1,102 / 1,212
三千世界に極道の涙
2
しおりを挟む
その日、組若頭である鐘崎の帰宅は珍しくも早かった。いつもは夜半過ぎになることもザラなのだが、こうして早めに戻れることもある。ちょうど汰一郎と入れ違いというタイミングで帰って来た鐘崎は、玄関を入ったところの第一応接室で一人ソファに腰掛けている源次郎に気がついて、不思議顔で首を傾げた。
「源さんじゃねえか。どうした、こんなところに一人で――」
卓の上には未だ片付けられていない茶器が二つ――。来客があったことを示している。
「客人が来ていたのか? 依頼人か?」
この第一応接室を使うということは一見の依頼人くらいだろう。ソファに腰掛けている源次郎の様子も普段とは少々異なり、何だかぼうっと考え事をしているような表情であった為、鐘崎は何かあったのかと思ったようだ。
「あ、ああ……若。お帰りなさいやし! ええ、実はたいそう嬉しい御仁が私を訪ねてくれましてな」
源次郎はハッとしたように鐘崎を見上げると、故あって以前に知り合った町永汰一郎が訪ねてくれたことを嬉しそうな素振りで話して聞かせた。
「そうだったのか。それは良かったな。源さんの昔の知り合いか?」
「ええ。立派に成長してくれて、わざわざ訪ねてくれたのです。有り難いことでございますよ」
にこやかにそう言いながらも、
「そうそう、そういえばもう一つ新しいご依頼の件でご報告したいことがございます」
と言って、源次郎は鐘崎を組最奥の事務所の方へと促した。
第一応接室の扉を閉め、廊下を歩き出した源次郎の横顔が次第に厳しい色へと変わっていく。それは、今の今まで喜んでいた柔和な表情からは想像もつかない苦渋の色が混じってもいるようだった。
永年共に暮らしてきた源次郎だ、その彼の微妙な顔色の変化に気付かない鐘崎ではない。組最奥の若頭専用の事務所へと着くなり、その原因が明らかとなった。
「若――申し訳ございません!」
いきなりガバリと頭を下げてよこしたのに、鐘崎は驚くでもなく椅子を勧めた。
「どうした、源さん。何があった」
驚くどころか、ことの他落ち着いている鐘崎に、源次郎の方が驚きを隠せないといった表情でいる。
「……お……どろかれないのでございますか?」
「応接室を出てからの様子でな。何年一緒に暮らしていると思ってる。源さんは俺にとって親父でもあり、時にお袋でもある家族だ。気付かねえわけあるまい」
「若……」
源次郎は申し訳ないとも感激ともつかない表情で肩を落としてみせた。
「実は――先程訪ねて来た青年ですが、応接室に盗聴器を仕掛けて帰りました……」
「――盗聴器だって?」
さすがの鐘崎も驚いたようだ。何かあるのだろうとは思ってはいたが、まさか盗聴器とは想像もつかなかったというところだ。
「源さんじゃねえか。どうした、こんなところに一人で――」
卓の上には未だ片付けられていない茶器が二つ――。来客があったことを示している。
「客人が来ていたのか? 依頼人か?」
この第一応接室を使うということは一見の依頼人くらいだろう。ソファに腰掛けている源次郎の様子も普段とは少々異なり、何だかぼうっと考え事をしているような表情であった為、鐘崎は何かあったのかと思ったようだ。
「あ、ああ……若。お帰りなさいやし! ええ、実はたいそう嬉しい御仁が私を訪ねてくれましてな」
源次郎はハッとしたように鐘崎を見上げると、故あって以前に知り合った町永汰一郎が訪ねてくれたことを嬉しそうな素振りで話して聞かせた。
「そうだったのか。それは良かったな。源さんの昔の知り合いか?」
「ええ。立派に成長してくれて、わざわざ訪ねてくれたのです。有り難いことでございますよ」
にこやかにそう言いながらも、
「そうそう、そういえばもう一つ新しいご依頼の件でご報告したいことがございます」
と言って、源次郎は鐘崎を組最奥の事務所の方へと促した。
第一応接室の扉を閉め、廊下を歩き出した源次郎の横顔が次第に厳しい色へと変わっていく。それは、今の今まで喜んでいた柔和な表情からは想像もつかない苦渋の色が混じってもいるようだった。
永年共に暮らしてきた源次郎だ、その彼の微妙な顔色の変化に気付かない鐘崎ではない。組最奥の若頭専用の事務所へと着くなり、その原因が明らかとなった。
「若――申し訳ございません!」
いきなりガバリと頭を下げてよこしたのに、鐘崎は驚くでもなく椅子を勧めた。
「どうした、源さん。何があった」
驚くどころか、ことの他落ち着いている鐘崎に、源次郎の方が驚きを隠せないといった表情でいる。
「……お……どろかれないのでございますか?」
「応接室を出てからの様子でな。何年一緒に暮らしていると思ってる。源さんは俺にとって親父でもあり、時にお袋でもある家族だ。気付かねえわけあるまい」
「若……」
源次郎は申し訳ないとも感激ともつかない表情で肩を落としてみせた。
「実は――先程訪ねて来た青年ですが、応接室に盗聴器を仕掛けて帰りました……」
「――盗聴器だって?」
さすがの鐘崎も驚いたようだ。何かあるのだろうとは思ってはいたが、まさか盗聴器とは想像もつかなかったというところだ。
9
お気に入りに追加
878
あなたにおすすめの小説




サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる