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初恋も永遠の誓いもすべてはあなた唯一人に向けて
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※鐘崎と紫月が高校生だった頃の懐かしい思い出話短編です。
「おわー、懐かしいなぁここ! 幼稚園の頃だったよな、毎日おめえと一緒にこの道通ったっけ」
それは高校一年になった冬の日のこと。紫月と二人だけでふらっと出掛けた休日の午後だ。
これまでも一緒にどこかへ出掛けることは多々あったものの、この日は鐘崎にとって格別の日だった。何故なら親や源次郎といった護衛なしの二人きりで遊びに行った初デートのような日だったからだ。
といっても別に特別なことをしたわけじゃない。あてもなくただブラブラとウィンドーショッピングをして、腹が空いたらハンバーガーをかじって、クレーンゲームに興じたり――と、本当に普通の友達同士が遊ぶ程度のことだった。鐘崎にとって特別だったのは、それが紫月と二人きりで出掛けた初の機会だったということだ。
丸一日そうして歩き回った後、通りすがりの自販機で温かい焙じ茶を買い、家路に向かう途中で小道に置かれたベンチを見つけて腰掛けた。そこは偶然にも幼稚園の頃に通園で使っていた懐かしい通りでもあったというわけだった。
「あの頃、毎日ここ通って幼稚園行ったっけな。源さんが送り迎えしてくれてさ」
紫月はベンチの背に寄りかかりながら懐かしそうに瞳を細めていた。
「おめえ、危ねえからつって俺の手ぇ握って歩いてくれたっけ」
覚えてる? と、はにかみながら覗き込まれて頬が染まる。
「も、もち覚えてる……。あの頃はおめえ、小っこかったしな。万が一にも転んだり車に轢かれたりしちゃいけねえって思ってよ……」
染まった頬の熱を隠すように鐘崎はそう言って、照れ隠しの為か唇を尖らせながらも視線を泳がせた。そんな様子にクスッと笑みを誘われて、紫月はそっと手を重ねた。
「今はこーんなでっけくて大きな手になったけど、あの頃は小っこい手でギューギュー俺ン手を取ってくれてたよなぁ」
サワサワと手の甲を摩られて急激に心拍数が加速する。まるで立派に成長したなぁと言いたげな紫月に、再び唇を尖らせた。
「そ、そりゃそーだろ……。あれからもう十年だぞ。手だけじゃなくどこそこデカくなって当たり前」
「ま、そうだな。背も――こーんな高くなっちゃってさ。結局俺ァいつまでたってもおめえの背を追い越せなかったしなぁ」
鐘崎は幼い頃から体格も良かったから、クラスの席順もたいがい後ろの方だったし、身長順で並ぶ朝礼の際などでも常に最後尾か、後ろから二番目あたりだった。
「それに比べて俺ァいっつも先頭から抜け出せなかったなぁ」
紫月は鐘崎とは逆で、背の順でいえばいつも前の方だった。
「牛乳もいっぱい飲んだし、ピーマンも人参もめっちゃ食ったのによぉ。つか、おめえは何食ってそんなデカくなったんだー?」
今度は紫月の方が唇を尖らせ気味でいる。
「何食ってって……。おめえだって今じゃすっかり背は伸びたじゃねえか」
「まあな。けどおめえには数センチ届かねえし」
ちょっと癖のある前髪を指に絡めて弄りながら笑う。
「あン頃から十年かぁ」
早いなと言いつつ、十年後はどうしてんだろうなと空を見上げる。
「十年後っつったら俺ら二十六とかかぁ。もう結婚とかしてたりしてな」
自分たちの父親が二十六の頃にはもう二人共生まれていたから有り得ない話ではない。
「そういやさ、クラスの鉄也と順! あいつら高校入ってすぐドーテー卒業したとかっつって自慢してたけど。マジだと思う?」
少々際どい話だが、紫月は興味ありげに訊いてくる。思わぬ話題に鐘崎は一瞬軽く固まってしまった。
「……さあな。ヤツらがそう言うんならマジなんじゃねえのか」
「やっぱマジかぁ。けど高防ンなってすぐヤっちゃったとか早くね? つか……遼は? もうケーケン済み……だったりして?」
聞いていいようないけないようなといった顔つきで、モジモジしながら上目遣いで尋ねてくる。
少々不機嫌そうに片眉をしかめながら鐘崎は答えた。
「……ッ、あんなモン――セックスなんてのは心底惚れたヤツとだけするもんだ。興味本位で……ヤれりゃ相手がどこの誰でもいいってわけじゃねえ。童貞がどうのなんざどうでもいい話だ」
ムスっと頬を軽く膨らませながら手にしていた焙じ茶のペットボトルを喉へと流し込む。訊いた紫月もまた、そうだなと言っては苦笑した。
「心底惚れた相手かぁ」
「そうだ。遊び半分や好奇心でやたらにするもんじゃねえしな」
「……硬派な?」
「俺が――? 硬派?」
「ん、だっておめえ、めっちゃ男前だしさ。黙ってても女はゴロゴロ寄って来るし、不自由しなさそうだべ? 鉄也と順も言ってた。ドーテー卒業したのは自分らだけじゃなくて、遼二の方が早えかもって」
何でこんな話題になったのか、互いの間に僅か気まずい空気が流れる。
少しの後、鐘崎は言った。真顔で、言った。
「俺が――本気で抱くのは心から惚れた相手、唯一人だけだ。もしもその相手が――俺のことを好きじゃなく、想いが叶わねえってんなら――」
俺は一生童貞で構わない。
「遼……」
「なんて――な。こんなこと言ったら、重いっつって敬遠されっかもだけどな。けど誰かに惚れるってのはそういうことじゃね?」
「……ンだな。遼に惚れられる女は幸せモンだな。おめえみてえなイイ男に――ンな一途に想われたら誰だってイチコロだべ」
「――そうだといいがな」
「な、遼……。好きな女……とか、いんの?」
チラリと上目遣いで訊いては気まずそうに苦笑する。
「いねえ」
「マジ……?」
「ああ。好きな女はいねえ」
「そっか。へへ……ふぅん、好きな娘いねえのか」
「そういうおめえはどうなんだ」
「あー、うん……。俺もいねえ。ウチは母ちゃんもいねえし、ガッコだって男子校じゃん? 女っけとか皆無だし」
「そうだな。俺ん家も同じだ。組にゃ女っけゼロだしな」
「んじゃ、お互いにドーテー卒業すんのは結構先になっかもね」
紫月は言って、クスッと笑った。その笑顔がまるでホッとしたと代弁しているようで、鐘崎もまた笑みを誘われてしまった。
「まだ童貞にこだわってんのかよ……。そんなに卒業してえなら――」
「……してえなら、何?」
「俺が――」
卒業させてやってもいいんだが――。
そんな想像がブワッと脳裏に浮かんだと同時に、ガラにもなく頬が染まる。目と目が合ったまま、どちらからとも視線を外せずに見つめ合い――茹蛸のように真っ赤になった互いの頬の熱にアタフタ。それを隠さんと、鐘崎は慌てて戯けを口にした。
「し、心配すんな……。も、もし大人になってもずっと……あ、相手が見つかんなけりゃ……俺がおめえのドーテーもらってやるし……」
しどろもどろでキョロキョロと視線を泳がせながらそう言って、鐘崎はグイと紫月の手を取った。
「じゅ、十年前……この道を通った幼稚園の時と比べりゃ……背も伸びたし手もデカくなったっつったろうが。背や手だけじゃねえ。こっちも……それなり立派に育ったことだしなッ……」
自らの股間に重ねた手を持っていき、照れ隠しの為かわざと大袈裟に笑ってみせる。
戯けながらも茹蛸状態の頬の熱は相変わらずで、そのギャップに思わず胸がキュンキュンと締め付けられそうだ。紫月もまた、気恥ずかしさを紛らわさんと思いきりふざけた態度を装っては広い胸板へと抱きついてみせた。
「マジ……? ンなら安心だ! 誰も相手見つかんなかったら……おめえにドーテーもらってもらえるんならさ」
「ああ。約束する。おめえの童貞は俺がもらってやっから――」
「はは! 約束――な?」
「ああ、誓う」
約束な――?
「安心したら……なんか眠くなってきちまった」
コテっと広い胸板を枕代わりに頬を預ける。
「つか、あったけえ……」
「ん――。そういや冷えてきたな。え、遠慮するこたぁねえ……もっとこっち寄れ」
「ん……」
コツリ、額と額とを合わせておずおず――肩寄せ合う。
冬の陽は暮れるのが早い。あっという間に闇が降りてきて、橙色だった空が深い蒼に染まっていく。
鐘崎遼二、十六歳と半年。
一之宮紫月、十五歳と十ヶ月。
背伸びしたい年頃で、好奇心も不安も渦巻く年頃で――。
互いに抱き合う淡い想いを告げ合う勇気もまだ持てない年頃で。
それでもこの肌の温もりがずっと続けばいいと、互いに密かに願ってやまず、胸を熱くした。
そんな二人が身も心もひとつに溶け合うのはまだまだずっと先のこと――。
初恋も永遠の誓いもすべてはあなた唯一人に向けて - FIN -
※次、後日談です。
「おわー、懐かしいなぁここ! 幼稚園の頃だったよな、毎日おめえと一緒にこの道通ったっけ」
それは高校一年になった冬の日のこと。紫月と二人だけでふらっと出掛けた休日の午後だ。
これまでも一緒にどこかへ出掛けることは多々あったものの、この日は鐘崎にとって格別の日だった。何故なら親や源次郎といった護衛なしの二人きりで遊びに行った初デートのような日だったからだ。
といっても別に特別なことをしたわけじゃない。あてもなくただブラブラとウィンドーショッピングをして、腹が空いたらハンバーガーをかじって、クレーンゲームに興じたり――と、本当に普通の友達同士が遊ぶ程度のことだった。鐘崎にとって特別だったのは、それが紫月と二人きりで出掛けた初の機会だったということだ。
丸一日そうして歩き回った後、通りすがりの自販機で温かい焙じ茶を買い、家路に向かう途中で小道に置かれたベンチを見つけて腰掛けた。そこは偶然にも幼稚園の頃に通園で使っていた懐かしい通りでもあったというわけだった。
「あの頃、毎日ここ通って幼稚園行ったっけな。源さんが送り迎えしてくれてさ」
紫月はベンチの背に寄りかかりながら懐かしそうに瞳を細めていた。
「おめえ、危ねえからつって俺の手ぇ握って歩いてくれたっけ」
覚えてる? と、はにかみながら覗き込まれて頬が染まる。
「も、もち覚えてる……。あの頃はおめえ、小っこかったしな。万が一にも転んだり車に轢かれたりしちゃいけねえって思ってよ……」
染まった頬の熱を隠すように鐘崎はそう言って、照れ隠しの為か唇を尖らせながらも視線を泳がせた。そんな様子にクスッと笑みを誘われて、紫月はそっと手を重ねた。
「今はこーんなでっけくて大きな手になったけど、あの頃は小っこい手でギューギュー俺ン手を取ってくれてたよなぁ」
サワサワと手の甲を摩られて急激に心拍数が加速する。まるで立派に成長したなぁと言いたげな紫月に、再び唇を尖らせた。
「そ、そりゃそーだろ……。あれからもう十年だぞ。手だけじゃなくどこそこデカくなって当たり前」
「ま、そうだな。背も――こーんな高くなっちゃってさ。結局俺ァいつまでたってもおめえの背を追い越せなかったしなぁ」
鐘崎は幼い頃から体格も良かったから、クラスの席順もたいがい後ろの方だったし、身長順で並ぶ朝礼の際などでも常に最後尾か、後ろから二番目あたりだった。
「それに比べて俺ァいっつも先頭から抜け出せなかったなぁ」
紫月は鐘崎とは逆で、背の順でいえばいつも前の方だった。
「牛乳もいっぱい飲んだし、ピーマンも人参もめっちゃ食ったのによぉ。つか、おめえは何食ってそんなデカくなったんだー?」
今度は紫月の方が唇を尖らせ気味でいる。
「何食ってって……。おめえだって今じゃすっかり背は伸びたじゃねえか」
「まあな。けどおめえには数センチ届かねえし」
ちょっと癖のある前髪を指に絡めて弄りながら笑う。
「あン頃から十年かぁ」
早いなと言いつつ、十年後はどうしてんだろうなと空を見上げる。
「十年後っつったら俺ら二十六とかかぁ。もう結婚とかしてたりしてな」
自分たちの父親が二十六の頃にはもう二人共生まれていたから有り得ない話ではない。
「そういやさ、クラスの鉄也と順! あいつら高校入ってすぐドーテー卒業したとかっつって自慢してたけど。マジだと思う?」
少々際どい話だが、紫月は興味ありげに訊いてくる。思わぬ話題に鐘崎は一瞬軽く固まってしまった。
「……さあな。ヤツらがそう言うんならマジなんじゃねえのか」
「やっぱマジかぁ。けど高防ンなってすぐヤっちゃったとか早くね? つか……遼は? もうケーケン済み……だったりして?」
聞いていいようないけないようなといった顔つきで、モジモジしながら上目遣いで尋ねてくる。
少々不機嫌そうに片眉をしかめながら鐘崎は答えた。
「……ッ、あんなモン――セックスなんてのは心底惚れたヤツとだけするもんだ。興味本位で……ヤれりゃ相手がどこの誰でもいいってわけじゃねえ。童貞がどうのなんざどうでもいい話だ」
ムスっと頬を軽く膨らませながら手にしていた焙じ茶のペットボトルを喉へと流し込む。訊いた紫月もまた、そうだなと言っては苦笑した。
「心底惚れた相手かぁ」
「そうだ。遊び半分や好奇心でやたらにするもんじゃねえしな」
「……硬派な?」
「俺が――? 硬派?」
「ん、だっておめえ、めっちゃ男前だしさ。黙ってても女はゴロゴロ寄って来るし、不自由しなさそうだべ? 鉄也と順も言ってた。ドーテー卒業したのは自分らだけじゃなくて、遼二の方が早えかもって」
何でこんな話題になったのか、互いの間に僅か気まずい空気が流れる。
少しの後、鐘崎は言った。真顔で、言った。
「俺が――本気で抱くのは心から惚れた相手、唯一人だけだ。もしもその相手が――俺のことを好きじゃなく、想いが叶わねえってんなら――」
俺は一生童貞で構わない。
「遼……」
「なんて――な。こんなこと言ったら、重いっつって敬遠されっかもだけどな。けど誰かに惚れるってのはそういうことじゃね?」
「……ンだな。遼に惚れられる女は幸せモンだな。おめえみてえなイイ男に――ンな一途に想われたら誰だってイチコロだべ」
「――そうだといいがな」
「な、遼……。好きな女……とか、いんの?」
チラリと上目遣いで訊いては気まずそうに苦笑する。
「いねえ」
「マジ……?」
「ああ。好きな女はいねえ」
「そっか。へへ……ふぅん、好きな娘いねえのか」
「そういうおめえはどうなんだ」
「あー、うん……。俺もいねえ。ウチは母ちゃんもいねえし、ガッコだって男子校じゃん? 女っけとか皆無だし」
「そうだな。俺ん家も同じだ。組にゃ女っけゼロだしな」
「んじゃ、お互いにドーテー卒業すんのは結構先になっかもね」
紫月は言って、クスッと笑った。その笑顔がまるでホッとしたと代弁しているようで、鐘崎もまた笑みを誘われてしまった。
「まだ童貞にこだわってんのかよ……。そんなに卒業してえなら――」
「……してえなら、何?」
「俺が――」
卒業させてやってもいいんだが――。
そんな想像がブワッと脳裏に浮かんだと同時に、ガラにもなく頬が染まる。目と目が合ったまま、どちらからとも視線を外せずに見つめ合い――茹蛸のように真っ赤になった互いの頬の熱にアタフタ。それを隠さんと、鐘崎は慌てて戯けを口にした。
「し、心配すんな……。も、もし大人になってもずっと……あ、相手が見つかんなけりゃ……俺がおめえのドーテーもらってやるし……」
しどろもどろでキョロキョロと視線を泳がせながらそう言って、鐘崎はグイと紫月の手を取った。
「じゅ、十年前……この道を通った幼稚園の時と比べりゃ……背も伸びたし手もデカくなったっつったろうが。背や手だけじゃねえ。こっちも……それなり立派に育ったことだしなッ……」
自らの股間に重ねた手を持っていき、照れ隠しの為かわざと大袈裟に笑ってみせる。
戯けながらも茹蛸状態の頬の熱は相変わらずで、そのギャップに思わず胸がキュンキュンと締め付けられそうだ。紫月もまた、気恥ずかしさを紛らわさんと思いきりふざけた態度を装っては広い胸板へと抱きついてみせた。
「マジ……? ンなら安心だ! 誰も相手見つかんなかったら……おめえにドーテーもらってもらえるんならさ」
「ああ。約束する。おめえの童貞は俺がもらってやっから――」
「はは! 約束――な?」
「ああ、誓う」
約束な――?
「安心したら……なんか眠くなってきちまった」
コテっと広い胸板を枕代わりに頬を預ける。
「つか、あったけえ……」
「ん――。そういや冷えてきたな。え、遠慮するこたぁねえ……もっとこっち寄れ」
「ん……」
コツリ、額と額とを合わせておずおず――肩寄せ合う。
冬の陽は暮れるのが早い。あっという間に闇が降りてきて、橙色だった空が深い蒼に染まっていく。
鐘崎遼二、十六歳と半年。
一之宮紫月、十五歳と十ヶ月。
背伸びしたい年頃で、好奇心も不安も渦巻く年頃で――。
互いに抱き合う淡い想いを告げ合う勇気もまだ持てない年頃で。
それでもこの肌の温もりがずっと続けばいいと、互いに密かに願ってやまず、胸を熱くした。
そんな二人が身も心もひとつに溶け合うのはまだまだずっと先のこと――。
初恋も永遠の誓いもすべてはあなた唯一人に向けて - FIN -
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