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14章 ー 対話 ー

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ディークの剣が、リトルシャドウに憑依されたロベルトへ突き刺さったかに思えた。



ロベルトの全身が一瞬光り、黄色い網目状の波紋が広がる。身体が跳ね返され、大きくジャンプして距離を取るディーク。

「やはり術は使えるようだなリトルシャドウ」

「当然です。僕がリトルシャドウを利用しているのですから」

「どこまでが憑依で、どこからが本気なんだロベルト」

ロベルトは杖で自分の肩を叩きながら嘲笑する。

「僕に憑依できるような魔物がいるわけがないでしょう」

ディークは冷静に呟く。

「冷静なロベルトなら、口にしない言葉だ」

声色を変えて怒るロベルト。

「あなたに僕の何が分かる」

「さぁな」

俺はマリアを抱えて林からディークとロベルトの様子を伺っていた。

ディークの剣が入らないことは、何となく予想はついていたが、それでも、ロベルトの術で完全に弾かれるとは思わなかった。

ロベルトという高等魔術師に対し、ディークの剣がどこまで有効なのか。場合によっては、ディークでさえ敗北する可能性はある。

ディークであれば、倒してくれるかもしれない。多少の希望はある。だが、ウィザードランクSS+エスエスプラスという謎の表記。素直にとるなら、相当な腕の持ち主ということだろう。

もし、ここに転生してきて、全く言葉が分からなかったのであればともかく、こうして日常会話を問題なく行えている時点で、表記の意味するところは明確だった。

例えば、訓練中カレンの言っていたCランクの魔法。Cランクが低いレベルであれば、高いのはAランク。その上位にSランクが並ぶと仮定してまず間違いない。

そうでなければ、SSランクが高等魔術師という扱いになることはないだろう。

というかそもそも、あのロベルトという男。どう考えても『カレンより強い』。

さっきも、ハイジャンプかどうかは分からないが、10メートルくらいジャンプしていた。
カレンは3メートルで自慢してきた。
この時点で答えは出ている。

最悪のケースを想定して、逃げる準備は必要だった。

他の教官もディークの後を追っているはずだ。なぜ一人なのだろうか。もしかすると、訓練校の方で、何かあったのかもしれない。
カレン、イベリス、アゲパン、マイクロジャム、あいつらは大丈夫だろうか?

「……ハル」

マリアが俺の服をギュッと掴む。
怖いのだろう。当然だ。俺にできることが、何かあればいいのだが。

マリアの髪を、そっと撫でる。

「大丈夫だ。俺が付いている」

マリアの力が少し緩んだ。安心してくれたのだろうか。気休めの言葉でも、負担が軽くなるのであれば問題ない。

ディークが引き付けてくれている間に逃げるか、攻撃を仕掛けるか。

どちらにせよ、訓練校にリトルシャドウを近づけるわけにはいかない。

あ。そうだ。

俺は音をできるだけ立てないようにしながら、肩の弓を手にした。

距離的には、まともに弓を引いたことのない俺でも、彼を仕留めることができるかもしれない。

しかし、ロベルトはマリアの命の恩人でもある。ディークも、ロベルトを助けたいはずだ。

ロベルトはディークに話しかける。

「ディーク教官、7年前の、フォースインゴットと隣国ビエネとの戦争を覚えていますか?」

「7年前? あぁ、そうか、ロベルト、あの戦争に参加していたんだな」

「僕はその時、作戦の現場指揮をあなたが取っているとは思いませんでした」

「あぁ、そりゃあそうだろうな。俺は指揮官が死んだからその代理だった。だが、後悔はしていない」

「覚えているのですか?」

「覚えているさ。最後の選択は俺がしたからな」

「もちろんです。あなたは正しかった。正しい選択をした。それによって、被害は最小限に抑えられた」

「言いたいことは分かっている」

「分かっているのですか?」

「あぁ、俺は色んな人間から恨まれているからな」

「それで、僕の恨みも大した恨みではないと?」

「そいつは誤解だ。どの恨みも正当なものだ」

「正しいことが正義ですか?」

「そりゃあそうだろう。世の中正しくあろうとするものだ。歪んだものを奉れば、歪んだ世の中になる。そういうものだろう?」

「僕の恨みは正義ではないと?」

「違うね。ロベルトのソレ・・は、ただの私怨だ」

「私怨? それも正義ではないと?」

ディークは少し面倒そうにした。

「リトルシャドウ。お前は本当にムカつくモンスターだな。」

「何を言っている? ぼくはロベルトだぞ?」

「人の記憶を探って、それを元に話してみたところで、本人になることなどできない」

「黙れ! 何を訳の分からないことを」

「いいか? 俺はロベルトのことを本当によく知っている。アイツは人の気持ちが分かる人間だ。そして、分かっていながらも、しっかり我を貫く気丈さも持っている。俺が戦士として、唯一尊敬した戦友だ」

「ぼくはロベルトだ! ディーク、お前が何をしたか、本当に覚えているのか?」

「だからなシャドウ、お前は今、ロベルトが俺に対して恨みを持っていると考えているのかもしれないが、それは誤解だ」

「それを決めるのは本人だろう。恨まれているかどうかを自分で判断できると本気で思っているのか」

「思っている」

「異常だ」

「ロベルトの心を、お前がどうこうできるものではない」

「恨みがあることは事実だ! だから7年前の記憶を見て怒りと憎しみが湧いてくる」

「その怒りも憎しみも、俺とは何の関係もない」

「お前の決断だ」

「決断だとも」

「救護班を見捨てた」

「見捨てたんじゃない、囮になってもらったんだ」

「同じだろう」

「戦場にいる人間は多かれ少なかれ同じだろう。囮になっても生きて帰る者だっている。私のようにな」

「ディーク! お前は大事な決断を代理で下した上で、それでも自分は同じ立場に立ったら逃げる、最低な男だ」

「俺はべつに最低ではない。最低なのは国同士の戦争を止められなかった議会の連中だ。俺は好き好んで戦場に死にに行く物好きではない。俺に責任があるのではなく、国の責任の尻ぬぐいとして、偶然その場に立っていたのが俺ってだけだ。ロベルトなら、そんなことは充分に分かっている」

「愛する人を、見殺しにしたのだぞ? それで怒りも恨みも、何もない人間がいるのか? いや、違う、恨みはある。間違いなく、ある。どうしてそれが表に出ないのだ。おかしくはないか?」

「おかしくはない。俺が恨みの根源だとしても、俺も被害者の一人ではあるからな。ロベルトの大切な人も、誰かを生かすために、自分から犠牲になったのだから、称賛するべきだろう」

「ロベルトはそれを否定している! 人は人のために死んではならないと!!!」

ディークが微笑する。

「正体を自らバラすか、もう少し頑張っても良かったんじゃないのか? リトルシャドウ」

「もう構わん。このロベルトという男、理解の範疇を超えている。一体何を考えているんだ?」

「憑依で心が読めるんじゃないのかリトルシャドウ」

「読めるが、理解ができない」

「なるほど、それは良かった」

「ぼくが理解できないことが嬉しいのか? やはり人間同士は通じ合うということか」

「それはちょっと違うな。俺もお前と同じだ」

「ぼくと同じ? お前もシャドウなのか?」

「そんなわけないだろう。ロベルトの考えていることは、俺にもよくわからない」

「さっき、ロベルトのことが分かると言っていた。あれは嘘か?」

「いや、それは本当だ。俺はロベルトが言いそうなことや、言わなさそうなことは分かるんでね」

「ほほぅ、そうか、混乱させようというのだな? だがな、ぼくはこの人間の力を取り込んでいる。最強の魔術師だ。お前に負けることはない」

「確かに、お前が本当にロベルトの意思と同化しているのであれば負けるだろう。だが、お前は記憶や魔力以外は、完全に分離している。憑依失敗。そうだろう? どうやってロベルトを操っている?」

「なかなか良い勘をしているが、どう操作しているかを教えるはずがないだろう? 腕づくで聞き出すんだな」

ディークは再び剣を構える。

「そうか、なら、俺がお前に、正義の鉄槌とやらをお見舞いしてやろう」

ディークは地面を蹴りつけ、リトルシャドウへ突っ込んでいった。




◇ ◇ ◇




7年前、フォースインゴット。

ロベルトの帰宅を待つアン。

アンは、ロベルトのために、簡易キッチンで火をおこし、ホワイトシチューを作っていた。あまり得意ではなかったが、自分で作ったものを食べてもらいたいと思ったのだ。

戦場に来て、これまでで一番楽しい瞬間だった。今までは、その日の失敗を反省し、泣き、怒り、睡眠不足になるのが日常だったためだ。

アンは、簡易キッチンの隣のテントで眠っているのだが、ロベルトは普段はどこで眠っているのだろうと思った。ベッドは一つなのだが、もし、彼が眠いと言ったら、どうすればいいのだろうと思った。

普段、どこでどうやって戦っているのか全く見当がつかないために、謎だった。魔術師なので、前衛ではないと思いたいのだが、彼の場合はどうなのだろうか?

ロベルトの顔を思い浮かべながら、鍋で煮立っているシチューを眺める。

時間はすでに闇の刻。遅い。明日のことを考えると、そろそろ眠った方がいいと思った。

『どうしようかな、何か置き手紙をしておこうかな、ちゃんと帰ってきてくれるかな』

帰らぬロベルトに、急に孤独感を感じるアン。

あまりにも彼のことを考え過ぎていたために、もし、会いに来てくれなかったとしたら、喪失感に耐えられる気がしなかった。

弱火、消さなきゃと思いながら、瞼を閉じるアン。

『ロベルト、帰らなかったら、許さないよ……』


そのまま意識が飛ぶアン。


ふわっと、何か魔法で火が止められる気配を感じ、目を覚ますと、薄暗くなったテントで人影が見えた。

「……だれ? お父さん?」

目が覚めると、ロベルトだった。ロベルトは溜息をつきながらつぶやく。

「一応、まだお父さんって歳でもないと思ってたんだけどな」

アンは一気に恥ずかしくなって飛び起きた。

「ロベルトさん! 見たんですか?」

「なにを?」

「い、いえ、何でもないです」

自分の寝顔を見たのかと聞いても、だから何だという話なので、それ以上の言及はやめた。

「ダメだろう、火は消しておかないと」

「ごめんなさい、お父さんにも怒られたことあります」

「お父さんはやめてくれよ」

「い、いえ、ロベルトさんではないので、大丈夫です」

「ホワイトシチューか、これは、ここの戦士達も喜ぶだろうな。僕の分も作って待っててくれたのかい?」

「は、はい、ロベルトさんのためだけ・・に作りました!」

ロベルトが赤面する。メガネの位置を直した。

「そ、そうか、それはありがとう。君はもう食事は済ませたのかい?」

「済ませるわけないじゃないですか! 私はロベルトさんと、ご飯が食べたいんです」

「そうだったのか、さすがに、こんなに遅くなると、先に食べていると思ったよ」

「ロベルトさんのせいで、おなかペコペコですよー、泣いちゃいますよー、えーんですよー」

アンは明らかに子供っぽい口調になっていた。甘えたいのだろうとロベルトも思った。

「じゃあ、君も一緒に。食器は、棚のモノを使っていいのかい?」

「ダメですよー」

「え? 食器は別のモノがあるのかい?」

「ちがいますー」

「え? どういうことだ?」

「なまえ、アンって言うんですよ? 知ってますか?」

「そりゃ、名札もあるし、分かるさ」

「だったら、呼びなおしてください」

「呼び直す? アンさん」

アンはあからさまに拗ねてみせる。

「さんって、なーんか他人みたいですよねー、私とそんな関係でしたっけ?」

「……どんな関係なんだ?」

ロベルトは困惑する。関係も何も、今日傷を治してもらっただけなので、何を言ってるのか理解ができなかった。

アンは、あれからずっとロベルトのことを妄想していたので、勝手に距離が縮まっていた。

「アンって、呼んでくださいよ、愛しのアンって呼んでくれてもいいですよ。ただいまって言ってくれたら、おかえりって言ってあげますね」

きっと仕事のストレスが凄いのだろうとロベルトは解釈した。

しかし、それならそれで、少しは付き合ってやろうかと、気合を入れた。


「よし、分かった、特別だからな、……い、愛しのアン、ただいま」


そういうと、突然アンがロベルトに抱きついた。

「おかえり! ロベルト! 会いたかった」

勢いが凄くて、ドスっという音がした。

ロベルトは、ゆっくりアンを抱きしめてやる。きっとここの生活がつらかったのだろうと思った。

「アン、色々と苦労があったんだろうな。どんなことがあったのか僕は知らない。だけど、アンはいつも頑張っていた。それは分かる」

「そうなの、わたし、がんばってたのよ」

アンの抱きしめる腕の力が強くなる。しばらくこうしておいてやるかと思ったが、一向に離れようとしない。ロベルトは椅子に座る。それでもアンは抱きついたままだ。このままでは日が明けてしまうのではないかと思い、声を掛ける。

「アン、寝るなら、ちゃんとベッドで寝た方がいい。僕はベッドではない」

「知ってる」

しっかりと起きていた。ロベルトは意外だった。

「おなかペコペコなんじゃなかったのか?シチュー、温め直した方が良さそうだな」

「うん。あとちょっとだけしたら離れるね」

「あ、あぁ、わかった」

アンは、その後もしばらく離れなかったが、お腹が限界だったのか、「ペコペコだよー」と言いながら離れてくれた。

寝ぼけているのかとも思ったが、後ほど、これが通常モードのアンだということを知ることになる。

アンと一緒に、シチューを食べ、学生時代の話を聞いていると夜が明けてきた。

アンは寝てしまい、ベッドへ連れていく。

しばらく起きないだろうと思い、現場を仕切っているベテランを一人捕まえた。

アンは体調が優れない様子だと伝えると、あまりいい顔はしなかったので、ロベルトは銀貨を一枚渡し、今日のところは、コレで見逃してやってくれと伝えると、快く承諾してくれた。現金なものだとロベルトは思った。

アンは目覚めたときは焦ったが、体調不良で休んでいることを伝えたというロベルトの文字を見て少し安心する。
しかし、それでも、現場は忙しい、きっと怒っていると思ったのだが、周りは全く怒ることはなく、むしろかなり体調に気遣ってくれて、逆に不審に思ったりした。

だが、その謎もすぐに解けた。銀貨で、ベテランの彼女たちは好きな物資を入手することができたそうだ。

ロベルトにまたお礼をする用事ができてしまったと内心嬉しく思った。

また会いたい。

アンは毎日思った。

その後も、時折テントを訪れるロベルトを捕まえて約束を取り付ける日々が続いた。

10回を超えるほど会うようになってくると、アンも敬語をやめ、ロベルトと友達のように話すようになっていった。

ロベルトも、初めは、アンに振り回されていただけだったが、徐々に素のままのアンに惹かれていった。

そして、ロベルトはアンに告白をし、お互いが、お互いにとっての特別な人となった。

告白の台詞はシンプルなものだった。

「アン、僕は君のことを好きになってしまったようだ。迷惑でなければ、恋人になってくれないか」

アンは答える。

「こんなに私からアプローチしているのに、好きになってくれない方がよっぽど迷惑よ!」

2人はキスをし、無事結ばれた。



戦場での恋。

それは、環境や気の迷いから偶然起きることもあるだろう。だが、彼らの場合はそうではなかった。

もし、時間が戻るのであれば、幸せなままで、国を捨てて逃亡することも有りかもしれない。

後のロベルトは、そう考える。




彼らが結ばれてから、14日後、アンの在籍する救護班は、国を守るための盾となった。



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