極道恋事情

一園木蓮

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三千世界に極道の涙

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「で? 依頼を引き受けるんか?」
「ああ。とりあえず一度下見に行ってみようと思うんだが――」
 だったら俺も伊三郎の親父さんの顔を見がてら付いて行くと言った紫月に、鐘崎も有り難く同意することにした。
 ところがなんとそんな話が耳に入った周と冰が、自分たちも一緒に行きたいと言い出したのだ。
「あいつらも久しぶりに伊三郎さんたちと会いたいと言ってな」
 どうせなら組員や李らも交えて皆で顔を出そうということに決まったのだった。



◇    ◇    ◇



 鐘崎らが揃って伊三郎の元を訪れたのは、まだ店が開く前の昼過ぎ頃である。例の客たちがやって来る前に粗方の経緯を聞く為だった。
「紅椿! 皆さんも……! お久しゅうございます! この度はご足労をお掛けして申し訳ない」
 伊三郎は紫月のことを未だ『紅椿』と呼んでいる。例の事件当時、花魁紅椿として店子であったそのままの感覚でいるのだ。
 一通り再会を懐かしんだ後、早速に状況を聞くこととなった。
「とにかく酷いものでして……きゃつらが最初にこの街へ訪れるようになったのはひと月ほど前のことです。芸妓の態度や料理に文句をつけては、毎度酷い言葉で恐喝した挙句、暴れるようになり申した。ここ最近では飲み代も全てツケに変わってしまい、挙句は平気で踏み倒す勢いです。番所にも都度出向いていただいているのですが、こう頻繁ではどうにも対応が間に合いませんでな」
 だが、この街へ来るには厳重な審査と既存の客からの紹介がなければ入り口の大門すら潜れない仕様のはずである。鐘崎がそこのところはどうなっているのかと訊くと、伊三郎からは意外な答えが寄せられた。
「実はその無法者らがこの街に出入りすることになったきっかけですが、最初は真っ当な方からのご紹介があってのことだったのです。これまでにも散々ご贔屓にしてくださっていた大きな企業のご紹介でした」
 つまりれっきとした太客の紹介というらしい。初めの数回は普通の客として訪れていたそうだが、次第に接待だからと理由をつけては同行する連中が増えていき、あれよという間に無法化していったそうだ。
「ご紹介元は我々にとってもご上得意様でしたし、紹介された側も有名な銀行の頭取をなさっているお家柄のお客様でした。まさかこのような無体をするとは思いもよりませんでした」
「銀行家――か。親父さん、その客と紹介者のリストがあったら見せてはもらえまいか」
 鐘崎が尋ねると、伊三郎はもちろんですと言って顧客リストを持ってきた。
「それから、あなた方にお見せしようと思って防犯カメラの映像も用意してございます」
 大門には密かに監視カメラが設置されていて、誰がこの街に出入りしたかという記録が残してあるとのことだ。
「それは有り難い。早速拝見させてください」
 鐘崎と周、それに李らで確認したところ、思い掛けない社名が見つかって驚かされることと相成った。
 紹介者の名簿の中になんと源次郎の知り合いだという町永汰一郎が勤める証券会社を見つけたからである。
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