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2章 粛清と祭

第46話 信用の対価

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 マリンのことがバレている。





 なぜ?





 キョトンとして平然と聞くゆかの表情を見る限りでは、単にことだけが意外なのだろうが、よもぎの方は心中穏やかではないだろう。


 おそらく、さっき僕があやかと廊下で話していた5分程度の間に、ちゆかアカリが口を滑らせたのだ。

 2人の申し訳なさそうな顔がそれを物語っている。


 当然、マリンがCクラスで授業を受けている事が伝わるのは時間の問題だと思っていたが、こんな早く内部からバレるのは予想してなかった。




 やはり昼休みのうちに解決しておくべきだった。


 ここでちゆとアカリに何か問うたところで、疑念の色が濃くなるだけだ。



 何を話したかは分からない。


 だが、予想はできる。



 ちゆとアカリは、マリンと夢の中で会ったのだから、その話が不本意な形で出た可能性がある。

 ゆかが夢についてちゆに聞いたのかもしれない。

 それで、新しい友達ができたみたいな話の流れになって、何かマリンの特徴でも話したのだろう。

 例えば、『髪がツインテールで、赤いんだよー』とか、そんな感じで。

 なんだったら、友達になったから今日から学校来る、みたいな明らかに不登校だった事を示唆しさする発言をしている可能性もある。

 もちろん、ちゆではなく、アカリが話してしまったのかも知れないが、この際どっちでも構わない。


 実際の会話がどうであれ、まずは回避して状況を確認しなくては。


「え?だれって?」


「だから、マリンちゃんと会ったんじゃないの?」

 ゆかが僕を問い詰める。

「僕が?」


「そう、違うの?」

「あー、……夢の中の話?」

「さっきも会ったんでしょ?」

「……いや、なんて言ったら良いのかな」

「何か隠し事?」


 まずい、なんでそこまで分かるんだ?


 ゆかの洞察力というか、逃げ場を用意しない質問には毎回緊張する。

 分かってて言ってるならまだしも、知らずに聞いているのだとしたら末恐ろしい。探偵なのか?

 単に僕がゆかを個人的に恐れているだけな気もするが、それは別問題として、何とか切り抜けなくては。


「セイシ、夢の中で色々大変だったよなぁ」

 アカリが横から口を挟んだ。

 助け舟か?頼むぞアカリ。


「そうだね、ほんと感謝してるよ」


「なになに?何があったの?」

 ゆかが僕とアカリを交互に見る。

 アカリが続けた。

「実は、今後のちゆちゃんの事について、私とセイシで相談してたんだよ。ほら、悪魔の羽根がこんなに大きいと、学院を卒業してからも困るでしょ?だから、何か手助け出来ないかなって思ってさ。そこにマリンが来て、協力してくれたんだ。簡単に言うと、ちゆちゃんと私の恩人ってわけよ」

「ふーん、そうなんだ。何かマリンちゃんが役に立ったの?」

 ゆかがアカリに質問する。

 心なしか、言い方にトゲがあるように聞こえるのは気のせいだろうか?

 ゆか自身も、よもぎの前という事もあって、緊張しているのかも知れない。彼女は、よもぎの味方でいたいと思っているはずだ。本心は聞けないだろうな。


「色々相談に乗ってくれて、私としてはかなり助かったかな。学院に行ってない間も、色々バイトしてたみたいで、羽根が生えてても雇ってくれる、悪魔っ子カフェとか紹介してくれて助かっちゃった。今度ちゆちゃんと3人で見に行く予定なんだよ、ね、ちゆちゃん!」

 ちゆは突然振られて、ビクッと身体を震わせる。

「うん!そうそう、マリンちゃん、けっこうちゆとは熊が合うんだよ!」

 くま?熊って言ったのか?

「そうそう、熊が合うんだ」

 アカリが合わせる。


 熊?



 クマ?


 ……あぁ、馬が合うって言いたかったんだな。


 空耳じゃないよな。まぁいいか。


 突っ込むような事ではないだろう。

 たぶんアカリも突っ込みたい気持ちも有りつつ、敢えてそのままにしているか、もしくは、緊張感で冷静さを失っていて、熊なのか馬なのかの違いに気が付いていないだけかも知れない。


 それにしても悪魔っ子カフェとかあるんだな。

 僕も行ってみたい。

 ちゆみたいな可愛い悪魔っ子がいっぱい居るなら、楽しいだろうな。

 ……って、そういう話ではないか。作り話っぽいし。


 よもぎが、ここで口を挟んだ。


「そうか……、熊が合ったんなら、仕方ねーな」


 コレは、分かってない。よもぎは多分、ほんとに分かってないぞ。


「まぁ、熊でも馬でも何でも良いけどさ、マリンちゃんと仲良くなったってことね」

 ゆかがさりげなく訂正する。

 ちゆがハッ!として、ゆかを見る。

 アカリは目をキョロキョロさせる。この反応は、やはり知ってて合わせていたな。

 よもぎは耳が赤くなっている。

 普通に恥ずかしそうだ。

 やっぱり本気で熊だと思っていたらしい。


 だが、チャンスだ。


 恥ずかしがっている時は隙が多い、ここは、敢えて攻めてみよう。

「そういう事なんだ、よもぎは、マリンとは会ったことがあるの?」

 よもぎが赤面しながら、僕をチラチラと見る。

 コレは良い反応だ。

 さっきは、隅影マリンのSで話を進めていたので、僕が知らなくても違和感は無い。

 恥ずかしがっている時は気持ちが不安定になるので、ガードが緩くなる。

 ちゆが変なミスをしてくれてむしろ助かったかも知れない。

「あぁ、わりと前から知ってるっていうか何というか……、でも意外だな、アイツとセイシが知り合いだったなんて」

「いやいや、僕だって昨日話したのが初めてだし、知り合いって言う程でもないさ、それで、あの子がどうかしたの?」

「いやあの、……なんつーか、アイツとは色々あって気まずいっつーか」

 明らかに動揺している。

 これなら、何とかなるかもしれない。


「気まずい?なんで?久しぶりなんだったら、声掛けてあげたら喜ぶんじゃない?」


「そういう関係じゃなくって……うーん」

 すると、ゆかがフォローする。

「よもぎちゃん、マリンちゃんと喧嘩したまま会わなくなっちゃったんだよ。だから、簡単に再会ってわけにはいかないの。まぁ、セイシくんが間に入ってくれるなら、少しはまともに話せるかも知れないけどね」

「そっか、だったら、それも良いかもしれないね」

 よもぎが俯き加減で弱々しくなっている。

 たぶん、マリンとのいざこざに関しては、もう過去のものになりつつあるのだろう。

 マリンにとっては、よもぎやゆかは恐怖の塊のような存在だが、よもぎ自身は今は単に気まずいだけの相手なのだろう。

 よく、いじめられた方は生涯忘れないが、いじめた方は軽く考えていてすぐ忘れてしまっていたりすると言う。

 それも当たり前と言えば当たり前だ。

 毒蛇が、イタズラで自分より弱い蛇を噛んだとして、噛まれた蛇が半年毒に苦しんだとしても、覚えているのは噛まれた蛇の方だけだ。

 噛まれた蛇が復讐に来たとしても、噛んだ毒蛇はほとんど覚えていないだろう。


 マリンの過剰な反応を見ている身としては、これから友達になるのは厳しいだろうな。


 よもぎの場合はイタズラではなく、恨みでイジメているので、そういう意味ではよもぎの方が先に毒を貰ったから仕返ししたとも言える。

 だけど、先輩の入院後の反応を考えると、よもぎが仕返しするにはちょっと動機が個人的過ぎる気はする。

 せめて先輩が生気を吸われて怒っていたら話は違うんだが、今もマリンが好きなんだったらもうどうしようもない。


 先輩は、サキュバスに生気を吸われたとは思わず、気持ち良過ぎて気絶したとでも勘違いしてるのだろうか?


 そりゃ、サキュバスなんて存在を想像する方がどうかしてるが……。


 これは、どういう対応が正解なのだろう。

 ちょっとゆかによもぎの本心を聞いてみるか。

「ゆか、ちょっと2人で話せる?」

「え?私と?」

「うん、廊下まで付いてきて」

「いいけど」


 僕は、ちゆとアカリに目配せすると、2人が頷き、その足で教室を出た。


 さっきあやかと話したドアのところで囁く。


「あのさ、ゆかは、よもぎがマリンのことをどうしたいかって聞いた事ある?」

「聞いたことはあるけど、私には関係ない事かなって思ってる」

「そうなんだ、ゆかはマリンのこと、どう思ってるの?」

「私?ただの同級生」

「ゆかって、マリンに何かしたの?」

「なんにもしてない」

「……ほんとに?」

「うん、なんで?」

「いや、何にもしてないってのが意外っていうかさ」

「だって、別にマリンちゃんと友達だったわけじゃないし、普通、同級生の子みんなと仲良くなったりしないでしょ?」

「それはそうだけど」

「ね?」

「よもぎとは友達なわけだし」

「うん、付き合いが長いからね」

「だったらさ、よもぎが何かやってたら、手伝ったりとかしそうじゃん」

「うん、そういうこともあるよ」

「じゃあさ、気まずい関係だったら、ゆかも何かマリンにした覚えはない?」

「……え?マリンちゃんと何話したの?」

「気まずい人がいるっていうのは、確かにマリンから聞きはしたんだけど、話を聞く限りだと、何となくよもぎっぽいんだよね、確実ではないんだけどさ」

「そうなの?じゃあ、まだよもぎちゃんって確定したわけじゃないんだ」

「それはそうなんだけどね」

「で、私のこともマリンちゃんが悪口言ってたって事なんだね」

「それは、……違うんだけど」

「セイシくん嘘ヘタ過ぎ。私のことも言ってたんでしょ、マリンちゃん」

「言ってないよ」

「ぜったいに嘘。私のこと疑ってるんでしょ?」

「そんなわけないじゃん」

「だったら、そんな嘘つく必要ある?」

「僕だって困ってるんだ」

「何を?マリンちゃんのことで?」

「いやいや、どっちかというと、よもぎの方だよ」

「よもぎちゃん?なんで?」

「僕はゆかもよもぎも、良い子だと思ってるんだ」

「なにそれ」

「えっと、悪い人では無いと思っている」

「……言い方変えただけじゃないの」

「言い方変えただけだよ」

「それで何?」

「僕だって、穏便に済ませたいと思ってるんだ」

「セイシくんは、よもぎちゃんとマリンちゃん、どっちの味方なのよ」

「僕はゆかの味方だよ」

「また都合の良いこと言って」

「これは嘘じゃない。僕はゆかが何もしてないって事を信じたいと思ってるんだ」

「信じれば良いじゃん」

「信じてるよ」

「なら何で私を詰めるわけ?おかしくない?」

「おかしくはありません」

「意味わかんない」

「僕はゆかの事を信用してるし、ゆかが他人に酷い事をしたりしないと思ってる。だから、その証明ができるものが欲しいんだ」

「ふーん、でも結局は、私が何かしてるかもって、疑ってるんでしょ?」

「仮に、そういう風に思われるとしても、僕はゆかが悪意を持って何かをしたとは思えないんだ。例えば、親友のよもぎちゃんを庇うために、何か仕方ない事情があって手を貸したってことも有りうるし、ゆか自身が、過去にやったことを忘れているかも知れない。それは聞いておきたいんだ」

「私のこと信じるんなら、それで終わりで良いと思うけどなー」

「僕はよもぎがマリンと喧嘩することで、ゆかに何か危害が加わる可能性も考えてるんだ。あくまで、ゆかを守るために聞いてるんだよ」

「ふーん、……そっかー、私を守るため?」

「そう、ゆかを守るため。弁護士だって、依頼人が何も話してくれないと弁護しようが無いでしょ?」

「つまり、セイシくんが私を守りたいってことね?」

「だから、何度もそう言ってる」

「……ま、いいや、よもぎちゃんの事もあるし、今回はその屁理屈みたいな口車に乗ってあげる」

「ありがとう」

「今回だけだからね」

「うん、ゆか、大好きだ」


 僕はゆかを抱きしめる。


 むにっと、ゆかのIカップの胸が僕のお腹の辺りに当たって気持ち良かった。


「もうっ!そうやってすれば許されると思ってっ!」

 ゆかの声が甘い。

 とっさに抱きしめてしまったが、嬉しそうな声色で安心した。

 良かった、僕はまだ、ちゃんとゆかに好かれているようだ。


 いつ愛想を尽かされるか心配しているので、定期的に抱きしめて確認したい。

 決して下心ではない。

 本当に!



「それで、ゆかは本当に何もしてないんだね、マリンに対して何か酷い事をしたのは、よもぎだけ、そうだね?」



「……してないって言えばしてないんだけど」



「けど?」

「よもぎちゃんのマリンちゃんへの悪ふざけにはアドバイスしたりしたよ」

「ええ!?……どんな?」

「例えば、……数学の教科書あるでしょ?」

「うん」

「公式書いてあるページあるじゃん」

「ある」

「そこを、気付かないレベルで丁寧に破るとか、……そういうアドバイスはしたよ」

「なんて悪質な、……って言うか地味な嫌がらせを」

「そだね、そこの公式使う授業の前日とかにやってたね」


「……最悪だ」


「私は、よもぎちゃんに、何か、地味に困る嫌がらせがないか聞かれたから答えたんだよ」

「……それはそうかも知れないけどさ、他には?」

「……あとは、……毎月、皆んなに配られてるスケジュールのプリントを、こっそり去年の同月のものに入れ替えるとか」

「なんでそんなの持ってるんだよ、当時は一年生だろ?」

「私はアイデアだけで、よもぎちゃんが先輩に貰ってたんじゃない?どうやって手に入れてたか知らないけど、成功したって、嬉しそうに報告に来たよ」


 完全に黒じゃないか、本当に参謀をしている。


「そりゃ成功して嬉しかっただろうさ、それで、他にもある?」

「……うーん、他には、あの子の上履きの先をカッターで切っておくとか」

「……それはどうなったの?」

「朝、外履きから履き替えて、3歩くらい歩いたら、すぐ破れちゃって転びかけたみたい。私は見てなかったから知らないけど、普通に近くにいた子に心配されて、そのまま1時間目は出て来なかったよ。新しい上履き買いに行ったのかな?そういや、あの時のよもぎちゃんも、楽しそうに報告してくれてたね」



 ……もうダメだ。



 聞いてられない。



 ゆかが何もしてないと、一瞬でも思った僕が間違ってた。


 これはマリンがゆかを怖がるはずだ。

 完全によもぎのブレインじゃないか。


 しかも、アイデアだけを出して、直接関わっていない。

 どうやっていさめるのが良いんだ?

 ゆかは、僕のことを信頼して話してくれている。


 おそらく、これを話すことで何を感じるかは、ゆか自身は分かっているだろう。

 僕に話したのは、自分の事を守ってくれるとゆかが思ったからだ。


 そこには応える。それは確定だ。


 だが、信頼されているからと言って全肯定していい訳ではない。


 悪い事は悪い。


 そんなことは当たり前だ。


 しかし……。




「ゆか、それが悪い事だってことは分かるよな」


「うん」


「じゃあ、それをされて、相手がどんな気持ちになるのか、それも分かるよな」


「……うん」


「どうして、よもぎにそんなことを教えたんだ?」

「どうしてって……、聞かれたから」


「聞かれたからって、そんな事を教える必要はある?」

「だって……」


「だってじゃないよ、さすがに、自分がそれを教える事で、何が起こるかは想像できるよね」


「…………うん」


「だったら、そんな事をしたらダメだ」


「私は……してない」


「でも、それをよもぎに教えた」


「教えて欲しいってよもぎちゃんが言うんだもん」

「よもぎに教えたら、本当にやるって思わなかったの?」

「思ったよ」

「やると思って教えたんなら、それは共犯だ」

「……やると、……思わなかったの」

「もう遅いって」

「セイシくん、怒ってるの?」

「ううん、怒ってない」

「でも、なんか私、怒られてるような気分なんだけど」

「怒ってはいないけど、注意はしてる」

「チュウ?セイシくんチュウしたいの?」

「急に何言ってんのさ」

 ゆかが僕の口に唇を近付ける。


 僕は身を引いたが、両肩に両手を置き、彼女にキスをされる。

 可愛い唇が僕の唇に触れて柔らかい感触がした。

 ちゅぱ、ちゅぱっ、と、音が鳴るが、僕はグッと気持ちを抑えて、彼女から離れた。

 口から唾液の糸が引いた。

 半開きの口からキラキラと唾液が光る。

 僕はゆかの整った目鼻立ちを正面からしっかり眺める。

 憂いのある表情で僕を見つめるゆか。


 僕はドキドキする。


 だけど、今の彼女のキスの意味はさすがに分かる。



『私を怒らないで』



 そう言う意味のキスだ。



 僕がゆかを好きだからこそ効く技というか、ある意味で力技と言える。


 実際、ひるんでしまった。


 単純な行為なのに効果抜群で自己嫌悪になる。

 ここで引いてはならない。

 僕はゆかの恋人ではあるが、マリンのパートナーでもあるのだから。


 解決策を考えなくては……。



 それにしても、僕を非難せずにこういう行為に走ったということは、たぶん、罪悪感もあるのだろう。

 自分に非がないとハッキリ感じているなら、許して貰おうとは思わないものだ。



 なら、今後改める事もできる、と思う。




「ゆかが、反省してることは分かった」


「もう怒ってない?」

「初めから怒ってないって」

「もっと私とキスしたい?それとも……」

「……あの、だからさ、分かってんの?」


 ゆかが身体をモジモジとさせながら、自分の大きな胸を右手で揉んでみせる。

「ここだと、……人の目があるから、帰ってから……ね?」

 僕は胸が苦しくなる。

 こんなゆかを見たのは初めてだ。

 罪の意識を感じてるからって、こんな行動に出るなんて思いもしなかった。

 僕はマリンの時とは違う意味で理性と闘っている。

「そういう事を言われると、まるで僕がゆかの誘惑に負けたから許したみたいになるじゃないか。頼むから落ち着いて欲しい」

「私は落ち着いてるよ、……セイシくんが私にお説教しようとするから悪いんでしょ」

「ごめん、そう感じたなら謝るよ」


「うん、私は悪くないの」

「ゆかは、よもぎと共犯だとは思ってないって事でいいね」

「うん、よもぎちゃんはよもぎちゃん、私は私」

「なら、質問を変える。ゆかは、よもぎがやりたい事を、悪い事だと知りつつも手伝った、……手伝った、だと共犯になるから、アドバイスをした、ってことだよね」

「そう、かな。アドバイスはしたよ」

「よもぎのしようとしてる事に、共感したり、賛同はしてたの?」

「うーん、私としては、よもぎちゃんが、どうしてもやりたい事なら応援したいって思ってるから」

「応援するとしても内容によるでしょ」

「でも、よもぎちゃん、友達だし」

「よもぎの事を信じて手を貸したって事?」

「友達だったら、信じる信じないなんて、あんまり考えないかな」

「そっか」

 確かに、よもぎのする事をいつも応援しているのであれば、よもぎがマリンをイジメている事が分かっても、それをするだけの理由がよもぎに有るのだろうと思うのが自然なのか。

 そして、ある意味で、そのゆかの判断は正しい。

 何故なら、よもぎには、マリンを攻撃するに足る理由があるのだ。

 マリンが先輩の生気を吸った。

 これに対する怒りを、ゆかが理解するしないに関わらず、よもぎが怒っているのであれば、それは相手が悪いのだからイジメるなら手を貸すのが友情……とも言える。


 そもそも、よもぎの怒りを理解する事は、第三者の自分にはほぼ不可能だ。

 よもぎの先輩への想いを僕が知る事はできない。

 男女逆にして何となく想像するくらいが限界だ。

 それでも、ほとんど共感はし得ないだろう。

 もしそれをゆかが分かっていたのだとすれば、よもぎの味方をするのはよもぎが友達だからと言う以外には理由が存在しない。


 となると、ここでゆかによもぎを止めなかった事を責めても仕方がない。

 よもぎにアドバイスをしないというのは、そのまま、よもぎへあなたを信用してないと言うようなものだ。


 ゆかはよもぎに対して優しい。


 いや、ちゆに対しても、僕に対してもだ。


 ……キスされる前に気が付いておきたい事だった。


 キスさせてしまったのは、僕の失態だ。


 どうやって挽回すれば良いだろう。



「セイシくん?……大丈夫?保健室いく?」


「保健室はダメだ!」


「なんで?」


「え?」


「びっくりした、大きな声で言うから」

「いや、……何でもないよ」


「そう、ならいいけど」


 保健室という単語に過度に反応してしまった。

 とにかく、ゆかに関してはそこまで悪意が無い事は分かった。

 あくまで、よもぎが主犯であり、よもぎがやりたい事をやったに過ぎない。

 ゆかも悪いと言えば悪いが、よもぎのイジメを一緒に楽しんでいたわけではなく、あくまで、よもぎの質問に答えただけで、マリン自体はどうでも良かったのだ。

 マリンがどうなるかより、よもぎが楽しいかどうかを優先させていただけ。

 こんな事は、普通の友達間ではよくあることだ。

 きっと、よもぎが嬉しそうに報告してくるから、ついついアドバイスをしてしまった、そんな所だろう。

 もしマリンが、ゆかに助けを求めていたとしたら、ゆかの手腕で、よもぎと仲直りさせてしまっていたかも知れない。


 それなら、単にマリンが不運だっただけだ。

 助けを求めるなんて世界線があればの話だが。

「ゆかは、よもぎがどうしてマリンにそんな事をしていたのかは知ってるの?」

「知ってるよ」

 やはり知っているのか。

「それを聞いて、どう思った?」

「へーって、感じかな」

「全然わからん」

「だから、へーって、他になんて言えば良いの?」

「関心は持たなかったの?」

「てかセイシくんは知ってるの?」

「一応、マリンから流れだけは聞いてる」


 本当はマリンから聞いたのは、とある男を1週間気絶させてしまったという失敗談のみで、詳細はよもぎから聞いているが、この際マリンからほぼ聞いている事にしてしまおう。

 話の辻褄が合ってるだけで、実は先輩とは全くの別人の可能性もあるのだが、そこはややこしいので、写真部に行ってからこっそりマリンに確認するつもりだ。


 ここまで一致していて真相が違ったらかなり面倒だが、たぶん合っているだろう。


「そうなんだ。私は、正直、何とも思わなかったの」

「それは、よもぎの話自体に興味が湧かなかったってこと?」

「それはちょっと違うかも」

「っていうと?」

「私、サキュバスが生気吸うなんて、信じて無かったから」





 ……なるほど。



 よもぎがまた、と思ったわけか。





 よもぎの事は応援するが、よもぎの言ってる事自体は信用して無かったのか。


 こんな友情もあるんだな。


 僕は今まで、理屈で考え過ぎていたような気がする。


 100%当たる占い師が仮に居たとして、その人に言われた事に、『自分の前を横切る黒猫を全て捕まえれば幸福が訪れる』とか言われたから手伝ってくれと言われたら、占い師を信用してなくても手伝ってあげるだろう。

 だってそれがなのだから。

 自分が占い師を信用してなかろうが、友達がそうして欲しいと言うなら、多少は協力してあげるだろう。

 そうしてあげると気が晴れるかも知れないし、途中で、こんな事しても無駄だと気付く可能性もある。

 占いが当たっている可能性も勿論あるわけだが。


 それで言うと、今回は、まさかのという緊急事態だ。


 これはよもぎに協力する他はないだろう。



 何となく、ゆかの行動に合理性が出てきたような気がする。



 やっぱり、聞いてみないと分からないものだ。


「そうなんだ。それを聞いて納得したよ。ありがとう、それから、ごめん、色々疑って」

「うん、いいよ、許してあげる」

「あ、これは、色々話を聞いて分かった事であって、さっきのキスとは関係ないからね、信じてね」

「そう?私のチュウが気持ち良くて冷静になったんじゃなくて?」


「あのねぇ……まぁ、もう、それでも良いよ。とにかく、今後はよもぎに変なこと吹き込まないでね」

「そこはダメなんだ」


「当たり前だろ、僕はゆかがイジメに加担しているなんて考えたくも無いんだから」

「それは、よもぎちゃんが正しいとしても?」

「何か悪い事をした人がいたとしても、それを個人的に裁くのは間違ってるんだ。先生に相談するか、警察に言おう。おっと、窃盗とかの現行犯逮捕については例外ね。何事も例外はあるんだから」

「なんか法律の人みたいだね」


「なんだよそれ。とにかく気を付けてね。僕はゆかが警察に捕まってる所なんて見たくないんだから」


「分かった、今度からは、よもぎちゃんが変なこと言ってたら、セイシくんに相談する事にする、それで良いでしょ?」


「……ん?まぁ、それでも良いけど、なんでだろう」


「だって、私、セイシくんと違って、何が悪いことなのか分かんないもん」


「そっか。……なら、僕が判断するから、それを参考にして」

「はーい、わかりました、せんせー!」

 右手を上げて声を上げるゆか。


「先生?茶化すのはやめてよ」


「だって、言ってること先生なんだもん」


 何となく、緊張感が抜けているゆか。


 僕が納得したのを察して、安心したのだろうか?


「……とにかく、もう一度教室に入ろう」

 僕が足をクルッと、教室のドアに向ける


「うん!」



 元気に返事をして、僕の左腕に両腕を絡めるゆか。


 突然の密着にビックリする僕。


 ゆかの顔を見つめると、ニコニコして嬉しそうだった。




 僕はゆかの身体の柔らかい感触にドキドキした。



 まだよもぎの問題が解決したわけでは無いのだ。

 気を抜くわけにはいかない。



 だが、何度見てもゆかの目はキラキラして楽しそうで気が抜ける。





 気を取り直して僕はドアを開けた。










「あー、またお兄ちゃんゆかさんと腕組んでるー!」




 ちゆがいつものテンションで文句を言ってきたので、更に気が抜けた。
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