極道恋事情 another one

一園木蓮

文字の大きさ
上 下
30 / 69
マフィアの花嫁

しおりを挟む
「もしもし――」
『俺だ――』
 通話口の向こうの周の声は明らかにいつもと違う。一見普通に思えるが、妙に落ち着いていて声に明るさがまったく感じられないのだ。緊張状態――というよりも裏の任務に当たっている時と同じ空気を見逃す鐘崎ではなかった。
「――周焔ジォウ イェンか。ちょうど良かった、今こっちも仕事帰りでな。良かったら晩飯でも一緒にどうかと思っていたところだ」
 鐘崎は通話の向こうに敵がいることを想定して、わざと暢気な調子の声音でそう言った。

 周焔ジォウ イェンか――そのひと言で周には既に事態を把握して鐘崎らが動き始めてくれていることを察することができたようだった。

 通常、鐘崎が周を呼ぶ際に、『周焔ジォウ イェン』とは言わない。高校時代からの呼び名でもあった実母の姓の『氷川ひかわ』と言うのが馴染みだ。それを敢えて周姓で呼んだことで、非常事態を察知していることを告げたのだ。周もまた、いつもの『カネ』とは言わずに、『鐘崎』と返してきた。
『すまんな、鐘崎。嬉しい誘いだが今夜は都合がつかん。それよりもお前さんに頼みがあるのだがな』
「頼み? なんだ、改まって」
『晩飯は今度俺が奢る。すまんが冰を連れ戻しに行ってはくれねえか?』
「冰を? なんだぁ? またてめえら、くだらねえ痴話喧嘩でもしたってか?」
『まあそんなところだ。冰が怒って家を出て行っちまってな。携帯の電源を落としているようで居場所が掴めんのだ。だが行く先は見当がついている。俺が迎えに行ったところで素直に帰って来るとは思えんのでな。お前さんに説得して欲しいのだ』
「しようのねえヤツだな。分かった、引き受けよう。念の為、うちのヤツも連れて行こう。俺よりもうちのの言うことなら素直に聞くだろうからな。それで場所は何処なんだ」
『埠頭にある我が社の倉庫だ。あいつにはこの日本で身を寄せる先なんてのは無えからな。前にも痴話喧嘩した際にあそこで一晩隠れてたことがある。おそらく今回もそうだろう』
 実のところ周と冰の間で痴話喧嘩などしたことはないし、ましてや埠頭の倉庫に一晩こもっていたなどという事実もない。そんなことは鐘崎も重々承知だ。明らかに非常事態に陥っていることが想像できた。
「埠頭にあるお前んの倉庫だな? 分かった。じゃあちょっくら向かってみる。また後で電話すっから」
『すまん、鐘崎――』
「ああ、任せろ。心配せずにおめえは家で待っててくれ」
 鐘崎は通話を切ると、すぐに冰の現在地を確かめた。
「お聞きの通りだ。げんさん、冰の腕時計のGPSは?」
「周殿のおっしゃった通り、埠頭に向かっています!」
「よし、俺たちは埠頭へ急ごう! おそらく冰はそこで監禁されるはずだ。げんさんたちは予定通り氷川たちのいるホテルへ向かってくれ。それから汐留のデェン先生に連絡して、応援に動いてくれるよう言ってくれ」
 おそらくデェンらはまだ事態に気がついていない可能性が高い。もしも気付いていれば真っ先に連絡が来るはずだからだ。
「承知しました。若、十中八九、そちらには罠が待っています。お気をつけて」
「分かった。皆も頼んだぞ!」
 台風がますます勢いを増す中、一同は救出に向けて各所へと散って行ったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

溺愛アルファは運命の恋を離さない

リミル
BL
運命を受け入れたスパダリα(30)×運命の恋に拾われたΩ(27) ──愛してる。俺だけの運命。 婚約者に捨てられたオメガの千歳は、オメガ嫌いであるアルファのレグルシュの元で、一時期居候の身となる。そこでレグルシュの甥である、ユキのシッターとして働いていた。 ユキとの別れ、そして、レグルシュと運命の恋で結ばれ、千歳は子供を身籠った。 新しい家族の誕生。初めての育児に、甘い新婚生活。さらには、二人の仲にヤキモチを焼いたユキに──!? ※こちらは「愛人オメガは運命の恋に拾われる」(https://www.alphapolis.co.jp/novel/590151775/674683785)の続編になります。

紹介なんてされたくありません!

mahiro
BL
普通ならば「家族に紹介したい」と言われたら、嬉しいものなのだと思う。 けれど僕は男で目の前で平然と言ってのけたこの人物も男なわけで。 断りの言葉を言いかけた瞬間、来客を知らせるインターフォンが鳴り響き……?

撮り残した幸せ

海棠 楓
BL
その男は、ただ恋がしたかった。生涯最後の恋を。 求められることも欲されることもなくなってしまったアラフィフが、最後の恋だと意気込んでマッチングアプリで出会ったのは、二回り以上年下の青年だった。 歳を重ねてしまった故に素直になれない、臆病になってしまう複雑な心情を抱えながらも、二人はある共通の趣味を通じて当初の目的とは異なる関係を築いていく。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

処理中です...