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陰謀
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皆が隣へと移って二人きりになると、案の定か女の方から抱きついてきた。
そしてこれもまた予想通りか、涙まじりといった声音ですがるように言う。
「あなたに今まで連絡しなかった私、悪い思うます。理由言うます。本当は会いたかた。子供のこと知らせたかた。でもお金無い。私、会いに行けなかった」
つまり会いに行きたくても金銭的な理由でそれがままならなかったという主張だ。
「私、あなた忘れたことない。十五年、ずっと好きだた。会いたかた」
そう言ってしがみつく。
時折鼻をすするような仕草を見せ、だが顔はすっぽりと胸板に埋められたままなので本当に涙を流しているのかは分からない。
しばしの後、周は感情の見えない平坦な口調でこう言った。
「あんたはどうしたいんだ――」
女はぴたりと泣くのをやめて周を見上げる。
やはりか、その頬に濡れた跡は見られなかった。
「泣いているのは素振りだけだろう。あんたの言葉からは心が伝わってこない」
「周さ……違う……私本当に……!」
「あんたが本気で俺を好きだというなら――十五年もの間ずっと会いたくて会いたくて仕方なかったというなら、言葉になどせずとも俺には分かる。あんたの表情を見ただけで分かるさ。だが今のあんたからは何も感じられない。好きだという気持ちも、会いたかったという思いもだ。だから正直なところを聞きたい。目的は何だ――」
淡々とそう述べた周に、女はたじろいだように視線を泳がせた。
「目的……なんて無い。私、本当に……あなたに息子と会って欲しかっただけ……」
「――そうかな?」
格別には睨んだわけでもない周の穏やかな表情に、女は視線を合わせることができなかったようだ。
一方、隣のコネクティングルームでも冰が息子の方と似たようなやり取りをしていた。
「アーティット君――でしたね。僕は冰といいます。正直に言ってあなたが周の息子さんだと聞いて驚きました。ですが――本当に彼の息子さんであるなら、僕にとっても大事なお方です。あなたとお母様がご苦労されたこの十五年は――僕には到底理解できないくらい大変なものだったことでしょう。あなたにとって僕は邪魔な存在かも知れません。ですが、できることならあなたと、あなたのお母様と共に僕も周にかかわる一人でありたいと思うのです。一般の家族という形とは違うかも知れませんが、皆で手を取り合っていきたいと思うのです」
彼は中国語が流暢のようだからその点は助かったといえる。丁寧に穏やかに――そう言った冰に、息子の方もまた面食らったようにして冰を見つめては眉根を寄せた。
そしてフッと苦笑いを浮かべるように口角を上げてよこす。
「あんた――人が好いのな……。でもさ、そんなふうに他人のことばっかり気遣ってると……いずれバカを見るよ。俺は……あんたがどう言おうが……父親だっていうあの人と……母親と……俺と三人だけで幸せになりたい。皆んなで仲良く――なんて理想だよ。実際そんな上手くいくわけないじゃん!」
小馬鹿にするように言うも、彼の表情はどこか苦しげに歪んでいるように感じられた。
そしてこれもまた予想通りか、涙まじりといった声音ですがるように言う。
「あなたに今まで連絡しなかった私、悪い思うます。理由言うます。本当は会いたかた。子供のこと知らせたかた。でもお金無い。私、会いに行けなかった」
つまり会いに行きたくても金銭的な理由でそれがままならなかったという主張だ。
「私、あなた忘れたことない。十五年、ずっと好きだた。会いたかた」
そう言ってしがみつく。
時折鼻をすするような仕草を見せ、だが顔はすっぽりと胸板に埋められたままなので本当に涙を流しているのかは分からない。
しばしの後、周は感情の見えない平坦な口調でこう言った。
「あんたはどうしたいんだ――」
女はぴたりと泣くのをやめて周を見上げる。
やはりか、その頬に濡れた跡は見られなかった。
「泣いているのは素振りだけだろう。あんたの言葉からは心が伝わってこない」
「周さ……違う……私本当に……!」
「あんたが本気で俺を好きだというなら――十五年もの間ずっと会いたくて会いたくて仕方なかったというなら、言葉になどせずとも俺には分かる。あんたの表情を見ただけで分かるさ。だが今のあんたからは何も感じられない。好きだという気持ちも、会いたかったという思いもだ。だから正直なところを聞きたい。目的は何だ――」
淡々とそう述べた周に、女はたじろいだように視線を泳がせた。
「目的……なんて無い。私、本当に……あなたに息子と会って欲しかっただけ……」
「――そうかな?」
格別には睨んだわけでもない周の穏やかな表情に、女は視線を合わせることができなかったようだ。
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「アーティット君――でしたね。僕は冰といいます。正直に言ってあなたが周の息子さんだと聞いて驚きました。ですが――本当に彼の息子さんであるなら、僕にとっても大事なお方です。あなたとお母様がご苦労されたこの十五年は――僕には到底理解できないくらい大変なものだったことでしょう。あなたにとって僕は邪魔な存在かも知れません。ですが、できることならあなたと、あなたのお母様と共に僕も周にかかわる一人でありたいと思うのです。一般の家族という形とは違うかも知れませんが、皆で手を取り合っていきたいと思うのです」
彼は中国語が流暢のようだからその点は助かったといえる。丁寧に穏やかに――そう言った冰に、息子の方もまた面食らったようにして冰を見つめては眉根を寄せた。
そしてフッと苦笑いを浮かべるように口角を上げてよこす。
「あんた――人が好いのな……。でもさ、そんなふうに他人のことばっかり気遣ってると……いずれバカを見るよ。俺は……あんたがどう言おうが……父親だっていうあの人と……母親と……俺と三人だけで幸せになりたい。皆んなで仲良く――なんて理想だよ。実際そんな上手くいくわけないじゃん!」
小馬鹿にするように言うも、彼の表情はどこか苦しげに歪んでいるように感じられた。
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