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2章 粛清と祭

第26話 対策と葛藤と ※R18シーン無し

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 西園寺さいおんじ 綺羅梨きらり



 まさか初のターゲットとなる相手が、バスの中で2度もイかせられたきらり先輩だとは思いもしなかった。


 だが、冷静に考えてみれば、サキュバス化を進行させた実例が、ちゆ、アカリと2ケースあるのだから、きらりが悪魔測定器で赤になるのも納得できる。

 仕方ないとはいえ、これには頭を抱える。

 くーっ、どうしてもっと早くこの情報をくれなかったんだ!

 ……と思うが、よくよく思い返してみると、学院に初めて訪れた日、牧野院長から、安易に性行為に走ることはないよう気をつける様にと、やんわり釘は刺されていた。

 警告は受けていたという事だ。

 僕が悪いのか!?

 悪いな!

 悪いぞ僕も。

 最悪だ。

 と、今更、自己嫌悪になってもどうにもならない。

 チャンスが残されているだけまだマシなのだ。

 そうだ。

 逆に、きらりさえ抑制してしまえば、僕の失敗はもうそんなに多くは無いはずだ。

 少なくとも、直接行為を行なった女の子は、彼女とちゆとゆかのみ。

 つまり、この問題さえクリアすれば、後のことは全てプラスに転じるだろう。


 まさかのマイナススタートで始まったサキュバス抑制作戦だが、早い段階で気付けてむしろ幸運だった。

 ちゆの羽化をきっかけに真実を知ることができたのだから、これ以上のことはもう良いだろう。


 切り替えて考えよう。


 まず、きらりに関して、2人に話すかどうかだ。

 ゆかにはきらりの事で半日説教をくらって、オナニーまで見せる事になったし、ちゆはバス停で、もう連絡しないと、ライバルとしての宣戦布告をしてしまっている。

 普通に考えて、話す方が良いと思うが、素直に応援してくれるとは思えない。

 ゆかに言うと、たぶんケルビンに断りの連絡を入れるように強要されるだろう。

 そう言う権利が彼女にはあるし、僕もそれは認めているつもりだ。

 ちゆもそれに同意する気もする。

 ……となると、きらりのサキュバス化は見送ることになり、レオミュール、つまりアカリが対応し、おそらくきらりは捕えられて、最悪の場合、そのまま処分が下される。

 ちゆはアカリによって、低級悪魔と認定を受けていて、影響が薄いため安全と認識されているからいいが、きらりはそうはいかない。

 僕がきっかけで羽化するきらりが、何かしらの方法で処分されることを、さすがに僕は放っておけない。

 となると、1人で止めるしかない。

 だが、どうすれば。


 ゆかが、黙って考え事をしている僕に声を掛けた。

「どうしたの?セイシくん顔色悪いよ」

 ちゆがびっくりして僕を見る。

「えー!お兄ちゃん大丈夫!?レモネード入れてるから、飲んで元気出してね!」

「ありがとう2人とも。僕は大丈夫。ちょっと考え事してて、気にせずにゲームしてて」

 レモネードが入ったマグカップを手に、ベッドの端に座る僕。

 携帯は一旦電源を落として机に置いた。

 僕は頭を抱える。

 とにかく、きらりに関しては自分だけで何とかしようと思った。

 少なくとも、一つ目のミッションが、悩み相談を聞く事だから、そんなに問題はないだろう。

 ゆっくり考えよう。

 とりあえず、指定の喫茶店について、情報をまとめてみる。

 学院の1階に設置されている喫茶プリウム。

 ここは、夜22時まで営業している人気のカフェで、席数も98席と多く、カーテンで仕切りを作る事もできるので、こっそり密談したい時にもオススメだ。

 モーニングは朝7時30分から食べられて、たまごサンドとフレンチトーストが特に人気である。

 学院生の中でも、ここでアルバイトしたい子が後を絶たず、面接ではなく抽選でバイトを決めているというちょっと面白いカフェだ。

 ……と、長々と語ったが、もちろん入学して間も無い僕はプリウムに足を踏み入れたことはなく、全てゆかとよもぎと誰か知らない女子の雑談から仕入れた情報である。

 当然、盗み聞きだ。

 今はそんなことはどうだって良い。

 とにかく、仕切りがあると言うのが今回はかなり助かる。

 というのも、きらりに時間指定をしておき、僕が先に入ってカーテンを閉めてしまえば、僕が雑談していることはバレにくいのだ。

 明日、放課後、少し時間をズラし、僕が先に到着していれば大丈夫だ。

 すぐきらりにメッセージを入れようと思ったが、一旦留まる。


 待て、連絡するなら電話か、直接の方が良いだろう。

 万一この携帯を見られたらややこしい。

 ただ、明日バレずに直接話すことができるかどうかも怪しい。

 なら、先に指定してしまって、カフェで待ってる方が良い。

 となると……。


「ねぇ、お兄ちゃん!ゆかさんとお風呂行くんだけど、来る?」


「え?そうだね……」

 チャンスだ!

 2人がお風呂に入ってる間に電話しよう。

「2人で行ってきなよ、今ちょっと集中してるから、あとでゆっくり入る」

「わかった!じゃ、あとでね!ゆかさん行こ」

「えぇ、行こっか、ちゆちゃん」

 ゆかが、僕の方をチラッと見てお風呂に向かった。


 僕は念のために、2人が出て行った後の足音も確認する。

 そこから3分ほど置き、きらりに電話を掛けた。


 プルルルー、プルルルー


 コール音が鳴る。



 出ない。途中で留守電に切り替わった。



 僕はため息を吐き、ベッドに倒れる。上半身だけ寝転がっている状態だ。

 天井を見ながら、彼女への質問事項を頭で確認した。


 正直、必須の項目については疑問符が浮かぶものばかりだ。

 こんな突っ込んだ質問をするなんて、僕の常識には存在しない。

 だけど、ケルビンは、我々を信じろと言う。

 本当に実績があるのなら、従うことに関してやぶさかではない。

 僕としては、きらりだけは何としても人間にしたいのだ。

 たぶん、天使側は半分諦めているだろうが、チャンスは残されている。

 それに賭ける!


 もう一度だけきらりに電話してみるが、やはり出なかった。

 もう寝ているのか?

 まだ22時過ぎだ。起きてはいると思うが。

 一応、発信履歴は消しておこうと思った。

 ケルビンに貰った携帯を起動して、こっそり確認してみる。

 いずれにしても、この端末だけは死守せねば。

 そうこうしてると、ゆか達が帰ってきた。

 足音が聞こえる。

 僕もシャワーを浴びてこよう。

 シャワー室で、もう一度くらいは掛けてみるか。

 ガチャっ、とドアが開き、ピンクのパジャマのゆかと、白いシャツを着たちゆが雑談しながら現れた。

「たーだいまー、お兄ちゃん!」

 ちゆがスライディングするようなポーズで言った。頭にバスタオルを乗せ、脇の辺りで両先を掴んで濡れた頭をゴシゴシしている。

 ゆかはピンクのフェイスタオルを首に掛けている。ふわっと良い香りがして、ドキドキした。

 凄い色気だ。つい胸を見てしまうが、顔も可愛いからほんとに目が奪われる。

 お風呂上がりのゆかはほんとにすごい。

 天使だと思っていたら、ほんとに天使だった。

 丘乃小鳥の時も天使だってすぐ気付いたが、もしかしたら、天使っぽい子って、ほんとに天使の確率が高いんじゃないかと思った。


 ブーッ!!

 と、携帯が鳴った。


 きらりだ!


 2回目のバイブが鳴った瞬間に切ったが、気付かれた。

「あれー?電話出ないの?」

 ちゆが普通に聞いてくる。

「あぁ、長話になるかも知れないから、先にシャワー浴びようと思って」

「そなのー?相手寝ちゃうよー」

「良いんだ、大した用事じゃないから」

「そっかー、ならいいのか」

 ちゆは冷蔵庫を開けて牛乳をガラスカップに注ぐ。

「ゆかさんも飲む?」

「飲む」

「はーい!」

 ちゆはカップをもう一つ取り、注ぐ。

 僕は携帯を持って、ベッド横のチェストからバスタオルと下着を出して出ていこうとした。

「待って」

 ゆかの声に、ビクッ!と、身体が跳ねる。

「シャンプーとリンスもいるでしょ?私の貸してあげる」

 小さい容器のシャンプーとリンスをゆかから受け取る。

「あー、助かるよ、ありがとう」

「それで」

「な、……なに?」

「誰から?」

「え?」

「……やっぱり何でもない」

「そっか、じゃ、ゆっくりしてて。あ、鍵かけといていいよ。ってか、鍵あるから、僕がかけとくよ」

「うん、いってらっしゃい」

 ゆかの目線が、何か察しているようで怖かったが、とりあえずシャワー室へ向かった。

 僕は浴室がある1階へ降りる前に、自分の部屋を遠目でチラチラ見る。

 まさか追ってくるとは思わないが、何となくゆかの行動は読めないので、気になってしまった。

 シャワー室へ入ると、携帯を取り、もう一度折り返してみた。


 プルルルー……。



 出ない。



 いったん諦めようかと思った時、きらりの声がした。


『はぁーい、西園寺でーす』

 やたら艶っぽい感じの声のきらりが出た。

 安堵したと同時に、別の意味で心臓が高鳴る。

 考えてみれば、これは、カフェデートのお誘いなのだ。

 なんて言って誘おう。

「玉元です。こんばんわ」

『セイシくん、電話くれるなんて意外ー、どしたのー?』

 語尾が上がって笑うきらり。正直かなりドキドキした。

「実はさ、ちょっと話したいことがあって」

『なになに?恐いんだけど』

「明日の放課後って、時間ある?」

『あした?明日かぁー』

「むり、かな?」

『そだねー、でも少しならたぶん、えっと、どっか行くのー?』

「プリウムで、お茶したいと思ってさ」

『プリウム?あそこかー、だったら行けるかなー』

「時間は、放課後、16時、午後4時に、どう?」

『私部活あるからさー』

「そっか、抜けられないってことだよね」

『コンクールが近いんだよね、私、副部長だから、ちょい部員の目がね』

「そっか、何部だっけきらりって」

『ダンス部ぅー』

「そうだったんだ、ごめん急に誘っちゃって」

『いいよ、私も急に誘ったし、待っててくれるなら会えるよー、どうする?』

「何時なら来れそう?」

『6時、……うーん、6時半くらい。暗くなっちゃうけど』

「分かった。じゃあ、6時半にプリウムで」

『おけおけ、でも突然電話なんて、何かあった?』

「なにも。ちょっときらりと話したいと思って」

『そっかぁ、へぇー』

「なんだよ」

『セイシくん1人で来るの?』

「1人だよ」

『じゃ、私も1人で行くねー』

「そうしてください」

『あははっ!じゃ↑ねぇ↓ー』


 ブッ、と電話が切れる。


「ふぅうー」

 全身が脱力して、その場に座り込む。

 何の説明も無しに、ただ会う約束をするだけでこんなに気力を使うとは思わなかった。

 考えてみれば、きらりとまともな会話を交わしたことは無かった。

 特殊な状況で、特殊な一線の超え方をしたというだけだ。

 本人も言っていたように深い関係ではある。が、別に仲良くなっているわけではないのだ。

 僕はきらりについて、何も知らない。そう思うと、ただただ申し訳ない気持ちになる。

 だが、そんなこと言ってたら助けるなんて不可能だ。

 僕はきらりを助けたい。

 とにかく約束は取り付けたので合格点ではある。

 ただ、18時半からの約束。

 学校は15時半には終わる。

 3時間か。

 どうやってその時間を潰せというんだ。

 ていうか、きらり、ダンス部の副部長って、何気にリーダー格なんだなと思った。

 確かにハキハキしていて美人で、バランスの良い体型だし、後輩からの人気もありそうだ。

 正直、電話越しの声が可愛くてびっくりした。

 ドキドキして、話せば話すほど深みにハマりそうな魅力がある。

 コレが、見習いサキュバス……というか、単に僕がチョロいだけなのか。

 たぶんそうだ。

 シャワーを浴びて、頭を冷やそう。

 それにしても、僕はゆかとちゆという最高のパートナーがありながら、なんて浮気野郎なんだ。

「くっそー!」

 自分が許せないと思いながらも、きらりの甘い声色に癒されたことは動かせない事実だった。




 ⭐︎




 シャワーを浴びて部屋に戻ると、フライパンのジューッという油と水分の音が聞こえた。

 何だろう。

 ピンクのエプロンを着たちゆが何か料理をしている。卵?

 これは……


 オムライスか!!


 3枚の白い皿に、まんまる半円のチキンライスが乗っており、ちゆの手慣れたフライパン捌きで、いい具合に半熟の卵がとろーっと乗っかる。

 美味しそうだ。

 見てるだけでお腹が空く。

 そういえば、もう23時前だというのに、何も食べてなかった。

 もしかして、ちゆは僕らが寝てたから気を遣って食べないでいてくれたのか。

 優しいな、ちゆは。惚れてしまいそうだ。

 いや、もう惚れてるけども。


「お兄ちゃんの分も卵乗せるから待っててね、それと、ゆかさーん!」

「はぁーい」

 スマホに夢中になっていたゆかが近付いてきて、ふわふわのオムライスを机に運んだ。

 その後、彼女は冷蔵庫から麦茶を取り出して、ガラスカップに3人分注いでいる。

「お兄ちゃんも、机に持ってってね」

 僕の分のオムライスが完成したようだ。

 チキンライスがドームの様に綺麗に乗っていたために、オムライスの形も綺麗なドーム状になっていて可愛かった。

 卵の焼き加減も上手く、丁度良い半熟感でより食欲をそそられる。

 すぐ食べたくなるが、我慢してちゆが自分の卵を乗せるのを待つ。

「ふっふー、美味しそーでしょ!ちゆムライス」

「ちゆムライス?」

 どうもこのオムライスには名前がある様だ。

「そー、ちゆが作ったオムライスだから、ちゆムライスって言うんだよ、覚えておいてね」

「分かった、覚えておくよ。あー、美味しそうだな、ちゆムライスは!早く食べたいよ」

 僕が突っ込まず流すと、今度はちゆがトマトケチャップを手に取る。

「食べる前に、ちゆがハート描いたげるね!」

 そう言うと、僕のオムライ、いや、ちゆムライスと、ゆかのちゆムライスにハートを描いていく。

 単なるハートくらいでと、気にもしなかったが、いざ出来上がってみると、ハートが如何に大事な存在かを思い知った。

 綺麗な丸いオムライスの中央に、可愛いハートがある事によって、何だか芸術性を感じる。

「凄い!コレが、ちゆムライス!!」

「へっへーん!おいしそーでしょ!なんとこれは、古代メソポメラニアンの時代から存在する、世界で一番おいしいオムラ、じゃない、ちゆムライスだよ!」

 ちゆムライスと名付けた本人が言い間違いそうになったところを見ると、たぶん話を盛っているだろう。

 古代メソポメラニアンの時代なんてあるんだな。メソポメラニアン……まるで犬種の様な名前だ。古代っていつぐらいだろう。3年前くらいかな。

「へぇー、ちゆムライスの歴史は深いんだね、もぐもぐ」

 ゆかが適当に流しながら、早速スプーンでもぐもぐ食べている。

 僕も食べることにする。

「じゃあ、ちゆちゃん!いただきます!」

 手を合わせる。

「どーぞ、お召し上がりやがれっ!」

 なぜ語尾が急に命令口調になったのかは特に考えずに、ちゆムライスを口へ運ぶ。

 ふわっとした柔らかな卵の食感と、チキンライスの胡椒っぽい辛味がある濃い味付けがマッチして美味しかった。

「ちゆちゃん!めちゃくちゃ美味しいよ、このオム、ちゆムライス。今まで食べたオムライスの中で1番かも」

「ほんとー!?もっと褒めていいよ!」

 ちゆが満面の笑みで喜んでいる。

「このまろやかな風味は、何か隠し味?」

「ふっふーん、ちゆの愛がふりかけになってるんだよ!」

 ちゆの愛が、ふりかけ?愛がふりかけってなんだ?

 愛が降りかかっているってことか?

「バターでしょ」

 ゆかが横から突っ込む。

「そだよー、よく分かったね」

「隠し味って言うほどでもないかもね。それと、溶き卵に牛乳足したでしょ」

「うん、牛乳入れるとふわふわになるの。本当はもっと色々試したかったけど、変な味になったら、ゆかさんに怒られると思ったからバターにしといた」

「ま、無難なんじゃない?」

 ゆかはパクパクと食べ切って麦茶を飲む。

 淡々と食べるなぁ。何か感想はないのだろうか。

 せっかくちゆが僕らのために作ってくれたのだ、ここは何か言ってあげた方が良いだろう。

「ゆか!ちゆちゃんのオムライス、じゃなかった、ちゆライスに、もっと何か感想はないの?」

「お兄ちゃん!ちゆライスじゃなくって、ちゆムライス。間違えないでっ!」

 ちゆに怒られた。ムライスが大事らしい。ムって。ム?

 確かに『ム』がないとただのライスだもんな。ムがあることによって、オムライスであることが明確になる。必要不可欠だ。

 なかなかやるなっ!ちゆちゃん!

「え?良いんじゃない?オムライスとしては上出来だと思うよ」

 何となく素直な感じではない。

 これは、もしかして、ちゆの料理スキルへの対抗心だろうか。

 ゆかならあり得るなぁと思った。

 だが、そんなゆかに対してもちゆは大喜びだ。

「ほんと!?ちゆのちゆライス、上出来なんだ!ありがとうゆかさん」

 別に塩対応っぽい感じでも褒めてはいるから、逆に本音っぽくて嬉しいのかもしれない。

「ちゆちゃん、ちゆライスじゃなくて、ちゆムライスでしょ?」

 一応本人にも訂正しておく。

「ええー?ちゆムライスって言ってたよ、聞き間違いじゃない?」

 なんでだよ!ふつうに間違えてるだろが!ムが大事なんだぞ。

 ……と、突っ込みたいが、せっかく作ってくれたのだ、あまり突っ込むのも悪い。これくらいにしておこう。

「そういや食材、僕の冷蔵庫には無かったよね?僕らが寝てる間に買ってきたの?」

「ちがうよー、ちゆの部屋から持ってきたの、鶏ムネ肉と、玉ねぎとにんじん。早く食べないとって思ってたから丁度良かったよ。お兄ちゃん達が起きたら作ろうと思って、お米炊いて準備してたんだけど、なかなか起きないし、ゆかさん羽根生えるし、どうしようかと思っちゃった」

「そうだったんだ」

 そう言えば、ゆかの天使の羽根についても、これから考えなくてはならない。

 天使と言えば丘乃小鳥だが、今の状況だと、彼女が味方かどうか怪しい。

 目的についても、悪魔殲滅だって堂々と掲げている。

 さすがに簡単には信用できない。

 ケルビンも天使だが、彼女とは全く印象が異なる。

 立場によって、天使もさまざまであることはケルビンと話して分かった。

 問題は、ゆかの立ち位置についてだ。

 何とか穏便にことを運びたい。

 どうしたものか。

「お兄ちゃん、今日はお疲れモードだね」

「あぁ、色々あり過ぎて、頭が追いついてないんだ」

「ちゆが、あーんしてあげよっか」

「あはは、ありがとう。気にしないで、ちゆも食べなよ。僕らを気遣ってくれて、食べずにいてくれてたんだろ?ありがとう」

 ちゆがスプーンをくちに咥えて、恥ずかしそうに目を背ける。

 おっと、ちゆも気遣いがバレて恥ずかしいんだな。

 と、思ったが。

「ううん、実は、お兄ちゃん寝てる時にバナナチップス食べちゃった。ごめん」

「そうだったんだ。まぁそれは謝ることじゃないよ。とにかくありがとう」

 何だかモジモジしている。

 おしっこでも我慢してるのか?

「それでね、ちゆね、ぜんぶ食べられないから、残りお兄ちゃん食べて」

 半分くらい、ちゆムライスが残っている。

 なるほど、あーんしたかったのは、全部食べきれなかったから、僕に食べさせて量を減らす作戦だったわけだ。

 ちゆ、策士だな!!失敗してるけど!

「なるほどね、良いよ、あとは僕が食べてあげるよ」

「ありがとー、ちゆバナナチップスちょっとのつもりが一袋食べちゃって後悔してたんだ」

「あ、なら私も半分貰うよ」

 ゆかが名乗りをあげる。

 なんだ、優しいじゃんか。

「じゃ、半分こってことで」

 ちゆの食べかけが半分だから、それを半分にしようとすると、ゆかがちゆの皿を自分の方へ寄せて、縦にざっくり半分にした。

 そういや、一応、間接キスになるけど、ゆかは気にしないんだなと思った。

 分けようと思えば、ゆかの分をちゆの食べかけと分けて切ることもできる。

 それを敢えてしないということは、ゆかにとってもちゆに対して特に抵抗感は無いということだ。

 女の子同士なら、仲が悪くなければ共有くらい当たり前なのかもしれない。

 僕はもちろん気にしない。というか、ちゆ以上に濃厚なディープキスをした相手はいない。

「セイシくん、こっち見て」

「え?」

 僕がゆかの方を見ると、ちゆムライスの乗ったスプーンを僕の口元に近付けている。

 何をしようとしているかは見ればわかった。

「はい、あーん」

 ゆかが僕に食べさせようとしている。

「あーっ!それ、ちゆのやつー!」

 ちゆが喚いているが、僕は流されるままに、口を開けて、ちゆムライスを食べてしまった。

 スプーンが口から離れる。

 ふふっ、と優しく微笑むゆか。むくれるちゆ。

「セイシくん、かわいい」

 彼女の白い羽根がふわっと上へ動く。

 天使だ。

 僕は恥ずかしくなる。

 気を紛らわせるために残っているちゆムライスをさらっと食べ切ると、一気に麦茶を飲んだ。


 嬉しいが恥ずかしい。

 こんな気持ちになるのは、人生で初めてかもしれない。

 何故こんなにゆかは可愛いんだ。逆にキツくなってきた。

 ちゆもぷんぷんしている。なんなんだこの可愛いサキュバスは。


 色々と今後の作戦を考えてはいるが、この天使と悪魔の2人には、僕では到底敵わない気がしてならなかった。
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