極道恋事情

一園木蓮

文字の大きさ
上 下
1,157 / 1,212
封印せし宝物

29

しおりを挟む
「どうした、冰?」
 呆然となっていたのだろうか、周に声を掛けられてハタと我に返った。
「あ、ううん。何でもない……」

 今のは何だったんだろう。
 酷く懐かしいような、胸を鷲掴みにされるような不思議な幻影。

「さて、それじゃあ我々は先に戻っている。焔、また後でな」
 そんな兄の声で再び我に返った。
「鄧海を置いていく。久しぶりの香港だ、一日ゆっくり過ごすといい」
 風と曹は先に帰るようだ。鄧海がこのまま残って付き合ってくれるらしい。
 兄の風もまた今回の冰の件について既に聞き及んでいるようで、冰の容体に何かあった時の為に医師である鄧海がいれば安心との配慮であった。
「兄貴、曹さんもお忙しい中ありがとうございました。夕方までには戻ります」
「ああ。本宅の方で待っているよ。夕飯はお袋たちと美紅が用意すると張り切っているのでな。食わずに来てくれ!」
 お袋たち――ということは、周の実母であるあゆみにも声を掛けてくれているということだ。
「兄貴、ありがとうございます! 楽しみに伺います」
 周が律儀な笑みと共に頭を下げる。そうして風らを見送った後、皆でぶらぶらと付近を散歩して歩くこととなった。
 アパートを出て懐かしい通りを散策する。冰にとっては幼い頃の通学路でもあった道だ。少し行くと公園が見えてきた。
「懐かしいなぁ……。ここでよく遊んだっけ。じいちゃんもこの公園で囲碁を打つのが好きだったな」
 朝の公園には在りし日の黄老人を思わせる年頃の人々が太極拳に励んでいて賑やかだ。
「太極拳か! そういや冰君も香港にいた頃はやってたりした?」
 紫月に訊かれて冰はこくりとうなずいた。
「はい、じいちゃんに連れられて日曜の朝とかに。夏休みには毎朝やってたなぁ」
「へえ! 俺たちがガキん頃のラジオ体操みたいなもんかな」
 子供の頃は皆勤賞で貰えるお菓子が楽しみで通ったよなと、紫月が懐かしそうにしている。
「皆勤賞か! そういや毎朝おめえと一緒に行ったっけ」
 鐘崎もまた瞳を細めながら遠い日を懐かしんでいるようだった。
 少し歩くとベンチが並ぶ広場に出た。
「今日は結構な陽気だな。喉を潤していくか」
 周はそう言って羽織っていたトレンチコートを脱ぎ、ベンチの背に引っ掛けた。目の前には饅頭などを売っている老舗らしき店――。
「お! 美味そうじゃね?」
 紫月が指差しながら『食ってかねえ?』と瞳を輝かせる。
「そういや小腹が空いたな。何か買ってくるか」
 ドリンクと共に饅頭や月餅などを食べていこうということになり、周と鄧海が買いに行く。その後ろ姿を見つめながら、冰は次第に逸り出す心拍数にギュッと拳を握り締めた。

(何だろう、この気持ち……。そういえば前にもこれと同じことがあったような気がする……)

 この公園自体は見慣れた場所だが、ベンチで饅頭を食べた覚えはない。黄老人がもっと別の大きな広場の四阿で囲碁仲間と興じていたのは何度も見て知っていたが、ここのベンチではなかった。同級生の友達と遊んでいる最中には間食をしたこともない。それなのに目の前の店が酷く懐かしく思えるのが不思議だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?

すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。 病院で診てくれた医師は幼馴染みだった! 「こんなにかわいくなって・・・。」 10年ぶりに再会した私たち。 お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。 かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」 幼馴染『千秋』。 通称『ちーちゃん』。 きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。 千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」 自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。 ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」 かざねは悩む。 かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?) ※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。 想像の中だけでお楽しみください。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。 すずなり。

【BL】SNSで人気の訳あり超絶イケメン大学生、前立腺を子宮化され、堕ちる?【R18】

NichePorn
BL
スーパーダーリンに犯される超絶イケメン男子大学生 SNSを開設すれば即10万人フォロワー。 町を歩けばスカウトの嵐。 超絶イケメンなルックスながらどこか抜けた可愛らしい性格で多くの人々を魅了してきた恋司(れんじ)。 そんな人生を謳歌していそうな彼にも、児童保護施設で育った暗い過去や両親の離婚、SNS依存などといった訳ありな点があった。 愛情に飢え、性に奔放になっていく彼は、就活先で出会った世界規模の名門製薬会社の御曹司に手を出してしまい・・・。

浮気な彼氏

月夜の晩に
BL
同棲する年下彼氏が別の女に気持ちが行ってるみたい…。それでも健気に奮闘する受け。なのに攻めが裏切って…?

受け付けの全裸お兄さんが店主に客の前で公開プレイされる大人の玩具専門店

ミクリ21 (新)
BL
大人の玩具専門店【ラブシモン】を営む執事服の店主レイザーと、受け付けの全裸お兄さんシモンが毎日公開プレイしている話。

僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした

なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。 「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」 高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。 そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに… その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。 ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。 かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで… ハッピーエンドです。 R18の場面には※をつけます。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

新しいパパは超美人??~母と息子の雌堕ち記録~

焼き芋さん
BL
ママが連れてきたパパは超美人でした。 美しい声、引き締まったボディ、スラリと伸びた美しいおみ足。 スタイルも良くママよりも綺麗…でもそんなパパには太くて立派なおちんちんが付いていました。 これは…そんなパパに快楽地獄に堕とされた母と息子の物語… ※DLsite様でCG集販売の予定あり

処理中です...