極道恋事情

一園木蓮

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絞り椿となりて永遠に咲く

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 そんな彼の後ろ姿を見送りながら、鐘崎は無言のまま清水と目配せを交わしながら眉根を寄せる。
「若……、依頼人というのは例の三春谷という男でしょうか」
「おそらくな。懲りんヤツだ。まあ、今の探偵という男も信用できるわけじゃねえが」
「そうですね。新宿で小さな探偵事務所を開いていると言っておりましたが、正直聞いたことのない事務所ですし」
 胡散臭くはあるが、名刺を置いて行ったことだし、後程彼の素性を洗っておけばいい。今日はこの後の仕事も入っていないし、とにかくは撤収せんと運転手の待つ大通りまで戻ることにした。
 歩きながら組で待っている紫月に一報入れておこうとスマートフォンを手に取る。通話口からは元気そうな声が聞こえてホッと胸を撫で下ろす。紫月の方に異変は無さそうだった。
「紫月か。俺だ。これから帰るが、今ちょうど汐留の近くでな」
『マジ? 氷川ンとこの近くか。もしか寄って来んの?』
「いや――。ヤツとはまたいつでも会える。それより例のホテルラウンジのケーキでも仕入れて戻るさ」
 そう言ってやると嬉しそうな声が返ってきた。
『マジ? 嬉しいけどわざわざ寄ってくれんのも申し訳ねって! それこそまた氷川ンとこに行ったついででもいんだからさ』
 気持ちだけもらっておくから、それよりも早く帰って来いよと心遣いの言葉が嬉しい。そんなふうに言われれば、尚更ケーキを土産に持って帰りたくなるというものだ。
「分かった。なるべく早めに帰るぜ」
『おう! 気をつけて帰って来いなぁ。ツマミと晩飯用意して待っとく!」
「そうか。楽しみだ。それじゃな」
 鐘崎は愛しい気持ちのまま笑顔で通話を終えたのだった。
「すまんな、清水。帰り掛けにちょいと例のホテルラウンジへ寄らせてもらって構わんか?」
「もちろんです! 姐さんへのケーキですね」
「ああ。あいつは早く帰って来いと言ってくれたが、ああ遠慮されると逆に買っていってやりたくなっちまってな」
「分かります。実を言うと私もあのラウンジのクッキーが好物でしてね。前に周さんご夫妻が差し入れしてくださったのがとても美味しかったものですから」
 寄ってもらえるなら有り難いと言いながら、クスクスと微笑ましげに清水は笑う。そんな彼の理解に感謝しつつ、なるべく早くケーキを選んで帰ろうと思う鐘崎だった。

 運転手の花村が待つ大通りまでは約一キロといったところか。この辺りは海沿いなので倉庫街が立ち並んでいる。
「やけに静かだな」
「そういえば――この辺りは昭和の初め頃に建てられた倉庫街だそうですよね。ここ数年の内には取り壊して新しく建て直すことになっているとか」
「なら今は稼働してねえってことか」
 人影はおろか、運搬車なども見当たらない。まるでゴーストタウンのような雰囲気の中、大通りへ向かって歩いていた時だった。

「キャアア!」

 どこからともなく女性の悲鳴が聞こえてきて、二人はハタと歩をとめた。
「やめて! 離してください! 離してー!」
 明らかに嫌がるのを強要されている若い女の叫び声だ。すると、その後に続いて男が怒鳴る声も聞こえてきた。
「うるせえ! 静かにしやがれ!」
「可愛がってやるっつってんだ! 有り難く思え!」
「大人しくしてりゃ悪いようにはしねえって!」
 こんな人気のない所では何がなされようとしているのかは聞かずとも想像できるというものだ。男の声は二人、もしくは三人か――。女は一人だ。おおかた強姦でも企んでいるに違いない。女は未だ泣きじゃくって叫び続けている。
「……クソッ、下衆めが!」
 鐘崎は清水と共に声のする方へと駆け出した。
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