極道恋事情 another one

一園木蓮

文字の大きさ
上 下
65 / 66
マフィアの花嫁

40(後日談その3)

しおりを挟む
 汐留の邸に帰ると、大パノラマの窓の外はすっかり宵闇に包まれて、眼下には初冬の街のイルミネーションがキラキラと輝き始めていた。
「坊っちゃま、ひょうさん、お帰りなさいまし!」
 日曜というのに真田さなだがいつも通りの執事姿で出迎えてくれて、コートやマフラーなども手際良く受け取っては消臭消毒機能を備えた玄関ホール脇のクローゼットに吊るしてくれる。ここは全面クリアガラス張りになっていて、一時的に脱いだコートやジャケットなどを引っ掛けておけるスペースなのだ。鐘崎かねさきら客人が来た際にもここで預かる仕組みとなっている。その後は丁寧にブラシをかけたり、プレスしてシワを伸ばしたりとメンテナンスをしてから本格的にクローゼットへしまう。それも真田さなだの仕事のひとつである。
「皆様のお仕立ては如何でございましたか?」
「ああ、お陰様でな。カネのところの若い衆たちにも喜んでもらえたようで良かった」
「左様でございましたか。それは良うございました。ひょうさんもお疲れ様でございます」
真田さなださん、ただいまですー!」
 ひょうは土産の小さな紙袋を差し出しながら、心ばかりですがと言ってぺこりと頭を下げた。
「まあまあ! このようなお心遣い、いつもながら恐れ入ります」
 袋は老舗和菓子店の物で、中身は見ずとも想像がつくというものだ。箱の厚さからすると、おそらく真田さなだの好物である求肥入りの薄皮どら焼きである。
真田さなだ、お前さんも晩メシはまだだろう? こいつで茶をしたら、一緒にやらんか」
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えさせていただきます」
 休日の夜は真田さなだら家令の者たちにできるだけ負担をかけまいと、大概は外食か、ひょうの手作り愛妻料理と決まっている。だが、今日は朝から採寸の付き添いで出掛けて行った為、お夜食はご用意しておきましょうと真田さなだが見送りの際にそう言ってくれていたのだ。昼は中華のコースと聞いていたし、鐘崎かねさき組の組員たちも一緒だということから、そんなに遅くならずに帰宅するのだろうということが真田さなだには解っていたのだろう。
「今夜は和食でご用意させていただいておりますぞ」
 昼がボリュームのある中華だから、夜はさっぱりとした和食で――と気遣ってくれる心遣いが有り難い。
 早速に土産の和菓子に合わせたお茶を淹れ始めた真田さなだに世話を焼かれながら、周とひょうは買って来た便箋と切手などを袋から取り出しては今日一日の楽しかった時間を振り返っていた。
「そういえばもうそのような時期でございますな」
 便箋と封筒の山を目にした真田さなだにも、それがお礼状用の物だということが解ったのだろう。
ひょうさんが良くお気付きになってくださるので、坊っちゃまも本当に助かっておられますな」
 夫婦仲の睦まじい様子が嬉しくて堪らないという真田さなだの思いが、皺の深くなった目元によくよく表れている。そんなとびきりの笑顔がひょうにとっても周にとっても嬉しいものなのだ。
 その後、三人で茶と和菓子を楽しみながら、今日の買い物の様子や散歩した道のりなど、たわいのない話で和やかな時間を過ごした。
 ひょうにとっては亭主である周とはもちろんのことだが、こうして真田さなだと三人で語り合えるひと時がなんとも言えずに心地の好い時間と言える。亡きウォン老人を彷彿とさせるあたたかい真田さなだの相槌や声音、意外にもユーモラスなところのある性質などもそうだが、一緒にいるだけで心が温まるというか、ずっとこうしていたいと思うほどに楽しい時間なのである。真田さなだは二人にとってまさにこの邸の『お父さん』といった存在だ。
「そうそう、坊っちゃま! 台湾の楊大人ヤン ターレンから年明けに催されるご襲名披露の招待状が届いておりますぞ」
楊礼偉ヤン リィウェイか。確か今度の春節に合わせての披露目だったな」
「左様で。お昼間に大人ターレンから直々にお電話がございましてな。なんでも台湾までの道中をクルーズで如何かとのことでした」
「クルーズ? 船旅か」
 ヤン家も粋な計らいをするものだと周は双眸をゆるめた。
「そうか。ではちょいと電話を入れてくるか」
「そうなさいまし。それまでにお夕膳を整えておきましょう」
「ああ、すまんな。頼む」
 周は電話の為に一旦自室へと戻り、ひょうも部屋着に着替える為、二人仲良くダイニングを後にしていった。
「さてと! お夕膳のお支度と参りましょうな」
 茶器を片付けて手際の良く三人分のテーブルセッティングに取り掛かる。息子とも孫ともいえる周とひょうと共にする夕食の時間は、真田さなだにとってもたいそう嬉しく元気の源でもあるのだった。弾む心を体現すべく、ニコニコとあたたかな笑みをたたえながら、はつらつと動く真田さなだの足音がダイニングと調理場に心地好くも幸せな空気を作り出す、そんな夜だった。



◆    ◆    ◆


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

同僚に密室に連れ込まれてイケナイ状況です

暗黒神ゼブラ
BL
今日僕は同僚にごはんに誘われました

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

処理中です...