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2章 粛清と祭

第30話 喫茶店の隅で咲く花の名は

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「せーちゃん、もう帰ってまうん?寂しいわー」


 鞄を持って部室から出ようとすると、りさが名残惜しそうな表情で僕を見つめた。


「うん、この後、帰ってやらないといけないことがあって」

「そーなん?ウチに会いとうなったら、また来てや」


「ははは」


 力なく笑ったが、目線の置き場所に困った。話しながら、りさのクネクネした腰の動きに、自分の身体が反応しそうになるのでぐっと堪える。

 まふゆが即座にりさに突っ込む。

「玉元さんは、りささんに会いに来るのではありません。部活動をするためにここへ来るんです」

「それはそうやけど、……もぅー、まふゆちゃん面倒くさいわぁー」

 りさはまふゆの指摘をすぐ受け入れる。反論しようという気はないようだ。

 そんな状況を見て、あやかは満足げだ。

「よしよし、これで玉元くんは仮入部決定!入部届け書いといてね。私が預かっておくから」

 ……本当に預かるだけなのか?もしかして、そのまま職員室で、玉元くんから預かりましたって言って、しれっと提出する気じゃ無いだろうな。

 入部することに特に抵抗はないが、せめて自分で出したい。

 部活は仮入部期間が2週間設けられていて、その間は他の部活を見学できる。

 いったん写真部に仮入部しておいて、あとから別の部に本入部することも可能だ。

 りさのことが無ければ色々回ってみようと思ったが、正直言うと、写真部に入りたくなってしまった。

 これがもし、そういう作戦だったのだとしたら、ものの見事に引っ掛かっている。

 あやかが退出して、上手くりさにアプローチさせる。

 ここまでは普通の部活でもありそうな光景だが、そこは見習いサキュバス。

 禁断の手技の勧誘がそこに加わる。

 ここで陥落しないのは素人には困難だ。

 簡単に引っ張られるのは男としては敗北しているような気もしないでもないが、一応誘ってくれたことは嬉しいので、仮入部しておくことにした。

 部室を出る時に、りさ、ゆい子、きょうこが見送りに来てくれた。

 3人ともそれぞれ個性的な可愛さや綺麗さがあって魅力がある。

 そういえば、長身の金髪ギャルあいながいないなと思った。彼女とは少し話してみたいと思った。

「校門までお見送りしてあげるね」

 あやかが着いてくる。

 拒否して勘繰られるのも何なので、とりあえず送ってもらうことにした。

 歩いている最中に写真部の感想を聞かれる。

「どうだった写真部。楽しめた?」

「うん、全員と話したわけじゃないけど、みんな個性的で、楽しかったよ」

「入る?」

「うーん、一応他の部活も見てみるよ」

「へー、文芸部でもいいよ?」

「ありがとう。そっちも検討はするよ。そういや、入り口のダンボールに描いてあった女の子の絵は誰が描いたの?」

「あー、アレね、あいなちゃんだよ、上手いでしょ」

 まさかあのハイクオリティの登山家風女の子の絵が金髪ヤンキーギャルによるモノだったとは。

「そうなんだ?人は見かけによらないもんだね」

「派手だもんね、あいなちゃんって」

「そうそう、絵を描く趣味とか無さそうに見えるから、意外だったよ」

「アウトドア系って感じ?」

「うん」

「ああいう子が好きなタイプなの?」

「え?……そういうわけじゃ、無いかな」

「そっか。部の子たちだと、誰がタイプだった?」

 答えにくい質問だ。

 正直に言うと、完全にりさなのだが、それを伝えると、あやかのりさに対する印象を変えてしまう気がする。

 あやかが僕のことを、ゆい子に対して、運命の人かもしれないって言っていたという情報もある。

 これはたぶん、勘違いではなく、あやかは僕のことを恋愛対象として意識していると見ていいはずだ。

 なら、変に部内でそういうしがらみを作りたくはない。

 これは、あやかがの可能性を考えての配慮だ。

 りさがサキュバスなのであれば、僕を単なる捕食対象として好意を持っているとも考えられる。

 本人に自覚がないにしてもだ。

 一度、悪魔測定器を使って確認してみなくては。

 あ、そうだ。

「あやか、ちょっと手首見せてみて」

「なになに?」

 あやかのスベスベの細い右手首を掴む。少しヒンヤリしてつるつるしていた。気持ちいい触り心地だ。

 さすがあやかの肌!

 僕は測定器をポケットに入れていたことを思い出して、彼女の手首に当ててみた。


 3指標、オールグリーン。


 やはり……。


「ありがとう、あやか」

 僕は手を離す。

 あやかは急なことにあたふたして焦る。

「何なの何なの!?なにしたの玉元くん」

「いや、新しい体温計買ったんだ。僕の平熱と比べて、正確さを見たくて。初期設定で失敗してると上手く作動しないんだってさ」

「そうなんだ。最近の体温計って、四角いんだね。私何度だった?」

「36度6分」

「へー、高いね」

「平熱はどれくらいなの?」

「35度8分か、9分」

「ほんとにー?じゃあ設定ミスしたかなぁ。だけど、古い体温計だと、体温が低く出るって聞いたことあるよ」

「そうなの?最近風邪ひいたのいつだっけ?忘れちゃった」

「念の為に一回リセットしてみるよ」

「そだね、また測っていいよ」

 僕は測定器のボタンを押す素ぶりをした。

「これでよし!また設定するよ。ありがとー、やっぱり手首より耳元の方が良かったかな」

「耳元?耳元って、なんかちょっとえっちだね」

「なにが!?」

 オールグリーンの子が何てことを言うんだ!

「んふふっ、そんな焦んなくていいじゃん、私たちもう大人なんだから」

 何だか嬉しそうなあやか。

 一応誤魔化せたが、ちょっと危なかった。

 次からはもうちょっと気をつけよう。

「分かってるよ、僕らは大人。それくらいで動揺しない」

「玉元くん、私、知ってるよ」


 ええ?


 どういうことだ?


「な、なにが?」

「ふふっ、動揺してるねぇー」

 あやかがイタズラっ子のようなニヤつきで僕の肩をツンツン突く。

 何かバレたのか?

 まさか、悪魔測定器で確かめようとしたことを察して?

 しかし、なぜだ?

「部員の子の中に、好きなタイプな子、いたんでしょー? 急に、思い出したみたいに体温計なんて取り出して、私が見抜けないとでも思った?……玉元くんって、ほんと誤魔化し方が単純で笑っちゃった」



 ……セーフだ。



 なんか凄く都合のいい勘違いをしてくれている。

「そそ、そっかー!!バレたかー!上手く話を逸らせたと思ったんだけどなぁ!!!」

 つい声が大きくなってしまう。

 冷や汗だらだらで背中が寒いくらいだ。

「私を誰だと思っているんだ。成績優秀、容姿端麗な委員長様だぞ」

 あやかが茶化した感じでボケてくる。

「だよねー、こんなのじゃ誤魔化しきれないか」

「そうそう、観念して言ってごらんよ、怒らないから」

 なんで誰がタイプか言っただけで怒られないといけないんだ。正解があるのか?

「それで言うとさ、あやかは誰と仲が良いの?」

「私かー、誰だろう。皆んな仲良いから、1人って決められないかも」

「強いてあげるとしたら?例えば、休日によく一緒に遊びに行く子とか」

「それだったら、やっぱりまふゆちゃんかな、他の子も遊ぶけど、一対一だと、あの子かも。私がって言うより、まふゆちゃんの性格的に2人の方が話しやすいって感じだけどね」

「あやかが選んだ副部長の子だもんね。さっき話してて、かなりあやかのことを慕ってるようだったよ」

「ほんとぉ? 嬉しい、何て言ってた?」

「何てって言うか、さっきロッカーのアルバムを見てて、りさがまふゆちゃんに、考え方が固すぎると、部長に信頼されないかもよ、って言ったんだ。そしたらまふゆちゃん、あやかが自分の能力を見込んで任せてくれたんだって、けっこう怒っててさ」

「……へぇー」

 アレ?わりと薄めの反応だな。

「まふゆちゃん、あやかのこと好きなんだろうなぁって思ったよ」

「そっか、そうなんだ」

「あ、じゃあ、ここで。また明日ね。ありがとう」

「いえいえ、それより、私こそ急に引っ張ってってごめんなさい。むりに写真部にしなくて良いからね」

「そう?楽しかったし、今は写真部に入ろうってちょっと思ってるよ。せっかくあやかが勧めてくれたし」

「……べつに、文芸部でも楽しいと思うよ。明日は、文芸部の方案内してあげる。だから見に行こ?」

「え?悪いよそこまで付き合ってもらっちゃ」

「なんで?……文芸部の部長も、私なんだけど」

「そっか、そうだったそうだった。あやかがいないとダメか」

「でしょ?玉元くん私が言ったこと忘れないでよね」

 ん?なんか急に威圧感出てないか?

 また強引に勧誘……、ってのもないか、そもそも写真部でかなり固まってるし。

「分かった、放課後楽しみにしてるよ」

「……うん」


 なんとなくテンションが低いな。

 とりあえず、早く喫茶プリウムに行かなくては。

 一度校舎を出て、運動場を外から大きく回って運動部の部室棟に入ると、そこからプリウムに入れる。

 もちろん校内の入り口から入る方が遥かに近いのだが、一旦出てからでなくてはあやかの視界に入ってしまう。

 できる限り目撃者は少ない方が良いのだ。


「じゃあ、ここで。ありがとー!」

「……またね、玉元くん」

「また!」

 背を向ける僕。





「………………、か」



 あやかがぼそっと呟いた。




 外履に履き替え、昇降口を出る。

 一応、あやかが階段を登る姿を確認してから運動部の部室棟へ向かった。



 さて、ここからが本番だ。



 運動部の子たちの掛け声を聞きながら、喫茶プリウムの入り口を探す。

 入り口が二つあるのは、こういう時に便利だ。

 ある意味、こういう時ってのは少ないに越した方が良いのだが。



 もうかなり暗くなっており、夕方というよりもう夜だ。



 18時10分。



 よし、これくらいの時間ならまだ余裕がある。


 僕はプリウムに入る。

 席数98あるうちの、70席くらいは埋まっている印象だ。

 つまり、かなり混んでいる。

 いつもそうなのか分からないが、やっぱり人気だ。

 壁の色は落ち着いたヴィンテージの木製で、流木インテリアが掛かっている。

 流木の上には、林檎や梨やブドウ、バナナなどのフルーツの見本が貼り付けられていてオシャレだった。

 場所によっては同じ木製でも、レトロなブラウンだったり、白だったり、レンガ調になって、中身の無い酒樽がオブジェとして置いてある一角もある。

「やっぱり、良い席はみんな取られてるなぁ」

 見た感じ、中央のオシャレな空間は全て埋まっており、奥にある非常口の近くの普通の壁の席や、手前のお手洗いに近いところしか空いてなかった。

 仕方ないと言えば仕方ない。

 できればレンガ調のところが良かったなぁ。

 ……と、そんなことを考えて、奥の席に向かって歩いていると、隣から声がかかった。

「セイシくん、おっすー、先に着いてたよー」


 

 西園寺さいおんじ 綺羅梨きらりだ。


 まさか先に来てるとは!?


 しくじったような気がしたが、こんなところで動揺なんてしてる場合ではない。

 僕はそのまま、持っていたカバンを彼女の前の席に置いた。


「早いね、待った?」


「ううん、全然。5分前くらいに来た。気にしないで注文してきなよ」

「あぁ、そうだね、分かった」

 僕はいったん注文しに席を離れる。気持ちを落ち着かせるために、こっそり深呼吸した。

 一応、話す内容のプランは、ケルビンからのメッセージで指示がきている。

 とはいえ、そこの誘導は自分でやらなくてはならない。

 とにかく自然に振る舞うことが大事だ。

 いつも通り、いつも通り……。


「あの、ご注文は……」


「はい!すいません、プリウムオリジナルカフェオレ、サイズはレギュラーで!」

「受け取りは、右手側の方で」

 支払いを済ませ、引き換えカードを渡される。

 完全に頭の中の思考で静止していた。

 落ち着け、僕。何をそんなに緊張している。

 相手はきらりなんだぞ。

 バスで散々搾り取られてるし、何だったら、彼女からの誘いもあった。

 すでに好意を持たれているのだから、心配することはない。



 だが、……サキュバスだ。



 捕食と恋の違いとは、いったい何だろう。


 僕らは牛肉や豚肉を食べる時に、いちいち牛や豚に恋をしない。

 子豚をペットにする事は人間社会でも普通に存在するが、それは、子豚が、犬猫と同じ扱いになっているだけだ。

 しかし、考え方を変えれば、僕らは生殖活動が可能。

 つまり、搾精は行うが、妊娠も可能。

 そうなると、種族としての違いだけだ。

 例えば、エルフという種族が現実にいたとして、エルフの母乳が人間にとってすごく美味しく栄養価の高いモノだったとしたら、エルフに恋しつつ母乳を飲む事があっても良いだろう。

 しかしその場合、そのエルフに関わらず、エルフの母乳だけを飲みたくて、特に好きなタイプではない子に交渉する人間が出てきてもおかしくはない。

 そう考えると、僕に恋してなくても、精子目当てでセックスすることは可能。

 ……だけど、サキュバスではない人間同士でも、最強の遺伝子を求めてセックスをする女の子も中にはいると思う。

 有名人で、何かの能力が凄い高いというだけでも、遺伝子を求めて交渉する事は多分ある。

 なら、それは恋と言えるのか?

 好きって、何だろう?


「……あの、プリウムオリジナルカフェオレでお待ちのお客様では無かったですか?」


「あ、はい!そうです!ごめんなさい」


「いえ、ぼーっとされてたので、大丈夫ですか?」

「う、うん、ぜんぜん平気、ありがとう。他の人も並んでますもんね、邪魔しました」

「もう3人くらい先にお渡ししましたよ。だから気にしないでください」

「そうでしたか」

「はい。……男子生徒、だよね?」

「え?はい、そうですが、なにか?」

 なんだ?僕は見た目が男子っぽくないのか?

「いえ、何でもありません。どーぞ」

 僕はカフェオレを持って、軽く会釈すると、きらりの待つ奥の席へ戻った。

 カーテンの仕切りを使おうかと思ったが、人数が多いことと、仕切りを使うと逆に目立ちそうだったので、敢えてこのままで話そうと思った。

 木を隠すなら森の中だ。

 奥の席にいるなら、分からないだろう。

「あ、セイシくん来た。なんだ、普通のコーヒーじゃん。遅いからドリアでも注文したのかと思った」

「ごめんごめん、ちょっと考え事してて、それにしても、さっき店員さんから、男子生徒かどうか疑われてさ。見りゃ分かるよね、ははっ」

 きらりは自分で持っているコーヒーを飲む。

「そっかなぁ、私でも疑うよ。まぁ、わざわざ聞いたりしないけどね」

「そうなの?別に女子っぽい顔でもないと思うんだけどな」

「ちがうよ、そういう意味じゃなくて、ここ、男の子いないんだよ?忘れてない?」

 そうだ、ここは女学院だ。またそこの部分を忘れてしまっていた。

「ほんとだ、僕って珍しいもんね。そりゃ疑われて当然だ。だけど、男子生徒かどうか聞かれたから、女子生徒って言っても通じたのかな」

「通じると思うよ。セイシくん、ゴツいって印象ないし、丸顔で童顔だから、髪伸ばしたら普通に紛れると思う」

「そうなんだ。あんまり男らしくないってことかな」

「まーね。でもそれも個性じゃん。私からしたら、優しくて良い感じだよセイシくんって。セイシくんが転入生なの、不思議じゃないもん」

「そうなんだ、そう言われるとなんか照れちゃうな」

 なんだか褒められてるようでくすぐったい。

 今からあの指示通り話すと考えると気が重くなるほどきらりは良い子だ。

 良い子って言っても一個先輩なのだが。


「で、私に何か聞きたいことがあったんでしょ?」

「そうなんだ。実は今、ちょうど部活見学をしてきたところでさ」

「えー!どこどこ?どこ入るの?」

 きらりの目が輝き出す。

 一応興味は持ってくれてるようだ。

「今はまだ仮入部なんだけど」

「うんうん」

「写真部」

「……写真?」

「そう」

「なーんだ、運動系じゃないんだ」

「なんかゴメン、文化部に入るって初めから決めてたんだ」

「そっかー、運動部だったら、応援行ってあげようかと思ったんだけどね」

「ほんとに?それは素直に嬉しい」

「ま、写真も良いんじゃない」

「応援来てくれてもいいよ」

「写真部で?それは草だわ」

 草って……、たしかに、写真部で応援ってのはおかしいよなと思った。

 チアガール的な応援だけが応援とは言わないし、なくはないだろう。

 というか、ここで話題をきらりへ移すチャンス!

「でさ、この学院の部活について知りたくってね。きらりって、3年だし、詳しいと思って。ダンス部の副部長なんだよね。どうなの?」

「どうって、前も言ったけど、コンクールが近いから忙しいよ」

 少しテンションが落ちるきらり。

 ……やはり、ケルビンの言った通りだ。


 だが、ここで僕が内情を知っていると告げる事は得策ではない。


 あくまで、僕はでなくてはならないのだ。


「きらりも大変だよね」

「なんのこと?」

「ほら、副部長って、部長と部員の間を取り持つ必要があるでしょ?だから色々と心労もあるんだろうなって思ってさ」

「まー、私からしたら大した事じゃないよ」

 わりとあっさりしている。

 本当なのかあの話は。ケルビン、間違ってないよな。

「大したことじゃないんならいいけど、僕もできるなら、部活内の揉め事は避けたいからさ」

「なら、部活選びは適当にしといた方がいいよ」

「なんで?」

「その方がさ、……巻き込まれないし」

 少し暗い顔になるきらり。


 ……来たか。これならもう少し押せば話してくれそうだ。


「だよね、そういやさ、ダンス部のエースって言えば、月富つきとみラナだよね。この学院のダンス部で、1番有名な……」

 月富のことを言った瞬間に驚きの表情に変わるきらり。



 食い付いた!



「ラナのこと知ってんの?」


「知ってるっていうか、有名じゃん、芸能プロダクションにも所属してたんじゃなかったっけ」

「そう、所属してる。でもまだネットラジオくらいしか活動してないと思う。よく知ってるね、もしかしてファンだった?」

「ちがうよ、たまたまだよ。ダンス部の冊子にも派手に載ってたでしょ」

「ラナのことは冊子には書いてないよ」

「そっか、じゃあ、何で見たんだっけ、えっと」

 しまった、そんなに有名人なら冊子にも載っているモノだと勘違いしていた。

 ケルビンからの情報だけじゃなくて、ネットでも調べておけば良かったな。

 てかまだネットラジオだけなんだ。アイドル活動でもしてるのかと勘違いしてた。

 てことは、ほんとに全国のダンス部の中で有名ってことか。

 ショート動画調べたら出てくるのかも知れない。

「まぁ別に何でもいいけどさ、ラナってほんと、ややこしい子でさ」

「そうなんだ、どんな風にややこしいの?」

「実はね……」

 ちょっと周りを確認するきらり。

 ダンス部のメンバーがいないか見てるんだろうか。

 もし月富ラナ本人が居たりしたらそれこそややこしいだろうな。

「誰にも言わないでね」

「うん、言わないよ、なに?」

「実はさ、私、ラナと

 ぶーっと、カフェオレを噴きそうになったが、なんとか手で押さえて耐えた。



 きらりが月富ラナと付き合っているだと!?

 その情報はケルビンから聞いた中には無かった。


 てか百合じゃん!!


「それって、ダンス部員は皆んな知ってるの?」

「……どうかな。たぶん知らないはずなんだけど」


「それで、なんでややこしい子だと思うわけ?」

「それがね、ラナのこと連れてきたの、うちの部長なんだけど、あ、名前は乃ノ花、西内にしうち 乃ノ花ののかね。ののか、ラナに惚れてるのよ」

「ヤバいね、修羅場じゃん、月富さんって何年生」

「セイシくんと同じ2年生」

「部長は3年生だよね」

「うん。ラナが1年の時に連れてきた」

「それで、部長は、ラナとの関係はどうなの?」

「最悪」

「ええ?でもスカウトしてきたんだよね、相性悪かったんだ」

「そこなんだけどね、ラナってさ、プライド高い自由人だから、学生のダンス部自体見下してるのよ」

「あー、プロ目指しているタイプなのか」

「そう、ガチ勢ってやつ。ラナってほんと可愛いからね。スタイルも良いけど、アレは毎日ジムに通って筋トレして作ってる身体だから、本人の前では不用意に褒めたりしない方がいいよ」

「褒めたら何でダメなの」

「努力して作ってる身体だから、羨ましいとか言ったらキレてくるのよ」

「それは厄介だな」

「今年の後輩は、ほとんどラナ目当てで入部してきたんだけど、本物のラナと話したら皆んな萎縮しちゃって」

「そんな怖いんだ」

「んーとね、私に対しては、デレデレの甘々で、子猫ちゃんみたいなんだけどね」

「好き嫌いが激しいタイプなんだ」

「言っちゃえばそうかな。セイシくんも気をつけた方がいいよ」

「なんで?」

「私と仲良いのがバレたら恨まれるかも」

「メンヘラじゃん」

「メンヘラだよ」

「そうなんだ、分かった、注意するよ」

「そうして」

 何でややこしい状況を更にややこしくするんだ!月富ラナ!

 僕はきらりとセックスしないといけないのに、また敵が増えるじゃないか!!

「で、その、部長に対してもやっぱり」

「そりゃあもう見下してる」

「……そうなんだ。よくスカウトに応じてくれたね」

「その時はまだプロダクションに入ってなかったし、ダンスは好きだけど、そこまでストイックでは無かったからね」

「当時は部長のことをどう思ってたんだろう」

「ラナが?」

「そう」

「ふつうに好印象だったみたいだよ」

「でも今は最悪なんだよね、何があったの?」

「実際、部長のアプローチが激し過ぎたのが原因ね。とにかくウザいらしいわ、めちゃくちゃ私に悪口言うもん」

「部長の一方的な片思いってわけだ」

「初めはラナも先輩としては慕ってたんだけど、毎日ラナちゃんラナちゃんってすり寄ってきて嫌だったそうなんだよね。ほらなんて言うか、程度があるじゃん」

「そんなにしつこかったの?」

「うん、毎日連絡来るし、休みの予定聞かれるし、部活休むと翌日別室呼ばれて問い詰められるし、外部の活動とか、プロダクションも決められそうになったんだって」

「芸能プロを決めるってなに?」

「事務所選びの世話をされたみたい」

「それって嫌なの?」

「本人は、自分のペースで選びたかったみたいで、ラナちゃんココ良いよって、来られるのがウザいらしいの。結局、部長からの候補は全部断って、私が調べた事務所にしたの」

「へぇー、意外ときらりも世話焼きなんだ」

「違う違う、誤解だよ。私、ラナの事務所選びなんてしたくないもん」

「どういうこと?」

「ラナが、私のこと凄い好きっていうか、依存?みたいな?とにかく何もかも相談してくるの。それで、きらり先輩に調べて欲しいって言われて、チャチャっと、有名どころ2つ3つ検索して、評価が高いところ教えてあげたわけ。そしたら、目を輝かせて、じゃあココ!って一瞬で決めたわ」

「よっぽどきらりのこと信頼してるんだね」

「私からしたら半分迷惑な話だけどね」

「そうなんだ、で、なんできらりは付き合うことにしたの?」

「なんかね、部長に告られたらしいの」

「ほうほう、告られるってことは、本気で恋愛対象だったんだ」

「みたいね」

「そこは、ラナの方からしたら、女性が恋愛対象じゃなかったってことか。でも、きらりと付き合ってるし、んん?」

「いやね、普通にラナからしたら部長って好きなタイプではなかったみたいで、好きな人がいるからって断ったらしいのよ」

「好きな人か……、それがきらりだったと」

「正確には、そのあとで、私のことを意識したらしいよ」

「あと?じゃあ、断った瞬間は好きな人はいなかったんだ」

「そう、ラナは部長が諦めてくれれば何でも良かったらしいの」

「そうなんだ。きらりは、なんて言って告白されたの、ラナに」

「何だったかな。たしか、きらり先輩、ううん、きらりちゃん、私をあげるって言われたと思う」

「凄い情熱的だね」

「そうなの、最初、は?え?なになに?って返したと思う。意味わかんなくて」

「どうやって伝わったの?」

「ふつうに、きらりちゃんの事が好き過ぎるので、私を彼女にしてくださいって、言い直された」

「そうなんだ。よっぽど好きだったんだな、ラナの方は。……で、きらりは?」

「なに?」

「きらりは、ラナのことをどう思ってたの?」

「そりゃ、もちろん可愛い後輩よ」

「それだけ?恋愛対象だった?」

「あんまりよく分からないかな。私、男の方が好きだし……」

「じゃあ、同情して付き合ったって感じ?」

「そんな事もないかな」

「てことは、一応、きらりとしてもラナは有りだったんだ」

「結果的にはね。ラナって女の子から見てもめっちゃ可愛いし、実際今も後輩からモテモテだからね。たぶんラブレターとか貰ってると思う」

「でもさ、付き合うってことは、ラナはきらりの事を抱きたいって思ってるって事だよね」

「抱きたいっていうか、……抱かれたいって思ってるとは思う」

「抱いてあげたの?」

「まだ、裸では抱いた事ない」

「どんな回答だよそれ」

「だって仕方ないじゃん。普通に抱き合うのは何度もしてるよ」

「ラナに欲情したことは?」

「今のところは無いかも」

「ラナの方はどうなの?」

「あ、ラナは私で毎日オナニーしてるよ」

 またカフェオレを噴くところだった。

「なんでそんなの知ってんの?」

「寝る前に電話してくるのよ」

「寝落ち電話してるんだ、で、本人がオナニーしてますって言うのか」

「だねー、最初は、今日はきらりちゃんと少し話したらすぐ寝るんだって言うんだけど、結局最後は、きらりちゃん、私の恥ずかしいところ、いっぱい責めてって、言い出して、はいはいイジイジ、きもちいい?って適当に言うと、くちゅくちゅオナニーして、勝手にイクぅーって果てるの。ぜったい最後はイクまで切らせてくれないから、最近だと少し話したらすぐ、さっさとイけよコラって言って乱暴にイカせてる」

「そんなんでよく抱かずに今まで部活できたね。まだ付き合って間もないとか?」

「一応そろそろ3ヶ月くらいかな」

「そこそこ経ってるな、部長との関係は大丈夫なの?」

「それがね、最近まじでバレそうなのよ。ラナにはベタベタしないように怒ってるんだけど、昨日も、電話で怒ったら、きらりちゃんの怒った声しゅごいよー、怒った声で感じてごめんなさいーって、絶頂してた。もうダメよあの子は」

 かなり絶望的な表情で遠くを見るきらり。

 なんだか複雑だが、部長と後輩に挟まれて大変だと言う意味では間違ってなかったようだ。

 しかし、こんな状況ではきらりを口説くどころじゃ無いな。


 ケルビンも僕になんでこんなことを……。




 いや、違う。



 これが目的なのだ。



 なぜ、僕への指示が、悩みを聞く事だったのか、内容を聞けば納得できる。



 今、きらりが直面している、月富ラナとの問題、それによる部長との三角関係。


 コレを解消して、初めて僕はきらりとの関係を進める事ができるんじゃないか?


 そう考えると、今の段階では、具体的な対処法を、きらりの話から抜き出さなくてはならない。


 そうか、だからあんなに緻密な指示があったのか。


 この情報を元に、ケルビン達はさらに分析するということだ。



 僕はなんとなく天使側の意図が読めてきてテンションが上がった。



 とにかく今は、きらりの悩みを聞こう。


 それが、どんな形であれ、彼女の助けにはなるはずだ。



 僕は姿勢を正し、能動的にきらりの話に耳を傾けることにした。


 以下、ケルビンによる指示の一部を抜粋。



『必須事項』

 質問内容は部活動に限る。


 活動内容に関して問え。

 知らない部員のことを褒め続けろ。

 不平不満を引き出せ。

 愚痴には全て肯定せよ。

 ただし、部員のことは褒め続けろ。

 相手の行動を否定するな。

 対象に対し、卑屈な言葉はひと言も発するな。



 対象への理解を示せ。
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