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マフィアの花嫁
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「老板、申し訳ございません。とめる暇もありませんでした……」
庚兆は隠し持っていた毒を含んで自害に至ったとのことだった。あの絶体絶命の中で鐘崎らが冰を無事に救出した瞬間をタブレットの映像で目の当たりにした直後だったという。
鐘崎の最後まで諦めらない粘りはもちろんのこと、紫月の神業とも言える刀捌き、それに駆け付けた鄧らがエアベッドで受け止める様子などの一部始終を目にして愕然となったそうだ。
「は……ははは……、恐れ入ったね……。これが信頼し合う仲間の成せる技ってわけか……。俺には……逆立ちしたって手に入らねえ代物だったな」
周焔が戻って来たら自分は確実に葬られる。だが、せめてもヤツの手で始末されてやるわけにはいかない、それが自分の最後のプライドだ――そう言って庚兆は自ら毒を含んだそうだ。彼の手下たちも驚きに身を震わせながら、かといって後を追う気概はなかったようだ。
「周焔殿……苦しまずに逝ける即効性の猛毒だったようで――すぐに医療室から先生方に来ていただいたのですが、手の施しようがありませなんだ」
源次郎が伏し目がちでそう説明する。鄧浩は現場に出払っていた為、医療室に残っていた医師らを呼んだのだそうだが、彼らがこの地下に駆けつけて来る前に息を引き取ったとのことだった。
檻の床で転がっている庚兆を見下ろしながら、周もまた苦い表情でいた。
「――そうか」
周は中に入ると、庚兆の元にしゃがみ込んで、
「――バカめが。命を粗末にしやがって」
そう言いながら瞼に手を翳してその瞳を閉じてやる。ゆっくりと手を合わせた周の姿を目にした庚兆の手下たちは、その瞬間に声を上げて泣き崩れてしまった。
今回自分たちのボスである庚兆がしたこと、それに加担した彼ら自身のこと、そしてこの十六年間の出来事が走馬灯のように蘇ってきたのだろうか。もしくは、こんな目に遭わせた相手に対してもこうして手を合わせてくれる周の姿が衝撃だったのだろうか。
本来であれば、例え骸となったにせよ怒りをぶつけられても当然のことだろう。騙して拘束した上に、伴侶である冰を拉致して爆死寸前の目に遭わせたのだ。例え身を以て償ったとしても赦してはもらえないだろうことは想像に容易い。長い年月を裏の世界で生きてきた彼らにとっては、既に冷たくなった亡骸を靴で踏みつけたり、挙句は蹴り飛ばしたりするような輩を目にしたこともあった。
だが、周はそうしなかった。散々な目に遭わせたにもかかわらず、骸を目の前にすればこうして手を合わせてくれた。彼の胸中は当然か複雑であるに違いはない。怒りももちろんあるだろう。それらの感情をすべて抑えて、死者に対する敬意を払ってくれているのだ。
庚兆の手下たちにとっては信じ難いことであり、誰もが打ち震える我が身とこぼれる涙をとめることはできなかったようだ。
決して赦されざることをしたにもかかわらず、周にとっては庚兆らがファミリーの直下に与していたことは事実だ。彼は先程拘束されていたホテルでも言っていた。
俺たちは誰もが仲間であり信頼し合える家族なのだと。
だからファミリーと言うんだぜ――その言葉がとてつもなく大きな存在となって脳裏に蘇り、胸を揺さぶる。
こんな大それたことをしでかした庚兆や自分たちのことでも、この周焔という男はファミリーの一端として最後の敬意を捨てずにいてくれるというのだろうか――。
「周焔老板……申し訳ありませんでした……ッ」
「申し訳ありませんでした――!」
その後しばしの間、地下室に彼らの嗚咽する声が止むことはなかった。
◆ ◆ ◆
庚兆は隠し持っていた毒を含んで自害に至ったとのことだった。あの絶体絶命の中で鐘崎らが冰を無事に救出した瞬間をタブレットの映像で目の当たりにした直後だったという。
鐘崎の最後まで諦めらない粘りはもちろんのこと、紫月の神業とも言える刀捌き、それに駆け付けた鄧らがエアベッドで受け止める様子などの一部始終を目にして愕然となったそうだ。
「は……ははは……、恐れ入ったね……。これが信頼し合う仲間の成せる技ってわけか……。俺には……逆立ちしたって手に入らねえ代物だったな」
周焔が戻って来たら自分は確実に葬られる。だが、せめてもヤツの手で始末されてやるわけにはいかない、それが自分の最後のプライドだ――そう言って庚兆は自ら毒を含んだそうだ。彼の手下たちも驚きに身を震わせながら、かといって後を追う気概はなかったようだ。
「周焔殿……苦しまずに逝ける即効性の猛毒だったようで――すぐに医療室から先生方に来ていただいたのですが、手の施しようがありませなんだ」
源次郎が伏し目がちでそう説明する。鄧浩は現場に出払っていた為、医療室に残っていた医師らを呼んだのだそうだが、彼らがこの地下に駆けつけて来る前に息を引き取ったとのことだった。
檻の床で転がっている庚兆を見下ろしながら、周もまた苦い表情でいた。
「――そうか」
周は中に入ると、庚兆の元にしゃがみ込んで、
「――バカめが。命を粗末にしやがって」
そう言いながら瞼に手を翳してその瞳を閉じてやる。ゆっくりと手を合わせた周の姿を目にした庚兆の手下たちは、その瞬間に声を上げて泣き崩れてしまった。
今回自分たちのボスである庚兆がしたこと、それに加担した彼ら自身のこと、そしてこの十六年間の出来事が走馬灯のように蘇ってきたのだろうか。もしくは、こんな目に遭わせた相手に対してもこうして手を合わせてくれる周の姿が衝撃だったのだろうか。
本来であれば、例え骸となったにせよ怒りをぶつけられても当然のことだろう。騙して拘束した上に、伴侶である冰を拉致して爆死寸前の目に遭わせたのだ。例え身を以て償ったとしても赦してはもらえないだろうことは想像に容易い。長い年月を裏の世界で生きてきた彼らにとっては、既に冷たくなった亡骸を靴で踏みつけたり、挙句は蹴り飛ばしたりするような輩を目にしたこともあった。
だが、周はそうしなかった。散々な目に遭わせたにもかかわらず、骸を目の前にすればこうして手を合わせてくれた。彼の胸中は当然か複雑であるに違いはない。怒りももちろんあるだろう。それらの感情をすべて抑えて、死者に対する敬意を払ってくれているのだ。
庚兆の手下たちにとっては信じ難いことであり、誰もが打ち震える我が身とこぼれる涙をとめることはできなかったようだ。
決して赦されざることをしたにもかかわらず、周にとっては庚兆らがファミリーの直下に与していたことは事実だ。彼は先程拘束されていたホテルでも言っていた。
俺たちは誰もが仲間であり信頼し合える家族なのだと。
だからファミリーと言うんだぜ――その言葉がとてつもなく大きな存在となって脳裏に蘇り、胸を揺さぶる。
こんな大それたことをしでかした庚兆や自分たちのことでも、この周焔という男はファミリーの一端として最後の敬意を捨てずにいてくれるというのだろうか――。
「周焔老板……申し訳ありませんでした……ッ」
「申し訳ありませんでした――!」
その後しばしの間、地下室に彼らの嗚咽する声が止むことはなかった。
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