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4章 ー 戦士 ー
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「これからはハルも俺たちの仲間ってわけだな」
アゲパンが座学の休憩時間に俺へ声を掛けた。
「これからは、って、今までは仲間じゃなかったみたいな言い方だな」
笑うアゲパン。
「あっはっは、そうだぜ。今までは仲間っていうより、雲の上の人って感じだったからな」
「雲の上の人って、どういうことだよ」
「なんつーかさ、俺らのことを見下してるっていうか、相手にしてないような感じだったんだ」
「貴族ってだけでそうなるものか?」
「俺はそういうイメージだけどな、おい、マイクロジャムはどう思う?」
席が少し離れた斜め前のところへ声を掛けるアゲパン。
「え? なにが?」
「聞いてなかったのかよ、貴族が偉そうかどうかっていう話だよ」
マイクロジャムは立ち上がって近づいてきた。
「ああ、そういう話? みんながみんな偉そうってこともなかったけどね」
「え? マイクロジャムって、貴族の知り合いいたっけ?」
「一応、親戚の姉ちゃんに、貴族と結婚した人がいて、会ったことがあるんだ」
アゲパンが露骨に驚く。
「マジかよ! じゃあマイクロジャムも貴族の一族じゃん!」
「なんだよ貴族の一族って、違うよ。姉ちゃんだけだよ。一目惚れされたんだってさ」
「すげー、パーティとか? なんか参加したのか?」
マイクロジャムは笑う。
「そんなわけないだろ、パーティなんて行けるわけないじゃん、ただの村娘だぞ」
「貴族に会う機会なんて、パーティくらいしかねーじゃん。お前んちって仕立て屋とかだっけ?」
「俺んちは仕立て屋だけど、お客さんに貴族なんていないよ。姉ちゃんは小さいお菓子屋さん。露店で売ってたところで声掛けられたんだ」
「へー、そんな美人なのか?」
「どうだろーな。俺の好みじゃないけど、たぶん美人なんじゃない?」
「お前の好みとかどうでもいいから、しかも親戚だろ? 感覚が麻痺してんだよ。でもそうか、すげー美人なんだろうな」
「とにかく、その時に連れられてって、それ以来会ってないよ」
「親はなんて言ってた?」
「どうだろうな。なんか贈り物を貰ったらしいことは分かるんだけど、それ以外はさっぱりだ」
「いいねー、後ろ盾があるってのは」
「俺の家は関係ないよ。親戚っつっても、たまに会う程度だし」
「で、その貴族の男と話したわけだろ? どうだったんだ?」
「優しい人だったよ。お菓子くれたし」
「ガキかよ!」
「ガキだよ。4年前だしな」
「お菓子くれたらいい人か、ま、そんなもんだよな」
「でも、そのお菓子はその人の手作りだったんだ。姉ちゃんとも、お菓子作りの話で盛り上がったとか言ってた。お菓子作りが趣味なんて、人は良さそうだろ」
「なるほどねー、趣味の中じゃ、たしかに平和な方かもな。それだけでいい人かどうかってのは分からないぜ。お前も結局、そのお菓子で買収されただけだし」
「買収されてはないよ! そのお菓子が美味しかったから、評価しているんだ」
「子どもが評価? 美味しいお菓子作ってるからいい人ってか? どう思うよハル」
急に俺に振ってくるアゲパン。
「――ん~、どうだろうな。俺の周りにいた人も、お菓子作ってる奴は繊細なタイプが多かった気はする」
そういえば、悠もお菓子作りは好きだった。バレンタインに手作りのブラウニーを貰ったことがある。
美味しかったなー、そういや。
本命って言ってたなアイツ。
だが本命とは? 義理チョコをほかの男にあげたのだろうか? 別に何でもいいのだが。マジで。
「繊細だからって良い人ってわけじゃないだろう」
「良い人に繊細な人が多いってのはあるだろうけど、あくまで傾向の話だからな」
「そりゃそうだ。をっと、次の授業の時間だ」
席に戻るマイクロジャム。
少なくともアゲパンは貴族を一部敵対視しているようだ。俺も貴族なのだとしたら、ずっと敵対視していたということだろうか。
転生して、中身が俺になったことで、本心を出しやすくなったのかもしれない。
たしかに俺の場合は、自分の家柄も育ちも前世が平民なのだから、アゲパン達と同じ視点になる。
ただ、前世と言っても、あの世界は今、ケットシーによって凍結されているから、俺の場合は前世とも言えない気がする。
そもそも、悠と違って死んでこっちに来たわけじゃないからなぁ。
そういや、ケットシーと会うことはできるのか?
会える時間が23時59分の設定ではあるが、この世界だと時計が24時間で動いていない。一日が8つの記号で分けられている。
光の刻、火の刻、風の刻、水の刻、
天の刻、土の刻、闇の刻、霊の刻、
という8時間だ。
だいたい、3時間区切りだと考えれば辻褄が合うのだが、どうも体感では3時間というより2時間くらいしか経っていない気がする。
地球じゃないと考えると、惑星としては少し小さめで自転も早いのかもしれない。
朝は『光』、午前から午後過ぎまでが『火』、そこから夕方までが『風』、夕方から日没までが『水』。
夜の稼働時間は『天』、皆が家に帰り、就寝の時刻までが『土』、眠る時間が『闇』、
そして、日が昇り始めるまでが『霊』というわけだ。
ちなみに、時刻の区分についてはマイクロジャムに聞いた。
そういえば、と、さも知っているように聞いたので、上手くいった
しかし勘ぐられることがなくて助かった。
さらに座学で分かったのが、魔法もこの8つの区分で分けられるそうだ。ただ、少し呼び名が違った。
光魔法、闇魔法、風魔法。この3つは魔法区分
火の術、水の術、土の術。この3つは術区分
天と霊は、区分がない。
敢えて、天の力、霊の力と考えると、天に関しては、神や精霊から力を借りて、霊に関しては、死霊や、怨念のような、負のエネルギーを利用して現象を起こすらしい。
天に関しては、魔法と言えば魔法っぽい気はするが、霊に関してはかなり危うい。呪いの類は、だいたい霊の力だそうだ。
闇魔法が存在するのに、霊の力が別であるというのは、恐ろしい限りだ。
コントロールできるものが闇魔法だと考えると、コントロール不可なものが霊ということかもしれない
どういう使い手がいるのだろう?
ちなみに今俺がいる島は、クロムランドという場所らしい。
かつて、鉄鉱石がこの地で多く採れたそうで、武器の開発に関して最先端だったそうだ。
だが、時代が移り変わり、剣より魔法が主体になると、人はどんどん島を離れていったそうだ。
島にいても儲からない、大陸へ渡り、魔導書を売った方が良いと考えたらしい。
結局、この地は大陸の都市、フォースインゴットの政府によって買い取られ、戦士の養成や、人体実験のための島になっているのだそうだ。
教官のディークも、フォースインゴット出身らしい。
午後、風の刻から水の刻の半ば辺りまで、戦闘訓練があるそうだ。
どんな戦闘訓練なのか。少し内心ワクワクしているところもあった。
転生して辛い目に遭いたくはないが、魔法の存在があるのであれば、戦闘もただの肉体強化だけに留まらないはずだ。
どんなメニューを課されるのか、楽しみでもある。
「また地獄の始まりだよ」
アゲパンが物騒なことを言った。
◇ ◇ ◇
火の刻。
戦闘訓練前、訓練校の一室。
教官のディークが昼食後にお茶を飲んで休憩していると、作戦指揮官のロベルトが彼の元を訪れた。
ディークは、珍しい人間が来たものだと、内心驚いていた。
「ディーク教官、今日の訓練のことなんですが」
「どうした? 私に急用か」
「はい、フォースインゴットからの伝令です。実は、この訓練校の北東にある研究所で事故がありまして」
「事故? 実験体でも逃げ出したか? まさかな」
ディークは笑った。
ロベルトは、少し俯き加減に、少し下にズレたシルバーの眼鏡の位置を、中指で戻した。
「その、まさかです」
ディークは目を閉じ、怒りを沈下させようと心の中で数を数えた。
ゆっくり抑えながらディークは話した。
「――何をやっているんだ。今何人の子どもたちがここで訓練していると思っている」
ロベルトはディークの怒りを察しつつも話を続ける。
「彼らは、『殺人犯』です。この訓練校にいられるだけでも、感謝するべきでしょう」
「まぁ、インゴットの奴らならそう言いかねないだろうな。彼らは罪人ではない」
「そうですか、ディーク教官はお優しいですね」
「皮肉か?」
「いえ、そのままの感想を申し上げたまでです」
「だとしても、似たようなものだ。信じるというのは、時には愚かにも映る」
「教官は、彼ら一人一人と面接をしていましたね。その上でのご決断でしょう? あなたはフォースインゴット訓練校の戦士としても高い評価を受けていました。彼らを疑っても、ディーク教官を疑う者はいないでしょう」
「お前はどうなんだロベルト」
「私がディーク教官を疑うかということですか?」
「そうだ」
「そりゃあ、信じておりますよ」
「安い言葉だな」
「信じるという言葉がですか? それとも私自身の言葉がお安いと?」
「後者だ。お前は俺のことを愚かだと思っているだろう」
「私に本心を語れと仰るというなら、それに関してだけは、愚かだと申しておきましょう」
「語ってはくれないんだな」
「ええ、私はあなたとは違いますからね」
「お前は逃げるのか? この島から」
「もちろんです。教官も、ご希望があれば、取り計らって差し上げますよ」
「馬鹿を言うな、それで、子供たちは?」
「実験体が見つかり、安全性が確認されれば、こちらへも船を出されることでしょう」
「フォースインゴットの作戦本部がそう言っているのか?」
「ええ、仰っておりますよ」
「お前は、それが実行されると本気で思うか?」
「もちろん思いませんとも。『殺人犯』が大陸へ戻ってくることを歓迎する民衆はおりませんからね。作戦本部が、彼らを国に戻したとなれば、降格は免れません。そんなメリットの少ない、危ない橋を渡ろうとするのは、あなたくらいでしょう」
「そうか、わかった。今、実験体を追っている者はどのくらいいる?」
「別の施設にいる待機中の戦士が何人か捜索しているでしょう。せいぜい20名といったところでしょうね」
「感知と捜索のスキルを持った者はいるのか?」
「風魔法を持つ戦士は、たぶん居なかったと思われますね」
「実験体の名前は?」
「リトルシャドウ。デーモンの亜種です」
「リトルシャドウか、それは難易度が高いな。ランクは?」
「Bプラスですね。一部A級の闇魔法を使えるので、気を付けてください」
「何の魔法だ?」
「『憑依』です」
ディークは頭を抱えて俯いた。
「――最悪だな」
「あなたが憑依されると、子供たちは全員死ぬでしょう。頑張ってくださいね。では、私はフォースインゴットでお待ちしておりますよ、人間のままの状態で会えることを楽しみにしております」
ロベルトは一礼すると、部屋を出ていった。
ディークは思考する。
憑依、つまり、他の3つの施設で、だれかに憑依していたとしたら、その人間を生かしたまま捕らえて『悪魔祓い』をしなくてはならないというわけだ。
もし、リトルシャドウが、捜索隊の戦士に憑依していたとなると、油断すればこちらが殺されるということになる。
せめて、『風魔法』を使える人間がいれば、何とか作戦を練ることができるというのに。
捜索と感知のスキル。
まず、捜索のスキルがあれば、この島のどこにリトルシャドウがいるのか、ある程度の予測を立てることもできる。
感知のスキルがあれば、憑依されていることを瞬時で見極めることができるだろう。
だが、このスキルは、体質によるものが大きい。風魔法自体、器用でなければ扱いが難しいのだ。
風魔法が使える者がいるか、探す必要がある。
この島にそんな者がいるのか? ということだが。
◇ ◇ ◇
「マリア! マリアって、魔法は詳しいのか?」
昼食の後、広間で本を読みながら休憩をとっているマリアに声を掛けてみた。
「あ、は、はい、―――ハル、なんでしょうか? 魔法?」
この前は、タメ語だったのに、敬語になっている。
アゲパン達がいないからだろうか。
どうもまだ記憶喪失のことを疑っているようだ。よっぽど俺は悪い奴だったんだろうなと思った。
「そうそう、俺さ、できれば、この周辺のことが分かるような魔法を使いたいんだ」
マリアは本を閉じて、少し考える。
「この周辺、ですか。でしたら、私の知る限りでは、『捜索』と『感知』のスキルになりますね」
「そう! それだ! そういうのが欲しかったんだよ。俺、ちょっと色々と調べないといけないことがあって、できるなら、地理に詳しくなりたいと思ってさ。俺って、もともと地理の教科は得意だったからな」
「何を言ってるのか分かりませんが、風魔法はそんな簡単に身につくものではありませんよ」
「良いから良いから、たぶん、だいたいの容量は掴めているから」
マリアは凄く訝しげに俺を見ている。
魔法自体が、簡単なことではないことは知っている。だが、一応糸くずとはいえ、火を出すことができたのだ。
低レベルであっても、何かしらの魔法は使えるに違いない。
なんせ、魔法剣士の素質を持って転生しているのだ。
「風魔法は、魔法の中でも、一番繊細と言われています。無骨な方に扱えるものではありませんよ」
「マリアは使えるのか?」
「使えないです」
「だったら、分からないじゃないか」
「なんですか? その言い方は。やっぱり私のことを馬鹿にしているのではありませんか?」
マリアはムッとしている。
「とにかく、基本の部分だけ知識が欲しいんだ。何を意識して、何をイメージすればいいのか」
「まぁいいでしょう。風は、流動的なものです。風の精霊の声に耳を傾けてください、それから――」
「よし、分かった、風の精霊の声を聞けば良いんだな」
俺は風の精霊の声を聞く!
俺は風の精霊の声を聞く!! 集中しろ俺。俺ならできるはずだ。
「ちょっと、まだ何も言っていないでしょ?」
さすがにマリアもタメ語でキレてくる。
「待てマリア、俺は今、集中しているんだ。精霊をイメージだ。あ、そうだ、マリア、風の精霊ってどんな奴なんだ?」
「し、知らないわよ。会ったことないのに」
「ったく、実践的じゃないんだよ、本当に魔法使う気あるのかってんだよ」
「何よ! せっかく教えてあげてるのに」
「分かった分かった。せめて、イメージだけでいいから」
「風の精霊は、緑の姿をしていて、羽が生えていてね。それで―――」
急に、マリアの声が遠くなり、視界がぼんやりしてきた。
『おや? キミは転生者かい?』
「だれだ!? 俺に話しかけているのか?」
『僕を呼んだのはキミだろう、だれだ!っていうのは失礼な気がするな』
そうか、てことは、もしかして、風の精霊か!?
俺が転生者だって知ってるのか?
『知ってるとも、キミはケットシーに時間を凍結させている存在だからね』
え? ケットシーのことも分かるんだな、てか心が読めるのか。
『まぁね。ケットシーはかなり頑固だからね、人のために時間を凍結することなんて、滅多にないよ』
それはアレだろ、ノルン様のお導きなんだろ? よくは分からないけど。
『ケットシーがそう言っているだけだよ。 一部はそういうところもあるかもしれないけど』
そうなのか、で、本当に風の精霊なのか?
『正確に言うと、僕は精霊ではないよ。大気の管理人って言った方がいいね。精霊と僕はほとんど無関係だ』
なんで、俺の呼びかけに応じてくれたんだ?
『君がケットシーによって転生させられた、稀有な存在だからだよ。ケットシーは僕の友達だから、キミには興味があったんだ』
そうなのか、でも、俺としては、今、風魔法を使いたいと思っているんだ。
捜索と感知のスキルってのを使えるようになりたくてさ。
『なるほど、マッピングの魔法が欲しいのか』
そうだな、簡単に言うとそういう魔法だ。
『いいよ、なら君には、コネクターのスキルをあげよう』
コネクター? なんだそれは?
『捜索の風魔法ってのは、精霊に地図を見せてもらう魔法なんだ。感知は、対象となる生物の状態を把握する魔法。キミの元居た世界で言えば、レントゲン検査みたいな感じだね。いずれ、精霊に力を借りなくてはならない。でも、いちいち精霊に力を借りるのも面倒だろう。だから、自分でコネクトするんだ』
でも、どうやって使うんだ、そのスキルは
『マップの知識がある人間にコネクターを使えば、その部分の地図がキミの頭の中で把握できる。ただ、効果を持続させるには精神力が必要だ。寝たらリセットされるから、マッピングの魔法でちゃんと記録しておくんだぞ』
マッピングの魔法なんて持ってないぞ、てかマッピングの魔法がないって最初に言っただろうが。
『そうなのかい? 仕方ないなー、じゃあ、おまけでマッピングも付けといてあげるよ』
すまん! 恩に着る!
『ちなみにマッピングの魔法は風じゃなくて土だけどね』
風の精霊を呼んだはずだったんだけどな
『魔法の属性区分に関しては、君たち人間の都合じゃないか、僕らには何の関係もないよ。コネクターのスキルは天の区分だからね。こっちも風じゃないよ』
どういうことだよ。
『まぁ、そのうち分かってくるさ。気にするな』
分かった。とにかくありがとう、これでこの島の謎も解けるかもしれない。
そういや、名前はなんて言うんだ?
『ケツァルコアトルだよ! 覚えておいてね。じゃあ、そろそろ帰るよ。キミの運命に幸あれ!』
「ねぇ、ハル! 聞いてるの?」
視界がクリアになり、目の前にマリアの顔があった。
「あぁ、マリアか、わるい、ちょっと精霊というか、管理人と話していてね」
「管理人? 何言ってるの?」
「別に何でもない。とにかく、スキルは手に入れたから、大丈夫だ。ありがとうマリア」
「変なの。もうすぐ、戦闘訓練の授業でしょ? 早く行った方がいいよ」
「あ、ああ、そうだな! じゃあ、また後でな!」
こうして俺は、『コネクター』と『マッピング』という天と土の術スキルを手に入れた。
この、超特殊なスキルが、この先の俺の運命を大きく変えることになる。
アゲパンが座学の休憩時間に俺へ声を掛けた。
「これからは、って、今までは仲間じゃなかったみたいな言い方だな」
笑うアゲパン。
「あっはっは、そうだぜ。今までは仲間っていうより、雲の上の人って感じだったからな」
「雲の上の人って、どういうことだよ」
「なんつーかさ、俺らのことを見下してるっていうか、相手にしてないような感じだったんだ」
「貴族ってだけでそうなるものか?」
「俺はそういうイメージだけどな、おい、マイクロジャムはどう思う?」
席が少し離れた斜め前のところへ声を掛けるアゲパン。
「え? なにが?」
「聞いてなかったのかよ、貴族が偉そうかどうかっていう話だよ」
マイクロジャムは立ち上がって近づいてきた。
「ああ、そういう話? みんながみんな偉そうってこともなかったけどね」
「え? マイクロジャムって、貴族の知り合いいたっけ?」
「一応、親戚の姉ちゃんに、貴族と結婚した人がいて、会ったことがあるんだ」
アゲパンが露骨に驚く。
「マジかよ! じゃあマイクロジャムも貴族の一族じゃん!」
「なんだよ貴族の一族って、違うよ。姉ちゃんだけだよ。一目惚れされたんだってさ」
「すげー、パーティとか? なんか参加したのか?」
マイクロジャムは笑う。
「そんなわけないだろ、パーティなんて行けるわけないじゃん、ただの村娘だぞ」
「貴族に会う機会なんて、パーティくらいしかねーじゃん。お前んちって仕立て屋とかだっけ?」
「俺んちは仕立て屋だけど、お客さんに貴族なんていないよ。姉ちゃんは小さいお菓子屋さん。露店で売ってたところで声掛けられたんだ」
「へー、そんな美人なのか?」
「どうだろーな。俺の好みじゃないけど、たぶん美人なんじゃない?」
「お前の好みとかどうでもいいから、しかも親戚だろ? 感覚が麻痺してんだよ。でもそうか、すげー美人なんだろうな」
「とにかく、その時に連れられてって、それ以来会ってないよ」
「親はなんて言ってた?」
「どうだろうな。なんか贈り物を貰ったらしいことは分かるんだけど、それ以外はさっぱりだ」
「いいねー、後ろ盾があるってのは」
「俺の家は関係ないよ。親戚っつっても、たまに会う程度だし」
「で、その貴族の男と話したわけだろ? どうだったんだ?」
「優しい人だったよ。お菓子くれたし」
「ガキかよ!」
「ガキだよ。4年前だしな」
「お菓子くれたらいい人か、ま、そんなもんだよな」
「でも、そのお菓子はその人の手作りだったんだ。姉ちゃんとも、お菓子作りの話で盛り上がったとか言ってた。お菓子作りが趣味なんて、人は良さそうだろ」
「なるほどねー、趣味の中じゃ、たしかに平和な方かもな。それだけでいい人かどうかってのは分からないぜ。お前も結局、そのお菓子で買収されただけだし」
「買収されてはないよ! そのお菓子が美味しかったから、評価しているんだ」
「子どもが評価? 美味しいお菓子作ってるからいい人ってか? どう思うよハル」
急に俺に振ってくるアゲパン。
「――ん~、どうだろうな。俺の周りにいた人も、お菓子作ってる奴は繊細なタイプが多かった気はする」
そういえば、悠もお菓子作りは好きだった。バレンタインに手作りのブラウニーを貰ったことがある。
美味しかったなー、そういや。
本命って言ってたなアイツ。
だが本命とは? 義理チョコをほかの男にあげたのだろうか? 別に何でもいいのだが。マジで。
「繊細だからって良い人ってわけじゃないだろう」
「良い人に繊細な人が多いってのはあるだろうけど、あくまで傾向の話だからな」
「そりゃそうだ。をっと、次の授業の時間だ」
席に戻るマイクロジャム。
少なくともアゲパンは貴族を一部敵対視しているようだ。俺も貴族なのだとしたら、ずっと敵対視していたということだろうか。
転生して、中身が俺になったことで、本心を出しやすくなったのかもしれない。
たしかに俺の場合は、自分の家柄も育ちも前世が平民なのだから、アゲパン達と同じ視点になる。
ただ、前世と言っても、あの世界は今、ケットシーによって凍結されているから、俺の場合は前世とも言えない気がする。
そもそも、悠と違って死んでこっちに来たわけじゃないからなぁ。
そういや、ケットシーと会うことはできるのか?
会える時間が23時59分の設定ではあるが、この世界だと時計が24時間で動いていない。一日が8つの記号で分けられている。
光の刻、火の刻、風の刻、水の刻、
天の刻、土の刻、闇の刻、霊の刻、
という8時間だ。
だいたい、3時間区切りだと考えれば辻褄が合うのだが、どうも体感では3時間というより2時間くらいしか経っていない気がする。
地球じゃないと考えると、惑星としては少し小さめで自転も早いのかもしれない。
朝は『光』、午前から午後過ぎまでが『火』、そこから夕方までが『風』、夕方から日没までが『水』。
夜の稼働時間は『天』、皆が家に帰り、就寝の時刻までが『土』、眠る時間が『闇』、
そして、日が昇り始めるまでが『霊』というわけだ。
ちなみに、時刻の区分についてはマイクロジャムに聞いた。
そういえば、と、さも知っているように聞いたので、上手くいった
しかし勘ぐられることがなくて助かった。
さらに座学で分かったのが、魔法もこの8つの区分で分けられるそうだ。ただ、少し呼び名が違った。
光魔法、闇魔法、風魔法。この3つは魔法区分
火の術、水の術、土の術。この3つは術区分
天と霊は、区分がない。
敢えて、天の力、霊の力と考えると、天に関しては、神や精霊から力を借りて、霊に関しては、死霊や、怨念のような、負のエネルギーを利用して現象を起こすらしい。
天に関しては、魔法と言えば魔法っぽい気はするが、霊に関してはかなり危うい。呪いの類は、だいたい霊の力だそうだ。
闇魔法が存在するのに、霊の力が別であるというのは、恐ろしい限りだ。
コントロールできるものが闇魔法だと考えると、コントロール不可なものが霊ということかもしれない
どういう使い手がいるのだろう?
ちなみに今俺がいる島は、クロムランドという場所らしい。
かつて、鉄鉱石がこの地で多く採れたそうで、武器の開発に関して最先端だったそうだ。
だが、時代が移り変わり、剣より魔法が主体になると、人はどんどん島を離れていったそうだ。
島にいても儲からない、大陸へ渡り、魔導書を売った方が良いと考えたらしい。
結局、この地は大陸の都市、フォースインゴットの政府によって買い取られ、戦士の養成や、人体実験のための島になっているのだそうだ。
教官のディークも、フォースインゴット出身らしい。
午後、風の刻から水の刻の半ば辺りまで、戦闘訓練があるそうだ。
どんな戦闘訓練なのか。少し内心ワクワクしているところもあった。
転生して辛い目に遭いたくはないが、魔法の存在があるのであれば、戦闘もただの肉体強化だけに留まらないはずだ。
どんなメニューを課されるのか、楽しみでもある。
「また地獄の始まりだよ」
アゲパンが物騒なことを言った。
◇ ◇ ◇
火の刻。
戦闘訓練前、訓練校の一室。
教官のディークが昼食後にお茶を飲んで休憩していると、作戦指揮官のロベルトが彼の元を訪れた。
ディークは、珍しい人間が来たものだと、内心驚いていた。
「ディーク教官、今日の訓練のことなんですが」
「どうした? 私に急用か」
「はい、フォースインゴットからの伝令です。実は、この訓練校の北東にある研究所で事故がありまして」
「事故? 実験体でも逃げ出したか? まさかな」
ディークは笑った。
ロベルトは、少し俯き加減に、少し下にズレたシルバーの眼鏡の位置を、中指で戻した。
「その、まさかです」
ディークは目を閉じ、怒りを沈下させようと心の中で数を数えた。
ゆっくり抑えながらディークは話した。
「――何をやっているんだ。今何人の子どもたちがここで訓練していると思っている」
ロベルトはディークの怒りを察しつつも話を続ける。
「彼らは、『殺人犯』です。この訓練校にいられるだけでも、感謝するべきでしょう」
「まぁ、インゴットの奴らならそう言いかねないだろうな。彼らは罪人ではない」
「そうですか、ディーク教官はお優しいですね」
「皮肉か?」
「いえ、そのままの感想を申し上げたまでです」
「だとしても、似たようなものだ。信じるというのは、時には愚かにも映る」
「教官は、彼ら一人一人と面接をしていましたね。その上でのご決断でしょう? あなたはフォースインゴット訓練校の戦士としても高い評価を受けていました。彼らを疑っても、ディーク教官を疑う者はいないでしょう」
「お前はどうなんだロベルト」
「私がディーク教官を疑うかということですか?」
「そうだ」
「そりゃあ、信じておりますよ」
「安い言葉だな」
「信じるという言葉がですか? それとも私自身の言葉がお安いと?」
「後者だ。お前は俺のことを愚かだと思っているだろう」
「私に本心を語れと仰るというなら、それに関してだけは、愚かだと申しておきましょう」
「語ってはくれないんだな」
「ええ、私はあなたとは違いますからね」
「お前は逃げるのか? この島から」
「もちろんです。教官も、ご希望があれば、取り計らって差し上げますよ」
「馬鹿を言うな、それで、子供たちは?」
「実験体が見つかり、安全性が確認されれば、こちらへも船を出されることでしょう」
「フォースインゴットの作戦本部がそう言っているのか?」
「ええ、仰っておりますよ」
「お前は、それが実行されると本気で思うか?」
「もちろん思いませんとも。『殺人犯』が大陸へ戻ってくることを歓迎する民衆はおりませんからね。作戦本部が、彼らを国に戻したとなれば、降格は免れません。そんなメリットの少ない、危ない橋を渡ろうとするのは、あなたくらいでしょう」
「そうか、わかった。今、実験体を追っている者はどのくらいいる?」
「別の施設にいる待機中の戦士が何人か捜索しているでしょう。せいぜい20名といったところでしょうね」
「感知と捜索のスキルを持った者はいるのか?」
「風魔法を持つ戦士は、たぶん居なかったと思われますね」
「実験体の名前は?」
「リトルシャドウ。デーモンの亜種です」
「リトルシャドウか、それは難易度が高いな。ランクは?」
「Bプラスですね。一部A級の闇魔法を使えるので、気を付けてください」
「何の魔法だ?」
「『憑依』です」
ディークは頭を抱えて俯いた。
「――最悪だな」
「あなたが憑依されると、子供たちは全員死ぬでしょう。頑張ってくださいね。では、私はフォースインゴットでお待ちしておりますよ、人間のままの状態で会えることを楽しみにしております」
ロベルトは一礼すると、部屋を出ていった。
ディークは思考する。
憑依、つまり、他の3つの施設で、だれかに憑依していたとしたら、その人間を生かしたまま捕らえて『悪魔祓い』をしなくてはならないというわけだ。
もし、リトルシャドウが、捜索隊の戦士に憑依していたとなると、油断すればこちらが殺されるということになる。
せめて、『風魔法』を使える人間がいれば、何とか作戦を練ることができるというのに。
捜索と感知のスキル。
まず、捜索のスキルがあれば、この島のどこにリトルシャドウがいるのか、ある程度の予測を立てることもできる。
感知のスキルがあれば、憑依されていることを瞬時で見極めることができるだろう。
だが、このスキルは、体質によるものが大きい。風魔法自体、器用でなければ扱いが難しいのだ。
風魔法が使える者がいるか、探す必要がある。
この島にそんな者がいるのか? ということだが。
◇ ◇ ◇
「マリア! マリアって、魔法は詳しいのか?」
昼食の後、広間で本を読みながら休憩をとっているマリアに声を掛けてみた。
「あ、は、はい、―――ハル、なんでしょうか? 魔法?」
この前は、タメ語だったのに、敬語になっている。
アゲパン達がいないからだろうか。
どうもまだ記憶喪失のことを疑っているようだ。よっぽど俺は悪い奴だったんだろうなと思った。
「そうそう、俺さ、できれば、この周辺のことが分かるような魔法を使いたいんだ」
マリアは本を閉じて、少し考える。
「この周辺、ですか。でしたら、私の知る限りでは、『捜索』と『感知』のスキルになりますね」
「そう! それだ! そういうのが欲しかったんだよ。俺、ちょっと色々と調べないといけないことがあって、できるなら、地理に詳しくなりたいと思ってさ。俺って、もともと地理の教科は得意だったからな」
「何を言ってるのか分かりませんが、風魔法はそんな簡単に身につくものではありませんよ」
「良いから良いから、たぶん、だいたいの容量は掴めているから」
マリアは凄く訝しげに俺を見ている。
魔法自体が、簡単なことではないことは知っている。だが、一応糸くずとはいえ、火を出すことができたのだ。
低レベルであっても、何かしらの魔法は使えるに違いない。
なんせ、魔法剣士の素質を持って転生しているのだ。
「風魔法は、魔法の中でも、一番繊細と言われています。無骨な方に扱えるものではありませんよ」
「マリアは使えるのか?」
「使えないです」
「だったら、分からないじゃないか」
「なんですか? その言い方は。やっぱり私のことを馬鹿にしているのではありませんか?」
マリアはムッとしている。
「とにかく、基本の部分だけ知識が欲しいんだ。何を意識して、何をイメージすればいいのか」
「まぁいいでしょう。風は、流動的なものです。風の精霊の声に耳を傾けてください、それから――」
「よし、分かった、風の精霊の声を聞けば良いんだな」
俺は風の精霊の声を聞く!
俺は風の精霊の声を聞く!! 集中しろ俺。俺ならできるはずだ。
「ちょっと、まだ何も言っていないでしょ?」
さすがにマリアもタメ語でキレてくる。
「待てマリア、俺は今、集中しているんだ。精霊をイメージだ。あ、そうだ、マリア、風の精霊ってどんな奴なんだ?」
「し、知らないわよ。会ったことないのに」
「ったく、実践的じゃないんだよ、本当に魔法使う気あるのかってんだよ」
「何よ! せっかく教えてあげてるのに」
「分かった分かった。せめて、イメージだけでいいから」
「風の精霊は、緑の姿をしていて、羽が生えていてね。それで―――」
急に、マリアの声が遠くなり、視界がぼんやりしてきた。
『おや? キミは転生者かい?』
「だれだ!? 俺に話しかけているのか?」
『僕を呼んだのはキミだろう、だれだ!っていうのは失礼な気がするな』
そうか、てことは、もしかして、風の精霊か!?
俺が転生者だって知ってるのか?
『知ってるとも、キミはケットシーに時間を凍結させている存在だからね』
え? ケットシーのことも分かるんだな、てか心が読めるのか。
『まぁね。ケットシーはかなり頑固だからね、人のために時間を凍結することなんて、滅多にないよ』
それはアレだろ、ノルン様のお導きなんだろ? よくは分からないけど。
『ケットシーがそう言っているだけだよ。 一部はそういうところもあるかもしれないけど』
そうなのか、で、本当に風の精霊なのか?
『正確に言うと、僕は精霊ではないよ。大気の管理人って言った方がいいね。精霊と僕はほとんど無関係だ』
なんで、俺の呼びかけに応じてくれたんだ?
『君がケットシーによって転生させられた、稀有な存在だからだよ。ケットシーは僕の友達だから、キミには興味があったんだ』
そうなのか、でも、俺としては、今、風魔法を使いたいと思っているんだ。
捜索と感知のスキルってのを使えるようになりたくてさ。
『なるほど、マッピングの魔法が欲しいのか』
そうだな、簡単に言うとそういう魔法だ。
『いいよ、なら君には、コネクターのスキルをあげよう』
コネクター? なんだそれは?
『捜索の風魔法ってのは、精霊に地図を見せてもらう魔法なんだ。感知は、対象となる生物の状態を把握する魔法。キミの元居た世界で言えば、レントゲン検査みたいな感じだね。いずれ、精霊に力を借りなくてはならない。でも、いちいち精霊に力を借りるのも面倒だろう。だから、自分でコネクトするんだ』
でも、どうやって使うんだ、そのスキルは
『マップの知識がある人間にコネクターを使えば、その部分の地図がキミの頭の中で把握できる。ただ、効果を持続させるには精神力が必要だ。寝たらリセットされるから、マッピングの魔法でちゃんと記録しておくんだぞ』
マッピングの魔法なんて持ってないぞ、てかマッピングの魔法がないって最初に言っただろうが。
『そうなのかい? 仕方ないなー、じゃあ、おまけでマッピングも付けといてあげるよ』
すまん! 恩に着る!
『ちなみにマッピングの魔法は風じゃなくて土だけどね』
風の精霊を呼んだはずだったんだけどな
『魔法の属性区分に関しては、君たち人間の都合じゃないか、僕らには何の関係もないよ。コネクターのスキルは天の区分だからね。こっちも風じゃないよ』
どういうことだよ。
『まぁ、そのうち分かってくるさ。気にするな』
分かった。とにかくありがとう、これでこの島の謎も解けるかもしれない。
そういや、名前はなんて言うんだ?
『ケツァルコアトルだよ! 覚えておいてね。じゃあ、そろそろ帰るよ。キミの運命に幸あれ!』
「ねぇ、ハル! 聞いてるの?」
視界がクリアになり、目の前にマリアの顔があった。
「あぁ、マリアか、わるい、ちょっと精霊というか、管理人と話していてね」
「管理人? 何言ってるの?」
「別に何でもない。とにかく、スキルは手に入れたから、大丈夫だ。ありがとうマリア」
「変なの。もうすぐ、戦闘訓練の授業でしょ? 早く行った方がいいよ」
「あ、ああ、そうだな! じゃあ、また後でな!」
こうして俺は、『コネクター』と『マッピング』という天と土の術スキルを手に入れた。
この、超特殊なスキルが、この先の俺の運命を大きく変えることになる。
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