんとアカリくんに伝えておくよ』

「アカリも来るんですか?」

『彼女はレオミュールとの仲介人として、少しだけ協力してもらう。現場には行かせないさ』

「…………そうでしたか」

『残念そうだね。同行して貰う方法もあるぞ。もっとも、依頼料を払うなら、だが』

 依頼料が発生するのか。管轄が違うとそうなるんだな。

 とはいえ、初めからお願いするつもりは無かったし、もちろん、来てもらえるなら戦力になるので良いのだが。悩む。

「一応聞きますが、僕の今回の報奨金で支払えたりしますか?」

『少し足りないが、貰った分を全てぶち込むのであれば、私から借金すれば可能な範囲だ。もっとも、レオミュールがそれに応じればの話だがね』

「やっぱり、レオミュールさんが……」

『自分で本人に交渉した方が安く済むだろうね』


「なんて事言うんですか、そんな事するくらいなら、ケルビンさんから借金しますよ」

『ほほぉ、初めから交渉する気だったんじゃないのかい?』

「まさか……とにかく、アカリの意思を聞いてからです」

『アカリくんは優しいが、彼女に助けを乞うのかい?』

「アカリの優しさと、助けを求めることは別ではないですか?」

『慈悲深いことは素晴らしいことだが、友人に甘い、彼女のような人間を利用するのは、良く無いだろうね』

「利用って言われると、なんだか罪悪感が湧いてきますね」

『友人に対して、自分が利用していると気付かないこともあるものだ。失って初めて分かることもある』

「……そういうものですか」

『あぁ、友情に期待するなとは言わないが、古くからの名著にも似たような教訓を記した物語が存在する。そこには、友人の優しさに付け込み、家、お金、恋人、尊厳、全てを奪ってしまった哀しき男の人生が書かれていた。彼が友人の失踪に気付いた時にはもう遅かった。彼は置き手紙にこう書いていたのだそうだよ。

【僕は、僕が君を恨んでしまう前に、君の前から姿を消すことにした。僕は、君の悪魔のような性質をずっと昔から知っていたのに、つい、不幸に苦しんでいる君を助けたいと思ってしまった。君に罪を償ってくれとは言わない。僕は、人間を放って置けなかった、僕自身を恨む】

 とね』





「その話をしたのは、どんな意図があるんですか?」


『私が言いたいのは単純な事だとも。アカリくんが協力に応じてくれた段階で、彼女が受け取る受け取らないに関わらず、キミの報奨金を全てアカリくんの口座へ振り込むべきだと指摘している』

「お金のことは話さないってことですね」

『そうだとも、それが友情というものだ』

「何となく理解はしました」

『レオミュールには、アカリくんへ私から謝礼金が届いていると伝達しておこう。そうすれば、キミからのお金だと気付くことは無い』

「分かりました。助かります」

『報奨金が惜しいかい?』

「やめてくださいよ」

『一度貰ったものを失うのは、理由はどうあれガッカリするものだろう?』

「……あの、僕を試すような事ばかり言わないで貰えませんか?」

『これは失礼した。私はキミに期待している。だからこそ、こうして厳しい言葉も掛けたくなってしまうのだよ』

「期待しているって言えば何でも許されると思わないでください」

『ハッハッハ、すまない。報奨金とは別に、給与は入るから心配しないでくれ。それに、今回も成功報酬はある。融合に失敗したとしても、上手く捕えて天国まで送り届けてくれたまえ』

「失敗なんて、考えたくも無いですが、そうなったら何とかマリンと協力して捕えますよ」

『そうしてくれ』



「あの、それと、さっきの話なんですが」

『友人の話かい?』

「いえ、そうではなくて、マリンに任せる一つ目の理由が、完全に悪魔だからだって仰っていましたよね」

『あぁ、それがどうかしたのかい』

「二つ目の理由もあるのかと思って……」




『…………うむ』




「何なのでしょうか?」




『二つ目の理由は、彼女が、悪魔を恨んでいるからだ』



「マリンが悪魔を恨んでいる事が、そんなに大事なんですか?そりゃ、アカリに比べると、断然マリンの方が恨んでいるだろうとは思いますが……」


 本人に聞いたわけではないが、実際、先輩を病院送りにしてしまったことからも、サキュバスを辞めたいとポロっと口にしたことからも、悪魔という存在に対しての憎悪を感じられる。

 そもそも、デーモンハンターになること自体が、自分の種族への反逆を意味しているのだ。

 生半可な覚悟で続けられるものではないだろう。

 僕だって、人間自体に敵対する人間になるなんて、ちょっと想像がつかない。


 それが今回、大事になると言うのだろうか。




にしか、できない事もある』



「それは、堕天使にはできないってことなんですか?」


『堕天使は、悪魔ではなく天使を恨んでいるから堕天使なのだよ。キミも夢の中でフォルネウスと会話したのなら分かったはずだ。彼らの矛先は天使だ』




「マリンでなくては出来ないこと……」




 悪魔を恨む悪魔だからできることってなんだろう?

 よもぎもサキュバスを恨んではいたが、アレは、単に片想いの先輩への執着から来る恨みで、悪魔自体に憎悪しているのとは少し違う。


 だとしたら、マリン特有の恨みというのは、なんなのだろう?




『キミにとって、歓迎できることばかりでは無いかもしれない』




「そうなのですか?」




『最後に、キミにお願いがある』



「何でしょうか?」




『キミに、隅影くんのことをパートナーとして扱って欲しい』



「そんなこと、当たり前じゃないですか、どうして今更そんなことを?」



『これは重要なお願いだ』



「良く分かりませんが、かしこまりました」






『そして、もう一つ』








「なんです?」













『彼女に対して、決して武器を向けてはならない』








「え?」








『約束できるね』







「は、はい、分かりました」






『では、明日の深夜、キミの覚悟が、で報われることを切に祈っている』





 ブッ…………っと、携帯の電源が落ちた。






 最後のケルビンの言葉に、なんだか含みを感じた。





 何か、ケルビンは重要なことを隠しているのでは無いだろうか?




 僕にはそう思えてならなかった。




 しかし、だとしても、あれだけ親身になってくれるという事は、少なくとも僕に対しては協力的ではあるという事だ。



 引っ掛かるのは、マリンのことだ。




 まるで、僕がマリンと対立するような言い方だった。





 パートナーとして扱う、というのも、今更なことだ。



 すでにパートナーになっているし、ちゆとも友達だ。


 最後の、僕に相応しい形っていうのも、どこか引っ掛かる。


 僕に明言できない警告が含まれているとしか思えない。




 それは一体なんだ?






 僕は、カバンに携帯をしまうと、肩に掛ける。



 時刻はすでに、16時45分過ぎ。


 そろそろ部室に顔を出さないと、あやかが呼びにきてしまいそうだ。



 すでにアカリとちゆがマリンと会っているので、たぶん落ち着いてはいるだろう。





 僕は、さっきのケルビンの最後の言葉が頭の中をぐるぐると回っている状態のままで、部室へ向かった。
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