極道恋事情

一園木蓮

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封印せし宝物

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「白龍が誰かにボウズって呼び掛けるのを聞くと、何か……どこか遠いところに大事な物を置き忘れて来ちゃったような気になってすごく怖くなるんです。それがどこなのか、置き忘れたものが何なのかも思い出せなくて……。人なのか物なのかも分からない。でも頭の隅で誰かが叫ぶんです。思い出してって。置いてきた物を今すぐ取りに来てって言われているような気がして……」
 次第にガタガタと強まる震えを包み込むように紫月は即座に席を立って冰を抱き締めた。
「大丈夫。大丈夫だよ、冰君。俺が側にいる。怖くねえからな。大丈夫」
「ん……はい、すみません紫月さん。へ、変なこと言って……俺」
「ううん! 変なことなもんか! な、焦らねえでいい。一緒に考えよう。冰君が置き忘れてきたかもって思うそれが何なのか、俺がずーっと一緒に考えてやるさ! 氷川や遼だってもちろん一緒に探してくれるだろうぜ!」
 だから心配ない。怖くなんかない。皆んなで一緒にゆっくり探そう? そう言って肩をさすり続けていると、次第に冰は落ち着きを取り戻していった。

 その後、汐留へと戻る途中で紫月は密かに鐘崎へとメッセージを入れた。冰を不安にさせないように電話ではなく文字で伝えた。ひとまず鄧先生に言って睡眠導入剤で休ませるべきかと思う、その間に今あったことを報告すると伝えたのだ。
 メッセージを受け取った周と鐘崎の方でも事態は想像していたよりも重いと受け止めたのだろう。紫月らが汐留に着くと、普段通りたわいのない会話を交わしながら茶に混ぜた薬で冰を眠らせることにした。

「冰君は……? 眠ったか?」
「ああ。睡眠薬が効いたんだろう。ぐっすりだ」
「そっか、良かった……」
「一之宮、すまなかったな。世話をかけた」
 そう言う周の表情も心なしか重く映る。その後、医師の鄧にも来てもらい、紫月は周と鐘崎に今日あったことを詳しく話して聞かせた。
「ふむ、なるほどな。やはり冰には悩みがあったというわけだな?」
 鐘崎が茶を含みながら納得している。鄧もまた、その心理の分析を試みているようだった。
「どこかに大切な何かを置き忘れて来た気がする――ですか。ひょっとしてそれは記憶の一旦のようなものでしょうか?」
 単純に考えるならば思い当たるのはそれだろう。今は忘れてしまっている幼い頃の思い出のようなものが冰の心の深いところで沸々とし出している――話を聞いて思いつくのはそういった可能性が大きいのですがと鄧は言った。
「ただしそれがいい思い出なのか、それとは逆に思い出すことによって本人が辛くなるような酷な事柄だから自衛が働いて記憶を封じてしまっているという可能性もあります。どちらにせよ、話を聞く限りでは老板の『ボウズ』というワードが鍵になっているのかも知れません」
 周ならば心当たりがあるだろうか。
「老板は何か思い当たることが――」
 お有りですか? そう訊き掛け、周に視線をやると、ひどい驚きに揺れているようで三人はハタと互いをみやってしまった。
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