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2章 粛清と祭
第47話 思わぬ怪我の功名
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ゆかにマリンをイジメる意思が無いことが分かった今、問題はよもぎだけだ。
もし、よもぎがマリンにこれ以上何かするつもりが無いなら、マリンは安心して明日からも普通に登校することができる。
そのためには、ゆかに協力をお願いするのが現実的だ。
マリンがゆかと仲良くなってしまえば、この問題の大半が解決する。
今のマリンには、よもぎを抑制してくれる存在が必要だ。
それがゆかなら、これほど頼もしい存在は無いだろう。
今の時点で、確実に味方だと信じられるのは、僕と、責任感の強い委員長のあやかというわけだ。
僕とあやかは、別の意味でマリンにとって味方だと確信できる要素を持っている。
だからこそ心を開いているわけだ。
おっと、あと、ちゆもそうだ。
ちゆ自身も、初めこそ怖がっていたものの、結果的に友達になろうと自分から言い出している。
夢の中で、僕と一緒に双子の夢魔を探そうとしてくれたマリンだ。
何だかんだで、ちゆにとっても恩人には変わりない。
……まぁ会った当初は、悪魔の羽根が原因でぐるぐる巻きにされかけてたが。
それはマリンがデーモンハンターなのだから仕方ない。
それに、アカリも同業者なのだから、その点では裏切ったりするような展開も無いだろう。
てなわけで、ここはゆか、ちゆ、アカリに協力して貰うことにしよう。
何とか僕とちゆが写真部へ行くように会話を誘導できれば良いのだが……。
「お兄ちゃん、ゆかさんと何話してたの?」
ちゆが嫉妬のこもった目で僕を見つめる。
僕とゆかは隣同士で座椅子に座った。
「気になることがあってね、一応解決したよ」
「ちゆのこと?」
ちゆは何か疑ってるようだが、たぶんマリンとは関係ないことだろうと思った。
「ちゆちゃんは関係ないよ。マリンについて、どう思ってるのか聞いておきたいと思っただけだから」
「ふーん、なら良いけど」
ちゆがいつものテンションに戻る。
そういや、ちゆは今のマリンを見たら何を思うんだろうか?
あんなにキャラが違うと困惑するだろうなと思う。
「それで、何かセイシから言っておくことがあるんじゃないの?」
アカリが僕に少し焦ったような雰囲気で言う。
気を遣わせてる気がした。
さて、どう誘導するべきか。
「あのさ、よもぎって、もしかして、マリンと仲が悪かったりする?」
よもぎは悩んでいるような表情だ。
何を考えているんだろう?
よもぎが数秒黙っていたが、口を開いた。
「私は、アイツのことが嫌いなんだ」
「どうして?」
「アイツさ……、いや、なんつーか」
「それだけだと何にも分からないよ」
「まぁ、……そうだよな」
しばらく沈黙するよもぎ。
アカリやちゆも、どう切り出して良いか考えあぐねている様子だ。
よもぎは容姿的にも性格的にも貫禄があるので、2人も不用意な事は言えないようだ。
嫌いだとハッキリ口にできるのも、ある程度自分に自信が無いと難しい。その点は、さすがよもぎだと認めざるを得ない。
「セイシ」
「なに?」
「屋上で、色々話しただろ?」
「うん、そうだね」
「言いにくいんだけどさ」
「うん」
「あの話、マリンの事なんだ」
やはり、一致していたか。
万が一、別の人の可能性も考えたが、そりゃ、サキュバス自体そんなに数が多いわけでは無いのだから間違いないよな。
だが、一応、驚いておく。
「ええ!そうなの?偶然だね」
「私も驚いてる。さっき話してたヤツの話が、ここで出るなんて出来過ぎて……」
「ん?」
「まさか、……セイシ、私を屋上に呼び出したのって、マリンから頼まれて?」
「僕が?」
「……違うのか?」
「いやいや、そんな訳ないじゃん、なんでそんな事する必要があるんだよ」
「……まぁ、そうだよな」
危ない、コレは上手くやらないと関係性を疑われる。
というか、すでに疑われている。
「マリンと少し話はしたけどさ、普通に考えて、初対面の人間にそんな事を頼むと思う?あり得ないって」
「分かった、悪い。セイシは知らないよな、そんなこと」
「そうだよ、仮に知ってたとしたら、屋上でその事を話してるよ」
これは半分本当の事だ。
よもぎから先輩の話を聞かなかったら、マリンの被害者について思い出す事も無かった。
今、確信した。あの話が先輩だという事が。
いや、95%くらいかな?
被害者は1人じゃない筈だし。
「よもぎとしては、マリンの事をどうしたいって思ってるの?」
「私は……、まぁ、反省して欲しいっていうか」
「そうなんだ。反省って、何をしてくれれば良いの?」
「えっと、そう言われると、悩む」
「僕は、よもぎがこれ以上苦しまずに済む方法を考えたいと思ってるんだ」
「私が苦しむって、……べつに苦しんでなんか」
「人を嫌い続けるのって、結構パワーが必要だからね」
「そんなの、大したことないし」
「これから、マリンを見つける度にイライラするのは疲れるでしょ?」
「んな事言ったって、嫌いなもんは仕方ないだろ」
「だけど、よもぎだって、気持ちに整理を付けたいって思ってるんでしょ?」
「なんでそんな事が分かるんだよ」
「マリンが登校してきて動揺してるからだよ」
「動揺なんてしてねーし」
「本当に?」
「……まぁ」
「本当に本当?」
「…………嫌だとは思ったけど」
「なんでマリンが登校してくると嫌だと思うの?」
「だって、だって……」
「だってじゃ分からないよ、ちゃんと説明しなよ」
「セイシ、…………マリンに絶対なんか言われたろ」
「言われてない!これは僕が勝手にしてることだよ」
よもぎがビクッと、身体を震わせる。
「……そうか、セイシは、マリンの味方するんだな」
「してない、僕はよもぎの事が心配なんだ」
「私が?どういう意味だよ」
「よもぎは後悔してる」
「してないって」
「してる」
「私がしてないって言ってるんだから、してないだろ?」
「いいや、後悔してるね、僕はそう確信してる」
「……なんでなんだよ」
「僕はよもぎの気持ちが分かるんだ」
「私のことは、私が1番分かってる」
「分かってない!」
「なんでだよ、本人だぞ」
「いいや、僕の方がよもぎの事を分かってる」
「んな訳あるかよ!」
「んな訳ある!」
「なんだよその自信は」
「僕がよもぎの友達だからだ」
「お前と知り合ってまだ1ヶ月も経ってないだろうが」
「1ヶ月だろうが1年だろうが、10年だろうが、分からない人間には分からないさ」
「お前なら私のことが分かるってのか?」
「分かる!」
「どこから来る自信だよ」
「知らない!」
「知らないのかよ、根拠ないじゃんか」
「根拠なんてもんは後付けだろ?僕はよもぎの気持ちが分かるからこそ、マリンとは仲直りして欲しいと思ってるんだ」
「だから嫌いだって言ってんじゃん」
「だけど、よもぎは不安になってる」
「なんで分かるんだよ」
「マリンが、自分に何かしてくるんじゃないかって、不安なんだよね」
「そんなもん、返り討ちにしてやる」
「できると思う?」
「できるだろ、アイツ、弱いし」
「本当に弱いと思ってるの?」
「…………そりゃ、まぁ、たぶん」
「相手は誰か、もう一度考えてみなよ」
「……マリン」
沈黙するよもぎ。僕はよもぎの隣で固まっているアカリを見た。
「アカリ!」
「は、はい!」
僕はアカリを呼ぶ。
「腕相撲してみて」
「私が?」
「そう」
「わかった」
机の上に肘を置くアカリ。
アカリは僕の方を向いている。
「……僕が相手じゃなくて、よもぎとやって欲しいんだけど」
「あぁ、そっかそっか、そうだよね」
アカリはあたふたしている。
コレはコレで珍しい光景だ。
よもぎは渋々、アカリと向き合って手を握る。
「じゃあ、よもぎ、全力でアカリと腕相撲して」
「え?あ、あぁ、分かった」
「アカリは、全力でよもぎの手に力を込めてね」
「うん、だけど、良いのか?」
「あ、最低限の手加減はしてね」
「わかった」
アカリは困惑しながらも体勢を整える。
「じゃあ、ちゆちゃんが、スタートって言ってくれる?」
「うん!いいよ、じゃあ、秋風さん、アカリちゃん、準備いい?」
ちゆが、2人に比べて一回り小さい右手を2人の握られてる手の上に置くと、真剣な顔になる。
2人よりちゆの方が真剣で力が入っている表情だったので、少し笑いそうになったが、グッと堪えた。
「あ、そうだ、一応聞いておくけど、2人とも右利きだよね」
「「うん」」
「……なら、大丈夫だね」
ちゆの右手に力が入ってプルプルしている。
どういう感情なんだろう?
ゆかの顔を見ると、相変わらず、我関せずといった涼しい顔で眺めている。
ゆかはいつも良いポジションに居るよなぁ、と、何となく腑に落ちない気持ちになったが、それも彼女の個性だろうと思った。
「お兄ちゃん、早くして、ちゆ、我慢できない」
何の我慢なんだろうか?
「ごめんごめん、じゃあ、スタートって言っていいよ」
「むぅ、いくよ!……………ふぅ」
「……ちゆちゃん、まだ?」
アカリがちゆに声を掛ける。
「スタート!」
まだ?と、聞いた直後にスタートと言うちゆ。
「おらぁー!!!」
よもぎが声を上げながら身体を倒して、思い切り力を入れた。
だが、アカリは、さっきちゆに声を掛けて微妙に集中力が切れていたにも関わらず微動だにしていない。
明らかに、よもぎは全力で挑んでいるが、アカリは困惑した顔のままで、全く動かなかった。
……そう、これが人間とサキュバスの腕力の差だ。
どういう理屈なのかは不明だが、たぶん、力の違いで言えば、猿やゴリラのような野生の動物と人間くらいの差があるのだろう。
猿が、木から木へと、片手で飛び移るように、サキュバスにもそれと似た腕力や体力をその身に宿しているということだ。
少なくとも、現時点で人間であるよもぎに、アカリを負かすことはできない。
それは、同時に、マリンと腕相撲をしても同じ結果になることを暗に示しているというわけだ。
「くっそー、ぜんぜん動かねぇ、アカリ腕相撲強すぎ」
「……えっと、セイシ、これは、私、本気でやった方が良いの?」
ぜーはー言いながらアカリの腕に対抗しているよもぎだが、さすがに数分動かないと体力的に辛くなってきたようだ。
アカリはもはや、勝っていいのか気にしている。
完敗。
アカリの圧勝だ。
「一応、机に手の甲が付くまでは腕相撲だからさ」
「そっか、じゃあ、ごめんよもぎ」
バンっと、即座に腕を倒すアカリ。
「ぁあ、ダメだぁ」
気の抜けるような諦めの声を出してよもぎが敗北を認める。
結局、アカリはほぼ1ミリも動く事なく、一瞬で勝負を決めてしまった。
手を離したよもぎは、暗い表情で僕を見た。
こんなに暗いよもぎを見るのは初めてな気がした。
「と、まぁこう言う結果になる訳だけど、何でかは分かるよね」
「……アカリって」
よもぎが怖々とアカリを見る。
アカリはため息を吐いた。
「……言ったことあると思うけど、私、ハーフサキュバスだからさ、まぁ、力強いんだよね」
「本当だったんだ」
よもぎは意外そうな顔だ。
「うん、信じてなかったの?」
「だって、サキュバスなんて、そんなにいると思わないし」
「ちゆちゃん見ても?」
「だって、羽根は羽根じゃん。羽根が本物でも、力強いかどうかなんて、見た目じゃ分かんないし」
「なら、ちゆちゃんともやってみたら?」
「いや、いい、これ以上、恥かくのはヤだよ」
「だそうだよ、で、セイシはコレが分かって、どうしたいわけ?」
アカリを認めたよもぎは、僕の言わんとする事を理解しているようだ。
「これで、よもぎがどれだけ力負けしているかは分かったでしょ?」
僕はよもぎを見つめた。
「……まだ、マリンと腕相撲してみないと分からないし」
「同じだよ、よもぎはマリンに絶対に勝てない」
「…………それで、私にどうしろと」
「マリンがよもぎに報復を企んでいたら、どうなると思う?」
「だから、返り討ちに……」
「できると思う?」
「いや、それは、あの……ほら、人集めて」
「何人集めても勝てないよ」
「でも、相手はマリンだし」
「本気で来られたら太刀打ちできないでしょ?」
「……んなこと言われても、じゃあ、同じくらい強いヤツ仲間にするとか」
「サキュバスを?」
「…………いや、あの、まぁ」
「だけど、そのサキュバスだって、誰かの生気を吸ってるんだよ、それは良いの?」
「……ヤダよ」
「でしょ?だったら、よもぎが引いた方が良いと思うんだ」
「セイシは、サキュバスの味方するのか?」
「僕はそんな事は言ってないさ」
「だけど、…………あっ、分かった、セイシも悪魔なんだ、分かった分かった、サキュバスじゃなくて、インキュバスなんだろ?なんだ、そっかそっか、実は、私の生気も吸えるんだ、私を狙ってたってわけだ、なーんだ、それなら……」
「僕は人間だよ」
「……ほんとか?」
「そうだよ、仮にインキュバスだったとしても、よもぎを狙ったりしないよ」
「そうなのか?でも、私を狙わないってのは、私に魅力が無いからか?」
「ちょ、ややこしいから変な事聞かないでよ」
「セイシ、人間なのに、サキュバス側なんだな、私の気持ちなんて分からないんだな」
「違うよ、僕はよもぎに危険な事をして欲しくないから言ってるんだ」
「セイシは、本当に私の味方なんだよな」
「味方だって」
「ほんとにほんと?」
「だから、味方だって……」
「じゃあ、信じる。それと、アカリ」
アカリが驚いてよもぎを見る。
「な、なに?大丈夫?よもぎ」
「ごめん、疑ってて」
「別に困らないし大丈夫、それより、よもぎの方が心配になってきた。あんまり私のこと怖がらないでね、私別に人間が敵とか思ってないし、お父さん人間だし」
「そ、そうだよな、サキュバスはサキュバスで大変だよな、ごめんね」
よもぎが素直になっている。
しかし、この力技は少し波紋が残る。
結局は、アカリもちゆもサキュバスではあるわけだし、これから友達関係を続ける上で、よもぎがどう接するのが正解なのか分からない。
先輩の生気を吸ったサキュバスを恨むとなると、サキュバス全般を恨むことになる。
コレは今後、よもぎがサキュバスを殲滅する側へ舵を切る可能性が出てくる。
そう言う意味では、ゆかが天使なのは厄介だ。
1番の味方だと認識しているであろうゆかに、サキュバスを敵だと刷り込めば、よもぎにとってコレほどの戦力は無い。
ただ、天使の力は、実際のところどうなのだろう?
ケルビンに聞いてなかったことだ。
天使個人が、悪魔個人に対して力負けしているのかどうか、ここはよく分からない。
この際確かめてみるか。
「あのさ、ゆかも、アカリと腕相撲やってくれない?」
「え?私がやるの?」
意外そうな顔で僕を見るゆか。
「うん、天使のゆかが、アカリとどれくらい力の差があるのか見てみたくて」
「……いいけど、私、弱いよ」
「一応、全力でやってみて欲しい」
「セイシくんが言うならやってみるけど、やらなくても同じだと思うけどね」
ゆかがアカリと向き合い、手を握る。
アカリは言われるままに流れで握る。
「ゆかちゃんって、手、ぷにぷにだね」
アカリが独り言のように呟く。
「ほんと?ハンドクリームでいつもケアしてるからかな?気持ち良いでしょ?」
「うん、握り心地が良い」
「ふふっ、アカリちゃん正直。今度全身マッサージしてあげよっか?」
「え、それは、あの、恥ずかしいでしょ」
「ふーん?でも、私の手、気持ち良いよ?」
「あの……ほんとに頼んだらしてくれるの?」
「アカリちゃんが、どうしてもって言うなら、色んなところ揉んであげる」
「……色んなところって」
「そう、特に、敏感なところとか、リクエストあったら言ってね」
そう言いながら、むにむにと手を握ったり緩めたりするゆかに、アカリは頬を赤らめている。
この前、化学準備室で喧嘩した2人なのに、いつの間にかかなり仲良くなっているようだ。
屋上で一緒にサンドイッチを食べた時に打ち解けたのだろうか?
天使とサキュバスが仲良いのって、何となく不思議な感じだ。
ちゆちゃんとも仲良くはしているが、ここは、僕が間に入ってるからそうなっているだけな気もしていたので、ここの関係性はちょっと意外だ。
やはり、本来なら敵対せずに過ごせる間柄なのかもしれない。
「リクエスト……考えとく」
ちゆが手を2人の手の上に乗せて頬を膨らませて真剣になる。
この真剣さは何だろう?
何故か笑いたくなる。
笑えるシーンではないのだが、ちゆちゃんの謎の可愛さが爆発していて堪えるのが大変だった。
ちゆが2人を見る。
「いい?2人とも、ちゆがスタートって言ったら始めるんだよ?」
ぐっと力を込めるゆかとアカリ。
「むぅ、いくよ…………………」
「「…………」」
「ふぅ」
「あの、ちゆちゃん、まだ?」
「スタート!!」
「ふっ!」
ゆかがかなり力を込めているように見える。
そして、やはり、アカリのまだ?の一言のすぐ後にスタートと言った。
狙っているのかそうではないのか分からないが、見てる分にはギャグに見えるので、堪えるのに大変だ。
ちなみに、現状、アカリが全く微動だにしてないので、同じような結果だ。
僕としては、ゆかならかなり良い勝負をするのではないかと思ったが、わりとそんな事はないようだ。
力に関しては、やはり天使より悪魔の方が上なのだろうか。
「ゆか、本気でやってる?」
「やってるって」
「ほんとに?」
「もう、ほんとだって」
プルプルと震えるゆかの右手。
ゆかも右でお箸を持っていたから、右利きのはずだ。
特に変わらないというわけか。
「ゆかさん、ちょっと失礼いたしますね」
ちゆが、不思議なノリでゆかの背後に回る。
見ると、ゆかの制服がプルプルと震えている。
ゆかはちゆほどに羽根が大きく無いので、丘乃小鳥と同じように、制服の下に畳んで普段は隠しているのだ。
何をするのかと思えば、ちゆはゆかの制服を後ろからたくしあげた。すると、畳まれている白い羽根がバサッと開く。
清潔感のある白い羽根は、窓からの夕陽の光を浴びて神々しく輝き、同時に、ナヨナヨしたゆかの体幹が急に引き締まった。
全身に力が込められるようにグッと硬くなったように思った瞬間、アカリの右腕がゆかの右手によってグッと抑え込まれた。
僕は目を疑った。
微動だにしなかったアカリが、瞬間的に力負けしたのだ。
机にアカリの手の甲がスレスレになった後、アカリが唸り声を上げながら、押し戻す。
「ぐぉおうううりゃああ!!」
およそ聞いたことの無い全力の声を上げるアカリに、ゆかも真剣な表情で対抗している。
間違いない、天使も強い!
2人の力が拮抗しているのか、プルプルと震えながら、左右に揺れている。
まさに、腕相撲!
しかも、世界大会並みの迫力があるのでは無いかという力のぶつけ合いだ。
ゆかは羽根が開かれたことによってバランスが取れ、凄まじい腕力を発揮している。
コレはどっちが勝つか分からない。
ちゆは、満足そうに平和な表情でうんうんと頷いている。
おまえは映画監督か!?
と、突っ込みたいところだったが、ゆかとアカリの真剣さに水を差すのも躊躇われる。
チラッとよもぎを見ると、呆然としてゆかを見つめている。
確かに、いつも近くで見ていた友人が、超ウルトラ級に怪力になっていたらびっくりするだろう。
僕も正直、驚いている。
天使か悪魔かはともかく、やはり有翼種は強いというわけだ。
僕にゆかを守れるのか不安になってきた。
そんな事はさておき、そろそろ勝敗が決しそうだ。
ゆかが覚醒したとは言え、やはりアカリの方が力は上回っているらしく、ゆかの手の甲が机に付きそうになっている。
ちゆが応援する。
「ゆかさん!アカリちゃんがバテてきてるよ、諦めないで」
「そんなこと言っても……、むりぃ」
ゆかは顔を赤くして対抗していたが、そのまま机に手の甲を落とされた。
「勝ったぁあああ!!!」
アカリが立ち上がって両手をバンザイしながら喜んでいる。
この喜び方は、本気だ。
ゆかは悔しいと言うよりは、残念そうに自分の手の平を見ている。
白い羽根が再び畳まれたので、ちゆが制服を整えながら声を掛けた。
「ゆかさん、惜しかったね」
「もぉ、惜しくないよー、一瞬だけ勝てるかもって思ったけど、アカリちゃんに本気出されたらぜんぜんムリだった」
何となくゆかもテンションが上がったのか、嬉しそうに返答した。
アカリが座ると、次はよもぎがゆかに恐る恐る声をかける。
「ゆかって、そんなに力強かったんだ、早く言ってくれよ」
「私も知らなかったんだもん」
「そうなのか?やっぱ羽根か?羽根を開かなかったから気付かなかったのか?」
「うーん、たぶんそう。羽根を力いっぱい開いたら、なんか身体全身が締まったような感覚になって、力を入れやすかったの」
「私に内緒で凄い鍛えてたとかじゃないよな」
「違うよ、私が鍛える訳ないじゃん」
「そうなのか、やっぱ、ゆかもサキュバスみたいな感じなのかな?」
「それは分かんないけど、この羽根があると、筋肉をコントロールしやすいみたい、アカリちゃんもそうでしょ?」
アカリはゆかに勝ったのがよほど嬉しいのか、ずっとニヤニヤしていたが、ハッと我に返る。
「え?そう、だね。羽根が筋肉とどう関係してるのか分からないけど、今まで、力の入れ方がバラバラだったのが、羽根のバランスで一本線が通ったように力が入る様になったんだ。これは、鍛えたからとかじゃなくて、潜在能力みたいなもんだと思う」
「私よりゆかの方が強くなっちゃったな」
よもぎがショボンとしている。
この感じだと、よもぎはゆかの保護者的な立ち位置でいたかったのだろう。
その点は僕も変わらないが、そんなショボくれる事はない。
例えば、彼女になった子がいて、その子が柔道黒帯の有段者だったとしても、何かあった時に守ることはできる。
力が全てではないのだ。
それはともかく、これによって、よもぎは更に自信を失う事になったわけだが、どう声をかけるべきなのか。
「よもぎちゃん、私、強くなるつもり無かったんだけど」
「私に気を遣わなくて良い。それで、私はこれからどうすれば良いと思う?」
「私に聞かれても、それはよもぎちゃんが決める事だよ」
よもぎが複雑な表情でアカリとゆかを見ている。
僕はよもぎに声をかける。
「よもぎ、ゆかはサキュバスではない。だけど、これだけの力がある。どうする?マリンと戦ってもらうか?」
よもぎは口元をキュッとすぼめる。
ちょっと意地悪な質問だ。
だが、これくらいしないと、よもぎは引かないだろうと思った。
「……わかった。私、マリンに何もしない」
「本当に?」
「あぁ、私じゃ、サキュバスには勝てないし、ゆかに迷惑をかけるわけにもいかないから」
「うん、それで良いと思う。ゆかに、よもぎの個人的な恨みの解消を手伝わせるのはやめなよ」
「……あぁ、そうだな、私も悪かった」
「もう、ゆかを巻き込まないって、約束できる?」
そうよもぎに言うと、ゆかが口を挟む。
「ちょっと、セイシくん、そんな言い方は良くないよ。私は、自分から」
「ゆか!今はよもぎに話してるんだ」
「……だけど、よもぎちゃんは私の親友で」
「ゆかは僕の彼女だ!」
僕が叫ぶと、ゆかが、ビクッと、身体を震わせた。
「…………はぃ」
ゆかが恥ずかしそうに俯いた。
「……あー、ゆかさんニヤけてる」
ちゆがゆかの顔を覗き込む。
「もぉっ!」
ゆかがちゆの頬を押して遠ざける。
「むぅー」
このむぅーは、いつもと違って押されたので出たむぅーだ。
どっちでも良いが。
「ごめん、セイシ、私、ゆかのこと考えずに色々相談してたかもしれない。私がゆかに甘えてた。それは本当だと思う。セイシからしたら、大事な彼女が面倒な事に巻き込まれてるって感じだもんな。確かに私は自分の事しか頭に無かった。ごめん、ゆか」
「そんな、大丈夫だよよもぎちゃん、今度、私のおっぱい揉んで良いよ」
急になんて事を言うんだゆかは。
「……うん、揉ませてね」
普通に答えるんだ。
……よもぎはゆかのおっぱいを揉みたいんだな。
そう言えば、風呂の時も何か胸を揉もうとしてたような記憶がある。
アレは本気だったのか。
「とにかく、よもぎは、ゆかのためにも、マリンとの問題を解消して欲しい。僕はゆかを巻き込んで欲しくはないし、よもぎとも仲良くしていきたいんだ。だから、僕らみんなの為にも、努力して貰えると助かる」
「…………わかった。そうするよ」
「うん、頼むよ、よもぎ」
「あの、それで、相談なんだけど」
「なに?」
「マリンと仲直りって、……どうすれば良いんだ?」
「話し合うしかないよ」
「マリン、私と話してくれると思うか?」
「厳しいだろうね」
「だろ?セイシ、私はどうすれば良いんだ?」
「一応聞くけど、マリンにして欲しい事って、謝ることだけで良いの?」
「アイツが私に謝るなんて、考えられない」
「それは分からないよ、マリンだって、よもぎに対して罪悪感がないとも限らないんだから」
「だって、あのマリンだぜ?自分勝手で、わがままな」
「まだまともにマリンと話した事ないんじゃないの?」
「……それは、そうかもしれないけど」
「恨みのせいで、色眼鏡で見てしまっている可能性はない?」
「それはあるかも知れない」
「だったら、一度その気持ちを抑えて、フラットに接してみる必要がある」
「んなことできんのか?」
「出来る出来ないと言うより、やるか、やらないかだよ」
「……んなこと言われても」
「僕はゆかとよもぎがこれからも仲良くできるように手助けしたいと思ってる」
「私のためではなく、ゆかのために?」
「そうだよ」
「…………なんか、胸が痛む」
「なんでさ」
「……知らないけど」
「仕方ないから、僕からマリンに伝えてみるよ、よもぎが話したいらしいって」
「本当か!?」
「うん、僕がいれば、少しは話せるでしょ?」
「まぁ、2人だけよりはマシだけど……ゆかは?」
「私も居てあげるよ」
ゆかが即座に答える。
「ダメだ」
僕は否定する。
「何でだよ」
「マリンが話しづらい」
「私も話しにくいだろが」
「イジメた側に仲間がいるのは良くないだろ?」
「んだよ、さっきマリンの方が力が強いって言ってただろうが」
「力が強いから話し合えないって言うなら、これからも関係性は変えられないよ」
「…………なんか丸め込まれてるような気がするんだよなぁ」
「よもぎが勝手に丸まってるだけだって」
「そうか?」
「そうそう」
ちゆが突然反応する。
「丸まってるって、なんか可愛いね!」
「やっぱ、私と話し合うなんて、アイツには無理だって」
気にせず続けるよもぎ。
「僕が何とか連れて来るよ」
「なんでそんな自信あんだよ、マリンとは今日会ったのが初めてなんだろ?」
「そこは大丈夫、任せてくれ」
アカリが何か言おうと近付いて来たが、途中で思い直したのか、また座椅子に戻った。
たぶん、夢の話をしようとしたのだろう。
何か言おうとしたが戻ったところを見ると、余計な口出しになると自分で思ったのか?
「分かった、だけど、いつ話すんだ?」
「うーん、明日か、あさってか……、ちょっと一度この後、話しに行ってみるよ」
「もう帰ってるだろ?」
「いや、今日は復帰初日だから色々やることがある筈だし、会えるよ。よもぎはゆかとアカリ3人で時間潰してて」
「そうか、なら、そうする事にする」
「お兄ちゃん!ちゆは!?」
ちゆが元気に質問する。
「ちゆちゃんは僕と一緒にマリンに会いに行きます」
「やったぁ!」
「え?何が嬉しいんだ?」
よもぎはちゆを見る。
「え!?なんでかな!お兄ちゃんといられるからだよ!」
「お前ら同棲してんじゃん」
「むぅー、ずっと居たいの!」
「……ゆかの方が彼女なのに」
よもぎが不満そうに呟く。
本当のところ、ちゆはマリンと会えるのが嬉しいのだが、この場でそれを言うのは気が引けたようだ。
とはいえ、よもぎの反応も分からなくはない。
とりあえず、これで部室には行ける。
マリンはちゆに会う事には抵抗ないので、先に会わせておきたいと思った。
ちゆも会いたがってる様子なので、ここはこれで良いだろう。
僕はアカリとゆかに目線で合図を送ると、移動する準備を始める。
「じゃあ、私たちは、プリウムに行ってから帰るね。セイシくん、早めに終わったら連絡して」
「分かった、ありがとう」
後のことはゆかに任せる事にしよう。
教室をゆかとよもぎが出ると、アカリが僕に声を掛けた。
「セイシ、ちょっといいか?」
「うん、あ、そっか、そういやアカリも僕に用があったんだ」
「セイシ、実は、…………ちょっと耳貸して」
何か、深刻な話なのだろうか?
僕はアカリに左耳を近付ける。
アカリが手を添えつつ、僕に耳打ちした。
「セイシ、驚くなよ」
「うん、…………なに?」
「昨日の夢で起こったこと、今朝メッセージで報告したんだけどさ、昼にレオミュールから電話が来た」
「なんて?」
「あの後、天国で目を覚ましたエリスが情報を吐いたそうなんだけど、それがさ、……冥界のザクロに居るらしいんだ」
「だれが?」
「…………双子の夢魔の、ちゆちゃんが」
僕は持っていたカバンを床に落とした。
もし、よもぎがマリンにこれ以上何かするつもりが無いなら、マリンは安心して明日からも普通に登校することができる。
そのためには、ゆかに協力をお願いするのが現実的だ。
マリンがゆかと仲良くなってしまえば、この問題の大半が解決する。
今のマリンには、よもぎを抑制してくれる存在が必要だ。
それがゆかなら、これほど頼もしい存在は無いだろう。
今の時点で、確実に味方だと信じられるのは、僕と、責任感の強い委員長のあやかというわけだ。
僕とあやかは、別の意味でマリンにとって味方だと確信できる要素を持っている。
だからこそ心を開いているわけだ。
おっと、あと、ちゆもそうだ。
ちゆ自身も、初めこそ怖がっていたものの、結果的に友達になろうと自分から言い出している。
夢の中で、僕と一緒に双子の夢魔を探そうとしてくれたマリンだ。
何だかんだで、ちゆにとっても恩人には変わりない。
……まぁ会った当初は、悪魔の羽根が原因でぐるぐる巻きにされかけてたが。
それはマリンがデーモンハンターなのだから仕方ない。
それに、アカリも同業者なのだから、その点では裏切ったりするような展開も無いだろう。
てなわけで、ここはゆか、ちゆ、アカリに協力して貰うことにしよう。
何とか僕とちゆが写真部へ行くように会話を誘導できれば良いのだが……。
「お兄ちゃん、ゆかさんと何話してたの?」
ちゆが嫉妬のこもった目で僕を見つめる。
僕とゆかは隣同士で座椅子に座った。
「気になることがあってね、一応解決したよ」
「ちゆのこと?」
ちゆは何か疑ってるようだが、たぶんマリンとは関係ないことだろうと思った。
「ちゆちゃんは関係ないよ。マリンについて、どう思ってるのか聞いておきたいと思っただけだから」
「ふーん、なら良いけど」
ちゆがいつものテンションに戻る。
そういや、ちゆは今のマリンを見たら何を思うんだろうか?
あんなにキャラが違うと困惑するだろうなと思う。
「それで、何かセイシから言っておくことがあるんじゃないの?」
アカリが僕に少し焦ったような雰囲気で言う。
気を遣わせてる気がした。
さて、どう誘導するべきか。
「あのさ、よもぎって、もしかして、マリンと仲が悪かったりする?」
よもぎは悩んでいるような表情だ。
何を考えているんだろう?
よもぎが数秒黙っていたが、口を開いた。
「私は、アイツのことが嫌いなんだ」
「どうして?」
「アイツさ……、いや、なんつーか」
「それだけだと何にも分からないよ」
「まぁ、……そうだよな」
しばらく沈黙するよもぎ。
アカリやちゆも、どう切り出して良いか考えあぐねている様子だ。
よもぎは容姿的にも性格的にも貫禄があるので、2人も不用意な事は言えないようだ。
嫌いだとハッキリ口にできるのも、ある程度自分に自信が無いと難しい。その点は、さすがよもぎだと認めざるを得ない。
「セイシ」
「なに?」
「屋上で、色々話しただろ?」
「うん、そうだね」
「言いにくいんだけどさ」
「うん」
「あの話、マリンの事なんだ」
やはり、一致していたか。
万が一、別の人の可能性も考えたが、そりゃ、サキュバス自体そんなに数が多いわけでは無いのだから間違いないよな。
だが、一応、驚いておく。
「ええ!そうなの?偶然だね」
「私も驚いてる。さっき話してたヤツの話が、ここで出るなんて出来過ぎて……」
「ん?」
「まさか、……セイシ、私を屋上に呼び出したのって、マリンから頼まれて?」
「僕が?」
「……違うのか?」
「いやいや、そんな訳ないじゃん、なんでそんな事する必要があるんだよ」
「……まぁ、そうだよな」
危ない、コレは上手くやらないと関係性を疑われる。
というか、すでに疑われている。
「マリンと少し話はしたけどさ、普通に考えて、初対面の人間にそんな事を頼むと思う?あり得ないって」
「分かった、悪い。セイシは知らないよな、そんなこと」
「そうだよ、仮に知ってたとしたら、屋上でその事を話してるよ」
これは半分本当の事だ。
よもぎから先輩の話を聞かなかったら、マリンの被害者について思い出す事も無かった。
今、確信した。あの話が先輩だという事が。
いや、95%くらいかな?
被害者は1人じゃない筈だし。
「よもぎとしては、マリンの事をどうしたいって思ってるの?」
「私は……、まぁ、反省して欲しいっていうか」
「そうなんだ。反省って、何をしてくれれば良いの?」
「えっと、そう言われると、悩む」
「僕は、よもぎがこれ以上苦しまずに済む方法を考えたいと思ってるんだ」
「私が苦しむって、……べつに苦しんでなんか」
「人を嫌い続けるのって、結構パワーが必要だからね」
「そんなの、大したことないし」
「これから、マリンを見つける度にイライラするのは疲れるでしょ?」
「んな事言ったって、嫌いなもんは仕方ないだろ」
「だけど、よもぎだって、気持ちに整理を付けたいって思ってるんでしょ?」
「なんでそんな事が分かるんだよ」
「マリンが登校してきて動揺してるからだよ」
「動揺なんてしてねーし」
「本当に?」
「……まぁ」
「本当に本当?」
「…………嫌だとは思ったけど」
「なんでマリンが登校してくると嫌だと思うの?」
「だって、だって……」
「だってじゃ分からないよ、ちゃんと説明しなよ」
「セイシ、…………マリンに絶対なんか言われたろ」
「言われてない!これは僕が勝手にしてることだよ」
よもぎがビクッと、身体を震わせる。
「……そうか、セイシは、マリンの味方するんだな」
「してない、僕はよもぎの事が心配なんだ」
「私が?どういう意味だよ」
「よもぎは後悔してる」
「してないって」
「してる」
「私がしてないって言ってるんだから、してないだろ?」
「いいや、後悔してるね、僕はそう確信してる」
「……なんでなんだよ」
「僕はよもぎの気持ちが分かるんだ」
「私のことは、私が1番分かってる」
「分かってない!」
「なんでだよ、本人だぞ」
「いいや、僕の方がよもぎの事を分かってる」
「んな訳あるかよ!」
「んな訳ある!」
「なんだよその自信は」
「僕がよもぎの友達だからだ」
「お前と知り合ってまだ1ヶ月も経ってないだろうが」
「1ヶ月だろうが1年だろうが、10年だろうが、分からない人間には分からないさ」
「お前なら私のことが分かるってのか?」
「分かる!」
「どこから来る自信だよ」
「知らない!」
「知らないのかよ、根拠ないじゃんか」
「根拠なんてもんは後付けだろ?僕はよもぎの気持ちが分かるからこそ、マリンとは仲直りして欲しいと思ってるんだ」
「だから嫌いだって言ってんじゃん」
「だけど、よもぎは不安になってる」
「なんで分かるんだよ」
「マリンが、自分に何かしてくるんじゃないかって、不安なんだよね」
「そんなもん、返り討ちにしてやる」
「できると思う?」
「できるだろ、アイツ、弱いし」
「本当に弱いと思ってるの?」
「…………そりゃ、まぁ、たぶん」
「相手は誰か、もう一度考えてみなよ」
「……マリン」
沈黙するよもぎ。僕はよもぎの隣で固まっているアカリを見た。
「アカリ!」
「は、はい!」
僕はアカリを呼ぶ。
「腕相撲してみて」
「私が?」
「そう」
「わかった」
机の上に肘を置くアカリ。
アカリは僕の方を向いている。
「……僕が相手じゃなくて、よもぎとやって欲しいんだけど」
「あぁ、そっかそっか、そうだよね」
アカリはあたふたしている。
コレはコレで珍しい光景だ。
よもぎは渋々、アカリと向き合って手を握る。
「じゃあ、よもぎ、全力でアカリと腕相撲して」
「え?あ、あぁ、分かった」
「アカリは、全力でよもぎの手に力を込めてね」
「うん、だけど、良いのか?」
「あ、最低限の手加減はしてね」
「わかった」
アカリは困惑しながらも体勢を整える。
「じゃあ、ちゆちゃんが、スタートって言ってくれる?」
「うん!いいよ、じゃあ、秋風さん、アカリちゃん、準備いい?」
ちゆが、2人に比べて一回り小さい右手を2人の握られてる手の上に置くと、真剣な顔になる。
2人よりちゆの方が真剣で力が入っている表情だったので、少し笑いそうになったが、グッと堪えた。
「あ、そうだ、一応聞いておくけど、2人とも右利きだよね」
「「うん」」
「……なら、大丈夫だね」
ちゆの右手に力が入ってプルプルしている。
どういう感情なんだろう?
ゆかの顔を見ると、相変わらず、我関せずといった涼しい顔で眺めている。
ゆかはいつも良いポジションに居るよなぁ、と、何となく腑に落ちない気持ちになったが、それも彼女の個性だろうと思った。
「お兄ちゃん、早くして、ちゆ、我慢できない」
何の我慢なんだろうか?
「ごめんごめん、じゃあ、スタートって言っていいよ」
「むぅ、いくよ!……………ふぅ」
「……ちゆちゃん、まだ?」
アカリがちゆに声を掛ける。
「スタート!」
まだ?と、聞いた直後にスタートと言うちゆ。
「おらぁー!!!」
よもぎが声を上げながら身体を倒して、思い切り力を入れた。
だが、アカリは、さっきちゆに声を掛けて微妙に集中力が切れていたにも関わらず微動だにしていない。
明らかに、よもぎは全力で挑んでいるが、アカリは困惑した顔のままで、全く動かなかった。
……そう、これが人間とサキュバスの腕力の差だ。
どういう理屈なのかは不明だが、たぶん、力の違いで言えば、猿やゴリラのような野生の動物と人間くらいの差があるのだろう。
猿が、木から木へと、片手で飛び移るように、サキュバスにもそれと似た腕力や体力をその身に宿しているということだ。
少なくとも、現時点で人間であるよもぎに、アカリを負かすことはできない。
それは、同時に、マリンと腕相撲をしても同じ結果になることを暗に示しているというわけだ。
「くっそー、ぜんぜん動かねぇ、アカリ腕相撲強すぎ」
「……えっと、セイシ、これは、私、本気でやった方が良いの?」
ぜーはー言いながらアカリの腕に対抗しているよもぎだが、さすがに数分動かないと体力的に辛くなってきたようだ。
アカリはもはや、勝っていいのか気にしている。
完敗。
アカリの圧勝だ。
「一応、机に手の甲が付くまでは腕相撲だからさ」
「そっか、じゃあ、ごめんよもぎ」
バンっと、即座に腕を倒すアカリ。
「ぁあ、ダメだぁ」
気の抜けるような諦めの声を出してよもぎが敗北を認める。
結局、アカリはほぼ1ミリも動く事なく、一瞬で勝負を決めてしまった。
手を離したよもぎは、暗い表情で僕を見た。
こんなに暗いよもぎを見るのは初めてな気がした。
「と、まぁこう言う結果になる訳だけど、何でかは分かるよね」
「……アカリって」
よもぎが怖々とアカリを見る。
アカリはため息を吐いた。
「……言ったことあると思うけど、私、ハーフサキュバスだからさ、まぁ、力強いんだよね」
「本当だったんだ」
よもぎは意外そうな顔だ。
「うん、信じてなかったの?」
「だって、サキュバスなんて、そんなにいると思わないし」
「ちゆちゃん見ても?」
「だって、羽根は羽根じゃん。羽根が本物でも、力強いかどうかなんて、見た目じゃ分かんないし」
「なら、ちゆちゃんともやってみたら?」
「いや、いい、これ以上、恥かくのはヤだよ」
「だそうだよ、で、セイシはコレが分かって、どうしたいわけ?」
アカリを認めたよもぎは、僕の言わんとする事を理解しているようだ。
「これで、よもぎがどれだけ力負けしているかは分かったでしょ?」
僕はよもぎを見つめた。
「……まだ、マリンと腕相撲してみないと分からないし」
「同じだよ、よもぎはマリンに絶対に勝てない」
「…………それで、私にどうしろと」
「マリンがよもぎに報復を企んでいたら、どうなると思う?」
「だから、返り討ちに……」
「できると思う?」
「いや、それは、あの……ほら、人集めて」
「何人集めても勝てないよ」
「でも、相手はマリンだし」
「本気で来られたら太刀打ちできないでしょ?」
「……んなこと言われても、じゃあ、同じくらい強いヤツ仲間にするとか」
「サキュバスを?」
「…………いや、あの、まぁ」
「だけど、そのサキュバスだって、誰かの生気を吸ってるんだよ、それは良いの?」
「……ヤダよ」
「でしょ?だったら、よもぎが引いた方が良いと思うんだ」
「セイシは、サキュバスの味方するのか?」
「僕はそんな事は言ってないさ」
「だけど、…………あっ、分かった、セイシも悪魔なんだ、分かった分かった、サキュバスじゃなくて、インキュバスなんだろ?なんだ、そっかそっか、実は、私の生気も吸えるんだ、私を狙ってたってわけだ、なーんだ、それなら……」
「僕は人間だよ」
「……ほんとか?」
「そうだよ、仮にインキュバスだったとしても、よもぎを狙ったりしないよ」
「そうなのか?でも、私を狙わないってのは、私に魅力が無いからか?」
「ちょ、ややこしいから変な事聞かないでよ」
「セイシ、人間なのに、サキュバス側なんだな、私の気持ちなんて分からないんだな」
「違うよ、僕はよもぎに危険な事をして欲しくないから言ってるんだ」
「セイシは、本当に私の味方なんだよな」
「味方だって」
「ほんとにほんと?」
「だから、味方だって……」
「じゃあ、信じる。それと、アカリ」
アカリが驚いてよもぎを見る。
「な、なに?大丈夫?よもぎ」
「ごめん、疑ってて」
「別に困らないし大丈夫、それより、よもぎの方が心配になってきた。あんまり私のこと怖がらないでね、私別に人間が敵とか思ってないし、お父さん人間だし」
「そ、そうだよな、サキュバスはサキュバスで大変だよな、ごめんね」
よもぎが素直になっている。
しかし、この力技は少し波紋が残る。
結局は、アカリもちゆもサキュバスではあるわけだし、これから友達関係を続ける上で、よもぎがどう接するのが正解なのか分からない。
先輩の生気を吸ったサキュバスを恨むとなると、サキュバス全般を恨むことになる。
コレは今後、よもぎがサキュバスを殲滅する側へ舵を切る可能性が出てくる。
そう言う意味では、ゆかが天使なのは厄介だ。
1番の味方だと認識しているであろうゆかに、サキュバスを敵だと刷り込めば、よもぎにとってコレほどの戦力は無い。
ただ、天使の力は、実際のところどうなのだろう?
ケルビンに聞いてなかったことだ。
天使個人が、悪魔個人に対して力負けしているのかどうか、ここはよく分からない。
この際確かめてみるか。
「あのさ、ゆかも、アカリと腕相撲やってくれない?」
「え?私がやるの?」
意外そうな顔で僕を見るゆか。
「うん、天使のゆかが、アカリとどれくらい力の差があるのか見てみたくて」
「……いいけど、私、弱いよ」
「一応、全力でやってみて欲しい」
「セイシくんが言うならやってみるけど、やらなくても同じだと思うけどね」
ゆかがアカリと向き合い、手を握る。
アカリは言われるままに流れで握る。
「ゆかちゃんって、手、ぷにぷにだね」
アカリが独り言のように呟く。
「ほんと?ハンドクリームでいつもケアしてるからかな?気持ち良いでしょ?」
「うん、握り心地が良い」
「ふふっ、アカリちゃん正直。今度全身マッサージしてあげよっか?」
「え、それは、あの、恥ずかしいでしょ」
「ふーん?でも、私の手、気持ち良いよ?」
「あの……ほんとに頼んだらしてくれるの?」
「アカリちゃんが、どうしてもって言うなら、色んなところ揉んであげる」
「……色んなところって」
「そう、特に、敏感なところとか、リクエストあったら言ってね」
そう言いながら、むにむにと手を握ったり緩めたりするゆかに、アカリは頬を赤らめている。
この前、化学準備室で喧嘩した2人なのに、いつの間にかかなり仲良くなっているようだ。
屋上で一緒にサンドイッチを食べた時に打ち解けたのだろうか?
天使とサキュバスが仲良いのって、何となく不思議な感じだ。
ちゆちゃんとも仲良くはしているが、ここは、僕が間に入ってるからそうなっているだけな気もしていたので、ここの関係性はちょっと意外だ。
やはり、本来なら敵対せずに過ごせる間柄なのかもしれない。
「リクエスト……考えとく」
ちゆが手を2人の手の上に乗せて頬を膨らませて真剣になる。
この真剣さは何だろう?
何故か笑いたくなる。
笑えるシーンではないのだが、ちゆちゃんの謎の可愛さが爆発していて堪えるのが大変だった。
ちゆが2人を見る。
「いい?2人とも、ちゆがスタートって言ったら始めるんだよ?」
ぐっと力を込めるゆかとアカリ。
「むぅ、いくよ…………………」
「「…………」」
「ふぅ」
「あの、ちゆちゃん、まだ?」
「スタート!!」
「ふっ!」
ゆかがかなり力を込めているように見える。
そして、やはり、アカリのまだ?の一言のすぐ後にスタートと言った。
狙っているのかそうではないのか分からないが、見てる分にはギャグに見えるので、堪えるのに大変だ。
ちなみに、現状、アカリが全く微動だにしてないので、同じような結果だ。
僕としては、ゆかならかなり良い勝負をするのではないかと思ったが、わりとそんな事はないようだ。
力に関しては、やはり天使より悪魔の方が上なのだろうか。
「ゆか、本気でやってる?」
「やってるって」
「ほんとに?」
「もう、ほんとだって」
プルプルと震えるゆかの右手。
ゆかも右でお箸を持っていたから、右利きのはずだ。
特に変わらないというわけか。
「ゆかさん、ちょっと失礼いたしますね」
ちゆが、不思議なノリでゆかの背後に回る。
見ると、ゆかの制服がプルプルと震えている。
ゆかはちゆほどに羽根が大きく無いので、丘乃小鳥と同じように、制服の下に畳んで普段は隠しているのだ。
何をするのかと思えば、ちゆはゆかの制服を後ろからたくしあげた。すると、畳まれている白い羽根がバサッと開く。
清潔感のある白い羽根は、窓からの夕陽の光を浴びて神々しく輝き、同時に、ナヨナヨしたゆかの体幹が急に引き締まった。
全身に力が込められるようにグッと硬くなったように思った瞬間、アカリの右腕がゆかの右手によってグッと抑え込まれた。
僕は目を疑った。
微動だにしなかったアカリが、瞬間的に力負けしたのだ。
机にアカリの手の甲がスレスレになった後、アカリが唸り声を上げながら、押し戻す。
「ぐぉおうううりゃああ!!」
およそ聞いたことの無い全力の声を上げるアカリに、ゆかも真剣な表情で対抗している。
間違いない、天使も強い!
2人の力が拮抗しているのか、プルプルと震えながら、左右に揺れている。
まさに、腕相撲!
しかも、世界大会並みの迫力があるのでは無いかという力のぶつけ合いだ。
ゆかは羽根が開かれたことによってバランスが取れ、凄まじい腕力を発揮している。
コレはどっちが勝つか分からない。
ちゆは、満足そうに平和な表情でうんうんと頷いている。
おまえは映画監督か!?
と、突っ込みたいところだったが、ゆかとアカリの真剣さに水を差すのも躊躇われる。
チラッとよもぎを見ると、呆然としてゆかを見つめている。
確かに、いつも近くで見ていた友人が、超ウルトラ級に怪力になっていたらびっくりするだろう。
僕も正直、驚いている。
天使か悪魔かはともかく、やはり有翼種は強いというわけだ。
僕にゆかを守れるのか不安になってきた。
そんな事はさておき、そろそろ勝敗が決しそうだ。
ゆかが覚醒したとは言え、やはりアカリの方が力は上回っているらしく、ゆかの手の甲が机に付きそうになっている。
ちゆが応援する。
「ゆかさん!アカリちゃんがバテてきてるよ、諦めないで」
「そんなこと言っても……、むりぃ」
ゆかは顔を赤くして対抗していたが、そのまま机に手の甲を落とされた。
「勝ったぁあああ!!!」
アカリが立ち上がって両手をバンザイしながら喜んでいる。
この喜び方は、本気だ。
ゆかは悔しいと言うよりは、残念そうに自分の手の平を見ている。
白い羽根が再び畳まれたので、ちゆが制服を整えながら声を掛けた。
「ゆかさん、惜しかったね」
「もぉ、惜しくないよー、一瞬だけ勝てるかもって思ったけど、アカリちゃんに本気出されたらぜんぜんムリだった」
何となくゆかもテンションが上がったのか、嬉しそうに返答した。
アカリが座ると、次はよもぎがゆかに恐る恐る声をかける。
「ゆかって、そんなに力強かったんだ、早く言ってくれよ」
「私も知らなかったんだもん」
「そうなのか?やっぱ羽根か?羽根を開かなかったから気付かなかったのか?」
「うーん、たぶんそう。羽根を力いっぱい開いたら、なんか身体全身が締まったような感覚になって、力を入れやすかったの」
「私に内緒で凄い鍛えてたとかじゃないよな」
「違うよ、私が鍛える訳ないじゃん」
「そうなのか、やっぱ、ゆかもサキュバスみたいな感じなのかな?」
「それは分かんないけど、この羽根があると、筋肉をコントロールしやすいみたい、アカリちゃんもそうでしょ?」
アカリはゆかに勝ったのがよほど嬉しいのか、ずっとニヤニヤしていたが、ハッと我に返る。
「え?そう、だね。羽根が筋肉とどう関係してるのか分からないけど、今まで、力の入れ方がバラバラだったのが、羽根のバランスで一本線が通ったように力が入る様になったんだ。これは、鍛えたからとかじゃなくて、潜在能力みたいなもんだと思う」
「私よりゆかの方が強くなっちゃったな」
よもぎがショボンとしている。
この感じだと、よもぎはゆかの保護者的な立ち位置でいたかったのだろう。
その点は僕も変わらないが、そんなショボくれる事はない。
例えば、彼女になった子がいて、その子が柔道黒帯の有段者だったとしても、何かあった時に守ることはできる。
力が全てではないのだ。
それはともかく、これによって、よもぎは更に自信を失う事になったわけだが、どう声をかけるべきなのか。
「よもぎちゃん、私、強くなるつもり無かったんだけど」
「私に気を遣わなくて良い。それで、私はこれからどうすれば良いと思う?」
「私に聞かれても、それはよもぎちゃんが決める事だよ」
よもぎが複雑な表情でアカリとゆかを見ている。
僕はよもぎに声をかける。
「よもぎ、ゆかはサキュバスではない。だけど、これだけの力がある。どうする?マリンと戦ってもらうか?」
よもぎは口元をキュッとすぼめる。
ちょっと意地悪な質問だ。
だが、これくらいしないと、よもぎは引かないだろうと思った。
「……わかった。私、マリンに何もしない」
「本当に?」
「あぁ、私じゃ、サキュバスには勝てないし、ゆかに迷惑をかけるわけにもいかないから」
「うん、それで良いと思う。ゆかに、よもぎの個人的な恨みの解消を手伝わせるのはやめなよ」
「……あぁ、そうだな、私も悪かった」
「もう、ゆかを巻き込まないって、約束できる?」
そうよもぎに言うと、ゆかが口を挟む。
「ちょっと、セイシくん、そんな言い方は良くないよ。私は、自分から」
「ゆか!今はよもぎに話してるんだ」
「……だけど、よもぎちゃんは私の親友で」
「ゆかは僕の彼女だ!」
僕が叫ぶと、ゆかが、ビクッと、身体を震わせた。
「…………はぃ」
ゆかが恥ずかしそうに俯いた。
「……あー、ゆかさんニヤけてる」
ちゆがゆかの顔を覗き込む。
「もぉっ!」
ゆかがちゆの頬を押して遠ざける。
「むぅー」
このむぅーは、いつもと違って押されたので出たむぅーだ。
どっちでも良いが。
「ごめん、セイシ、私、ゆかのこと考えずに色々相談してたかもしれない。私がゆかに甘えてた。それは本当だと思う。セイシからしたら、大事な彼女が面倒な事に巻き込まれてるって感じだもんな。確かに私は自分の事しか頭に無かった。ごめん、ゆか」
「そんな、大丈夫だよよもぎちゃん、今度、私のおっぱい揉んで良いよ」
急になんて事を言うんだゆかは。
「……うん、揉ませてね」
普通に答えるんだ。
……よもぎはゆかのおっぱいを揉みたいんだな。
そう言えば、風呂の時も何か胸を揉もうとしてたような記憶がある。
アレは本気だったのか。
「とにかく、よもぎは、ゆかのためにも、マリンとの問題を解消して欲しい。僕はゆかを巻き込んで欲しくはないし、よもぎとも仲良くしていきたいんだ。だから、僕らみんなの為にも、努力して貰えると助かる」
「…………わかった。そうするよ」
「うん、頼むよ、よもぎ」
「あの、それで、相談なんだけど」
「なに?」
「マリンと仲直りって、……どうすれば良いんだ?」
「話し合うしかないよ」
「マリン、私と話してくれると思うか?」
「厳しいだろうね」
「だろ?セイシ、私はどうすれば良いんだ?」
「一応聞くけど、マリンにして欲しい事って、謝ることだけで良いの?」
「アイツが私に謝るなんて、考えられない」
「それは分からないよ、マリンだって、よもぎに対して罪悪感がないとも限らないんだから」
「だって、あのマリンだぜ?自分勝手で、わがままな」
「まだまともにマリンと話した事ないんじゃないの?」
「……それは、そうかもしれないけど」
「恨みのせいで、色眼鏡で見てしまっている可能性はない?」
「それはあるかも知れない」
「だったら、一度その気持ちを抑えて、フラットに接してみる必要がある」
「んなことできんのか?」
「出来る出来ないと言うより、やるか、やらないかだよ」
「……んなこと言われても」
「僕はゆかとよもぎがこれからも仲良くできるように手助けしたいと思ってる」
「私のためではなく、ゆかのために?」
「そうだよ」
「…………なんか、胸が痛む」
「なんでさ」
「……知らないけど」
「仕方ないから、僕からマリンに伝えてみるよ、よもぎが話したいらしいって」
「本当か!?」
「うん、僕がいれば、少しは話せるでしょ?」
「まぁ、2人だけよりはマシだけど……ゆかは?」
「私も居てあげるよ」
ゆかが即座に答える。
「ダメだ」
僕は否定する。
「何でだよ」
「マリンが話しづらい」
「私も話しにくいだろが」
「イジメた側に仲間がいるのは良くないだろ?」
「んだよ、さっきマリンの方が力が強いって言ってただろうが」
「力が強いから話し合えないって言うなら、これからも関係性は変えられないよ」
「…………なんか丸め込まれてるような気がするんだよなぁ」
「よもぎが勝手に丸まってるだけだって」
「そうか?」
「そうそう」
ちゆが突然反応する。
「丸まってるって、なんか可愛いね!」
「やっぱ、私と話し合うなんて、アイツには無理だって」
気にせず続けるよもぎ。
「僕が何とか連れて来るよ」
「なんでそんな自信あんだよ、マリンとは今日会ったのが初めてなんだろ?」
「そこは大丈夫、任せてくれ」
アカリが何か言おうと近付いて来たが、途中で思い直したのか、また座椅子に戻った。
たぶん、夢の話をしようとしたのだろう。
何か言おうとしたが戻ったところを見ると、余計な口出しになると自分で思ったのか?
「分かった、だけど、いつ話すんだ?」
「うーん、明日か、あさってか……、ちょっと一度この後、話しに行ってみるよ」
「もう帰ってるだろ?」
「いや、今日は復帰初日だから色々やることがある筈だし、会えるよ。よもぎはゆかとアカリ3人で時間潰してて」
「そうか、なら、そうする事にする」
「お兄ちゃん!ちゆは!?」
ちゆが元気に質問する。
「ちゆちゃんは僕と一緒にマリンに会いに行きます」
「やったぁ!」
「え?何が嬉しいんだ?」
よもぎはちゆを見る。
「え!?なんでかな!お兄ちゃんといられるからだよ!」
「お前ら同棲してんじゃん」
「むぅー、ずっと居たいの!」
「……ゆかの方が彼女なのに」
よもぎが不満そうに呟く。
本当のところ、ちゆはマリンと会えるのが嬉しいのだが、この場でそれを言うのは気が引けたようだ。
とはいえ、よもぎの反応も分からなくはない。
とりあえず、これで部室には行ける。
マリンはちゆに会う事には抵抗ないので、先に会わせておきたいと思った。
ちゆも会いたがってる様子なので、ここはこれで良いだろう。
僕はアカリとゆかに目線で合図を送ると、移動する準備を始める。
「じゃあ、私たちは、プリウムに行ってから帰るね。セイシくん、早めに終わったら連絡して」
「分かった、ありがとう」
後のことはゆかに任せる事にしよう。
教室をゆかとよもぎが出ると、アカリが僕に声を掛けた。
「セイシ、ちょっといいか?」
「うん、あ、そっか、そういやアカリも僕に用があったんだ」
「セイシ、実は、…………ちょっと耳貸して」
何か、深刻な話なのだろうか?
僕はアカリに左耳を近付ける。
アカリが手を添えつつ、僕に耳打ちした。
「セイシ、驚くなよ」
「うん、…………なに?」
「昨日の夢で起こったこと、今朝メッセージで報告したんだけどさ、昼にレオミュールから電話が来た」
「なんて?」
「あの後、天国で目を覚ましたエリスが情報を吐いたそうなんだけど、それがさ、……冥界のザクロに居るらしいんだ」
「だれが?」
「…………双子の夢魔の、ちゆちゃんが」
僕は持っていたカバンを床に落とした。
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写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
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