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歪んだ恋情が誘う罠
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香港、白泥近郊山間――。
一行が現地に着いた頃、時刻は夜の八時を回ろうとしていた。
「あれが例の宝飾店の社長が持ってるっていう別荘か。えらい山の中にあるもんだな」
周囲に民家は見当たらない。いわゆる林の中にポツンとその一軒だけが建っているといったふうである。
「灯りは――点いてるようだ」
とはいえ、煌々とではなく、仄暗い様子が奇妙に感じられる。
「変だな。まるで寝静まっているようだ」
打ち合わせというならもっと明るくないとおかしいし、人の話し声もしない。もしかしたらもうここには誰もいないのではないかと思われるくらいなのだ。
「まさかとは思うが、既にどこかに連れ去られた可能性も考えられるな……」
社長や職人共々、鐘崎が何らかの事件に巻き込まれて拉致されたという想像が浮かぶ。とにかくは周と紫月、李に鄧、清水の五人で車を降りて、周囲を警戒しながら呼び鈴を押してみることにした。
静寂の中、リンゴン――という音が奇妙な緊張を誘う。
一方、室内でモニターを確認した戸江田の方は、意外にも早い到着に舌打ちながらも、鐘崎と自分の関係を伴侶の紫月に見せつけられるということに、別の意味で高揚を覚えるのだった。
「まさかこんなに早くやって来るとはね……。まあいい、ヤツの落胆する顔を拝んでやるのも一興だ」
しばらくして出てきた戸江田の姿を見た瞬間に誰もが驚かされることと相成った。
「はい、どなた様?」
眠たい目を擦りながら――という調子の戸江田が気怠げな表情で玄関のドアを開けた。髪は少しボサボサとしていて、寝起きを思わせる。出立ちはといえば素肌にバスローブを引っ掛けただけの姿――。
まるで情事の後を連想させるような奇妙さが周ら五人を襲った。
「あんたは? ここはアイスベルという会社が所有する別荘のはずだが――」
アイスベルとは宝飾会社の社名だ。周の経営するアイス・カンパニーと鐘崎の鐘――つまりベル――を足した名である。
周が少々険しい表情で尋ねると、戸江田はさも当然といった調子で、「はい、そうですが」と答えてよこした。
「あなた方は?」
周の後ろに紫月の姿を見つけて、戸江田は逸る気持ちを抑えつつも、わざと薄らとぼけてそう訊いた。
「周焔という。知人の鐘崎が来ているはずなんだが?」
周焔の名は戸江田も知っていた。例の鉱山絡みで鐘崎の共同経営者というのは承知だったからだ。
「……ええ、鐘崎さんならいらっしゃいますが。ただ――今はちょっと」
「ちょっと――? なんだ?」
「いえ、その……呼んできますので少しお待ちください。ただ彼は今、休んでいるので……」
チラリと紫月に視線をくれながらわざと気まずそうに苦笑してみせる。
「休んでいるだと? 具合でも悪くしたのか」
「いえ、そういうわけでは……」
これまたわざと見せつけるようにバスローブの袷を正して上目遣いをする。まるで情事の後だということを示唆するような仕草に周は眉間を筋立てた。
「失礼する」
そう言って戸江田を押し除けるように屋内へと踏み入れた。
リビングには二人分のコーヒーカップ。中身は殆ど飲み干されており、カップの底の方にうっすらと残ったコーヒーが今にも乾きそうになっている。
「李!」
周が険しい声で叫ぶと、すかさず李と清水が建物内の探索へと散った。
「鄧浩!」
「は! 承知いたしました」
周は言葉にして何かを指示したわけではなかったが、鄧は即座に主人の意図を察知したようだ。持参していたバッグを開くと、まるで事件現場に臨場する鑑識の如く白い手袋を取り出して装着し、リビングに放置されていたコーヒーカップを採取にかかった。
その手際の良さに驚いたのは戸江田だ。
「ちょっと……! 待ってください! 何をするんですか!?」
周は耳を貸さずに紫月の腕を取って、自らも各部屋の探索へと駆け出した。
一行が現地に着いた頃、時刻は夜の八時を回ろうとしていた。
「あれが例の宝飾店の社長が持ってるっていう別荘か。えらい山の中にあるもんだな」
周囲に民家は見当たらない。いわゆる林の中にポツンとその一軒だけが建っているといったふうである。
「灯りは――点いてるようだ」
とはいえ、煌々とではなく、仄暗い様子が奇妙に感じられる。
「変だな。まるで寝静まっているようだ」
打ち合わせというならもっと明るくないとおかしいし、人の話し声もしない。もしかしたらもうここには誰もいないのではないかと思われるくらいなのだ。
「まさかとは思うが、既にどこかに連れ去られた可能性も考えられるな……」
社長や職人共々、鐘崎が何らかの事件に巻き込まれて拉致されたという想像が浮かぶ。とにかくは周と紫月、李に鄧、清水の五人で車を降りて、周囲を警戒しながら呼び鈴を押してみることにした。
静寂の中、リンゴン――という音が奇妙な緊張を誘う。
一方、室内でモニターを確認した戸江田の方は、意外にも早い到着に舌打ちながらも、鐘崎と自分の関係を伴侶の紫月に見せつけられるということに、別の意味で高揚を覚えるのだった。
「まさかこんなに早くやって来るとはね……。まあいい、ヤツの落胆する顔を拝んでやるのも一興だ」
しばらくして出てきた戸江田の姿を見た瞬間に誰もが驚かされることと相成った。
「はい、どなた様?」
眠たい目を擦りながら――という調子の戸江田が気怠げな表情で玄関のドアを開けた。髪は少しボサボサとしていて、寝起きを思わせる。出立ちはといえば素肌にバスローブを引っ掛けただけの姿――。
まるで情事の後を連想させるような奇妙さが周ら五人を襲った。
「あんたは? ここはアイスベルという会社が所有する別荘のはずだが――」
アイスベルとは宝飾会社の社名だ。周の経営するアイス・カンパニーと鐘崎の鐘――つまりベル――を足した名である。
周が少々険しい表情で尋ねると、戸江田はさも当然といった調子で、「はい、そうですが」と答えてよこした。
「あなた方は?」
周の後ろに紫月の姿を見つけて、戸江田は逸る気持ちを抑えつつも、わざと薄らとぼけてそう訊いた。
「周焔という。知人の鐘崎が来ているはずなんだが?」
周焔の名は戸江田も知っていた。例の鉱山絡みで鐘崎の共同経営者というのは承知だったからだ。
「……ええ、鐘崎さんならいらっしゃいますが。ただ――今はちょっと」
「ちょっと――? なんだ?」
「いえ、その……呼んできますので少しお待ちください。ただ彼は今、休んでいるので……」
チラリと紫月に視線をくれながらわざと気まずそうに苦笑してみせる。
「休んでいるだと? 具合でも悪くしたのか」
「いえ、そういうわけでは……」
これまたわざと見せつけるようにバスローブの袷を正して上目遣いをする。まるで情事の後だということを示唆するような仕草に周は眉間を筋立てた。
「失礼する」
そう言って戸江田を押し除けるように屋内へと踏み入れた。
リビングには二人分のコーヒーカップ。中身は殆ど飲み干されており、カップの底の方にうっすらと残ったコーヒーが今にも乾きそうになっている。
「李!」
周が険しい声で叫ぶと、すかさず李と清水が建物内の探索へと散った。
「鄧浩!」
「は! 承知いたしました」
周は言葉にして何かを指示したわけではなかったが、鄧は即座に主人の意図を察知したようだ。持参していたバッグを開くと、まるで事件現場に臨場する鑑識の如く白い手袋を取り出して装着し、リビングに放置されていたコーヒーカップを採取にかかった。
その手際の良さに驚いたのは戸江田だ。
「ちょっと……! 待ってください! 何をするんですか!?」
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