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4章 ー 戦士 ー

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「これからはハルも俺たちの仲間ってわけだな」



アゲパンが座学の休憩時間に俺へ声を掛けた。

これから・・・・は、って、今までは仲間じゃなかったみたいな言い方だな」

笑うアゲパン。

「あっはっは、そうだぜ。今までは仲間っていうより、雲の上の人って感じだったからな」

「雲の上の人って、どういうことだよ」

「なんつーかさ、俺らのことを見下してるっていうか、相手にしてないような感じだったんだ」

「貴族ってだけでそうなるものか?」

「俺はそういうイメージだけどな、おい、マイクロジャムはどう思う?」

席が少し離れた斜め前のところへ声を掛けるアゲパン。

「え? なにが?」

「聞いてなかったのかよ、貴族が偉そうかどうかっていう話だよ」

マイクロジャムは立ち上がって近づいてきた。

「ああ、そういう話? みんながみんな偉そうってこともなかったけどね」

「え? マイクロジャムって、貴族の知り合いいたっけ?」

「一応、親戚の姉ちゃんに、貴族と結婚した人がいて、会ったことがあるんだ」

アゲパンが露骨に驚く。

「マジかよ! じゃあマイクロジャムも貴族の一族じゃん!」

「なんだよ貴族の一族って、違うよ。姉ちゃんだけだよ。一目惚れされたんだってさ」

「すげー、パーティとか? なんか参加したのか?」

マイクロジャムは笑う。

「そんなわけないだろ、パーティなんて行けるわけないじゃん、ただの村娘だぞ」

「貴族に会う機会なんて、パーティくらいしかねーじゃん。お前んちって仕立て屋とかだっけ?」

「俺んちは仕立て屋だけど、お客さんに貴族なんていないよ。姉ちゃんは小さいお菓子屋さん。露店で売ってたところで声掛けられたんだ」

「へー、そんな美人なのか?」

「どうだろーな。俺の好みじゃないけど、たぶん美人なんじゃない?」

「お前の好みとかどうでもいいから、しかも親戚だろ? 感覚が麻痺してんだよ。でもそうか、すげー美人なんだろうな」

「とにかく、その時に連れられてって、それ以来会ってないよ」

「親はなんて言ってた?」

「どうだろうな。なんか贈り物を貰ったらしいことは分かるんだけど、それ以外はさっぱりだ」

「いいねー、後ろ盾があるってのは」

「俺の家は関係ないよ。親戚っつっても、たまに会う程度だし」

「で、その貴族の男と話したわけだろ? どうだったんだ?」

「優しい人だったよ。お菓子くれたし」

「ガキかよ!」

「ガキだよ。4年前だしな」

「お菓子くれたらいい人か、ま、そんなもんだよな」

「でも、そのお菓子はその人の手作りだったんだ。姉ちゃんとも、お菓子作りの話で盛り上がったとか言ってた。お菓子作りが趣味なんて、人は良さそうだろ」

「なるほどねー、趣味の中じゃ、たしかに平和な方かもな。それだけでいい人かどうかってのは分からないぜ。お前も結局、そのお菓子で買収されただけだし」

「買収されてはないよ! そのお菓子が美味しかったから、評価しているんだ」

「子どもが評価? 美味しいお菓子作ってるからいい人ってか? どう思うよハル」

急に俺に振ってくるアゲパン。

「――ん~、どうだろうな。俺の周りにいた人も、お菓子作ってる奴は繊細なタイプが多かった気はする」

そういえば、悠もお菓子作りは好きだった。バレンタインに手作りのブラウニーを貰ったことがある。
美味しかったなー、そういや。
本命って言ってたなアイツ。
だが本命とは? 義理チョコをほかの男にあげたのだろうか? 別に何でもいいのだが。マジで。

「繊細だからって良い人ってわけじゃないだろう」

「良い人に繊細な人が多いってのはあるだろうけど、あくまで傾向の話だからな」

「そりゃそうだ。をっと、次の授業の時間だ」

席に戻るマイクロジャム。

少なくともアゲパンは貴族を一部敵対視しているようだ。俺も貴族なのだとしたら、ずっと敵対視していたということだろうか。
転生して、中身が俺になったことで、本心を出しやすくなったのかもしれない。

たしかに俺の場合は、自分の家柄も育ちも前世が平民なのだから、アゲパン達と同じ視点になる。

ただ、前世と言っても、あの世界は今、ケットシーによって凍結されているから、俺の場合は前世とも言えない気がする。

そもそも、悠と違って死んでこっちに来たわけじゃないからなぁ。

そういや、ケットシーと会うことはできるのか?

会える時間が23時59分の設定ではあるが、この世界だと時計が24時間で動いていない。一日が8つの記号で分けられている。

光の刻、火の刻、風の刻、水の刻、

天の刻、土の刻、闇の刻、霊の刻、

という8時間だ。
だいたい、3時間区切りだと考えれば辻褄が合うのだが、どうも体感では3時間というより2時間くらいしか経っていない気がする。

地球じゃないと考えると、惑星としては少し小さめで自転も早いのかもしれない。

朝は『光』、午前から午後過ぎまでが『火』、そこから夕方までが『風』、夕方から日没までが『水』。
夜の稼働時間は『天』、皆が家に帰り、就寝の時刻までが『土』、眠る時間が『闇』、
そして、日が昇り始めるまでが『霊』というわけだ。

ちなみに、時刻の区分についてはマイクロジャムに聞いた。
そういえば、と、さも知っているように聞いたので、上手くいった
しかし勘ぐられることがなくて助かった。

さらに座学で分かったのが、魔法もこの8つの区分で分けられるそうだ。ただ、少し呼び名が違った。


光魔法、闇魔法、風魔法。この3つは魔法区分

火の術、水の術、土の術。この3つは術区分

天と霊は、区分がない。

敢えて、天の力、霊の力と考えると、天に関しては、神や精霊から力を借りて、霊に関しては、死霊や、怨念のような、負のエネルギーを利用して現象を起こすらしい。

天に関しては、魔法と言えば魔法っぽい気はするが、霊に関してはかなり危うい。呪いの類は、だいたい霊の力だそうだ。
闇魔法が存在するのに、霊の力が別であるというのは、恐ろしい限りだ。

コントロールできるものが闇魔法だと考えると、コントロール不可なものが霊ということかもしれない

どういう使い手がいるのだろう?

ちなみに今俺がいる島は、クロムランドという場所らしい。
かつて、鉄鉱石がこの地で多く採れたそうで、武器の開発に関して最先端だったそうだ。

だが、時代が移り変わり、剣より魔法が主体になると、人はどんどん島を離れていったそうだ。

島にいても儲からない、大陸へ渡り、魔導書を売った方が良いと考えたらしい。

結局、この地は大陸の都市、フォースインゴットの政府によって買い取られ、戦士の養成や、人体実験のための島になっているのだそうだ。

教官のディークも、フォースインゴット出身らしい。

午後、風の刻から水の刻の半ば辺りまで、戦闘訓練があるそうだ。

どんな戦闘訓練なのか。少し内心ワクワクしているところもあった。

転生して辛い目に遭いたくはないが、魔法の存在があるのであれば、戦闘もただの肉体強化だけに留まらないはずだ。

どんなメニューを課されるのか、楽しみでもある。


「また地獄の始まりだよ」


アゲパンが物騒なことを言った。




◇ ◇ ◇




火の刻。


戦闘訓練前、訓練校の一室。

教官のディークが昼食後にお茶を飲んで休憩していると、作戦指揮官のロベルトが彼の元を訪れた。

ディークは、珍しい人間が来たものだと、内心驚いていた。

「ディーク教官、今日の訓練のことなんですが」

「どうした? 私に急用か」

「はい、フォースインゴットからの伝令です。実は、この訓練校の北東にある研究所で事故がありまして」

「事故? 実験体でも逃げ出したか? まさかな」

ディークは笑った。

ロベルトは、少し俯き加減に、少し下にズレたシルバーの眼鏡の位置を、中指で戻した。

「その、まさかです」

ディークは目を閉じ、怒りを沈下させようと心の中で数を数えた。
ゆっくり抑えながらディークは話した。

「――何をやっているんだ。今何人の子どもたちがここで訓練していると思っている」

ロベルトはディークの怒りを察しつつも話を続ける。

「彼らは、『殺人犯』です。この訓練校にいられるだけでも、感謝するべきでしょう」

「まぁ、インゴットの奴らならそう言いかねないだろうな。彼らは罪人ではない」

「そうですか、ディーク教官はお優しいですね」

「皮肉か?」

「いえ、そのままの感想を申し上げたまでです」

「だとしても、似たようなものだ。信じるというのは、時には愚かにも映る」

「教官は、彼ら一人一人と面接をしていましたね。その上でのご決断でしょう? あなたはフォースインゴット訓練校の戦士としても高い評価を受けていました。彼ら・・を疑っても、ディーク教官を疑う者はいないでしょう」

「お前はどうなんだロベルト」

「私がディーク教官を疑うかということですか?」

「そうだ」

「そりゃあ、信じておりますよ」

「安い言葉だな」

「信じるという言葉がですか? それとも私自身の言葉がお安いと?」

「後者だ。お前は俺のことを愚かだと思っているだろう」

「私に本心を語れと仰るというなら、それに関してだけは、愚かだと申しておきましょう」

「語ってはくれないんだな」

「ええ、私はあなたとは違いますからね」

「お前は逃げるのか? この島から」

「もちろんです。教官も、ご希望があれば、取り計らって差し上げますよ」

「馬鹿を言うな、それで、子供たちは?」

「実験体が見つかり、安全性が確認されれば、こちらへも船を出されることでしょう」

「フォースインゴットの作戦本部がそう言っているのか?」

「ええ、仰っておりますよ」

「お前は、それが実行されると本気で思うか?」

「もちろん思いませんとも。『殺人犯』が大陸へ戻ってくることを歓迎する民衆はおりませんからね。作戦本部が、彼らを国に戻したとなれば、降格は免れません。そんなメリットの少ない、危ない橋を渡ろうとするのは、あなたくらいでしょう」

「そうか、わかった。今、実験体を追っている者はどのくらいいる?」

「別の施設にいる待機中の戦士が何人か捜索しているでしょう。せいぜい20名といったところでしょうね」

「感知と捜索のスキルを持った者はいるのか?」

「風魔法を持つ戦士は、たぶん居なかったと思われますね」

「実験体の名前は?」

「リトルシャドウ。デーモンの亜種です」

「リトルシャドウか、それは難易度が高いな。ランクは?」

「Bプラスですね。一部A級の闇魔法を使えるので、気を付けてください」

「何の魔法だ?」

「『憑依』です」

ディークは頭を抱えて俯いた。

「――最悪だな」

「あなたが憑依されると、子供たちは全員死ぬでしょう。頑張ってくださいね。では、私はフォースインゴットでお待ちしておりますよ、人間のままの状態で会えることを楽しみにしております」

ロベルトは一礼すると、部屋を出ていった。

ディークは思考する。

憑依、つまり、他の3つの施設で、だれかに憑依していたとしたら、その人間を生かしたまま捕らえて『悪魔祓い』をしなくてはならないというわけだ。

もし、リトルシャドウが、捜索隊の戦士に憑依していたとなると、油断すればこちらが殺されるということになる。

せめて、『風魔法』を使える人間がいれば、何とか作戦を練ることができるというのに。

捜索と感知のスキル。

まず、捜索のスキルがあれば、この島のどこにリトルシャドウがいるのか、ある程度の予測を立てることもできる。

感知のスキルがあれば、憑依されていることを瞬時で見極めることができるだろう。

だが、このスキルは、体質によるものが大きい。風魔法自体、器用でなければ扱いが難しいのだ。

風魔法が使える者がいるか、探す必要がある。

この島にそんな者がいるのか? ということだが。






◇ ◇ ◇






「マリア! マリアって、魔法は詳しいのか?」

昼食の後、広間で本を読みながら休憩をとっているマリアに声を掛けてみた。

「あ、は、はい、―――ハル、なんでしょうか? 魔法?」

この前は、タメ語だったのに、敬語になっている。
アゲパン達がいないからだろうか。
どうもまだ記憶喪失のことを疑っているようだ。よっぽど俺は悪い奴だったんだろうなと思った。

「そうそう、俺さ、できれば、この周辺のことが分かるような魔法を使いたいんだ」

マリアは本を閉じて、少し考える。

「この周辺、ですか。でしたら、私の知る限りでは、『捜索』と『感知』のスキルになりますね」

「そう! それだ! そういうのが欲しかったんだよ。俺、ちょっと色々と調べないといけないことがあって、できるなら、地理に詳しくなりたいと思ってさ。俺って、もともと地理の教科は得意だったからな」

「何を言ってるのか分かりませんが、風魔法はそんな簡単に身につくものではありませんよ」

「良いから良いから、たぶん、だいたいの容量は掴めているから」

マリアは凄くいぶかしげに俺を見ている。
魔法自体が、簡単なことではないことは知っている。だが、一応糸くずとはいえ、火を出すことができたのだ。
低レベルであっても、何かしらの魔法は使えるに違いない。
なんせ、魔法剣士の素質を持って転生しているのだ。

「風魔法は、魔法の中でも、一番繊細と言われています。無骨な方に扱えるものではありませんよ」

「マリアは使えるのか?」

「使えないです」

「だったら、分からないじゃないか」

「なんですか? その言い方は。やっぱり私のことを馬鹿にしているのではありませんか?」
マリアはムッとしている。

「とにかく、基本の部分だけ知識が欲しいんだ。何を意識して、何をイメージすればいいのか」

「まぁいいでしょう。風は、流動的なものです。風の精霊の声に耳を傾けてください、それから――」

「よし、分かった、風の精霊の声を聞けば良いんだな」

俺は風の精霊の声を聞く!
俺は風の精霊の声を聞く!! 集中しろ俺。俺ならできるはずだ。

「ちょっと、まだ何も言っていないでしょ?」
さすがにマリアもタメ語でキレてくる。

「待てマリア、俺は今、集中しているんだ。精霊をイメージだ。あ、そうだ、マリア、風の精霊ってどんな奴なんだ?」

「し、知らないわよ。会ったことないのに」

「ったく、実践的じゃないんだよ、本当に魔法使う気あるのかってんだよ」

「何よ! せっかく教えてあげてるのに」

「分かった分かった。せめて、イメージだけでいいから」

「風の精霊は、緑の姿をしていて、羽が生えていてね。それで―――」

急に、マリアの声が遠くなり、視界がぼんやりしてきた。




『おや? キミは転生者かい?』




「だれだ!? 俺に話しかけているのか?」

『僕を呼んだのはキミだろう、だれだ!っていうのは失礼な気がするな』

そうか、てことは、もしかして、風の精霊か!?
俺が転生者だって知ってるのか?

『知ってるとも、キミはケットシーに時間を凍結させている存在だからね』

え? ケットシーのことも分かるんだな、てか心が読めるのか。

『まぁね。ケットシーはかなり頑固だからね、人のために時間を凍結することなんて、滅多にないよ』

それはアレだろ、ノルン様のお導きなんだろ? よくは分からないけど。

『ケットシーがそう言っているだけだよ。 一部はそういうところもあるかもしれないけど』

そうなのか、で、本当に風の精霊なのか?

『正確に言うと、僕は精霊ではないよ。大気の管理人って言った方がいいね。精霊と僕はほとんど無関係だ』

なんで、俺の呼びかけに応じてくれたんだ?

『君がケットシーによって転生させられた、稀有な存在だからだよ。ケットシーは僕の友達だから、キミには興味があったんだ』

そうなのか、でも、俺としては、今、風魔法を使いたいと思っているんだ。
捜索と感知のスキルってのを使えるようになりたくてさ。

『なるほど、マッピングの魔法が欲しいのか』

そうだな、簡単に言うとそういう魔法だ。

『いいよ、なら君には、コネクターのスキルをあげよう』

コネクター? なんだそれは?

『捜索の風魔法ってのは、精霊に地図を見せてもらう魔法なんだ。感知は、対象となる生物の状態を把握する魔法。キミの元居た世界で言えば、レントゲン検査みたいな感じだね。いずれ、精霊に力を借りなくてはならない。でも、いちいち精霊に力を借りるのも面倒だろう。だから、自分でコネクトするんだ』

でも、どうやって使うんだ、そのスキルは

『マップの知識がある人間にコネクターを使えば、その部分の地図がキミの頭の中で把握できる。ただ、効果を持続させるには精神力が必要だ。寝たらリセットされるから、マッピングの魔法でちゃんと記録しておくんだぞ』

マッピングの魔法なんて持ってないぞ、てかマッピングの魔法がないって最初に言っただろうが。

『そうなのかい? 仕方ないなー、じゃあ、おまけでマッピングも付けといてあげるよ』

すまん! 恩に着る!

『ちなみにマッピングの魔法は風じゃなくて土だけどね』

風の精霊を呼んだはずだったんだけどな

『魔法の属性区分に関しては、君たち人間の都合じゃないか、僕らには何の関係もないよ。コネクターのスキルは天の区分だからね。こっちも風じゃないよ』

どういうことだよ。

『まぁ、そのうち分かってくるさ。気にするな』

分かった。とにかくありがとう、これでこの島の謎も解けるかもしれない。
そういや、名前はなんて言うんだ?

『ケツァルコアトルだよ! 覚えておいてね。じゃあ、そろそろ帰るよ。キミの運命に幸あれ!』





「ねぇ、ハル! 聞いてるの?」


視界がクリアになり、目の前にマリアの顔があった。

「あぁ、マリアか、わるい、ちょっと精霊というか、管理人と話していてね」

「管理人? 何言ってるの?」

「別に何でもない。とにかく、スキルは手に入れたから、大丈夫だ。ありがとうマリア」

「変なの。もうすぐ、戦闘訓練の授業でしょ? 早く行った方がいいよ」

「あ、ああ、そうだな! じゃあ、また後でな!」



こうして俺は、『コネクター』と『マッピング』という天と土の術スキルを手に入れた。




この、超特殊なスキルが、この先の俺の運命を大きく変えることになる。






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