極道恋事情

一園木蓮

文字の大きさ
上 下
1,161 / 1,212
封印せし宝物

33

しおりを挟む
「ね、白龍……あのさ」
「どうした」
「……頼ってもいい?」
 申し訳なさそうに伏し目がちながらも、懸命といったふうにそう言った。周は驚いたが、すぐに穏やかに瞳を細め、
「もちろんだ。どんなことでも受け止めてやる。それに――お前に頼られるのは他の誰よりも俺でありたいからな」
 すべてを包み込むようなその眼差しに嘘はないといったふうに、絶大な安堵感を滲ませてくれる。そんな亭主に、冰はありがとうと言ってから、ポツリポツリと自らの心の内を手探りするように話し出した。
「俺……俺ね、前にここ来たことがある気がするんだ。それでね、白龍に聞いて欲しいことがあって」
 生真面目な顔つきで街並みを見下ろしながら、冰は何かを決心するかのようにそうつぶやいた。
「こないだから俺……皆んなに心配掛けちゃってるでしょ? どこかに何かを置き忘れてきたように感じるっていうアレなんだけど……」
「ああ。お前の不安の原因だな?」
「うん……。あのね、今日一日ずっと感じてたことがあるの。朝、じいちゃんと住んでたアパートに行って……すごく懐かしかった。白龍がこんなにも俺のことを考えてくれて、あのアパートの部屋を手放さずにいてくれて、すごく嬉しくてさ。それでね、あの部屋で思ったんだ。幻影っていうのかな、そういうのが見えたような気がするんだ。俺は昔――あそこで誰かに勉強を見てもらってたような気がしてさ。でもじいちゃんじゃないんだ。もっと若くて……とってもやさしい人だったように思うの」
 その後、散歩で出掛けた公園のベンチでも同じような感覚に陥ったという。
「あのお饅頭……。あれも遠い昔に食べたことがあった気がするんだ。誰かと一緒にあの公園のベンチでお饅頭を食べた……。多分相手は……勉強を見てくれてたのと同じ人だと思うんだ。若くてとってもやさしいお兄さん……」
 そのお兄さんと先程のように饅頭を交換して食べた幻影が浮かんだのだという。
「ここへもそのお兄さんと一緒に来た気がするの。俺は小学生で、そのお兄さんは随分年上だったように思う。俺ね、その人といるとすごく嬉しくて……何を見ても何を食べても気持ちがウキウキしてさ。ずっと一緒に居たいって思ってたような気がする……」
 周は驚いた。やはり冰はあの頃のことを思い出し掛けているのだと、そう確信できたからだ。
「でもね、俺その人の顔がどうしても思い出せないんだ。一緒に過ごしたんだってことは本当のような気がするの。でもそれが誰だったのか分からない……。あの頃、俺にはそんな知り合いがいた覚えもないんだ。じいちゃんはもちろん、白龍の顔もはっきり覚えてる。同級生の友達の顔もちゃんと浮かんでくるんだけど。でも肝心のその人の顔だけがどうしても思い出せなくて」
 あと一歩なのだと――彼の懸命な表情がそう訴えていた。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...