極道恋事情

一園木蓮

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封印せし宝物

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「どうした、冰?」
 呆然となっていたのだろうか、周に声を掛けられてハタと我に返った。
「あ、ううん。何でもない……」

 今のは何だったんだろう。
 酷く懐かしいような、胸を鷲掴みにされるような不思議な幻影。

「さて、それじゃあ我々は先に戻っている。焔、また後でな」
 そんな兄の声で再び我に返った。
「鄧海を置いていく。久しぶりの香港だ、一日ゆっくり過ごすといい」
 風と曹は先に帰るようだ。鄧海がこのまま残って付き合ってくれるらしい。
 兄の風もまた今回の冰の件について既に聞き及んでいるようで、冰の容体に何かあった時の為に医師である鄧海がいれば安心との配慮であった。
「兄貴、曹さんもお忙しい中ありがとうございました。夕方までには戻ります」
「ああ。本宅の方で待っているよ。夕飯はお袋たちと美紅が用意すると張り切っているのでな。食わずに来てくれ!」
 お袋たち――ということは、周の実母であるあゆみにも声を掛けてくれているということだ。
「兄貴、ありがとうございます! 楽しみに伺います」
 周が律儀な笑みと共に頭を下げる。そうして風らを見送った後、皆でぶらぶらと付近を散歩して歩くこととなった。
 アパートを出て懐かしい通りを散策する。冰にとっては幼い頃の通学路でもあった道だ。少し行くと公園が見えてきた。
「懐かしいなぁ……。ここでよく遊んだっけ。じいちゃんもこの公園で囲碁を打つのが好きだったな」
 朝の公園には在りし日の黄老人を思わせる年頃の人々が太極拳に励んでいて賑やかだ。
「太極拳か! そういや冰君も香港にいた頃はやってたりした?」
 紫月に訊かれて冰はこくりとうなずいた。
「はい、じいちゃんに連れられて日曜の朝とかに。夏休みには毎朝やってたなぁ」
「へえ! 俺たちがガキん頃のラジオ体操みたいなもんかな」
 子供の頃は皆勤賞で貰えるお菓子が楽しみで通ったよなと、紫月が懐かしそうにしている。
「皆勤賞か! そういや毎朝おめえと一緒に行ったっけ」
 鐘崎もまた瞳を細めながら遠い日を懐かしんでいるようだった。
 少し歩くとベンチが並ぶ広場に出た。
「今日は結構な陽気だな。喉を潤していくか」
 周はそう言って羽織っていたトレンチコートを脱ぎ、ベンチの背に引っ掛けた。目の前には饅頭などを売っている老舗らしき店――。
「お! 美味そうじゃね?」
 紫月が指差しながら『食ってかねえ?』と瞳を輝かせる。
「そういや小腹が空いたな。何か買ってくるか」
 ドリンクと共に饅頭や月餅などを食べていこうということになり、周と鄧海が買いに行く。その後ろ姿を見つめながら、冰は次第に逸り出す心拍数にギュッと拳を握り締めた。

(何だろう、この気持ち……。そういえば前にもこれと同じことがあったような気がする……)

 この公園自体は見慣れた場所だが、ベンチで饅頭を食べた覚えはない。黄老人がもっと別の大きな広場の四阿で囲碁仲間と興じていたのは何度も見て知っていたが、ここのベンチではなかった。同級生の友達と遊んでいる最中には間食をしたこともない。それなのに目の前の店が酷く懐かしく思えるのが不思議だった。
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