極道恋事情

一園木蓮

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春遠からじ

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「では――敵は武装組織を雇って、あの坊主の父親を亡き者にしようと企んでいるということか」
「おそらくは――」
「そんな状況でホテルなんぞに対象者を置いておいて大丈夫なのか?」
「チームの方々も万が一の時の移動先は複数念頭に置いてあるでしょうな」
「うむ……一度メビィらのチームを訪ねるか。もう少し詳しい情報が欲しい」
「それと、預かった少年ですが、彼の居場所を突き止められない為にも変装が必要かも知れませんな」
 まあ極力ここから出ないに限るが、食事などでレストランに出歩けば、いつ何処で敵の目が光っているやも知れない。準備は手厚くしておいて損はないだろう。
「女装でもさせるか。あの年頃のガキならカツラを被せりゃ女に見えるだろうが」
 周が真顔でそんなことを言う。
「本人が素直に『うん』と言うかというところだが――」
「ガキ相手に命の危険が迫ってる――とは言えねえだろうしな」
 鐘崎と周が考え込んでいると、冰が名案を口にした。
「だったらこの際俺たちも女装するっていうのはどう? 俺と紫月さんとさっきの子涵君で女装して、仮面舞踏会に行こうって誘うの」
 突飛な発想だが悪くはない。
「仮面舞踏会か。案外いいかも知れんな。ガキの退屈凌ぎにもなるだろう」
「問題は場所だが――」
「俺の実家はどうだ。ファミリーが経営しているホテルのペントハウスはプライベートスペースになっていて一般の客は入れないからな。そこに匿うでもいい。親父と兄貴に言って、簡単なパーティをでっち上げるくらいはできるだろうぜ。何も本格的な仮面舞踏会にせずともガキにそれらしく思わせることができりゃいいんだろ?」
 だったら少々豪勢な夕食会程度で済むだろうという。ホテルといってもいわば周ファミリーの所有する別宅の内のひとつといったところだ。
「それに――親父の手元で預かりゃ、この香港の中ではどこにいるより安全だろう」
 周が頼もしいことを言ってくれる。
「――そうだな。有難いが、親父さんたちにとばっちりがいかんように細心の注意を払いたい」
 鐘崎は鐘崎で周ファミリーに要らぬゴタゴタを残さないようにと気に掛ける。相手も裏の世界の組織であることは間違いない。ファミリーが関わったことで後々新たな火種を香港に残しては申し訳ないとの思いからだ。
「なに、ガキ一人預かるくれえでどうなることでもないだろう。カタがつくまでペントハウスのフロアから出さんようにすればいい。一般的なホテルと違ってうちが経営しているところなら自由も効く。ファミリーの専用ルームにゃ部屋付きのプールなんぞも備わっている。ガキにとっちゃ天国同然さ」
 子供の件は周の厚意に甘えることにして、冰と紫月には早速変装の準備とファミリー経営のホテルへと移動を手配することになった。
「俺も老人か何かに変装してメビィらのチームと合流する。そっちのことは任せたぜ」
 鐘崎自身も変装で身元を隠すことにして、一同は二手に分かれることにした。

 ところが――だ。

 何と少年は仮面舞踏会などで遊んでいる暇はないと言って、鐘崎らの提案を拒んだ。
「まあそう言うな。変装してのパーティだ。きっと楽しいと思うぞ? 部屋にはプールもあるし、ここと違って他のお客さんは誰もいない。俺たちだけで悠々自適に遊べるぞ」
「……でも僕、夜はお父さんの所へ帰らなきゃ」
「親父さんにはお前が俺たちと一緒にいることを伝えてある。心配はいらねえ」
 鐘崎がしゃがみ込んで少年の目線と合う位置でそう微笑むも、彼は頑なだ。
「ダメだよ……僕が帰らないとお父さんがあのおばさんに嫌なことされる……」
「おばさん?」
「お父さんの秘書をしてるヤツ……。あのおばさん、お父さんのことが好きなんだ。お父さんにはお母さんがいるっていうのに……いつもベタベタして……すごく嫌!」
 だから自分が側にいて守ってやらなきゃならないのだと言う。
「けど、子涵の母ちゃんも父ちゃんと一緒にいるんだべ? だったら大丈夫じゃねえのか?」
 紫月も一緒になって説得するも、少年からは意外なことを聞かされる羽目となった。
「お母さんはいない……。もうずっと前に家を出て行っちゃった……。きっとあのおばさんが追い出したに決まってる……!」
 鐘崎も紫月も、そして周らも皆で顔を見合わせてしまった。
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