17 / 66
歪んだ恋情が誘う罠
16
しおりを挟む
「誰かを想って苦しんだことがねえってか? 俺、そんなふうに見えっか? だったらそりゃあんたの誤解だな」
「……誤解?」
「そう、誤解」
紫月は腹を立てることもなく、声を荒げることもなく、真っ直ぐな澄んだ瞳で戸江田を見つめた。
「な、戸江田さん。俺はさ、ガキん頃からずっと遼二ンことが好きでな。けど告るなんてできなくてさ。理由は野郎同士だからってのや世間の目がどうこうってのもあったけど、あいつはいずれ組を背負って立つ立場の男だ。当然、姐さんだって後継ぎだって必要だべ? いつかあいつは惚れた女を娶ってガキをこさえて、組を守ってくんだって思ってた。俺は側でずっとそれを見てるしかできねんだとも思ってた。俺たちは幼馴染だからさ。家も近所で、だから嫌でもそういうのが目に入る距離にいる。正直苦しかったよ。辛くて堪んなくて、何べん一人で泣いたか分かんねえ。告るだの振られるだのなんざ論外でさ。けど――俺ァてめえでてめえを粗末にしてえとは思わなかった。遼二に当て付けるように好きでもねえ誰かと恋愛ごっこするくれえなら、一生一人でいい。辛かろうが苦しかろうが、あいつの側から逃げずにあいつの幸せを願って生きられる人間になろうって思った」
例えば他の誰かと一時の戯れで身体や心を重ねれば、その場限りの苦しさは解消されるかも知れない。だが、必ず後悔がやってくることも必須だ。自分で自分を汚してしまったことを悔い、鐘崎には軽蔑されて、前よりももっと辛く苦しい思いに苛まれ惨めな思いだけが残るのは分かりきったことだ。
「同じ惨めな思いでも、目を逸らして偽りの快楽で癒したところで結局は解決しねえ。逃げても逃げなくても傷つくのは変わんねえ。だったらてめえの心のど真ん中にある正直な気持ちを受け止めていくしかねえって決めたんだ。俺はどう転んでもあいつしか好きになれねえことが分かってっから、例えあいつがよその女と結婚して、あいつの一番になれなくても――俺ン中の一番はあいつしかいねえ。苦しいからって逃げたところでぜってえ逃げ切れねえ想いなんだって。だから思ったんだ、あいつは俺で俺はあいつなんだって。あいつが、遼二が幸せなら俺も一緒に幸せだと思えばいいじゃねえかって。あいつが愛した相手を俺も好きでいられれば幸せじゃねえかって。形としては添えなくても気持ちを添わして生きるのは自由じゃねえかって。そういう生き方もあるんじゃねえかって気が付いたらさ、すげえ気持ちが楽ンなったんだ。俺は一生あいつの幸せを願って生きていけばいい。それが俺自身の幸せでもあるんだって」
見上げた紫月の視線はどこか遠くを見ているようだった。それはまるで現世からずっと離れた遠い別のどこかのようにも感じられて、彼の今言った言葉のすべてが綺麗事などではなく本心なのだということが本能で分かるかのようだ。戸江田は返す言葉も見つからずに、瞬きすら忘れてしまうほど、まるで時が止まってしまうほどに衝撃の只中に立ち尽くすしかできずにいた。
次元が違う。
本当の愛とはこんなにも深く重く、そして尊いものなのか。
それに比べて自分はどうだ。単に好いた惚れた、告った振られた、遊んだ遊ばれたなどと一喜一憂して被害妄想に浸っていただけではないか――。
そんな自分に気付きもせずに自暴自棄になっていただけだ。
また再び、ポロポロと溢れ出て止まらなくなった涙を、戸江田は拭うことさえできなかった。
「……誤解?」
「そう、誤解」
紫月は腹を立てることもなく、声を荒げることもなく、真っ直ぐな澄んだ瞳で戸江田を見つめた。
「な、戸江田さん。俺はさ、ガキん頃からずっと遼二ンことが好きでな。けど告るなんてできなくてさ。理由は野郎同士だからってのや世間の目がどうこうってのもあったけど、あいつはいずれ組を背負って立つ立場の男だ。当然、姐さんだって後継ぎだって必要だべ? いつかあいつは惚れた女を娶ってガキをこさえて、組を守ってくんだって思ってた。俺は側でずっとそれを見てるしかできねんだとも思ってた。俺たちは幼馴染だからさ。家も近所で、だから嫌でもそういうのが目に入る距離にいる。正直苦しかったよ。辛くて堪んなくて、何べん一人で泣いたか分かんねえ。告るだの振られるだのなんざ論外でさ。けど――俺ァてめえでてめえを粗末にしてえとは思わなかった。遼二に当て付けるように好きでもねえ誰かと恋愛ごっこするくれえなら、一生一人でいい。辛かろうが苦しかろうが、あいつの側から逃げずにあいつの幸せを願って生きられる人間になろうって思った」
例えば他の誰かと一時の戯れで身体や心を重ねれば、その場限りの苦しさは解消されるかも知れない。だが、必ず後悔がやってくることも必須だ。自分で自分を汚してしまったことを悔い、鐘崎には軽蔑されて、前よりももっと辛く苦しい思いに苛まれ惨めな思いだけが残るのは分かりきったことだ。
「同じ惨めな思いでも、目を逸らして偽りの快楽で癒したところで結局は解決しねえ。逃げても逃げなくても傷つくのは変わんねえ。だったらてめえの心のど真ん中にある正直な気持ちを受け止めていくしかねえって決めたんだ。俺はどう転んでもあいつしか好きになれねえことが分かってっから、例えあいつがよその女と結婚して、あいつの一番になれなくても――俺ン中の一番はあいつしかいねえ。苦しいからって逃げたところでぜってえ逃げ切れねえ想いなんだって。だから思ったんだ、あいつは俺で俺はあいつなんだって。あいつが、遼二が幸せなら俺も一緒に幸せだと思えばいいじゃねえかって。あいつが愛した相手を俺も好きでいられれば幸せじゃねえかって。形としては添えなくても気持ちを添わして生きるのは自由じゃねえかって。そういう生き方もあるんじゃねえかって気が付いたらさ、すげえ気持ちが楽ンなったんだ。俺は一生あいつの幸せを願って生きていけばいい。それが俺自身の幸せでもあるんだって」
見上げた紫月の視線はどこか遠くを見ているようだった。それはまるで現世からずっと離れた遠い別のどこかのようにも感じられて、彼の今言った言葉のすべてが綺麗事などではなく本心なのだということが本能で分かるかのようだ。戸江田は返す言葉も見つからずに、瞬きすら忘れてしまうほど、まるで時が止まってしまうほどに衝撃の只中に立ち尽くすしかできずにいた。
次元が違う。
本当の愛とはこんなにも深く重く、そして尊いものなのか。
それに比べて自分はどうだ。単に好いた惚れた、告った振られた、遊んだ遊ばれたなどと一喜一憂して被害妄想に浸っていただけではないか――。
そんな自分に気付きもせずに自暴自棄になっていただけだ。
また再び、ポロポロと溢れ出て止まらなくなった涙を、戸江田は拭うことさえできなかった。
21
お気に入りに追加
38
あなたにおすすめの小説
【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
サポ
雄
BL
185.95.32ジムで追い込んでは男を漁る谷口啓太。元はノンケで大学の頃に喰われノンケしてたはずがいつの間にか尺犬に仕込まれたラグビー部上がり。
自分よりマッチョな男に使われるのも好きだが年下の細身やぼて腹の親父に使われるのも好きな変態に。
後輩の甘い支配
ちとせ
BL
後輩(男前イケメン)×先輩(無自覚美人)
「俺がやめるのも、先輩にとってはどうでもいいことなんですね…」
退職する直前に爪痕を残していった後輩に、再会後甘く支配される…
商社で働く雨宮 叶斗(あめみや かなと)は冷たい印象を与えてしまうほど整った美貌を持つ。
そんな彼には指導係だった時からずっと付き従ってくる後輩がいた。
その後輩、村瀬 樹(むらせ いつき)はある日突然叶斗に退職することを告げる。
2年後、戻ってきた村瀬は自分の欲望を我慢することをせず…
後半甘々です。
すれ違いもありますが、結局攻めは最初から最後まで受け大好きで、受けは終始振り回されてます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる